第7回オンラインシンポ「学習履歴データ活用の重要性について」レポート・前半

プロジェクト活動|レポート

2020.8.19 Wed

概要

超教育協会は2020年7月8日、九州大学副学長 安浦寛人氏を招いて、「学習履歴データ活用の重要性について」と題したオンラインシンポジウムを開催した。シンポジウムの前半では、九州大学が取り組んでいる学習履歴データ活用の重要性について紹介。後半では超教育協会理事長の石戸奈々子を交え、視聴者からの質疑応答を実施した。その前半の模様を紹介する。
 
「学習履歴データ活用の重要性について」
■日時:2020年7月8日(水)12時~12時55分
■講演:安浦寛人氏 九州大学副学長、ファシリテーター:石戸奈々子 超教育協会理事長
 
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 安浦氏は約40分間の講演で、九州大学が取り組んでいる遠隔授業における教育データの活用について紹介した。安浦氏は、教育データを集め社会全体で共有できる「学習履歴データベース」を構築するのが目標と話す。その主な講演内容は以下のとおり。

遠隔授業で教育データを収集し 教育DXの実現を向けて活用

 新型コロナウイルス感染症の拡大により、多くの大学は一斉に遠隔授業を余儀なくされました。まさに「晴天の霹靂」でしたが、遠隔授業ではデジタル化された多くの教育データが、学生と教員の間を行き交います。そうした教育データを収集することが、遠隔授業の実施によって可能になったとも考えられます。
 
 遠隔授業では、オンライン会議システムや教材配信システムなど、さまざまなツールが使用されます。小テストや課題への対応などは全てオンラインでやり取りされるのでデジタルデータとして残ります。学生との質疑応答もチャットツールなどを使うデジタルデータとして残ります。
 
 さらに、学習管理システム(LMS/ラーニングマネジメントシステム)がある大学では、学生の履修履歴、教員の教育の実績もデジタルで記録できます。学生たちにアンケートを取ったところ、当大学では6割くらいの学生が「対面授業ができるようになっても、オンライン授業の部分も残してほしい」と回答しています。他の大規模大学などでのアンケートでも同様の結果でした。
 
 実際、欧米や中国、韓国など、世界的に見ても、これを機に、遠隔授業ベースに教育のデデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現する方向へと舵を切り始めています。今後は、遠隔授業、オンデマンド配信授業、対面授業の組み合わせが「標準」になると考えています。今年は、まさにその転換点です。
 
 教育データについて、そのデータの「活用者」と「活用場面」でマッピングしました。活用者は、「生徒」、「教員」だけではありません。「教育機関」や、教育機関を管理・監督する「国または自治体」も活用者です。
 

▲ スライド1・活用場面、活用者ごとの教育データの活用例

 
 活用場面も「個々の授業」はもちろん、学期を通じての利用、学年全体での活用、さらには中学校、高校、大学それぞれの「教育課程の入学から卒業まで」で活用することもあります。また、「初等教育から社会人教育まで」の全人教育における活用、「社会全体」で考えたときの活用など、さまざまな視点でのデータ活用が考えられます。
 今、我々が教育データについて考えているのは、ごく限られた「左上の隅」だけの範囲であることがわかります。しかし、現実には、この表のように大きな空間が広がっているのです。
 
 それでは、個々の授業や科目で教育データをどのように使えるのでしょうか。具体的には、「授業内容や質疑応答の記録」や「学生の理解度の確認」に活用できます。副次的な利用では、教育機関やシステム運用者が教育支援システムの改良に活用することも、教員が教育手法や教材を改善していくのにも利用できます。学生が自らの学習法を改善していくことにも役立つでしょう。大きく捉えると、教育体系の改善や教育制度の議論などにも影響してきます。
 

▲ スライド2・個々の授業や科目における教育データの活用例

2013年から「学生1人1台のPC」で 教育データに基づく教育学習支援

 九州大学では2013年度から入学した学生全員にある基準のスペックを満たしたPCを購入させています。そのPCにインストールするOSやOfficeのようなツールについては、すべて大学からキャンパスライセンスで提供しています。
 
 教員が学生たちに提供する教材もデジタルで、教科書も電子書籍で勉強できるようにし、さまざまなデータを集めています。それを解析する技術「ラーニングアナリティクス」も開発し、その分析成果を学生や教員にフィードバックする取り組みもしています。教育データに基づいた教育学習支援を実施しているのです。
 

▲ スライド3・九州大学の教育データに基づいた教育学習支援を実施している

 
 例えば、「リアルタイム分析ツール」を活用すると、教員は自分が講義をしている様子を確認でき、同時に「学生はどういうページを見ているのか」がわかります。さらに、「今のページの内容はわかりましたか?わかりませんか?」と聞くと学生が反応ボタンを押せるようになっていますので、「わかった」学生の数と「わからなかった」学生の数の割合が表示されます。
 

▲ スライド4・対面授業よりも学生の様子がわかるようになる「リアルタイム分析ツール」

 
 このようなツールを利用しながら遠隔授業を進めていきますと、もし学生が理解していなければ、もう少し詳しく説明するといった臨機応変な対応もできるようになるのです。
 
 教室での対面授業では、教員は学生が頷いている様子などを確認できますし、居眠りしている学生が多ければ「もう少し面白く話そう」ということもできたのです。そういった細かな対応も、「リアルタイム分析ツール」を活用することで、遠隔授業でも実現できるようになったのです。リアルタイムフィードバックをした場合と、していない場合で付いてきている学生の割合が随分と異なるというようなデータも実際に取れています。

遠隔授業と対面授業で 学生の理解度に差異はあるのか

 九州大学では2013年度以降、対面授業でPCを活用してきました。そして今回、遠隔授業となったことで、その差分を検証できます。同じ授業を対面で行った場合と、事前学習をさせてから遠隔授業をした場合での成績を比較しました。
 
 すると、理解度について統計的には有意な差はないという結論が出ました。遠隔授業でも、学生はしっかりと理解できているのです。
 

▲ スライド6・対面授業とオンライン授業を比べると、理解度で有意な差はない

 
 さらに、語学や数学などの講義で、複数のクラスに同じ内容を異なる教員が教えた場合、学生たちの学習活動がどう影響を受けているかを分析しました。それによると、同じ教員が教えると異なる内容でも学生の学習パターンが非常に似てくることがわかりました。教員の教え方が学生たちの学習活動にかなりの影響を与えているのです。
 
 また、同じような学習活動をしていても、教え方の順番などの違いによって学生たちの成績が変わるというデータも取れました。学習活動と教え方のマッチングを最適化すれば、10%~20%程度の成績向上が見込めることがシミュレーションで検証済みです。
 
 成績分布で「上位層と下位層とではなにが異なるのか」ということをディープラーニングで因子分析できます。その分析により、成績に寄与している学習活動の因子が異なっているということもわかります。そこを意識して、いかに下位層を底上げするか、上位層をさらに伸ばすかということも考えられるようになります。
 

▲ スライド7・ディープラーニングにより、成績の上位層と下位層とではなにが異なるのかを分析できる。

 
 さらに、「ソーシャル知識マップ」では、教員たちが伝えたいと思った情報が「学生たちに本当に正しく伝わったのか?」、「概念間の関係は正しく伝わったか?」といったことの解析ができます。
 

▲ スライド8・教育データを分析することで、学生が頻出した言葉やリンクなどもわかるようになる。

 
 また、教育データを活用することで、補助教材で弱点を補っていくことも学生が自分でできるようになります。「アクティブラーナー」としてデータを活用することで、学生を「学習データサイエンティスト」として育てていきたいと考えています。さらに学生たちを「ティーチングアシスタント」として使えば良い効果が上がって、他の興味がない学生たちの学習意欲を増すことも使えることがわかっています。

学習履歴データベースの構築は 国の基礎力を高める重要なプロジェクト

 教育データは、ある種の個人データですからプライバシーの保護もきちんと考えています。九州大学では、教育データを4つのレイヤーに分けて考えています。
 

▲ スライド9・教育データの取り扱いに関するプライバシー保護のレイヤー。

 
 このうち、L1のレイヤーにある教育データは実名でも利用できるようにしています。こうしないと教員が授業の成績評価ができません。L2は、基本的に匿名データです。大学の部局や学科が教育・学習の改善を目的とした研究などのために使えるようにしています。
 
 L3は今後検討していかなければいけないレイヤーで、「オープンデータ化をどうするか?」、「他機関とのデータの互換性を保ちながら共有していく部分をどう考えるか?」が課題です。L3の教育データの取り扱いにおいては、プライバシーの問題を真剣に考えなくてはいけません。
 

▲ スライド10・教育データのオープンデータ化が今後の課題

 
 ここまで教育データという言葉を使ってきましたが、これは教育者側や教育機関側がいかに効果的に教育を実践するかという視点をベースにしています。教育をどう改革したら良いかという観点の基礎資料という意味合いでの教育データです。
 
 一方で、それぞれの学生にとっては、自分が何をいつどう学んだかという「学習履歴データ」であり、自分の学び方を改善するヒントに使えます。学生個人が管理・閲覧する権利を持つプライベートなデータです。
 

▲ スライド11・教育データ、学習データ、学習履歴データに含まれる内容

 
 こうしたデータを集めて社会全体で共有できる仕組みが作れないかと、「学習履歴データベース」の構築を将来の目標として考えています。
 

▲ スライド12・小中高大から社会人教育まで、すべての教育データを集めた学習履歴データの構築が将来の目標

 
 学習履歴データベースは、基本的には学習者本人が管理し、閲覧する権限を持ちます。ただし、例えば、学校の成績などは本人が勝手に書き換えては困るので、それぞれの教育機関から与えられなくてはなりません。
 
 そうしたデータを教育機関、教育サービス、企業、行政、資格認定機関、研究者・政策立案者、子供の場合には本人以外の保護者が活用できるようにします。学習履歴データベースに提供されるデータは、個人情報であるべき場合もあれば、統計情報であるべき場合もあります。個人情報の場合には、本人の同意を得た上で学習履歴データベースに提供できるという社会的な仕組みを作る必要があります。
 
 新型コロナウイルス感染症の拡大を契機に、多くの大学が遠隔授業に取り組みましたが、このことは今後、教育改革の起爆剤になると考えられます。遠隔授業の実施とあわせて、プライバシーに十分配慮しながら教育データを集め、オープンデータ化していくことが今後、非常に重要なポイントになります。
 
 そして、国民の学習履歴データベースを構築することは、ある意味で国の基礎力を高める重要なプロジェクトになるのではないかと感じています。
 
 
>> 後半につづく

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