概要
超教育協会は2022年1月12日、NPO法人 セサミワークショップ 日本代表の長岡学氏を招いて、「世界で一番長い道:セサミストリートが歩んだ教育イノベーションの歴史と今後の行方」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では長岡氏が、アメリカの幼児向けテレビ番組「セサミストリート」の誕生と歴史、セサミストリートが実践しているメディアを使った教育イノベーションや世界各地での活動内容などを詳しく紹介。後半は、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。
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「世界で一番長い道:セサミストリートが歩んだ教育イノベーションの歴史と今後の行方」
■日時:2022年1月12日(水)12時~13時
■講演:長岡 学氏
NPO法人セサミワークショップ 日本代表
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真5・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウの後半では、ファシリテーターの石戸 奈々子より参加者から寄せられた質問が紹介され、長岡氏が回答する質疑応答が行われた。
地道な活動をデジタルでどう広げていくか 「セサミストリートの今後」に質問が
石戸:「ブロックチェーンを使うことによって自律分散・協調型の新しい学びの環境が構築できる、その技術に私も期待していますが、今日のお話では、ブロックチェーンを活用して『How』」の教育環境を構築するのではなく、現時点ではブロックチェーンの考え方に基づいて今後の活動をしていくということでしょうか」
長岡氏:「はい、まずはコンセプトの部分で考えています。分散化と訳しましたが、金融の『Decentralized financial system』 を『Decentralized education system』にしようというコンセプトの部分です。活動していると国や自治体の枠に縛られてやりたいことができないし、日本だと先生が異動になるとせっかく学んだことが続けられなくなってしまうこともあります。それを乗り越えるために着目したのが分散化です。やがてはブロックチェーンそのものも教育カリキュラムの中に組み込んでいこうと思っています」
石戸:「セサミストリートには、これまでエビデンスに基づき構築してきた良質なコンテンツがあります。セサミストリートとして、ずっと変わらず持ち続けていることと、時代に応じて変化させてきた領域について教えていただけますか」
長岡氏:「コンテンツは、時代を反映するようなものです。最近では移民問題です。アフガニスタンで大変だったときにも我々のスタッフは現地で、まずは救助することから始まり、逃げる場所を確保するなど身体的な緊急事態への対応を行いました。
移民の方々はアメリカにもたくさん来ていて、米軍キャンプなどに押し込められているのですが、そこで子供も生まれるし、おじいちゃんやおばあちゃんもいます。セサミストリートが提供できるコンテンツとしては、生活が始まる日のために、衛生や健康のこと、サバイバル英語教育、システム教育の教材などあります。いろいろなものがすでに蓄積されていますが提供するためには必ずお金がかかりますので、政府機関から助成金を得たり、一般企業から寄付をいただいたりします。我々は非営利団体ですから、キャラクターグッズを作って得たお金も全てこのような社会奉仕活動に還元されていく仕組みです。
Howの部分は、必ずしもデジタルでつながっているわけではありません。移民キャンプがまさにそうで、第1日目から使える教材は紙です。国によってはヘリコプターからワークシートをばらまいたこともあります。日本では自治体と組んで実施しますが、けっこうアナログで、市町村にご挨拶に伺って話を聞いていただいてデモンストレーションをして先生たちにトライアルしていただくことを繰り返しています。
石戸さんに以前ご登壇いただいた金銭教育のローンチイベントから4年ぐらいかかって初めて、埼玉県戸田市でカリキュラムが導入されるようになりましたね。その間には、リサーチして結果を確認して、修正してやり直すことを繰り返しました。最初は『アメリカの会社が日本の教育現場で教えることなどできない』と否定的な見解も多いのですが、時間をかけると我々のコンセプトを理解していただけると信じています。ですから何年かかろうが、我々は現場に足を運んで皆さんに試していただき楽しんでいただく取り組みをしています。
セサミストリートのコンテンツは、子供が見ても大人が見ても楽しめる内容です。パロディーや歌、有名人もたくさん出演しています。日本で今後活動を続けるにあたっては、日本の文化を反映するようなことや、多様性も肌の色だけではなく目に見えない障害や経済的格差、地方格差のようなところ見ながら、コンテンツを作り続けていきたいと思います」
石戸:「多様性やインクルーシブ教育に関しては、日本でも関心が高まりつつある認識です。視聴者の方から自閉症とセサミストリートについての質問がきています。『私の子供が自閉症スペクトラムASDなのですが、当事者として日本での認知や社会的取り組みはまだまだこれからだと感じています。アメリカでの社会的な認知状況や取り組み、セサミストリートを通じた効果的と感じられる具体的取り組みについて教えてください』という質問です」
長岡氏:「アメリカにも日本の自閉症協会のような団体がいくつかあります。冒頭でご紹介したキャラクター『ジュリア』が登場したのは5年前ですが、実はその前に10年間かけてさまざまな調査などをしています。アメリカは宗教により異なる考え方があり、自閉症は病気だから治さなければならないと考えるグループや、反対に特性だから認めて受け入れる社会を目指しているグループもあります。我々は公平に両方の意見を聞きながらジュリアを作り、その場所に適した内容でジュリアのエピソードを作り、ワークシートを作り、ワークショップを行っています。
アメリカでは、発達障害を持っている子供を隠したりはしないです。我々の印象だと日本は、親御さんが隠している、そのことに胸が痛みます。隠さずに学校に送った時、学校の先生がどう扱ってよいか分からないことも課題だと思います。我々にはセサミティーチャーという先生のトレーニングプログラムもありますが、この中には発達障害の子供たちと接することができる技術を持った先生もいます。
先ほどのマングローブに戻りますが、先生方が自分の持っている知識を共有することを地道に続けることで、子ども達が平等に公平にみんなと一緒に学べる環境ができればよいなと思っています。
日本では我々は正式に5年間日本実行委員会のメンバーとして毎月会合に参加していますし、啓発デーのイベントにはセサミストリートのキャラクターが参加するといった活動も積極的にしています」
石戸:「発達障害の中でも、なぜ自閉症に注力されているのですか」
長岡氏:「番組のコンテンツには目に見える障害と目に見えない障害、車いすに乗った人や、目に見える障害を持った人も出ています。自閉症に関しては5年ぐらい前にキャンペーンがあって実現化しました。ジュリアというキャラクターは、発達障害を含めて、ありとあらゆる目に見えない困りごとを持った特性を象徴しています」
石戸:「カリキュラムに関してさまざまな質問がきています。『カリキュラムはどこで見られますか』、『学校で授業にするときに、どのようにしたらよいのでしょうか』という質問です」
長岡氏:「簡単な情報は、弊社のホームページからアクセスできるようになっています。学校レベルで試したいというお話は、メールなどでご連絡いただければ担当者が出向いて説明します。自治体レベルでの導入の場合、戸田市や三鷹市からの事例は、教育委員会からお話をいただいてお伺いして、パイロット校で1年ぐらいかけて検証しました。内容はカスタムメイドで、自治体の要望に合わせて検討して提供します。予算がかかることもありますが、たいてい我々は他のこともしていますので、その中に含める工夫などもしながら、予算やタイミングに合わせて進めています。けっこうアナログです。気軽にメールをください」
石戸:「『リサーチをする際に、後々活用できるようにするためのポイントなどがあれば教えてください』という質問がきています。私も研究について詳細を知りたいです。テレビ番組始まったときのセサミストリートが、どのような研究をしてきたのか。また、メディアが変遷する中で、インターネットやデジタル機器を使った学びに関して、これからエビデンスを取っていくことが世界の共通課題だと思いますが、セサミストリートはどのような研究をしているのか。過去とこれからについて教えていただければと思います」
長岡氏:「テレビ番組もゲームもワークシートも、コンテンツを作るときは有識者を集めてカリキュラムセミナーを開催しています。プロデューサーである我々は専門家ではないため、例えば自閉症なら自閉症の有識者が集まってカリキュラムという座を作ります。それを元にライターが脚本や教科書を書き上げます。動画を作ったら有識者だけではなく子供達にも見てもらい、リサーチ結果を見て作り直します。それを何度も繰り返してから一般の人に届けます。これが典型的なやり方です。
多様性や非認知能力の場合、先ほどのパイチャートのように正解も間違いもない質問への答えをどう評価するか、どうエビデンスを取るかは大きなポイントです。日本的には道徳の時間でやって成績はどうつければよいのですか、とよく聞かれます。子供たちがコンセプトを理解したかについては努力点や向上点をつけることができますが、我々は、例えば小学校で学んで、子供達が、自分が社会の一員であることを理解して、みんなと仲良くできたか、将来の設計ができたかを6年間かけてリサーチします。
コンテンツを作るための最初のリサーチをフォーマティブテストformative testといいます。6~10年かけるリサーチをサマティブテストsummative testといって、何年か後にやったことの結果が出ているかどうかをリサーチします。50年間の間に何回リサーチができたかというと、そんなに数はできていないことになります。ただ、いろんな研究から、セサミストリートを見て育った子供がこれだけ高校卒業できている、何%の子供がこんな大学に進学しているといったデータは、出されてはいます」
石戸:「今後はどこに注力していきたいですか」
長岡氏:「非認知能力のところです。ユニセフでも取り上げられているテーマで、どう教えていくか、どうエビデンスを取っていくかは永遠のテーマになりそうです。非認知能力への差別はアメリカにもあります。日本の多様性の考え方や自閉症への捉え方とも異なります。自閉症はニューロ・ダイバーシティの1つで、そのような背景や特性を持つ人たちの学びをどう測るかは、掘り下げて研究していきたいと思っています。同時にそのような人たちが貢献できる社会や教育システムも構築していく、これも我々のような会社がやるべきことだと考えています」
石戸:「ニューロ・ダイバーシティの話が出ましたが、『目に見えない』障害に関して、コロナ禍で増えているメンタル的な疾患も含まれると思います。セサミストリートはそのあたりもカバーしていきますか」
長岡氏:「実際、セサミストリートの健康教育のプログラムは、体の健康教育とメンタルヘルスと、ファイナンシャルヘルスをカバーしています。お金の教育が健康教育に入っているのは、お金があるないによって将来設計も変わってくるからです。そして将来の見通しが立たないとメンタルに影響して体にも影響を及ぼしますので、この3つは切り離せないと思っています。この3つのヘルスケアプログラムは今後、学校や地域型のワークショップなどでも広げていきたいと思っています」
石戸:「ほしいものと必要なもののベン図を作っていく話は、何を目的として作られたカリキュラムですか」
長岡氏:「始まりは金銭教育のプロジェクトでした。『お金があったら何を買いますか』だったのを、セサミストリート風に『海に行くことになったらどうしますか』と誰でも体験できるように書き換えたものです。ベン図は多様性を見せるためで、人にはいろんな意見があり、重なるところもあることをシンプルに見せるためでした」
石戸:「本人が必要なものとほしいものをどう捉えていくかという学びとして作ったものではなく、多様性の可視化のためなのですね。
また、参加者からの質問です。『カリキュラムがあっても、周知が難しく感じます』というご意見があります。日本では具体的にどのように普及活動をしているのでしょうか。学校や自治体単位で関心がある場合はお問い合わせくださいということでしたが、ワークショップをどのように普及させていくか、教えていただけますか」
長岡氏:「地道に自治体を回る活動は続けていくと思いますが、U-NEXTとのパートナーシップを組んだことは大きいと考えています。なぜAmazonやNetflixに行かなかったかとよく聞かれますが、日本のデジタル配信プラットフォームのU-NEXTで配信して、セサミストリートを見ているときは、学びにつながるようにアルゴリズムを操作する試みも行っています。
このようにメディアを使った活動を続けつつ、現在健康教育においては、小児科や、小児病院、そして地元密着型の薬局を800拠点持っているクオールを通じ、0歳から6歳位を対象に周知活動をしています。
そして、6歳から12歳までは学校ではセサミストリートの教育カリキュラムに触れる機会があり得ます。
さらに英語教育のセサミストリートイングリッシュは、3歳から18歳を対象に東進こども英語塾で全国展開しています。なお、セサミストリートイングリッシュでも、同様のコンテンツを使っていますので、非認知能力に関して英語でも学ぶことができます。このように0歳から18歳までは、どこかで必ずセサミストリートに触れられるようなタッチポイントを仕組んでいます。さらにU-NEXTでのビデオ配信、YouTubeでの動画配信やSNSもありますので、ここ2~3年で一般への周知が広がるだろうと考えています」
石戸:「日本はGIGAスクール構想が始まり、ようやく教育が変化しようとしています。長岡さんが日本の教育で課題に感じること、アドバイスがあればいただけますでしょうか」
長岡氏:「GIGAスクール構想、デジタルは鍵だと思って意識しています。セサミストリートのアナログで地道な活動を、デジタルでどう広げていくかは最大のテーマだと思います。自治体や学校によって使うテクノロジーが異なっていたり、デバイスを全員に配る話はありますが持っている子と持っていない子がいる、いろんな制限があって難しいと感じています。GIGAスクールでこれから、デジタルでいろいろなデータを集めてエビデンス取って分析して、子供達に適切なものを作って提供していきたいと思っています。政府、自治体、学校現場のみなさんと一緒にデザインの部分からやっていきたいと思います」
最後は石戸の「国内でも教育が変わりつつある今、セサミストリートの取り組みから改めて学ぶべきことが多いと感じました。ありがとうございました」という言葉で、シンポジウムは幕を閉じた。