概要
超教育協会は2022年4月13日、東京大学教授、慶應義塾大学教授の鈴木 寛氏を招いて、「不確実性の時代における教育のあり方とは」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
前半では鈴木氏が不確実性の時代に求められる人物像や教育の在り方について解説。後半は超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。
>> 前半のレポートはこちら
「不確実性の時代における教育のあり方とは」
■日時:2022年4月13日(水)12時~12時55分
■講演:鈴木 寛氏
東京大学教授、慶應義塾大学教授
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに参加者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。
今後の教育を変えていくには教員と保護者の意識改革が重要
石戸:「まず私から質問させていただきます。冒頭で、『Society 4.0では日本は負けたから、Society5.0で巻き返したい』とのお話がありました。現にデジタル敗戦とも言われています。敗因は何だったのでしょうか。Society5.0で巻き返すために、日本がすべきことは何でしょうか」
鈴木氏:「敗因は2つあると思います。まず情報デジタル系を学ぶための大学の定員がとても少なかったことです。日本の高校生の進学先は私立文系が7割です。ですから今後は文理融合型か、理工系を高度なところまで学べるところを増やすべきと考えます。
もうひとつの敗因はマインドセット、新しいアントレプレナーシップ、リスクを犯すこと、間違えることを許容する教育ができていなかったことです。
日本の公教育は、『言われたことをちゃんとやる』ことを徹底しすぎました。クォリティコントロールの観点からはよいことなのですが、Society5.0に必要なことは保護者のマインドセットです。学校現場は、文部科学省が変わってもあまり変わらず、保護者の声をより重視します。保護者は、何よりも子どもが大学に受かるようにしてほしい。入試改革についても教員は保護者に何を望まれているかを気にします。教員が変わらなければなりませんが、変わるための教員研修も、保護者が望んでいるかどうか次第です」
石戸:「次も私からの質問です。なぜ入試改革ができないのか、なぜGIGAスクール導入に時間がかかったのかは、変化を恐れる世論があったからですよね。意識変容に時間がかかることには、どんな働きかけが有効なのでしょうか。
もう1点、複数の視聴者からの質問です。高校への『探求』の導入は素晴らしいとの前提で、『しかし現実的には現場の対応が難しいのではないか。現場に対してどんな支援ができるのか』という質問です」
鈴木氏:「結局、文部省科学省がカリキュラムを変えても、現場が変わらないからでしょう。例えば、我々は新しいコンセプトに基づく、とてもよい公共の教科書を作りました。大学に入る以上はこのようなことを身に着けてほしいと、我々大学教員が書きました。しかしそれを高校の現場に持って行ってみたところ、20校では大絶賛、それ以外は大不評でした。つまり、上からだけ改革を試みてもダメで、現場とのシンクロナイズが非常に重要であるということです。
逆に言うと、『探求』は上からの改革と現場からの改革がシンクロナイズしたので伸びています。現場の教育の意識改革と、保護者や周りの人たちが新しいことにチャレンジする教員をどれだけサポートしてくれるか、だと思います。積み重ねてやっていく私も、現場を行脚するしかないと思っています。
日本の教育改革がなぜ進まなかったかについては、常に時期尚早論があります。しかし、ではいつになったら準備万端になるのでしょう。準備万端になるまでやらなかったから、日本はITで世界80カ国中80位になってしまったのです。他の国は準備万端でなくても、入れながら直していくやり方でした。PDCAではなくAAR(Anticipation-Action-Reflection 見通し、行動、振り返り)が大事であることはOECDでも言っています。予想して導入する、まさにアジャイルです。最初は必ず失敗しますが、直すスピードを速くすればよいのです。
よい事例があります。さいたま市の教育長が感動していました。さいたま市のGIGAスクールの導入は、2021年9月はひどくて保護者からもものすごい批判が来たそうですが、2022年2月には素晴らしくなっていました。多くのお父さんから励ましのメールあったのだそうです。『民間企業でも新しいシステム導入するときはかなり混乱するのだから、小中学校で混乱しないわけがない。頑張れ』と。それがうれしくて、みんな頑張ったのだそうです。
現実のプロジェクトは、常にリソースや時間が足りないのが普通なのに、なぜか教育だけは全部準備万端にしてミスなくやらなければならない。このある種の信仰を打破しなければならないと思います。教育にパーフェクトはありません。常に何かが不十分でも、常にリフレクションしながら常に修正していく、オープンに様々な人の力を借り続けることが大切だと思います。
『探求』と『情報』については、教えない教育、協働的学習をする大チャンスです。例えばつくば市は、60歳以上の再任用の教員が多いのですが、IT活用率が100%の学校があります。そこの教員に『IT機器の使い方が分からなかったときは誰に聞きますか』とアンケートを取ったところ、情報支援員に続いて2番目は『生徒』でした。まさに半学半教、これでよいのです。教員に聞かれたら生徒もうれしい。生徒が生徒にも教えてよい。教えた方が理解は深まります。学習法のピラミッドにおいて、他人に教えることは最も定着率が高い方法です。
マイプロジェクトアワードでも、農業高校や工業高校は学校がサポートしますが、普通高校は地域の人がサポートしていて、生徒たちは地域の人へのお願いの仕方も学んでいます。『探求』でチームビルディングや人の巻き込み方も身に着く、これがStudent Agencyなのです。このような自律的学習を、なんとか高校生ぐらいまでに実践してほしいと思います。
『時期尚早に導入して、学校現場を混乱させているのは、すずかんだ』という批判はたくさん受けています。『情報』の導入も時期尚早だと言われて半年遅れました。英語はまだできていません。例えば20年前の学習指導要領でコミュニケーション英語が重要だとされていたら、今頃どうなっていたでしょう。現実は、中学校では7割できているのに高校では未だに3割です。しかも高校の先生の7割以上はセファールのB2以上の能力があるのに教えていないのです。そして日本全体が世界から取り残されてしまっています。世界と日本の差が広がる責任を誰が取るのですか。私は、批判は大いに受けます。しかしそんな議論をするよりも、若者や子どもをご縁のあった人がサポートしていけばとてもプラスになると思います。足りないながらも前向きに頑張っている後ろ姿を見せることが、教育になると思います」
最後は、石戸の「私達がこれから取り組まなければならないのは教育DXであり、それには一人一人が当事者意識を持ってアジャイル型で試行錯誤しながら一歩一歩前進していく姿勢が大事なのだと、改めて思いました」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。