一人ひとりの「人生のバランスシート」を最良化するために
第92回オンラインシンポレポート・前半

活動報告|レポート

2022.7.22 Fri
一人ひとりの「人生のバランスシート」を最良化するために</br>第92回オンラインシンポレポート・前半

概要

超教育協会は202268日、マネックスグループ株式会社 取締役会長 兼 代表執行役社長CEOの松本 大氏を招いて、「マネックスがSTEAM教育事業を始めた理由」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、松本氏が、オンライン金融サービスを事業の柱とするマネックスが教育市場に参入した経緯と今後の展開について講演し、後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに質疑応答を実施した。その前半の模様を紹介する。

 

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「マネックスがSTEAM教育事業を始めた理由」

■日時:202268日(水)12時~1255

■講演:松本 大氏

マネックスグループ株式会社
取締役会長 兼 代表執行役社長CEO

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

松本氏は、約30分間の講演において、大学卒業以来一貫して金融畑を歩んできた同氏が、なぜSTEAM教育のスタートアップを傘下に納めて教育市場に参入したのか、その経緯と狙いについて説明した。主な講演内容は以下のとおり。

 

【松本氏】

マネックスは、1999年にオンライン証券会社として創業しました。今では、資産運用サービスや仮想通貨交換所「コインチェック」などのサービスを提供する会社を傘下に収め、お金に関する多様なサービスを展開するグループになりました。もともと、「お金に関わることがメイン」の会社でしたが、20214月に企業理念を改定し、お金に限らず広い意味で「個人の生涯バランスシートを最良化する」ことを目指しています。

 

人が生きる上での資産には「お金」、「稼ぐ力」、「相続したもの」、さらには「友人」などがあります。一方で負債となるのは「費用」で、費用は生活全般にかかりますが、病気になればお金も時間も莫大に使われなければならなくなり、資産と負債のバランスが崩れます。それでは、「人の一生」を考えて人生のバランスシートを良くするにはどうすればよいでしょう。もちろん、お金を増やせれば良くなりますが、それだけではなく、例えば「稼ぐ力を身につけること」や「上手にお金を使うこと」、「病気にならずに健康で余計な出費や時間を使わずに済むこと」もあります。それらを含めて「個人の生涯バランスシートを最良化すること」を企業理念としたのです。

「おばあさん」との出会いからSTEAM教育への参入を真剣に考えた

きっかけは、ある「おばあさん」との出会いです。2年前にグランドプリンスホテル新高輪の「飛天の間」で開いたマネックスのお客様感謝デーで、そのおばあさんから、自分が生きた証を残したいとマネックスで運用してきた株式を元手に自費出版した「自分史」をいただきました。読んでみると登場人物の一人であるおばあさんの歴史の中に私についても書かれていました。そのときに「自分たちの仕事は、ただお客様のお金を増やすことではない。それによるお客様の自己実現を助けることこそ企業の存在価値、ひいては私たちの存在価値ではないのか」と思ったのです。社員にもこの話をして、自分たちの仕事の意義を、お客様の願いを助けることに見出してほしいと言いました。

 

そういうことが頭の中で昇華し、マネックスの最終目的はお客様がより良い人生を送れるようにすること、すなわちお客様の生涯バランスシートを良くすることと思うに至りました。もちろん企業理念は私の一存で変えられるものではなく、取締役会で議論して決めなければなりません。なぜそういうことをやるのか、金融の会社が全然違うことをやってうまくいくのか、株主の理解が得られるのかなど、さまざまな意見が飛び交いましたが、「これが私たちのそもそもの存在意義なのです」と説得して取締役会で決議を経て、企業理念を書き換えたのが202141日です。

 

具体的には、二つのことを始めました。一つは、難病患者の「全ゲノム情報」を取得・管理してデータセットを作り、医師と協力して難病の治療や緩和につながる薬や治療法を編み出すために貢献しようという取り組みです。難病の治療/緩和で患者様のバランスシートが改善されてより多くのことに時間やお金を使えるようにするため、まず、全ゲノム情報をブロックチェーンで管理するベンチャーを始めました。

 

もう一つが、STEAM教育への参入です。STEAM教育を展開してきたヴィリング(VILING)というスタートアップを100%子会社化してマネックスグループに迎え入れたのですが、最初からヴィリングという会社に注目していたわけではありません。生涯バランスシートの最良化を企業理念とするときに私の頭の中にあったのは、論理的な考え方ができる子どもを増やすことでした。子どものときに論理的な考え方を学ぶと、大人になってもより良いお金の使い方、より良い運用や投資ができるだろうし、より高収入な職業に就くこともできるでしょう。論理的な考え方をできる子どもを作ることは、その人のバランスシートを良くすることにつながるのです。

 

そこで、論理的な考え方のできる子どもを育てる教育を展開している会社はどこか、自分たちで作れないか、どこかと組むか、あるいは買収できないかなどとデスクトップリサーチを重ねて辿り着いたのがヴィリングでした。

 

ヴィリングと出会い、マネックスグループとして「STEAM教育に参入できる」と考えました。ヴィリングもSTEAM教育への強い思いはあるものの「社会に対するポジティブなインパクト、つまりソーシャルインパクトを作るには規模が必要」と考えていたところで、そういうお互いのニーズがマッチして一緒にやっていくことになりました。

 

私自身の子どもの頃からの歩みを振り返ると、実はSTEAM教育に通じるような体験があり、それが私のキャリアや人生に非常に役立ってきたように思います。

 

子どもの頃の話をすると、父も母も元々出版社の人間で、特に編集者の父は「本の虫」でした。家の中は本だらけ。床から天井まで二重の書棚で埋まっていました。当時の多くの本はルビが振られていて子どもでも読めました。朝日新聞のような全国紙でさえルビが振られていた時代です。しかし今は、ルビを振っていない本がほとんどで、読んでいてもなかなか頭に入ってきません。本にもルビが振ってあれば、言葉の意味が分からなくても何となく雰囲気で分かりますが、ルビがない漢字を抜いて読んだら何の意味もなさない、だから読まなくなります。

 

「近頃の子どもは漫画しか読まない」と嘆く人がいますが漢字が読めないのだから当たり前で、漫画は総ルビだから読むのです。今思い起こすと親はルビを振ってある本を本棚の下段に置いていたようで、私はそれを勝手に引っ張り出して読んでいました。それは講談本だったり、園芸の本だったりしましたが、それでも面白さに大いに刺激を受けていました。

 

そんな経験もあって、「インターネット総ルビ図書館」を作るという夢を持っています。これは、青空文庫のような形で、蔵書には全てルビが振られていて、子どもが好きな本を自分で読める図書館です。ただ、この構想を周囲に話しても「それならYouTube見ればよい」などと言われて誰にも受けません。ただ、YouTubeという形でプッシュされるものと、自分から読みに行くものでは違うと思います。

 

このように、子どもには難しい本でも、その意味をなんとなくでも理解できる体験というのはとても重要だったと思っています。

 

また、幼稚園の頃には母親に連れられて近所の乾物屋に行き、買い物の合計金額を店のご主人より早く暗算で答えを出せるのが自慢でした。これは、店先で「a円+b円+c円」とお金をイメージしながらの計算だからできたのであり、ただ「abc」を計算するだけではできなかったと思います。大学卒業後は英語もろくにできないのにアメリカの金融機関に就職しましたが、それでも何とかやってこられたのは、こうした経験を活かして「数字で会話する感覚」を持てたからです。

 

こういう、なんとなく意味を理解できること、足し算をお金でイメージできること、数字で会話できる感覚を持つことは、STEAM教育で行われる「コンストラクショニズム」に似ている気がします。こうした経験が私の人生に役立ってきたことを考えると、そういう経験をより多くの方に持って欲しいと考えたこともマネックスがSTEAM教育に取り組む背景にはあります。

マネックスがSTEAM教育に参画することで社会に新しい流れを生み出せる

さまざまな企業や組織がSTEAM教育を実施していますが、その多くは就職対策に重きを置いていたり、プログラミングを非常に重視していたり、もともと優秀な子どもや裕福な家の子ども向きだったりと、広がりはあるけれども商業的側面が強く、入試や就職を見据えたハイエンド向けのものが多いのが現状です。

 

一方で、仕事人生を終えた人がボランティア的に地域の少人数の子どもを相手に教えるものもありますが、こちらは残念ながら広がりが期待できません。マスを相手にした安価でスケーラビリティのあるSTEAM教育を供給するプレイヤーが必要なのではないかと考えました。

 

それで、ヴィリングとともにそういった教育を提供していこうとしているところです。ヴィリングは、プログラミング言語の「Scratch」などを使ってSTEAM教育全般を教える教育スペース「ステモン(STEMON)」をはじめ、自閉症など障害を持つ子どもへのSTEAM教育の活用なども考えています。代表の中村 一彰は、「知的障害者向けの教育には音楽や運動などが使われるが、子どもの適性は人それぞれ。STEAM教育が向いている子どももいる」と言います。プログラミングなどを通した共通の教材で全員が学ぶプラットフォーム事業を展開していけば、「この子にはこれが向いている」という適性が見えてくるので、将来的にはそれを就職にまで結びつけようという試みにも挑戦しています。

 

さらに、保護者のニーズに合わせて学童(保育所)を併設したステモンも運営しているほか、B2B2Cのサービスも展開しています。例えば名古屋鉄道では、「ESGの観点からも、駅構内スペースの有効活用のためにもSTEAM教育をやりたいがノウハウがない」ということで、私たちが講師や訓練を含むSTEAM教育のパッケージを提供しています。

 

このように、ステモンの直営店を主軸に、B2B2Cや知的障害者向け教育などさまざまなサービスを展開していますが、まだ規模は小さく、マネックスグループとの協業/コラボレーションもこれからです。しかし、マネックスがSTEAM教育に参画することで、社会に新しい流れを生み出せることを確信しています。

 

>> 後半へ続く

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