産業界との連携で探究的な学びを深化させる日本型STEAM
第63回オンラインシンポレポート・前半

活動報告|レポート

2021.10.29 Fri
産業界との連携で探究的な学びを深化させる日本型STEAM<br>第63回オンラインシンポレポート・前半

概要

超教育協会は2021922日、東京大学大学院情報学環/東京大学生産技術研究所 教授の大島 まり氏を招いて、「STEAMを通した新しい学び」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では大島氏が、STEAM教育を現場に導入するための生産技術研究所の取り組み、ワークショップを介した産業界との連携、STEAMで実現する探究的な学びなどについて講演。後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答を実施した。その前半の模様を紹介する。

 

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「STEAMを通した新しい学び」

■日時:2021922日(水)12時~1255

■講演:大島 まり氏

東京大学大学院情報学環/

東京大学生産技術研究所 教授

■ファシリテーター:石戸 奈々子

超教育協会理事長

 

 

大島氏は、約40分間の講演において、日本におけるSTEAM教育の状況、生産技術研究所の取り組み、産業界との連携、STEAMによる探究的な学びなどについて説明した。主な講演内容は以下のとおり。

STEAM教育の土壌は整いつつあるが教育現場へのさらなる周知が重要

20213月に閣議決定された「第6期科学技術・イノベーション基本計画」では、Society5.0の実現に向けて「イノベーション力の強化」「研究力の強化」「教育・人材育成」という3つの柱が立てられました。このうち「教育・人材育成」はさらに、「初等中等教育課程からのSTEAM教育やGIGAスクール構想の推進」と「リカレント教育を促進する環境・文化の醸成」に大別されます。

 

初等中等教育では、新学習指導要領の改訂が進行中で、2020年の小学校、21年の中学校に続いて22年からは高校にも新たな学習指導要領が導入されます。その特徴はまず「社会に開かれた教育課程」ということです。学習指導要領は10年間の方向性を見据えて作られますが、その間にも目まぐるしく社会が変わり、コロナ禍など不安定要素もあります。そういう状況にも対応できる教育課程を目指すのが従来と大きく違う展開です。もう一つの大きな特徴は「『知識の量』から『知識の質・深み』へ」ということで、持っている知識をきちんと使える知識にしていくことが非常に大事になっています。

 

一方、グローバルに目を転じると持続可能な開発目標(SDGs)に関する教育も重要性が高まっています。こちらは企業などが実際にSDGsを取り上げ、学校現場でも徐々にSDGsが浸透している形になっています。こういう社会背景を踏まえると、STEAM教育の土壌は整いつつあると考えられる一方、STEAMという言葉は教育現場ではごく一部にしか浸透していませんので、その概念をどう周知していくかがポイントです。

 

ちなみにSTEAMは、「Science」「Technology」「Engineering」「Arts」「Mathematics」の頭文字ですが、この「A」が「Art(芸術)」なのか「Arts(リベラルアーツ)」なのかについては議論があります。ただ、私個人も含めて今はリベラルアーツ、いわゆる文理融合の立場でこのSTEAM教育を展開する考えが比較的多くなっています。

 

▲ スライド1・STEAMの「A」は
「芸術」か「リベラルアーツ」か

 

新学習指導要領では、「学びに向かう力・人間性等」「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」という3つの資質・能力が挙げられています。これに「何を学ぶか」と「どのように学ぶか」を合わせて考えることが、学校現場でSTEAM教育を展開・浸透させていく上で大切です。

 

具体的には、STEAM教育が2022年から高校で実施されると、「何を学ぶか」で「理数探究」や「総合的な探究の時間」、「どのように学ぶか」では「探究活動」や「協調型学習」を授業の中で取り入れていく動きになると考えられます。

 

 

▲ スライド2・高校のSTEAM教育では、
何を、どのように学ぶのか

 

STEAM教育はもともとアメリカが発祥ですが、これはSTEM教育にArtsの要素を加えたもので、G・ヤークマン博士が提唱したピラミッドに基づいています。

 

▲ スライド3・G・ヤークマンが提唱した
STEAMの教育モデル

 

このピラミッドは、下から順に「各教科がバラバラ」「少し分離型のSTEM」「関連型のSTEM」「統合型STEMA」そして「完全統合形STEAM」という層になっています。もともとアメリカには、日本のような文系受験・理系受験という考えがなく、情報系の人材を育成するために「STEM」が提唱されていました。しかし、STEMは理系に重きをおいていることから、ジェンダーやダイバーシティの面で難しいところがあります。そこで、より統合的なカリキュラムとするためにSTEMArtsを加えることで多面的な見方が促されて新しい解決策を生み出す、いわゆる「課題解決型」の学習にふさわしくなるということが、STEAM教育が注目されている理由の一つです。

STEAM教育を現場に導入するためには「教科を深化」させる「学びのプロセス」が重要

いよいよ2022年度から高校で新しい学習指導要領が実施されますので、STEAM教育を現場でどのように導入していくのかを考えてみます。

 

東京大学生産研究所では20116月に研究所内に、「次世代育成オフィス(以下、ONGOffice for the Next Generation)」を設置しました。ONGでは、設立当初の2011年の当初ではSTEMSTEAMに着目していたわけではなく、工学を中心とした科学技教育の活動を行っていました。現在は、産業界・教育界に地域も含めた産学民連携で、教科・科目横断のSTEAM教育プログラムの開発を進めると共に、理系に限らずイノベーションを創出する人材育成に向けた教育活動のデザインを行っています。

 

▲ スライド4・ONG
(次世代育成オフィス)の概要

 

教育プログラムは、新しい学習指導要領を踏まえた上で興味・関心のレベルに応じた3タイプに分類し、それぞれどういう教育活動をしていけばよいのか、ONGで研究しています。

 

▲ スライド5・興味・関心に応じた
教育プログラムの分類

 

学校現場では、「萌芽的レベル」「成長レベル」「発展レベル」というようにレベルに応じた学習が展開されます。ONGでもそれぞれのレベルに応じて、キャンパス公開や映像教材配信などの「創造性に触れる教育」、出張授業・ワークショップなどの「創造性を育む教育」、探究型学習などの「創造性を形にする教育」を提供します。かつては、研究者は論文を書くなどの学術界における貢献だけでしたが、今は論文などの学術界以外への成果の還元としてさまざまな方法があります。

 

▲ スライド6・学習指導要領を
踏まえた
STEAM教育

 

このようなSTEAM教育ですが、学校現場ではどうしても理科や数学など「教科」で教えることになりますので、「探究活動」と循環させることで教科を「深化」させます。一方で、この教科を「統合」しなければ探究活動(課題解決)にはつながらないので、うまく「学びのプロセス」として循環させられるかどうかがポイントになります。その際にはカリキュラムマネジメントを実施して、このプロセスを学校現場だけではなく「社会に開かれた教育課程」として、学校でいろいろな人材を募り、教育してもらえる体制づくりも重要になります。

 

▲ スライド7・STEAM教育で実現する
「循環する学びのプロセス」

 

この「カリキュラムマネジメント」と「体制づくり」の2つを念頭に、ワークショップや探究活動をデザインし、展開しています。

※詳細は以下のリンク先をご参照ください。

http://ong.iis.u-tokyo.ac.jp/otheract.html

ワークショップによる協調的な学びと教材開発

ONGではSTEAM教育の現場への導入に際して、「研究者・技術者の直接参加型活動」と「ICTの利用」を重視しています。その背景には、まずワークショップや出張授業の場合、どうしても対象が1クラス40人程度に限定され、企業の担当者や先生が丁寧な説明を心がけるため、実施できる回数が少なくなってしまうといった課題があります。つまり、こうした課題をICTで教育コンテンツ化すれば、幅広く授業の中に取り入れることが可能になるのです。いわゆる「パッケージ化」とは異なる、このようなスタイルも重要だと考えます。

 

「直接参加型活動」の具体例としては、JALや東京メトロなどの企業の協力で実施する「工場見学」や、現場の方(JALであればパイロット・キャビンアテンダント・整備士など)を交えた「グループワーク」、逆に大学の活動に企業の方が参加してもらって実施する「実験」などがあり、高校生も本物の体験や現場の人との対話を通して「科学技術と社会のつながり」を実体験することができます。

 

ICTの利用」に関しては、「現実社会とのつながり」と「原理・原則の理解」を踏まえて多面的なコンテンツを作ることは、私たちにとってもチャレンジングな課題ですが、こういう形で企業と大学・高校が協同していくことで、「科学技術と教科のつながり」も生まれてきます。教育界にとっては今の学習指導要領に沿った形でSTEAMを導入できるメリットがあります。

 

一方で産業界との関わりを密にすることも大切です。産業界からは「教育に参画してどのようなメリットがあるのか」をよく問われます。教育は直ちにメリットが見えないためなかなか難しい問いですが、一つには新しい情報発信が挙げられます。私たちが作るコンテンツには必ず協賛企業名を記載し、企業にも大学がコンテンツ作りに参加していることを明記していただくことでWin-Winの関係になっています。

 

もう一つはSDGs関係です。最近ならCSRCSV、さらにはパブリックエンゲージメント活動の一環として参加することで、企業においても教育への関わりを次期製品や新製品開発に還元できると考えています。ただ、まだ手探りの状況ですので、企業側からの立場で、どういう観点なら教育に参加しやすいのか、いろいろご意見いただきたく存じます。

 

▲ スライド8・産業界との
STEAM教育の流れ

 

また、先述した企業とのワークショップも展開しています。

 

▲ スライド9・企業との
ワークショップの実施例

 

このほか、出張授業やワークショップを元にした実験・シミュレーション教材化や映像教材化も行っています。例えば、金属は物質によって色も重量や温度といった触感も違います。そうした特性が物質の密度や電気伝導率の違いとなっていることも含め、実物を見たり触ったりするいわゆる「本物体験」ができる教材を学校で取り入れることで理解が進むと考えます。

 

また、オープンソースを使用したシミュレーション教材も作成・活用しています。航空機などの「翼」を題材としたもので、デザインから揚力や抗力、揚抗比などを計算して出力します。まだ少し使いにくい点がありますが、試用していろいろフィードバックをいただきながらさらに使えるコンテンツにしていくつもりです。

 

映像教材では、学習指導要領と対応させたDVDを無料配布しているほか、Webからの閲覧も可能です。内容は、学校の授業で使いやすいように、15分程度のコンテンツに細分化し、トータルで約50分です。通常の授業の一コマとしても、50分の授業としてでも使うことができます。新学習指導要領への対応も随時アップデートしています。

 

このほか、企業が作成しているさまざまなコンテンツについても、ONGの「STEAM STREAM」に掲載してWebやスマホから閲覧できるようにしています。

 

▲ スライド10・STEAM教材の
開発と貸し出し

 

さらに、副読本の共同制作など多面的な展開をしながら、新たなアイデアを模索しています。

 

▲ スライド11・産学連携による
STEAM教育の事例

STEAM型の探究的な学び

STEAM型の探究的な学びは、大学ではまさしく研究として実施しています。また、授業でもプロジェクトベースドラーニング(以下、PBL)の一環で企業のインターンシップなどを行っています。そういう「PBL的なもの」を、高校などでの「探究の学び」にどう使っていけばよいのか、今、デザインを進めているところです。

 

本プロジェクトは、国立研究開発法人科学技術振興機構(以下、JST))の「グローバルサイエンスキャンパス(以下、GSC)」事業によるもので、東京大学では2019年から2022年度の4年間にわたる「UTokyoGSC」として採択されています。

 

GSCは、「グローバルに活躍し得る科学技術人材を育成する」ために大学の理数教育プログラムの開発・実施を支援していますが、そこで開発したプログラムのうち、特に理数探究を含む探究活動プログラムを学校現場に落とし込む取り組みを進めています。現在はちょうど折り返し地点を過ぎたところで、残り2年で学校現場にて少しでも応用できるようにと考えています。

 

UTokyoGSC▲スライド12)のSTEAMプログラムは2段階になっていて、「創造性を形にする」第2段階を最終的な目標、「創造性を育む」第1段階をその準備期間と位置づけています。合わせて約1年半のプログラムは、高校生にとってエクストラカリキュラムになりますが、第1段階は高校の探究活動において課題とされている「研究テーマの設定」を進めるステップとしての位置づけもあります。

 

▲ スライド12・UTokyoGSCの
目的と全体像

 

このプログラムでは、第1段階で「知識俯瞰能力」と「情報分析能力」、第2段階ではさらに「課題解決能力」「研究検証能力」「研究マネジメント能力」という、課題解決に必要な5つの能力の習得・向上を目指します。まず、さまざまな知識を俯瞰し、つなぎ合わせて考えるには、自分がどういう知識を持ち、どういう知識が足りないのかを自己分析して把握する能力が重要です。その上で、研究・探究の課題をどう設定するのか、限りある研究時間をどうマネジメントするのか、失敗した原因をどう検証して次につなげるのかといった能力を養い、仮に成果が出せなくても、次につなげることを学べるプログラム構成になっています。

 

▲ スライド13・UTokyoGSCで育てたい
人材像と能力・脂質

 

UTokyoGSCプログラムの中で、学校でも導入できそうなのが「基礎の学習」です。どんな実験やシミュレーション、フィールドワークでも、結果をまとめなければなりませんので、そのための統計や微積、線形代数、コンピューターシミュレーションなどを学びます。特に線形代数は、さまざまな学問の基礎になるにも関わらず現在の高校では教えられていませんが、学習が必須です。

 

次に「STEAM(科目横断)型学習」に進み、研究者から「どうしてこういう研究をしているのか」や「何が課題なのか」など、パーソナルヒストリーを含めた話を聞きます。その次のステップが「STEAM価値創造ワークショップ」です。ここは、研究に必要なテーマ設定や計画を、ワークショップを通して少しずつ自分事として捉え、それを全体でシェアし、相互に行うことで少しずつ先鋭化していくプロセスです。

 

そして、まとめた内容を「成果発表会」で発表して意見交換します。また,次に二次選抜を行います。ここでは研究点を主としてまとめ、それを文字化することで自分の考えをまとめられる、そういう効果を狙っています。

 

2段階では、第1段階のテーマ設定や計画に基づいた研究を実際に行い、その後は状況に応じて随時調整して進める形になります。ここまでのプロセスは高校生には難しいと考えていましたが、できる子も結構いて、私たちにとっても勉強になっています。

 

▲ スライド14・UTokyoGSC
プログラムの流れ

 

STEAM学習を「総合的な探究の時間」に導入する場合、循環しながらスパイラルにしていくことが大事で、これにより学習指導要領が目指す「3つの柱」に加え、「創造(Creativity)」「共創(Co-Creation)」「共存(Co-Existence)」といったメタ認知的な新しい能力を養えることもできると考えています。こうしたことは「理数探究基礎」や「理数探究」でも学べると思いますが、今後は、このような要素をどのように授業に取り込み、教えられる形にするかは私自身もまだ回答を出せておらず、試行錯誤の状況です。

 

▲ スライド15・STEAMの
「総合的な探究の時間」への導入

現場への普及が期待される「令和日本型STEAM教育」のポイントは

昨年、東京大学生産研究所では、経済産業省の「未来の教室」のSTEAMライブラリに関わり、3コンテンツを提供しています。これらはSDGs関連など、ある意味私たちがやってみたいことをSTEAMライブラリ上で体現していただきました。

 

▲ スライド16・「未来の教室」
STEAMライブラリの生産研コンテンツ

 

また、WithコロナからPostコロナへ向かう時代のSTEAM教育では、「ワクワク」や「達成感」を次の「チャレンジ」へつなげるプロセスを目指すと同時に、日本は受験がありますので「教科科目のつながり」に関しても、教科を深化させる方向への動きを重視しています。また、「学習方法・学習形態」に関しては、オンラインとオフラインを今後どうしていくのか、ハイブリッドも含めて考えていく必要があります。このほか、私個人としては「持続可能な進化するシステム」を活用したプラットフォーム作りや、学習ログの有効活用方法などにも興味を持っています。

 

「令和日本型のSTEAM教育」でポイントとなるのは、やはり「サイバー空間」を介したオンライン教育の普及です。その最大の利点は「多様な学び」と「学び方」が時空を超えて実現できることですが、もう一つ、今後重要になる学習ログをどのように利用していくか、ということもポイントです。

 

一方で、「現実空間」における人とのつながりも大切で、それによって深まる学びもありますから「サイバー空間」だけというわけにはいきません。この2つの空間をどうやって循環しながらスパイラルにもっていくのかを考える必要があります。

 

STEAM教育に対するニーズはこれからどんどん高まります。そのための地盤作りも含めて、ぜひ皆様と一緒にワクワクする、面白いことができればよいと思っています。

 

▲ スライド17・令和日本型のSTEAM教育では
サイバー空間を介した
オンライン教育の普及がポイントに

 

>> 後半へ続く

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