概要
超教育協会は2026年3月4日、国際教養大学中嶋記念図書館 館長の豊田 哲也氏を招いて、「能動的学修空間のリデザイン – 国際教養大学中嶋記念図書館からの問題提起」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、豊田氏が国際教養大学中嶋記念図書館の概要や能動的学修空間を踏まえた大学図書館の未来について講演し、後半は超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。
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「能動的学修空間のリデザイン – 国際教養大学中嶋記念図書館からの問題提起」
■日時:2026年3月4日(水) 12時~12時55分
■講演:豊田 哲也氏
国際教養大学中嶋記念図書館 館長
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、超教育協会の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。
図書館を能動的学修空間とするために最も大切なことは「見た目」と「空気」
石戸:「視聴者の皆さまからもご質問を頂戴しておりますが、まずは私からお伺いさせてください。先ほど、能動的な学修の場としての図書館が、新しい大学における学びのあり方を象徴する存在であり、大学の未来を形づくる中核となり得るというお話がありました。また、本を単に並べること自体が目的ではないというご指摘も、大変印象的でした。
その点を踏まえると、もし能動的な空間こそがこれからの大学にふさわしい学修環境であるとするならば、図書館という特定の場にとどまらず、教室やキャンパス全体がそのような空間へと変わっていく必要があるのではないかとも感じます。言い換えれば、『図書館を中心とする』のではなく、『大学全体が図書館化する』という考え方です。この点について、どのようにお考えでしょうか」
豊田氏:「実は、その点についても検討を進めています。教員からも同様の指摘があり、学内に図書館的なスペースをより多く設けるべきではないかという意見が出ています。
一方で、大学事務の立場からすると、学内の各所に本を配置すると盗難や紛失の懸念があるため、適切な管理の観点から図書館に集約する必要があるとも考えています。ただし、新たな技術の活用によって、こうした課題は克服できる可能性もあり、その点についても議論を重ねています。図書館に本を集約する理由は確かにありますが、同時に図書館的な機能をキャンパス全体へ広げていく必要もあると考えています。まさに石戸さんのご指摘のとおりだと思います」
石戸:「従来の図書館には、静かに学び、静かに読書をする場であるという暗黙のルールが存在していました。騒がしい行為は抑制され、静けさが前提とされる文化的規範が、長い時間をかけて共有されてきたのだと思います。
そうした規範があるからこそ、図書館に足を運ぶと自然と集中状態に入ることができるといった感覚が生まれてきたのではないでしょうか。また、その文化的な基盤があるからこそ、図書館は能動的学修の場へと発展していくことが可能になったのだと感じます。
一方で、こうした規範が必ずしも根付いていない教室や施設を、形式的に図書館のような空間へと整えた場合に、同様の効果が得られるのかという点については、やや疑問もあります。つまり、空間の設えだけでなく、その背後にある文化や規範が伴わなければ、本質的な意味での『能動的な学びの場』にはならないのではないかという問題意識です。この点について、どのようにお考えでしょうか」
豊田氏:「非常に難しい問題です。例えば、かつての中国の大学では学修スペースが不足しており、北京大学では学生寮が8人1部屋という状況でした。そのため学生たちは朝7時頃から図書館の学修室に集まり、入りきらない場合は空き教室が自習室として活用されていました。そこでは静かに学ぶ文化が形成されていましたが、実際には中国では日本ほど静寂が重視されるわけではなく、多少の音があっても学修環境が成立する文化があります。
この観点から考えると、静かな空間を作ることや本を配置することが学修空間の質にどのように影響するのか、そしてそれが文化的背景とどのように関係するのかが重要な論点になります。国や地域、文化によって適切なあり方は異なるため、それぞれに応じた検討が必要です。ただし、日本の大学図書館においては、ある程度の蔵書と静寂な環境が整っていることが重要であり、日本人は音があると集中しにくい傾向があるため、その文化的文脈を踏まえた設計が求められると考えています」
石戸:「図書館の社会的役割の変化についてお伺いします。かつて公共図書館は、本を読む場所としての位置づけが中心でしたが、近年では地域コミュニティを支えるインフラ、いわば社会のハブとしての役割を担うようになってきています。カフェの併設や音楽スタジオの導入、ワークショップの開催などは、そうした変化の象徴的な取り組みと言えるのではないかと思います。
一方で、大学においても近年は地域との接続性や社会との関係性がこれまで以上に重視されるようになっています。こうした流れの中で、大学図書館もまた、より開かれた場としての役割を担っていくことが求められているようにも感じます。
こうした公共図書館の変化と大学の社会的役割の変化を踏まえたとき、海外の動向も含めて、大学図書館は今後どのような方向へと進んでいくべきだとお考えでしょうか」
豊田氏:「世界と日本では状況が大きく異なり、文化的背景とも深く関係しています。英米圏では学費が非常に高額であるため、大学図書館は学費を支払った学生のためのエクスクルーシブな空間として設計されています。そのため公共図書館とは明確に役割が分かれており、大学図書館は学生専用の高度な学修空間として24時間開館している場合も多く見られます。
一方、フランスやドイツの大学図書館は比較的公共性が高いものの、例えば私が留学していたパリ第二大学では、一般に開放される時間は限定的であり、基本的には学生のための空間としての性格が強いものでした。
日本に目を向けると、現状はやや混乱しています。多くの大学図書館が十分に活用されておらず、学修空間としての質も必ずしも高いとは言えません。蔵書の収容効率を優先した設計により、学生にとって居心地の良い空間になっていないケースも見られます。その結果、利用が進まず、代わりに地域住民への開放を進めることで学生の利用がさらに減少するという状況も各地で見られます。
今後は、学生の学びを中心に据えた図書館であることを前提に、その価値を最大化する形で公共利用とのバランスを検討する必要があります。日本の図書館は過渡期にありますが、国際教養大学中嶋記念図書館としては、背景は異なるものの、アメリカ型の先進的な図書館を一つの方向性として目指していくことになると考えています」
石戸:「視聴者からの質問です。『能動的学修空間を設計する際に、最も重視すべき要素は何でしょうか。可変性や多様な学修スタイル、あるいは技術インフラなどが挙げられますが』というものです。いかがでしょうか」
豊田氏:「私は、『見た目』と『空気』が重要だと考えています。国際教養大学中嶋記念図書館は視覚的にも魅力があり、それが利用者の気分を高めます。また、吹き抜けの広い空間は圧迫感がなく、快適な環境を生み出しています。従来の図書館観からすると異論もあるかもしれませんが、学生にとっては非常に重要な要素だと思います」
石戸:「今のお話に関連して、『空間は学修者の思考や行動をどこまで変えられると思いますか』という質問も寄せられています」
豊田氏:「非常に良いご質問です。国際教養大学中嶋記念図書館には膨大な蔵書が並んでおり、それらは過去から現在、そして未来にわたる人類の知的営みを象徴しています。館内に立ち、書架を見渡すことで、多様な学問分野の広がりや、一冊一冊に込められた膨大な時間と努力を実感することができます。そのような環境に身を置くことで、自分もその知の営みに加わりたいという意識が芽生え、思考や行動に影響を与えるのだと考えています」
石戸:「初等中等教育に関わる方から『初等中等教育における図書室について思うことがあれば聞かせていただきたい』、『小学校、中学校の図書室をデザインするに当たってどういう要素が必要だと思うか』という質問です。いかがでしょうか」
豊田氏:「演出が重要だと思います。まず、本棚をしっかりと存在感のある形で配置し、必要なときにすぐ本を手に取れる環境を整えることが大切です。そのうえで、入口付近に『今週のおすすめ本』を設置し、教員が順番に推薦書とコメントを紹介する仕組みを取り入れるとよいでしょう。そうした工夫によって、生徒が新たな世界に触れるきっかけをつくることができます。図書室は世界とつながるための場であり、そのような役割を持つ空間であれば非常に意義深いものになると思います」
石戸:「『能動的学修を促すために、空間以外に工夫している仕組みはありますか』という質問も寄せられています」
豊田氏:「国際教養大学中嶋記念図書館では、建物の半分を図書館、もう半分をラーニングコモンズとして活用しています。具体的には、ITラボとしてパソコンを設置したスペースや、3Dプリンタを備えたエリア、グループ学修室や個人学修室などを設けています。これにより、読書や自習に加え、オンライン学修やものづくりなど、多様な学びの形を体験できるようにしています。学生が『今日は図書館棟で何かやってみよう』と思えるような仕掛けを意識しており、広い意味での能動的学修の場を集約しています」
石戸:「『学生の利用状況や学生からの図書館に対する評価を知りたい』という質問も寄せられています」
豊田氏:「24時間、開いていますので、夜中までいる学生もいます。日曜日の夜の利用者が多いですね。月曜日までの宿題を土日のうちにやろうと思ったけれど、やらずに時間が過ぎてしまって、日曜日の夜に慌てて図書館に来て徹夜で取り組んでいるような学生もけっこういます。24時間開館することで、学生たちには学ぶことの自由度を提供しています。学生からの評価は、すごく高いです」
石戸:「24時間365日開館されている背景についてもお聞かせください。コスト面のご負担も大きいかと思いますが、大変意義あるご判断だと感じます。そのご決断に至られた背景やお考えについても教えていただけますか」
豊田氏:「初代の中嶋学長が2008年に今の図書館を作りました。その4年前の2004年には狭い旧図書館を作りましたが、そのときから24時間開館でした。国際教養大学は県立大学で、秋田県の指導のもとで運営されている大学なので、当初は非常に抵抗が強かったそうです。中嶋学長はご自身のアメリカやイギリスの大学での経験を踏まえて、『図書館は24時間開いていないとならない』と強く主張されました。有名な発言として『コンビニだって24時間開いているのに、なんで図書館が24時間、開けられないのか』というものが我々の間では知られています。これを受け入れられないのならもうやらないくらいの勢いで県と話し、まさに喧嘩腰で『24時間365日開館』を勝ち取ったということです。
コスト面については、国際教養大学が地方にあることが功を奏しています。国際教養大学は秋田空港の近くにありますが、秋田市の中心部からは遠く離れています。周りに人の住んでいないところにある大学です。治安を維持するための管理コストがあまりかかりません。職員は夜8時までしかいないですが、その後はある程度の時間まで学生のアルバイトで対応させ、本当の深夜になると誰も対応しない無人でもそれほど危険ではない状況が維持できます。もちろん守衛はいます。つまり地方という立地の悪さが、図書館を低コストで24時間開館できることにつながっている、そういう事情があります」
石戸:「先ほど、電子化という観点から未来の図書館のあり方を先取りされてきたというお話がありました。一方で、国際教養大学中嶋記念図書館においては、知のアーカイブとしての博物館的価値の観点から、紙の本を所蔵する意義も重視されており、基本的には紙媒体を中心に据えて運営されているのではないかと理解しています。
現在の大学図書館の設置基準においては、紙媒体を含む一定の蔵書要件が求められており、制度上も紙の本を備えることが前提となっている側面があるように思われます。この点について、どのようにお考えでしょうか」
豊田氏:「文部科学省は図書館のデジタル化について研究会を立ち上げて取り組んでいます。現時点では従来の基準が残っている部分もありますが、将来的には物理的な蔵書を必須とする考え方は変わっていく可能性が高いと考えています。文部科学省の一部の人たちは先のことを考えていて、図書館のデジタル化についてもすごく真剣に考えています」
石戸:「大学の未来について、ご意見を伺いたいと思います。生成AIの登場をはじめとする環境変化を踏まえ、大学のあり方そのものを改めて問い直す必要性が高まっているのではないかと感じています。何が『大学でしか学べないこと』なのか、そして大学の果たすべき役割とは何かが、これまで以上に問われているように思います。先ほど、この図書館には未来の大学の姿を考える上でのヒントがあるというお話がありました。そうした視点も踏まえ、豊田先生が考えるこれからの時代における大学の中核的な役割とは何か、また大学は今後どのように変わっていく必要があるのかについて、お考えをお聞かせいただければ幸いです」
豊田氏:「まず、大学というのはレクチャーを中心とする大学であってはならないということです。中世の15世紀の活版印刷発明以前の、先生が本を読み上げて学生がそれを書き取ることを目的とした大学教育であってはならないと考えます。その対局にあるのは何か。それは学生の自発的な学修であり、学生間のインタラクティブな学修であり、学生たちが社会に関わっていくフィールド学修、そういう学修が大学において重要になってきています。
先生の話を聞くだけであれば、先生の本を読むだけで十分なわけです。英米圏では、日本的な授業のやり方をスプーン・フィーディング・レクチャーと呼びます。赤ちゃんにご飯の食べ方を教えるように、少しずつスプーンに入れて口に運んであげる教育ですが、そういう教育をやめないといけない。学修の場を提供して、学生同士の相互作用を刺激する仕組みを作り、教員の役割はそうした環境を学ぶ学生たちをコーチするようなかたちとなっていく。教員はある程度は必要ですが、その必要性は小さくなっていくと思います」
石戸:「最後に、今後の国際教養大学中嶋記念図書館の展開について一言お願いします」
豊田氏:「今後、大学図書館が博物館化していくうえで、世界の最先端を切るようなデジタル技術を活かした取り組みをやり、みなさんに『国際教養大学中嶋記念図書館は建物だけではなかった』と言ってもらえるような存在を目指していきたいと思います」
最後は石戸による「デジタル化が進展し、AIによって知識へのアクセスがこれまで以上に容易になった時代において、物理的な空間が持つ意味について、豊田先生のお考えをじっくりと伺うことができ、私自身にとっても大変刺激的で学びの多い時間となりました」という言葉で、シンポジウムは幕を閉じた。

