キャンパス全体を研究成果に社会実装する実験場に
第93回オンラインシンポレポート・前半

活動報告|レポート

2022.8.5 Fri
キャンパス全体を研究成果に社会実装する実験場に<br>第93回オンラインシンポレポート・前半

概要

超教育協会は2022629日、金沢工業大学学長の大澤 敏氏を招いて、「全国の学長注目度No.1 金沢工業大学の教育DXと社会実装教育とは」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では大澤氏が、金沢工業大学が取り組む「プロジェクト型実践教育」と、文部科学省が公募するDX 施策「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン(Plus-DX)」に採択された教育DXの取り組みについて紹介。後半は、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。

 

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「全国の学長注目度No.1 金沢工業大学の教育DXと社会実装教育とは」

■日時:2022年6月29日(水)12時~12時55分

■講演:大澤 敏氏
金沢工業大学学長

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

大澤氏は約35分間の講演において、金沢工業大学が地元の企業と一体となって進めている社会実装教育の具体例、文部科学省の「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン(Plus-DX)」に採択された教育DXにおける2つの施策について紹介した。主な内容は以下のとおり。

 

【大澤氏】

金沢工業大学では、社会実装教育と教育DXを両輪として教育を実践しています。まずは社会実装教育について説明します。金沢工業大学では、「キャンパスでのCO2排出量を43%減らす」ことを目指しています。CO2削減の技術や施策について大学で学んだ知識は、「まずキャンパスの中で社会実装して活用しなければならない」、これが基本的な考え方です。具体的には、NTTアノードエナジー株式会社と協力してキャンパス内に太陽光発電設備と蓄電池を設置し、直流による再生可能エネルギーの有効活用により、キャンパス内の電力を補えるようにし、CO2の削減を目指しています。

 

地方の大学という特徴を活かした社会実装にも取り組んでいます。大学と地元企業が連携しスマート農場を作り、太陽光、バイオマス、水力などの自然エネルギーの活用、蓄電池による電気自動車の活用、AIやデータサイエンスなどのテクノロジーとIoTとを組み合わせた取り組みなど、さまざまな実証実験プロジェクトを進めています。本学が実践する各プロジェクトに共通する特徴は、大学と企業が協同して「社会実装」していることです。

 

例えば、AIやデータサイエンスについて大学で学ぶとき、教室内できれいなデータから特徴を抽出することでデータサイエンスの理解を深めることも大切ですが、学生たちは社会に出た途端に、多種多様なデータを扱うことになります。教室で学んだことを社会でどう活用するのか、その視点からも社会実装教育は大事です。その中でSDGsやカーボンニュートラルを目指すようにすると、学生の自己肯定感も上がります。

 

▲ スライド1・地方の大学である特徴を活かし、
地域の協力も得ながら社会実装を進めている

「数理・データサイエンス・AI教育課程」を設置し、文・理を超えた「プロジェクト型実践教育」を推進

 次に社会実装教育と教育DXとの関係性、「なぜ両輪なのか」について説明します。大学で学んだことを社会実装するには、文・理を越えた連携が必要になります。金沢工業大学は、単なる理工学の技術者を育成しているのではなく、文・理を超えた教育を実践しています。例えば、先ほど例に挙げたいちごのスマート農場には12学科が関わり、「プロジェクト型実践教育」を実践しています。

 

データサイエンス分野では電気電子工学科の学生が温度や湿度をコントロールし、太陽光発電設備では建築学科の学生が参加しています。バイオ化学の学生は植物の基本的な構造を解析し、情報工学の学生は熟練栽培者の作業中の写真を何万枚も撮ってAIで解析し、どの芽をどう間引いていけば甘味の強いいちごができるのかをデータ化しています。その他にもロボティクスや航空分野を専攻している学生も参加しています。農場全体を自然エネルギーで賄おうと、機械工学の学生が小水力発電装置を作ったり、環境土木の学生がどこの水源をどう使えばよいかを調査したり、水利権の難しさについても学び、メディア、心理、経営の学生が全体をマネジメントして発信しているのです。

 

このように、複数の分野にまたがる教育を実践しようとすると、テクノロジー、つまり教育DXなしでは実現できないのです。

 

▲ スライド2・企業と協同で運用している
社会実装の教育研究具体例
いちご栽培のスマート農場

 

金沢工業大学の特色ある教育の1つとして1年次から4年次まで毎年開講される必修科目である「プロジェクトデザイン教育」をカリキュラムの主柱に据えていることが挙げられます。学年が進むにつれ、身近な課題から地域の課題、そして専門分野に関連する課題にチームで取り組みます。2年次には近隣の自治体から課題を提供いただき、解決策提案します。社会で発生している問題を発見して解決すべき課題を明確にし、解決策を考え、評価、選定して、社会実装につなげるプロセスや方法を実践しながら学びます。

 

プロジェクト型実践教育は、工学教育の世界標準となっているCDIOの考えのもとに「Conceive 考える、Design デザインする、Implement 実行する、Operate 運用する」というステップで実践されます。

 

▲ スライド3・プロジェクト型実践教育の
具体的なステップ

 

このうち「I・実行する」や「O・運用する」のところがこれまでの工学教育、日本全体の教育に不足していました。実行と運用はフィールドがないとできません。金沢工業大学では、ここに注力した教育で社会実装力を強化しているのです。

 

本学が実践する社会実装教育・研究では文・理を超え異分野と連携する中で、AI・データサイエンスが必要となります。そこで、本学では、「数理・データサイエンス・AI教育課程」を作りました。全学共通課程としてAIプログラミングやデータサイエンスを学んでいきます。

 

▲ スライド4・本学全学共通課程として
「数理・データサイエンス・AI教育課程」を創設

社会人や企業がプロジェクトに加わることで学生の学びも変わる

プロジェクト型実践教育をさらに進めるには、社会人と学生が同じプロジェクトに参加することが大切です。例えば、建築の学生が学生用のアパートを作るプロジェクトに参加し、考えを提案したとき、このプロジェクトに参画している近所のアパートのオーナーたちに「これでは家賃が今の10倍ぐらいになってしまいますよ」と言われて、ガックリしました。

 

このように、実際の社会にはさまざまな制約があり、アイデアだけでなくいかに現実を見据えて考えるかが重要になります。それを、社会人やときには外国人、そして学生が一緒に参加し、学ぶことで、イノベーション力の基礎が養われていくと考えています。金沢工業大学では、社会人に授業に参画いただく仕組みや、学生が社会に出て学ぶ仕組みを構築しています。共同研究含めて、企業や地域と協同した200以上のプロジェクトに学生が取り組んでいます。

 

究極のプロジェクト型社会実装教育として「コーオプ教育」を実践しています。在学中の学生が、長期間企業の一員として実際の業務に従事し、企業の社員に実務家教員として本学の教員と共に指導いただくプログラムです。給料も支給されるので、学生には責務が生じ、単純に学ぶだけではなく自身の研究を企業の成果に結びつけることを真剣に考えます。企業の指導も給料を払うことでインターンシップとは違ってきます。

 

アメリカでは年間約30万人がコーオプ教育を受けています。WACE(世界産学連携教育協会)に準拠して期間は24か月、それ以上の場合もあります。それ以外に「ジョブ型インターンシップ」の取り組みや、社会と密接に結びついた34の研究所を設置しています。社会と大学がかなりオーバラップしているのです。

 

▲ スライド5・社会人が授業に参加する、
学生が就業して学ぶ、
産学協同の教育も取り入れている

学生一人ひとりの学びに応じた教育を実践する金沢工業大学の教育DX

次に教育DXの具体的な取り組みを説明します。まずは、シラバスのデジタル化です。電子シラバスには、Eラーニングシステムや教材配信システム、ポートフォリオ、レポート、課外活動などがリンクされていて、全学にオープンにされています。つまり、学科や学部に関係なくオンデマンドで学生が自主的に学べる形を目指しています。

 

▲ スライド6・「電子シラバス」で
学科や学部を越えて
教材やリンクをオープンにしている

 

全学に公開することで、所属する学科では学べないが、プロジェクトでは必要な内容などを全て学べます。例えば心理科学科以外の学生が心理学を応用した開発プロジェクトに参加し、心理効果はどのような基準で決めるのかを学びたいときなど、関係する授業科目を電子シラバスを通して自由に学べます。授業と課外活動、あるいは授業とプロジェクトという組みあわせで、プログラムは何万通りにもなり、学生の個の能力を引き出せるようになっています。

 

▲ スライド7・「授業×課外活動」
「授業×プロジェクト」
学べるプログラムは何万通りにもなる

 

金沢工業大学では2021年に文部科学省が公募した「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」に応募し2件の採択を受けました。

 

1つめの補助金を活用して、まずは、それまで個々の部署で使われていて統一されていなかった電子シラバスやポートフォリオシステム・修学に関する情報等の大量のデータを統合し、網羅的な解析ができるようにしました。幅広くさまざまな解析を行うことにより、成長するポイントが学生によって違うことが見えてきます。学生があるとき急に成長することがありますが、どのようなポイントで成長したのかがデータを解析していくと分かります。つまずきのポイントもわかるので、それらを解析してAIが導き出した結果を参考に、教員と相談しながら学生が自分で課題解決できるようにしようとしています。

 

▲ スライド8・学生個々の出席、成績、
指導歴・課外活動などのデータをAIで解析

 成績や出席など学生の状況を多面的に分析してフォローする

個々の学生について、多面的なデータ解析を行えるようになったことで、大学全体としてメリットがありました。学生の成績、出席、退学などの状況について解析したところ、入学後の第6週ぐらいで成績が下がってきている学生の90%が退学していることが分かりました。こうしたデータを6週目の全学共通の学部会でフィードバックし、私から先生方に直接、課題が集中していないか等、気を付けていただくことを伝えることができました。

 

また、普段の会話にどんなキーワードが出てくるか解析をしたところ、成績下位の学生は思ったほど「アルバイト」や「遊び」などが原因になっているのではなく、「課題」「勉強」「時間」に苦しんでいることが分かりました。そういった学生は、最初の中間試験がある7週目前後で退学してしまいます。ここを乗り切ったらもっとよい大学生活ができていた学生もたくさんいただろうに、と認識できました。

 

また、金沢工業大学には、一般的な学力試験で入ってくる学生と推薦試験で入ってくる学生がいます。それらの学生について、英語と数学の基礎学力とGPAの推移をグラフに表すと先生たちがずっと思っていたように「入学時に数学ができた学生が、必ずしも大学でそのまま伸びていくわけではない」ことがわかりました。

 

▲ スライド9・学生の入学時の基礎学力と
学習成果の相関関係の推移も解析

 

これをさらに解析していくと、出席に問題がある学生がどの科目に問題を抱えているかも分かってきます。例えば「統計」でつまずいた場合は「数理Ⅱ」でもつまずくなど、相関関係も個別に出てきます。これが1年生1,600人分、1,600通り出てきます。

 

これがすべてではないとしても、少なくともアドバイスの基にできます。ただし実際に学生と面接すると、出席しない理由は「家でおばあちゃんの面倒を見ているから」など、千差万別です。そこをどう深堀してデータベース化していけるのか、どのポイントでつまずくのか見ていけるか、このようなことが本学の教育DXの姿勢です。

 

なお、ポジティブな面の解析も行っています。それが「学生があるとき急に成長した、そのポイント」の解析です。一人ひとりについて解析できるのがAIの利点です。面接だけでは分からない部分が見えてくることは、非常に大きい成果だと思います。

企業や世界の大学と常時接続できるシステムで時間・空間・距離を超えた共創教育を

文部科学省に採択された教育DX2つめの施策は、「時間と場所の制約を超えた学びの創出」です。この補助金では、空間をつなぐ等身大接続システムを設置しました。東京・虎の門にあるキャンパスと石川県のキャンパスをつないでいます。Zoomとは違う、等身大で空間と空間がつながる環境のもと、社会人と学生でグループディスカッションなどを試みています。この取り組みを発展させることでベトナムや東南アジアとも繋がることができます。企業ともつながり、また、文・理を問わず、他大学の教室とつながることで、世代・分野・文化を超えた共創教育が実現します。

 

▲ スライド10・巨大スクリーンで
等身大の相手と遠隔交流できる仕組みで
共創教育を実現

 

本学と東京のキャンパスを等身大で空間と空間がつながる環境で、「モノづくり」を遠隔でできるかも試しました。VRMRのツールも使いましたが「アバター」が非常に活躍しました。

 

▲ スライド11・「教育DXを活用した遠隔での
実験・モノ・コトづくり」取り組み時の様子

 

金沢市近郊には20校ほど大学等の高等教育機関があり、それぞれ特徴を持ちます。その高等教育機関と連携し、このような遠隔システムを使うことで、総合大学のように機能することも可能です。本学は金沢市近郊の私立大学を中心にプラットフォームを形成し、魅力ある「学都金沢」のブランド構築に取り組んでいます。

 

デジタルを活用した効果についても検討しています。対面授業は一体感と現実性が高いです。しかし、空間性がないので、仮想空間として複合現実を入れてみる、オンデマンド授業、オンライン授業と組み合わせてのブレンデット授業を実施してみるなど、どれがどの授業に最適か全学で検討しているところです。

 

▲ スライド12・対面授業だけでなくデジタル環境や
映像を活用した授業の組みあわせも検討中

 

このようにデジタルを活用することで海外とも繋がることができるようになります。例えばスタンフォード大学からスピンアウトしたスタンフォード・リサーチ・インスティテュート社とは、仮想空間の中で映像を組み合わせ、国際的に様々な議論をしながらイノベーション創出に関するノウハウを学ぶプログラムを実施しています。

 

そして、こうした取り組みをさらに加速させるため本学は2023年、「国際教養理工学課程」を新設します。イノベーション科目群、リベラルアーツ科目群、グローバルプロジェクト科目群に各学科の専門科目を加えて、ここに社会人も外国人も参画してもらいます。これはDXがなければできなかったことです。

 

Society5.0」で提言されているフィジカルとサイバーの空間をつなぎ合わせて、日本と時差6時間ぐらいのASEAN各国のいろんな大学と連携し、国際共創カリキュラムを作る構想も展開しているところです。

 

▲ スライド13・日本との時差が大きくない
外国の大学との国際共創カリキュラムの構想も進行中

「人類の英知」ともいえる原典初版本を読み解きイノベーションを考察する「超教育」な取り組み

最後に、金沢工業大学だけしかできない「超教育」のような特徴的なチャレンジをご紹介します。

 

現在、本学のライブラリーセンターに2,000冊ほど、ガリレオやニュートン等の原典初版本を所蔵しています。それらを本学の専門の先生が読み解き、それを解説し、学問の本質に触れる講座を実施しています。例えばニュートンの「プリンキピア」は300ページ以上、ラテン語で書かれた本です。この本を読むと、まず今使われている教科書はいかに整備されているかよく分かります。他にもレントゲン、ライト兄弟、エッフェル塔の設計図も所蔵しています。カナダのトロント大学でも同様の取り組みを進めていますが、系統的に集めているのは本学だけです。

 

▲ スライド14・偉大な発明家や科学者の著書や
設計書の原典初版本を解説する講座も始動

 

例えば空飛ぶ車を作るイノベーションを起こすにも、鳥がなぜ飛ぶことができるのかを想像できなければなりません。「リリエンタール」の原書本に書かれていますが、鳥の羽の理論を飛行機に応用すれば鳥が墜落しないように飛べるのではないか、なぜつけないのか、材料の組み合わせや浮力の問題か、サイエンスか、一方で鳥の羽は美しい、そこに何かがあるはずだ、など考えるべきいろいろな要素が入ってきます。STEAM教育にも有益です。

 

▲ スライド15・リリエンタールを読み解き、
未来の航空機の研究に活用するプロジェクト型研究

 

リベラルアーツ的なことも考えます。人の機能向上のための商品開発では、実験台になる人に目的やリスクをちゃんと伝えていたのか、ガルバーニの原書本の蛙の足を使った電流と筋肉の収縮の動物実験は「やってよかった」のだろうか、レントゲンの最初の写真の人は癌になったのではないだろうか、遺伝子に関する技術とプライバシーとはどのような問題なのか、といったことです。

 

▲ スライド16・未来の生活を変える研究を行う
学生だからこそ、本質を学び考えることも重視

 

イノベーションを起こすにも「では、何のためにスマートシティを作るのか」という、本質的なことを学び考えることが、非常に大事な時代になってきたと思います。DXSociety5.0も、最後は「生涯に亘って豊かに生きていくため」に行きつきます。

 

これからいろんな分野の人、世代も文化も超えて新しい共創を生み出すような大学を作っていきたいと思っています。

 

>> 後半へ続く

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