概要
超教育協会は2020年9月17日、光村図書出版株式会社 専務取締役/一般社団法人教科書協会 デジタル教科書政策特別委員会 座長の黒川 弘一氏と光村図書出版株式会社 執行役員 ICT事業本部 副本部長の森下耕治氏を招いて、「光村図書に聞く~ポストコロナ教育時代のデジタル教科書 が拓く新たな学びの世界」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、黒川氏がコロナ禍を踏まえたデジタル教科書の将来のあり方について説明し、森下氏がデジタル教科書の機能を具体的に紹介した。後半では、超教育協会理事長の石戸奈々子をファシリテーターに質疑応答を実施した。その後半の模様を紹介する。
>> 前半のレポートはこちら
「光村図書に聞く~ポストコロナ教育時代の
デジタル教科書が拓く新たな学びの世界」
■日時:2020年9月17日(木) 12時~12時55分
■講演:
黒川 弘一氏
光村図書出版株式会社 専務取締役
一般社団法人教科書協会 デジタル教科書政策特別委員会 座長
森下 耕治氏
光村図書出版株式会社 執行役員 ICT事業本部 副本部長
■ファシリテーター:
石戸 奈々子
超教育協会理事長
シンポジウムの後半は、ファシリテーターの石戸奈々子が、参加者から寄せられた質問に自身の疑問も交えて両氏に問うかたちで行われた。
超教育協会理事長の石戸奈々子
評判は上々だが、 普及に向けた課題も残るデジタル教科書
石戸:「多くの質問が届いています。まず、『教師用』と『児童・生徒用』のデジタル教科書の違いに関する質問がきていますが、いかがでしょうか」
森下氏:「教師が使う『指導者用デジタル教科書』は、一部に先生が使うワークやプリント作成といった機能が付加されていますが、子どもたちに見せるためにも同じものを使いたいという希望が多いので、基本的な機能はほぼ同じです。大きな違いは販売形態で、大きな電子黒板で見せる指導者用は学校単位のフリーライセンス、学習者用は子ども1人あたり1ライセンスになっています」
石戸:「デジタル教科書を円滑に使うために、端末やネットワークに高いハードルはないという認識で正しいですか、デジタル教科書を使う授業が増えても通信回線の問題はないのでしょうか、という質問も頂いています」
森下氏:「今のところ、学校によってネットワークのスピードに若干の差はあるものの、それによって使えないということはありません。ただ、GIGAスクール構想の整備指針どおりに校内ネットワークを整備していても、1クラス40人が一斉にボタンを押した時にどうなるか、まったく不安がないわけではありません。また、GIGAスクール構想で予算が出されているのは学校内のネットワーク整備だけで、校外へのネットワークに関しては予算が出ていません。自治体のサーバーを介して外部ネットワークにつながる部分が意外と帯域が狭く、ボトルネックとしてこれから問題になってくる可能性はあります」
石戸:「実際、どのくらい導入されていて、コストはどこが負担しているのでしょうか、と私からも補足で、実際に使っている教師や子どもたちの反応がわかればお聞きしたいと思います」
森下氏:「今のところ、大規模自治体での採用例はなく、小学校が2校程度の小規模自治体で導入しているところがいくつかある、という状況です。予算は、基本的に教育委員会が負担しています。
使っている児童や先生たちの反応は、実証研究を進めているなかでいくつか出てきていますが、端的に言うと『概ね好評』です。特に子どもたちに好評なのは、書き込みをタップで簡単に消せる『消しゴム』機能で、この理由は、紙よりも速く消せるために思考が止まらず、快適に学習できることだと思われます。実際、子どもたちからは、『国語が好きになった』とか『勉強ができるようになった』という反応も出ています。また、本文全体に振り仮名を振る機能も好評で、『これがあるから読める』と、クラスの半数以上が使っている学校もありました」
石戸:「今後、デジタル教科書の利用者データを収集する機能が追加される可能性はありますか、という質問が来ています。これに補足して、そういう可能性がある場合にデータは誰が利用できるのか、匿名加工等を施した上で発行社自身が使う、あるいはデータを欲する第三者企業と共有することは検討しているのかなど、現時点でデータの利活用について議論していることはありますか」
黒川氏:「正直これからの課題ですね。データを活用できるようにバックグラウンドは作っていますが実際には使っていませんし、将来的にもまだ『検討している』というレベルです。というのも、個人情報を大量に含んでいますので、法律上の問題もクリアーする必要があるからです。来年になれば少しは進展していると思いますが、現在はまだ研究中ですので、いろいろと皆様と協議して行ければと思っています」
石戸:「デジタル教科書の可能性は理解できますが、逆に紙の教科書にはどういう優位性がありますか、あるいは、紙の教科書はこれからどうなりますか、という質問がきています。紙とデジタルの教科書の役割分担などお考えでしたら教えてください」
黒川氏:「現在、国が出している方向性は、紙からデジタルへ移行していく流れだと思います。しかし、個人的な見解になるかも知れませんが、『何からでも学べる姿勢』を育てることは教育の基本です。その意味で、デジタルからも紙からも、あるいは人からも自然からも学べる姿勢を持つことが重要で、そこは外せないと思います。
私としては、次にどちらを選ぶかすごく悩みます。どちらも必要だとすれば、そのためにかかるコストはどこが負担するのか、発行社も大変です。その辺りの、まだ出せない答えは皆さんと考えていきたいところです」
石戸:「今まで、クラス全員が同じ教科書、同じ学習順序、同じ速度で授業を受けてきました。そのことが個別学習の阻害要因になりませんか。デジタル教科書がそれを打破するきっかけになるとすれば、そのポイントは何ですか、という質問が来ています。デジタル教科書中心の学習が、これまでの学び方に変化を及ぼすなら、まさにGIGAスクール構想のキラーコンテンツになると思うのですが、そのあたりどのように考えていますか」
森下氏:「実証研究校での授業を見ていると、子どもたちがデジタル教科書と向き合っている時間が長くなっていることがわかります。先生の質問に子どもたちが挙手で答える従来型の授業だとクラスで数人しか手を挙げないこともありますが、デジタル教科書で『重要だと思うところに線を引いて』と言うと全員が夢中になって書き込みをしています。このように、教科書に自分の意見を『載せていく』思考法は、個別最適化された授業においても、効果を発揮できると考えています」
黒川氏:「すべては『授業デザイン』だと思います。個別学習など、どういう使い方をしても、教科書はあくまで『ツール』だということは押さえておく必要があると思います。ただ、教科書発行社では指導書も制作していて、その中で一律の学習指導計画を示すことが多いので、そこは今後もっと工夫していかなければならないと思っています」
石戸:「もともとデジタル教科書は、協働学習などこれからの授業スタイルを想定して作られていると思いますが、黒川さんのお話では、コロナ禍によって、家庭学習や個別学習を含めて考えなければいけなくなってきた、ということでした。実際、今後は対面とオンラインのハイブリッドが主流になっていくと思いますが、そうなると教科書の作り方も今と変わっていくのですか。それとも、そもそも現在のデジタル教科書は、そういう事も想定して作られていたのですか」
黒川氏:「これまでのデジタル教科書は『対面授業』をベースとしています。もちろん、ハイブリッドな活用の研究も行われてきましたが、今後はより一層、先生の『教科書何ページを開いて』で始まる授業だけではなく、個別学習や家庭学習も想定した作り方に変わっていくと思います。令和6年に登場する予定の『次の教科書』は、その時点では指導要領は変わっていないとはいえ、そういう新しい形を反映したものになっていくと思いますので、期待して見ていただきたいと思います」
最後に、石戸が「学校教育を引っ張ってきた教科書の変化は、教育自体の変化にも多大な影響を及ぼしますので、大きな期待を持って次世代の教科書を待ちたいと思います」と述べ、シンポジウムは幕を閉じた。