概要
超教育協会は2025年1月29日、東京都教育庁 総務部 デジタル推進課デジタル企画担当課長の江川 徹氏、デロイトトーマツリスクアドバイザリー合同会社 マネージングディレクターの吉田 圭造氏、デロイトトーマツリスクアドバイザリー合同会社 マネジャーの齊藤 綾子氏を招いて、「メタバースでつくる新たな居場所・学びの場~東京都のバーチャル・ラーニング・プラットフォームを参考に~」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、江川氏、齊藤氏が不登校の子どもたちへの新しい居場所としてのメタバースの有効性、東京都の「バーチャル・ラーニング・プラットフォーム」の取り組みについて講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その模様を紹介する。
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「メタバースでつくる新たな居場所・学びの場 ~東京都のバーチャル・ラーニング・プラットフォームを参考に~」
■日時:2025年1月29日(水) 12時~12時55分
■講演:
・江川 徹氏
東京都教育庁 総務部 デジタル推進課デジタル企画担当課長
・吉田 圭造氏
デロイトトーマツリスクアドバイザリー合同会社 マネージングディレクター
・齊藤 綾子氏
デロイトトーマツリスクアドバイザリー合同会社 マネジャー
■ファシリテーター:
・石戸 奈々子
超教育協会理事長
江川氏は、約30分の講演において、教育現場におけるメタバース活用の有用性と東京都の「バーチャル・ラーニング・プラットフォーム」の詳細について説明した。主な内容は以下のとおり。
▲ スライド1・左から
東京都教育庁 総務部 デジタル推進課
デジタル企画担当課長の江川 徹氏、
デロイトトーマツリスクアドバイザリー合同会社
マネージングディレクターの吉田 圭造氏、
デロイトトーマツリスクアドバイザリー合同会社
マネジャーの齊藤 綾子氏
教育分野で広がるメタバースの活用その可能性と課題は?
【齊藤氏】
国内の教育分野でも近年メタバースの活用が進んでいます。初等中等教育の領域では不登校児童・生徒など多様な子どもたちの支援や外国語教育、国際交流などで活用され、他にも地域学習や修学旅行、学校の体験学習にメタバースを活用している事例もでてきました。
こういった教育活動の一部をメタバース上で展開する動きに加え、メタバースの活用を前提としたスクールの設置という方向にも広がりを見せているのが現状です。
▲ スライド2・国内の教育分野でも、
メタバースの利用は広がっている
こうした広がりには複数の要因があります。まずは、コロナ禍を経てオンライン教育が手段の一つとして認識されるようになったことです。インタラクティブな場として、メタバースが注目されるようになりました。もう一つは、教育の多様化・個別化に対するニーズの顕在化です。さらに、学校教育の現場で1人1台端末の普及やメタバースのプラットフォームが提供されてきたことなど、システム面での環境が整ってきたことも理由といえるでしょう。
こうした中、2024年度からは東京都と一緒に「多様な子どもたちの支援」を目的にメタバースの活用に取り組んでいます。その過程で見えてきたメタバース活用の可能性と課題について説明します。
メタバース活用におけるポジティブな可能性としては、より柔軟な学びの場を実現できる可能性があります。場所という物理的な制約を超えて学びの機会を提供できる、その中でより視覚的、体験的な学びの空間が作れる、そういった特徴を生かして、個人の状況、特性に応じた多様な学習機会を確保することができる、そういった場を作ることができる可能性があります。
2つめのポジティブな可能性は、新たな居場所・コミュニケーションの場としての機能です。メタバースは、Zoomのような通常のオンライン会議ツールと異なり、より柔軟なコミュニケーションが可能で、多様なやり取りができます。例えば、東京都の事例でも最初はアバターのリアクションだけでコミュニケーションを取っていたという子が、徐々にテキストメッセージになり、音声のやり取りになり、ビデオ通話になりというような形で、その子どものその時の状況に合わせて段階を踏んで多様なコミュニケーションをとるようになっていきました。
また、東京都の取り組みでは、メタバース上で部活をしたり、メタバース上で知り合って友達になったりする事例もあり、「複数のユーザー間での繋がり」を形成しやすい場なのではないかと考えられています。子どもたちの新たな居場所、繋がりの場として機能し得ると考えています。
3つめが、支援のあり方にも新しい動きを作れるのではないかということです。メタバース上でのコミュニケーションや繋がりをきっかけに、リアルな場に接続をしていく例が一部ですが出てきています。自治体、学校などと連携しながら、リアルな支援を補完していくことで、リアルとメタバースの二者択一ではなく、組み合わせによる支援のあり方を作っていけると考えています。多様な子どもたちの支援にも手が届きやすくなると感じています。
一方で課題もあります。まずは、運営に際してシステムの構築や利用料が必要であるということです。もちろん無料のプラットフォームもありますが、運営をすると一定の人力も必要です。また、場を用意して、そこに子どもたちを呼べばよいということではなく、教員や支援する側もその中で活動し、コンテンツを用意することなども必要です。
こういったことも踏まえると、まだまだ取り組みによって内容に差があるのが現状です。これまでの学校教育のような形で地域を問わず同水準といったレベルにはいっていません。こういった取り組みを始めている自治体も複数あり、その実践が積み重ねられているところです。メタバース上での活動設計や適切な運営体制の設計面も含めて知見を蓄積して横展開をしていくことも今後、必要と考えています。
不登校の子どもたちの新しい居場所「バーチャル・ラーニング・プラットフォーム」とは
【江川氏】
不登校の子どもたちの数は非常に増えています。全国では34万6,000人以上で、東京都では令和5年度の不登校児童・生徒数が3万1,726人に上り、11年連続で増加しています。不登校については大きな問題だと捉えています。
不登校児童・生徒の支援の実態について説明します。「不登校」と聞いて、学校には行っていないのであれば家にいると思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、不登校にはさまざまな段階、さまざまなフェーズがあります。学校には登校しているが教室に入ることができない子どもなどについては「別室登校」と呼んでいます。また、各自治体の教育支援センターや適応指導教室など不登校の子どもたちを集めて学習支援などを実施する施設、学校ではない施設に行く子どもたちもいます。
また、「支援されていない層」の子どもたちもいます。いわゆる「引きこもり」の子どもたちです。教育支援センターなどに行くことにはしたけれども、なかなか行けない、行き続けられない「行き渋り」の子どももいます。このように不登校にはさまざまな段階があるのです。
私達は特に「行き渋り」から「引きこもり」の状態にある子どもたちの支援を重視しています。この辺りが最も支援が十分でない領域です。実際には、フリースクールやNPOなどの支援もありますし、別室登校から行き渋り、引きこもりへと子どもたちのフェーズが変わっていくのでもありません。つまり、とても複雑な状況なのです。特に大人との繋がりがなかなかない子どもたちに対して、何らかの対応ができないだろうかと思いました。
その対策として、相談したいときに相談できる人が見つかる場があるとよいというのが1つ。もう1つは、不登校の子どもたちでもゲームなどに対しては大変、慣れています。そういったことを踏まえて、彼らにとって心理的な負荷がかからないコミュニケーションができないかなと考えました。その際に大切なことは、「学校復帰」だけではなく、「人との繋がりを持つ」ことを目的とするということでした。
そうした考えのもと、東京都ではオンライン上の仮想空間である「バーチャル・ラーニング・プラットフォーム」を考えました。不登校の児童・生徒の新たな居場所・学びの場を作りたい。特にアプローチが難しかった児童・生徒への新しい支援チャンネル、公教育としてこれまでなかったものをバーチャルという場で作ることができないだろうかと考えました。
▲ スライド6・オンラインを活用して
都内公立の小・中学校、地方教育委員会を支援
2022年12月にまずは新宿区教育委員会と連携してデモ運用を行いました。2023年9月からは「バーチャル・ラーニング・プラットフォーム」を構築して、4つの自治体で運用を開始。2024年5月からは、28の自治体に拡大して運用しているところです。
GIGAスクール構想で子どもたちに配布された端末で動く比較的軽い仮想空間を作りました。「バーチャル・ラーニング・プラットフォーム」は実際に入室しますと、子どもが入っていって、さらに右側にそれぞれの自治体の職員が実際に子どもたちに話しかけます。東京都の方でも、各フロアでオンライン支援員を配置していまして、操作の案内や簡単な挨拶は行いますが、あくまでもこの各フロアの中での教育活動はそれぞれの自治体が行っています。フロアの中で活用できるように教材も用意しています。
さまざまなコミュニケーションが可能な仮想空間は子どもたちの新たな居場所として有効
「バーチャル・ラーニング・プラットフォーム」のフロア構成を説明します。A自治体専用、B自治体専用と専用フロアを作り、それぞれの自治体を子どもたちは行き来できない構成にしています。「これがあるから安心」という声もいただいています。
▲ スライド7・「バーチャル・
ラーニング・プラットフォーム」の特徴
各自治体のフロアの説明をします。子どもたちはアバターを操作して専用フロアの部屋に入っていきます。
▲ スライド8・アバターを操作して
フロアの中の部屋に入っていく
東京都側から見ると、各フロアの各部屋を集合住宅のように一覧でみることができます。カメラのオンオフは任意ででき、チャットでも音声でも会話できます。最初から声を出す子どもは少なく、チャットを通じて少しずつ慣れていきます。
教室のエリアも説明します。前方の黒板にカメラ映像やパワーポイントなどのスライドを映すこともできます。こうして授業をしたり、さまざまな連絡をしたりできます。
▲ スライド9・教室のエリアでは、
前方の黒板にカメラ映像を映すことができる
仮想空間の中のWeb教材について説明します。こちら着席してボードをクリックしますと、ここで画面遷移して実際のWeb教材に取り組めます。
▲ スライド10・ホワイトボードが
Webポータルになっている
ホワイトボードには絵も描けるし、自分が描いた絵を掲示することもできます。最近ではお題をもとに、お絵かき大会も行われているようです。
Web相談を行う部屋もあります。部屋に入って座った後に部屋の扉を閉めることで個別面談が可能です。
自治体によって仮想空間がどのように運営されているかもご紹介します。自治体による工夫としては、例えば心理士を用意して仮想空間専任として配置し、子どもからの相談に対応しているところもあります。また、学習支援員を配置した自治体もあります。最近では、独自イベントを企画・実施している自治体も増えています。仮想空間に子どもたちを呼び、お喋り会や手芸イベント、クイズ大会、科学実験といった、それぞれの自治体が工夫を凝らしたイベントを行っています。オンライン部活も増えています。子どもが参加しやすそうな活動をさまざまに用意して、比較的子どもの自主性に任せやり取りをしています。
▲ スライド12・自治体ごとに
仮想空間の運営に工夫があり、
その好事例を東京都では提供している
このような活動により、例えば、仮想空間の中で繋がりができ友達ができたり、大人とのやり取りができて、次の段階となる教育支援センターなどに行ってみようかな、学校に通ってみようかなというような子どもたちが少しずつ増えて来たりすることを期待しています。仮想空間は子どもたちの新たな居場所として有効だと感じています。
>> 後半へ続く