日本における教育データ利活用の現状とアメリカの先進事例
第201回オンラインシンポレポート・後半

活動報告|レポート

2026.4.27 Mon
日本における教育データ利活用の現状とアメリカの先進事例</br>第201回オンラインシンポレポート・後半

概要

超教育協会は2026年1月14日、スタンフォード教育大学院 教育データサイエンス専攻の野﨑 光寿氏と、合同会社デロイトトーマツの吉田 圭造氏および井澤 萌氏を招いて、「教育データ利活用が変革する学びの可能性」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、吉田氏と井澤氏が日本における教育データ利活用の現状について、野﨑氏がアメリカにおける活用事例について講演し、後半では超教育協会理事長の石戸奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。

 

>> 前半のレポートはこちら

 

「教育データ利活用が変革する学びの可能性」

■日時:2026年1月14日(水) 12時~12時55分

■講演:

・野﨑 光寿氏
スタンフォード教育大学院 教育データサイエンス専攻

・吉田 圭造氏
合同会社デロイトトーマツ

・井澤 萌氏
合同会社デロイトトーマツ

■ファシリテーター:
・石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子

 

シンポジウムの後半では、超教育協会の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。

GIGAスクールでデータ収集の環境は整ったデータをどう教育施策に活かすかが課題

石戸:「視聴者の皆さまからは、すでに多くのご質問が寄せられています。まずは私から、日本の現在地を国際的な視点で捉える問いを投げかけたいと思います。日本ではGIGAスクール構想が進み、学習データを取得しやすい環境という点では、世界的に見てもトップレベルにあると言えると思います。一方で、実際のデータが実際にどの程度、教育の改善や意思決定に活用されているのかという点では、まだ議論の余地があるようにも感じています。そこで、日本の教育におけるデータ利活用は、世界と比較したとき、現在どの段階にあると評価できるのか。国際比較の観点から、ご見解をお聞かせいただければと思います」

 

井澤氏:「確かに、1人1台端末が整備されていることは大きな強みです。それによって個人単位のデータが取得しやすくなっている点は、世界と比べても非常に進んでいます。また、ダッシュボードについてもさまざまな民間製品があり、取り組みやすい環境にあると言えるでしょう。教育委員会によっては独自にシステムを構築しているところもあり、一定程度は取り組みが進んでいます。

 

一方で、データを可視化した次の取り組み、例えばダッシュボードで課題が見えた際に、伴走するような施策を確実に実施できているか、またそうした取り組みを制度化できているかというと、十分とは言えません。データはあるものの、校長先生などが実際の意思決定に活用できているかについては、まだ掘り下げが必要だと感じています」

 

野﨑氏:「日本では、データを基に政策が決まっているとまで言い切れる状況ではありません。その点では、アメリカなどと比べると遅れを取っているという印象があります」

 

石戸:「データそのものは一定程度蓄積されている一方で、学校教育の質を変えたり、政策や施策の意思決定に本格的に生かすところまでは、まだ至っていないということですね。では、日本が海外と比べてそこまで到達できていない背景には、どのような要因があるのでしょうか。そして、日本として優先的に見直すべき点、あるいは今後取り組むべき改善策について、ぜひお考えをお聞かせください」

 

野﨑氏:「アメリカでは、連邦政府の教育省がエビデンスを4つのレベルに分類しています。日本でも、そうした取り組みがあってもよいのではないかと思います。やはり、データがある程度細かく取得できなければ、どのような効果があったのかを検証することはできません。

 

日本では、生徒レベルでも学校レベルでも、データを本格的に利活用する段階にはまだ至っていません。その理由のひとつは、エビデンスと効果を結び付けるために必要な、粒度の細かいデータを取得できる仕組みが構築されていないことにあると感じています。ただし、その点に問題意識を持った政策も動き始めており、『お先真っ暗』という状況ではないと思います」

 

吉田氏:「私が日頃、現場で感じているのは、学校関係者や教員の間で、データリテラシーや分析力に差があるということです。同時に、データはあくまでデータであり、効果のある施策を判断し、実行するのは学校現場です。

 

例えば、データで『100』という数値が示されたときに、その意味をどこまで深く、正確に理解し、現場でどのような施策を実施すれば『100』を『1万』に改善できるのかを判断するのは、現場の教育のプロです。重要なのは、現場の力を底上げしつつ、データに頼りながらも頼り切らない判断力を磨いていくことです。こうしたリテラシー向上の取り組みは、日本よりもアメリカの方が圧倒的に進んでいます。改善には時間がかかりますが、非常に重要だと認識しています」

 

石戸:「アメリカの方が、データリテラシーが圧倒的に高いとのことですが、その背景にはどのような要因があるとお考えでしょうか。また、教育現場で長年培われてきた実践的な知見と、データサイエンスの視点を組み合わせる力を、日本で今後どのように育んでいくべきだとお考えか。この2点についてお伺いできればと思います」

 

吉田氏:「アメリカと申し上げましたが、私がいたカナダでも、初等中等教育の分野でデータ分析を専門に担う人材がいました。それが良いかどうかは別として、少なくともその役割を担う人がいることで、現場もデータを意識しながら仕事をしていました。

 

例えば、児童生徒が欠席した際に、データを基に『欠席の意味』を考え、今後どうすれば予防できるのかまで検討する役割の人がいる。そうした意識を現場の教職員全体で共有していたのです。役割を明確にすることで、段階的にレベルが上がっていくのではないかと考えています」

 

井澤氏:「一方で、先生にどこまでの役割を求めるのかという視点も重要です。個人的には、教育委員会などの組織の中に、教育現場のこともデータのことも分かる人材が増えること、そのような人材を育成することが必要だと考えています。そうした立場の人が、先生とデータをつなぐ『媒介役』になることが大切です。

 

例えばオランダでは、学校ごとにデータチームを作り、先生と専門家、教育委員会の担当者がデータを基に議論しながら、1年間のカリキュラムを改善する取り組みがあります。単に研修を受けるよりも、日常業務の中でデータを活用し、教育委員会が伴走することで、理解が深まっていくのが理想だと思います。ただし、忙しい学校現場に新たな取り組みを導入するのは簡単ではないため、既存の業務フローの中にどう組み込むかが重要です」

 

野﨑氏:「先ほどの『可視化・予測・検証』の話で言えば、教室で教えている先生にとって重要なのは、基本的な可視化を読み取れることと、自分が日々子どもたちを見て感じている感覚とをすり合わせられることだと思います。

 

また、平均値だけでなく分布を見ることで、クラス全体にどの程度その状況が広がっているのかを理解できると、より良いでしょう。そう考えると、学校の先生方に高度なデータサイエンス教育が必須かというと、そこまでではないと感じています。一方で、施策を立案・実行する立場の人には、より高度な能力が求められます」

 

石戸:「教育におけるデータ利活用については、期待が高まる一方で、デメリットやリスクが指摘されることも少なくありません。たとえば、不登校リスクの予測が、子どもたちにとって固定的なラベルとして作用してしまうのではないか、あるいは、善意の取り組みであっても、教育の場が結果として『監視』の空間になってしまうのではないか、という懸念もあります。こうしたリスクを踏まえたうえで、教育の質を高めるための『良いデータ利活用』を実現するには、どのような工夫や配慮が必要だとお考えでしょうか」

 

井澤氏:「大きく2点あると思います。1つめは、データ利活用以前に、心理的安全性が担保された学校であるかどうかです。心理的安全性が確保されていない環境でデータを活用してもうまくいきません。これは大前提です。

 

2つめは、学校管理職に求められるデータリテラシーです。先生と教育委員会の間に立つ管理職は、データを用いて新たな価値につなげる視点が求められます。そのため、データ利活用の留意点について学ぶ必要があります。

 

また、ラベリングの問題については、属性と要因の両方を区別する視点が不可欠です。性別や人種などの属性は外部からは変えられません。一方で変えられるのは要因(ファクター)です。属性だけに注目した分析は、単なるラベリングになってしまいます。要因に着目することが重要です」

 

石戸:「視聴者から、『教育データ活用に関心はあるが、どこから始めればいいか分からない』という声が多く寄せられています。『学校や自治体が最初に取り組みやすいデータ活用のステップについて教えてください』という質問も寄せられています。いかがでしょうか」

 

井澤氏:「取り組みのレベルにもよりますが、以前訪問した教育委員会では、YouTubeでGoogleのビジネスインテリジェンス(BI)ツール『Looker Studio』の使い方を皆で見て、遊び感覚で使い始めた事例がありました。それが『学校現場に非常にフィットした』そうです。いきなり高度なツールを使う必要はなく、使えそうなものから試してみるのがよいと思います。その教育委員会では、2時間ほど動画を見ただけで使えるようになったとのことでした」

 

石戸:「ハードルを上げすぎず、できるところから始めるという点は、デジタル活用全般に共通しますね」

 

吉田氏:「私も同意します。ただし、最初に『どのツールを選ぶか』から考えてしまうと、結果的に何もしないまま終わってしまうことがあります。

 

現場や教育委員会にいる方は、日々さまざまな課題に直面しているはずです。まずはツールがない状態で、『なぜこの課題が起きているのか』、『どんな傾向があるのか』を考えてみてほしい。そのうえで、現場の感覚と照らし合わせながら、『データを使えばどう分析できるか』を考えると、自然とツールの使い方も見えてくると思います。ツールから入るより経験から入るのが良いと思います」

 

野﨑氏:「その話に関連する事例があります。欠席や不登校が増えている状況で、曜日別に欠席者数を可視化したところ、月曜日にピークがあることが分かりました。感覚としては気づいていたものの、データで示されたことで課題が明確になり、『それなら、子どもたちの学校への行きづらさをどう改善するか』、『ではどう支援するか』という具体的な議論に進めたそうです。まずは手元にあるデータから始めることが重要だと感じました」

 

石戸:「最後に、『5年後、10年後、教育データ利活用が当たり前になった学校はどのような姿だと思いますか』という質問に、一言ずつお願いします」

 

井澤氏:「先生方が自分のプロフェッショナルとしての価値に誇りを持てる学校です。その価値を高めるために、データを自然に活用できる学校であってほしいと思います」

 

吉田氏:「私は、見た目としては大きく変わらなくてよいと思います。先生がデータやツールを使いこなし、生徒・保護者・地域を多角的に見られるようになれば、社会との接続性も高まります。データ利活用を先生の武器のひとつ、あるいはライフワークの一部として捉えてもらえれば理想的です」

 

野﨑氏:「共通言語がひとつ増えた状態だと思います。子どもの学んでいる状況や困っている教育課題については、今まで言葉を通じて保護者とコミュニケーションを取ったり、若手の先生とベテランの先生がコミュニケーションを取ったりするのが中心でした。そこにもうひとつ、子どもたちの学びを応援するために教育データという共通言語を教育関係者が武器を手に入れたという状態になっていたら良いと思います」

 

最後は石戸の「データ利活用はあくまで手段にすぎません。大切なのは、その先にある、教育現場が抱える課題や、これからの学びの在り方と、私たちがどう向き合っていくのかという点なのだと、改めて実感しました」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた

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