探究学習を通じて自己調整力、創造力、挑戦力をつける
第202回オンラインシンポレポート・前半

活動報告|レポート

2026.3.27 Fri
探究学習を通じて自己調整力、創造力、挑戦力をつける</br>第202回オンラインシンポレポート・前半

概要

超教育協会は2026年1月28日、渋谷区教育委員会 教育長の伊藤 林太郎氏を招いて、「探究『シブヤ未来科』の成果と課題」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、伊藤氏が教科科目の時間の1割を探究学習にあてる探究「シブヤ未来科」の取り組みについて講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。

 

>> 後半のレポートはこちら

 

「探究『シブヤ未来科』の成果と課題」

■日時:2026年1月28日(水) 12時~12時55分

■講演:伊藤 林太郎氏
渋谷区教育委員会 教育長

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

伊藤氏は、約30分の講演において、渋谷区独自の探究学習の取り組みである探究「シブヤ未来科」の概要や成果、課題について話した。主な講演内容は以下のとおり。

社会の「つくり手」としての意識や力を子どもたちにつけて欲しい

渋谷区は、東京都23区のほぼ中央にある区です。渋谷や原宿など繁華街を抱えている一方で、代々木公園など自然もあり、人口は約23万人です。公立の小学校が18校、中学校が8校あり、小学校には7,500人、中学校には2,000人の子どもたちが通っています。ただし、区内には小学生が約1万人、中学生が4千数百人います。つまり小学校で公立以外の私立やインターナショナルスクールに行く子どもたちが20~25%程度おり、中学校ではその割合が半分以上になります。義務教育において公立に行かない選択をする子どもが多くいる中で、公立学校に「どのような教育が提供できるのか」がシビアに問われています。

 

そうした中で、渋谷区ではGIGAスクール構想に少し先駆けて、2017年から1人1台端末の教育環境整備に取り組み、10年目を迎えます。公立学校におけるICT環境の整備に加え、区内26の小中学校のうち22校を今後20年かけて順次、建て替える計画をしています。新しい校舎を整備していくというハード面と、子どもたちが自分たちで学びを作っていけるようなソフト面の両面で教育環境の整備に取り組んでいます。

 

そして、このソフト面での取り組みの一つが探究「シブヤ未来科」の設置です。まずは、探究「シブヤ未来科」がなぜ必要なのか、その背景を説明します。

 

こども家庭庁が、日本を含む5カ国の13歳から29歳の若者を対象にして行った調査の結果では、自分の国の社会に満足していますかという質問に対して、日本の若者は他国に比べて、「満足」、「どちらかといえば満足」の割合が低いことがわかりました。

 

▲ スライド1・若者に社会への
満足度を聞いたアンケート結果

 

さらに、同じ調査で社会課題の解決に関わりたいという気持ちがどれくらいあるか聞いたところ、他国に比べて「そう思う」、「どちらかといえばそう思う」の割合が低いという結果でした。

 

▲ スライド2・社会における
問題の解決に関わりたいか聞いた
アンケート結果

 

つまり、社会に対して満足度が低く、不満があるにも関わらず、それに対して自分自身が問題の解決に関わりたいかというと、「そうでもない」というのです。この調査結果は、課題意識は感じながらも自分自身が役割を果たそうという意識は低いということを示しています。実はこの調査に限らず、別の調査からも同様の結果が見て取れます。

 

つまり、より積極的に自分たちが役割を果たして社会を作っていこうという意識が、日本の子どもたちや若者、我々も含めて「育っていない」のではないか、そこに課題意識を持って目を向けるべきではないかというのが現在の状況です。

 

こうした中で、渋谷区では2024年に教育大綱を改定し、「つくろう。ちがいを活かし合える、未来の学校。」というビジョンを掲げました。

 

▲ スライド3・渋谷区の教育大綱のビジョン

 

「ちがいを活かし合える」という言葉には、渋谷区の基本構想である「ちがいをちからに変える街。」を学校でも実現していきたいという思いを込めています。さらに、冒頭の「つくろう」という呼びかけが大切だと思っています。誰が作るのかを考えたとき、それは教育委員会でも学校の先生だけでもなく、学校という意味小さな社会の構成員である子どもたちが作るという考えです。子どもたち自身が学校という社会を作っていくという経験を通じて、社会における問題に自分たち自身がアプローチする力をつけて欲しいというのが、この大綱に込められたメッセージです。

 

ただし「それじゃあ君たち、学校の一員として学校を作ってね」と投げかけたところで、いきなり子どもたちがそれをどんどんやっていけるかというと、そうではないでしょう。そのために必要な力を育むことが大切です。そこで探究「シブヤ未来科」をスタートさせました。

午後の授業時間をテーマ探究やMy探究に使う探究「シブヤ未来科」

探究「シブヤ未来科」の副題は「シブヤの街と教育環境を最大限活用する学び」です。科目としては、総合的な学習の時間で学習指導要領にある課題の設定、情報収集、整理・分析、まとめ・表現というプロセスを回していきます。情報収集という言葉を渋谷区では「アクションを起こす」と置き換えて考えています。子どもたち自身が課題を設定して、それに対して取り組む。そのアクションに対し、何かしらの反応が返ってくるのを情報と捉えて、それを整理分析し、まとめ表現していくプロセスの中で、自己調整力、創造力、挑戦力をつけていくというのが探究「シブヤ未来科」です。

 

▲ スライド4・探究「シブヤ未来科」の
プロセス

 

こうした取り組みは総合的な学習の時間として全国的に実施されています。「どこでもやっている」のですが、渋谷区では授業時数特例制度を使い、国語や算数、理科、社会の時間を1割削って、その時間を使いながら午後の時間を探究「シブヤ未来科」に充当しています。ここが渋谷区の取り組みの特徴です。

 

▲ スライド5・探究「シブヤ未来科」の
カリキュラムのイメージ

 

具体的には、探究スキルを高めたり視野を広げる体験を積む「探究基礎・企業等体験」(30~50時間)、学年やクラスで共通したテーマを追いかける「共通テーマ探究」(70~90時間)、さらに個々人の子どもたちが自分の興味関心に基づいて探究する「My探究」(15~35時間)の3種類の学習を考えています。これらの学習に順番に取り組むのではなく、並行して進めたり立ち戻ったりしながら取り組み、ふんだんにある午後の時間を使って全てをやりたいだけできるというのが、探究「シブヤ未来科」の特徴です。

 

実際の事例をいくつか紹介します。まずは「共通テーマ探究」の事例です。小学5年生が、先生から街を綺麗にするというテーマを与えられたという事例です。先生は子どもたちがごみ拾いにでも取り組むのかとイメージしていたようですが、子どもたちが注目したのは落書きでした。

 

▲ スライド6・探究「シブヤ未来科」の
テーマ探究の実践例

 

渋谷区は繁華街が多く落書きもあります。子どもたちは、以前から街で落書きを消す活動をしていた方々と連携しながら、落書きを消すプロジェクトに取り組みをしました。

 

次はMy探究の事例です。

 

▲ スライド7・探究「シブヤ未来科」の
My探究の実践例

 

フルートをやっていた生徒が、「先生や先輩から基礎練習をしなさい」とよく言われるものの「本当に基礎練習に意味があるのだろうか」と考え、探究に取り組んだという事例です。生徒なりにデータを取りながら調べていきました。My探究では、個人で疑問に思うことややってみたいことを設定して、それを課題にして探究を進めていくことができます。

 

このMy探究については、渋谷区では事例を掲載するWebサイトを開設して紹介しています。

95%の子どもたちが他教科の「やる気」も高まった

こうした探究「シブヤ未来科」の取り組みで、実際にどのような成果がでているのかについても説明します。まず、明らかに教室に入った瞬間に、「これまでとは違う」と感じることがあります。それは、子どもたちの学びに対する姿勢です。これまでの学校では、どうしても先生が教壇に立ち、子どもたちが授業を受けるという、いわゆる一斉授業のスタイルが中心でした。ところが、探究「シブヤ未来科」の授業では、子どもたち自身が自分で学びを進めていきます。実際のMy探究の様子をお見せします。

 

▲ スライド8・一斉授業から、
子どもたち自身が自ら学ぶという
スタイルへと変化している

 

数人で集まって学びを進めていますが、必ずしも同じテーマではありません。どの集団で誰と学ぶか、もしくは一人で学ぶということも含めて、子どもたち自身が設計して学んでいるのです。このように子どもたち自身の学びのスタイルも意識も変化していますが、もう一つ重要なのは先生たちの関わり方が変化していることです。個々の子どもたちが持つ探究テーマについて、先生が全て専門家のようになって教えてあげるのは事実上不可能です。必然的に子どもたちへの関わり方が伴走的になります。課題に対して、まずはどのようなことに取り組んで行くか、次に何をやってみようかといったことをアドバイスするような関わり方です。こうした変化は他の教科の学習の場面でも生きていて、一斉授業だけではない授業のスタイルが広がってきていると感じています。

 

子どもたちや先生にアンケートを取りました。まずは子どもたちへのアンケートの結果です。単純に探究「シブヤ未来科」は楽しいですかと聞いたところ、97%の子どもが「とてもそう思う」、「そう思う」と答えています。渋谷区でも最近、不登校の子どもが増えていますが、学校での学びそのものが単純に子どもたちにとってどれくらい興味を引くものか、学校が行きたくなる場所かは不登校に影響するでしょう。探究「シブヤ未来科」が、これだけ子どもたちから支持されているというのは大きな成果だと思っています。

 

アンケートでは、「各教科における学びに対するやる気が高まりましたか」ということも聞いています。95%の子どもたちが「とてもそう思う」、「そう思う」と答えています。

 

▲ スライド9・探究「シブヤ未来科」を
ポジティブに捉える子どもが圧倒的

 

子どもたちは将来、社会に出たときに各教科で学んできた力や見方、考え方を総動員して目の前の課題解決に取り組まなければなりません。探究とは、いわばそのプロセスを学ぶものです。探究そのものが独立した科目ではなく、探究を学ぶ過程で各教科の学びが繋がっていかないと意味がないと考えています。そうした中で、子どもたち自身が実際に探究を通じて各教科の学びの意味にも、少しずつであっても気がついているのは成果だと思っています。

先生たちの8割近くが探究「シブヤ未来科」は楽しいと回答

次に先生たちへのアンケートの結果です。楽しいですかというのを先生たちにも聞いています。他の各教科の学習と違って教科書もないし、学びを一から作っていかなくてはならないところがあるので、先生たちにとっては「しんどい教科」だと思います。その中でどれくらい先生たちが楽しんでくれているか。アンケート結果では8割近くの先生が「そう思う」、「とてもそう思う」と答えてくれています。

 

▲ スライド10・先生たちへの
アンケート結果でも
79%がポジティブに捉えている

 

ただし、「とてもそう思う」の割合は子どもたちに比べるとだいぶ小さいので、やはり先生たちのご苦労が表れているのかなと思っています。ここを「どうサポートしていけるか」が引き続きの課題です。

 

次に、子どもたちにどんな力がついたかを聞いています。

 

▲ スライド11・探究「シブヤ未来科」で
身に付いたと思う力

 

回答を確認すると探究のプロセスに沿ったような「問いを見つけ、追いかける力」、「調べたり分析したりする力」、「学んだことや考えたことを伝える力(プレゼンする力)」、「友達と話し合ったり協力したりする力」、つまり協働的な部分でも力がついたという声が出ています。

 

また、さまざまな報道で不登校の児童生徒数がコロナ以降、右肩上がりとなっていることが指摘されています。渋谷区も同様でしたが、2024年度に上げ止まり、わずかにですが下がりました。不登校対策にも注力してきましたので、探究「シブヤ未来科」を開始したこととどれくらい因果関係があるのかはわかりませんが、午後の探究の時間だけは興味があるから教室に入って学んでいる子がいるという声も学校からは出てきています。不登校の子どもたちが「学校にちょっと行ってみようかな」という気持ちになる、その要素の一つとして探究「シブヤ未来科」が貢献しているのではないかと考えています。

 

さらに、探究学習は社会に対して開かれている、開いていることが重要です。その視点では、探究「シブヤ未来科」を通じて2024年度1年間だけでも、26の小中学校が500の企業や団体、行政機関、個人の専門家も含めて繋がることができました。実はこうした繋がりを作る仕組みを教育委員会や教員だけで作り上げるのは難しいですが、元々PTA会長をやっていた方や現PTA会長などが一般社団法人を立ち上げ、学校と企業を繋ぐパイプの役割を果たしてくれています。こうした仕組みができたのも一つの成果だと考えています。

探究サイクルを何度も回す力をつけることそれが最大の課題

子どもたちの変化や先生たちの変化、仕組みが整ってきたことなどで成果を感じていますが、やはりさまざまな課題も浮き彫りになりました。その中で、何が一番の課題かを突き詰めると「探究サイクルをいかに回せるか」だと考えています。

 

▲ スライド12・探究サイクルを
いかに回せるかが探究「シブヤ未来科」の課題

 

学習指導要領では、探究のサイクルが4つあり、それらがスパイラルで回っていくイメージが示されています。それを踏まえると、探求「シブヤ未来科」では、子どもたち自身が探究サイクルを何度も回せるようにすること、子どもたちに回せる力をつけさせることが大きな狙いとなります。それをどこまで実践できるのか、そこが課題です。

 

先ほど事例として紹介した小学5年生での街の落書きを消した活動をもとに説明します。この活動をすると、落書きが消えて街の壁がきれいになります。しかも、小学生が落書きを消してくれた、地域の課題に目を向けてくれた、具体的なアクションをしてくれた、さらに実際に成果も出たということになると、地域の方は本当に喜んでくれます。小学生たちにありがとうという声をかけてくれます。そうすると子どもたちも誇らしい気持ちになって、達成感が生まれ、満足するのですが、本当にそこで終わってよいのかという疑問も残ります。

 

落書きを消す活動には以前からさまざまな団体が取り組んでいて、それでも依然として落書きは街にあり続けました。子どもたちの取り組みが本質的な課題解決に繋がっているのかということを問うべきだと思います。

 

簡単に言うと、一回消したくらいでは本質的な解決にはならないのではないかということです。一筋縄ではいかないからこそ社会課題で、子どもたちが少し取り組んだくらいでは本質的な解決に至らないのがほとんどかと思っています。

 

そうしたときには、元々の課題に立ち返ることを忘れてはいけません。どうすれば落書きのない街を作ることができるのか。実際、この子どもたちも消した後に暫くしたらまた同じところに落書きされたという経験をしています。単純に消すだけでは本質的な解決に繋がらないらしいと自省し、例えばどんな人が書くのか、なぜ書いてしまうのか、なぜここは書かれやすいのかといったことを考え、仮説を立てて取り組んでいくことで、何度も探究のループを回すことができるようになるのです。

 

ホンモノの社会課題であればあるほど、本当の解決に至るのはなかなか難しいですが、繰り返しループを回すことそのものがとても重要です。先生たちの役割も変化し、最初は解決に向けて伴走しながらサポートし、ときに本当にこれで解決になったのかと問いかけ、子どもたちが、気がついていない「違う視点」を投げかけるといったことも求められます。そして、子どもたちが違うアプローチを立てる手助けをして、最後は子どもたち自身が自分で立ち返って次のループへ向かうことができるように支援する、子どもたちにそうした力がつくようにサポートすることが大切になります。

 

現時点で実際に何度もループが回せているか、それに向けた探究の取り組みができているのかと言われると、渋谷区を見渡してもなかなかそこまでできている学校はそれほど多くはないと感じています。ループを何度も回す力をつけられていない、つけるためのプロセスもまだ明確に分かっていなく、そこにも至れていないところがある、それが最大の課題であると感じています。

 

>> 後半へ続く

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