AIと共存する新しい時代に求められる教育とは
第17回オンラインシンポレポート・前半

活動報告|レポート

2020.10.30 Fri
AIと共存する新しい時代に求められる教育とは<br>第17回オンラインシンポレポート・前半

概要

超教育協会は2020年9月9日、株式会社ソニー・グローバルエデュケーション 代表取締役社長礒津政明氏を招いて、「教育変革を見据えた新たな展望と挑戦 ~ソニー・グローバルエデュケーション」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、礒津氏が新しい時代に求められる教育と、開発中の同社の教育インフラサービス、さらに文科省と埼玉県によるAI分析実証実験について紹介。後半は、超教育協会理事長の石戸奈々子を交え、参加者からの質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。

 

>> 後半のレポートはこちら

 

「教育変革を見据えた新たな展望と挑戦
~ソニー・グローバルエデュケーション」
■日時:2020年9月9日(水)12時~12時55分
■講演:礒津政明氏
株式会社ソニー・グローバルエデュケーション 代表取締役社長
■ファシリテーター:石戸奈々子
超教育協会理事長

 

礒津氏は約40分間の講演において、社会の変化に対応する教育改革の必要性、これからの教育が目指すべき多様性と個性、同社が開発を進める新たな教育インフラサービスと埼玉県の小中学校での実証実験について紹介した。主な内容は以下のとおり。

急速に変化する社会にあって 高まる教育改革の重要性

▲ スライド1・礒津氏の講演のテーマ

 

ソニー・グローバルエデュケーションは、国内1300社ほどあるソニーの子会社のうち唯一、教育事業に特化しています。2015年の設立時にミッションとして掲げたのは「来たるべき社会の教育インフラを創造する」。この「教育インフラ」とは、あらゆる教育のベースとなるコンテンツやシステムです。

 

現在、かつてないスピードで社会の動きと経済が変化しています。「VUCA(ブーカ)」という言葉で表現されるように、不確実で複雑で曖昧な社会が世界中で同時に進行している状況です未来はなかなか予測できないものですが、確実に見えている日本の未来に、急激な人口減少があります。推計より2年も早く減っているそうです。

 

人口減少は経済に直接インパクトを与えます。このチャートはバブル以降35年間のアメリカと日本の名目GDPの比較です。日本は30年間ほとんど経済成長がありませんでした。一方で人口がどんどん増えている国アメリカは、リーマンショックなど大きな問題がありつつも、着実に成長してきました。2000年からの20年で、日本とは完全に差がついてしまっています。

 

さらに、2000年代後半に世界第2の経済大国になった中国も日本を置き去りにしました。中国の成長率はここ数年落ち込んでいますが、その「落ち込んだ成長率」はバブルの絶頂期の日本の「成長率」と同じぐらい。いかに大きく成長しているかが分かります。台湾、マレーシア、ベトナムなども高い成長率を維持しており、30年先、日本の地位がどうなるのか心配になってしまいます。

 

▲ スライド2・アメリカ、中国、日本の名目GDP比較(1990~2018年)

 

20世紀に日本が経済大国になれた大きな理由は、自国に合った教育を展開し、国民全員が受けられたからです。国の成長を支えるものは人であり、教育は大事です。国民全員が教育を受けられる点は優れていますが、この先国として時代に則した教育カリキュラムを若年層に対して展開していかなければ、日本は世界の経済成長についていけないことが予見できます。

 

こうした状況の中で、「教育が目指すべき世界観」を考えてみます。現代の学校システムは,社会の変化に対して逆行しているといえます。

 

アップルがiPadを発売した2010年頃からテクノロジーを教育に取り入れる流れが世界的に顕著になりましたが、日本は、最先端の中国や北欧と比べると大きく出遅れています。個人的には、テクノロジーが進化しても学校でネットやデジタル機器を使えないおかしなルールがはびこっていると感じています。利害関係によってなかなか変わらない部分もあり、社会の変化についていけません。改善しなればならないと強く感じます。

カリキュラムの面でも見直すべきところがたくさんあります。例えば、社会が得意なのに世の中の仕組み、現代の民法や刑法の基本を知らないまま平安時代や鎌倉時代のことを学ぶなど、冷静に考えるとおかしいと思えるところはたくさんあります。

 

▲ スライド3・社会と逆行する現代の学校システム

今必要なのは「教育全体をアップデート」すること キーワードは「多様性」と「個性」

日本は、過去の成功体験があったために教育を変えようとはしなかった、それが問題の原因です。国家が長期的ビジョンを掲げ、それを元に教育全体を大きくアップデートする必要があると感じています。新しい時代の教育には、新たな目標を打ち立てていかなければなりません。

 

教育全体をアップデートする際に重要なキーワードが「多様性」と「個性」です。「多様性」では、いろいろなものの見方や考え方があること、いろいろな人や価値観を受け入れる姿勢の大切さをしっかり教えることが重要です。「個性」では、人と違うことは問題ではない、好きなことであればひたすらそれを磨いても許されるという考え方をしっかりと理解させることが大切です。これらはAIにはできないことでしょう。

 

「多様性」と「個性」を言い換えると、「面の広さと点の深さ」です。この二つを大事にしていく教育、これが次世代の教育に求められることだと我々は感じています。

▲ スライド4・次世代の教育には「多様性」=「面で広く」、「個性」=「点で深く」が求められる

 

なぜ多様性と個性が大切なのかというと、AI時代に必要であるからです。囲碁のチャンピオンがAIに負けてしまったように、これからさまざまな局面でAIは人間を凌駕すると思います。コンピュータはアルゴリズムで常に最適化していくため、AIも最終的には一つに収束されます。

 

その一方、それぞれ違う特徴がある人間の多様性こそが豊かな社会を形成していくと考えます。人にしかできないことを徹底するのが、AI時代の教育になると思います。

 

多様性と個性について、さらに深く考えていくと、「学校にまつわる問題の大半は、多様性や個性を受容することで解決するのではないか」との仮説も立てられます。

 

人と違うことが強調されていじめにつながっています。学力が低いことは問題ではなく実は個性で、人として劣っているとは言えないという解釈もできます。また、学力向上だけを考えると家で勉強する方がよいのかもしれない。大人がリモートワークで効率的に働いているのと同様です。そうなると不登校も問題にはならず「学校にはときどき行くだけで基本は家で勉強」も、ニューノーマルとなり得るように思います。

 

このように価値観の軸をずらして多様性や個性を受容すると、すべてうまくいく可能性もゼロではありません。

▲ スライド5・次世代の教育の実現には、「学校にまつわる問題の大半は、
多様性や個性の受容で解決する」という視点も必要

埼玉県の小中学校での実証実験 新時代の学びにおける先端技術の導入

ソニー・グローバルエデュケーションでは、多様性や個性を受容できる社会を目指して、テクノロジーの側面から教育の向上に貢献できないかと、新たなサービスや教育システムの開発を進めています。AI、ブロックチェーン、コーディング教育、データ分析、ロボティクスの頭文字を取って、社内ではコードネームとして「ABCDR」と呼び、教育現場での活用に取り組んでいます。

 

その事例として、埼玉県での取り組みを紹介します。埼玉県では、文科省指導のもと「新時代の学びにおける先端技術の導入」とのテーマで、4年間継続して教育に先端技術を導入する実証実験を行っています。昨年の内容は、教育ビッグデータをAIで分析し、指導方法や学校校務の効率化や改善を目指すものです。

 

特徴は、学力テストだけではなく非認知能力や学習への意欲も調査をしている点です。同じ児童生徒を経年で継続的に把握し、異なる属性の同学年の児童生徒をグルーピングして分析するなど、教育ビッグデータの先駆けとして注目されています。小学4年生から中学3年生まで、毎年30万人のテストができることは、分析への大規模な生データとしても貴重です。

▲ スライド6・県学力調査と学校保有のデータをAIで分析し
個別支援、個別学習教材の作成、進路支援などに活用する実証研究事業

 

分析結果を一部ご紹介します。学年が上がると児童・生徒の学力の伸びが見られるのですが、なぜか中1から中2にかけての伸びは他の学年に比べて少ない。これは生活習慣などの問題があると思います。

 

2019年度には、ソニーグルーブのAI分析エンジン「CALC」を使って因果関係を分析しました。例えば、中1から中2の学力が伸びない理由、ある生徒が中学1年のどこかの問題でつまずいたら、小学4年まで遡り、「どんな学習をしてきたか」、そのルートも分析しました。

 

その結果、学力上位層は勉強時間が長いだけでなく「本人の目的意識が学力に結びついている」、学力下位層も勉強時間の長さではなく、「家庭で規律正しい生活を送れていない」など、何が学力に紐づく要因になっているのかを論理的に捉えられました。これは大きな成果だと思います。

▲ スライド7・学力調査の結果などのビッグデータをAIで分析することで、
「学力に紐付く要因」が何かを分析できる

 

分析結果は、学力向上のポイントが明記された「アドバイスシート」として児童・生徒も閲覧できます(スライド8)。これは、ブロックチェーンの技術を使い、「仮名化」した状態で安全に相互利用できる、非常に価値のある個人データです。まだ、試作版なのでWebで確認できるだけですが、今後は校務システムなどに組み込んで、教員が使えるように整備していきたいと思います。

▲ スライド8・ブロックチェーン技術で
個人データを仮名化し、児童・生徒も安全に閲覧できる

 

さらに、実証実験ではAIが生成したアドバイスと、実際に担当の教員が書いたアドバイスを比較して、AIがどのぐらい人間に近いことを書けるか、人間ができないようなことも書けるのかも検証していきます。

 

教育においてAIやブロックチェーンなどテクノロジーを活用することで、児童・生徒一人ひとりを徹底的に知ることができるようになります。これは、多様性や個性を受け入れる教育をする意味でも重要なことです。これまでは、教員が暗黙知で把握するしかなかった児童・生徒の情報が、これからの時代はビッグデータで可視化され共有できるようになります。

 

ただし、アドバイスシートの内容をAIが機械的に児童・生徒に伝えてしまうと、教員が丁寧に説明するのと比べ、説得力が全く違うでしょう。アドバイスシートはAIが作ったとしても、教員と児童・生徒や保護者は生身の人間同士で、しっかりコミュニケーションを取ることが大切です。AIと教員とが共存するスタイルです。

教育特化型のオンライン授業ツールで 「教室の風景」が大きく変わる

もう一つ、ソニー・グローバルエデュケーションでは、新型コロナウイルス感染症が拡大する前から、オンライン授業を効率的に行うためのシステムを開発しています。授業システム自体は中国のEEO社の技術を使い、データは日本のクラウドで安全に管理されるように工夫をしています。このシステムは、早ければ2020年中に発表し、多くの学校などでお使いいただきたいと思っています。

 

このシステムでは、授業の開始前から終了までをシームレスな導線で結び、教員のワークフローの最適化を行い、生徒のオンラインでの学びを効率化します。
授業中の機能は、今日使っているWeb会議システムのようなEEOのClassInというサービスを使い、我々は授業前後をしっかりケアすることに特化し、全体をコーディネートするサービスを展開していく予定です。ClassInは、汎用的なWeb会議システムとは全く違い、教育用途に特化した作りの非常に優れたシステムです。

▲ スライド9・授業前の準備、授業、授業後の記録など、必要な作業を効率的に実施できる

 

参考までに中国では、オンライン授業が何年も前から行われており、数年前からは大学の授業もほぼこのような教育専用ツールに置き換わっています。日本にも徐々に普及してくると思われますので、我々も教育専用のシステムをしっかり作り、教育を効率的にサポートしていきたいと思っています。

 

このツールでは、授業のオンライン化だけではなく効率的な一斉授業も可能になります。様々な教員が、それぞれ違う授業を行うのではなく、「地域一番のスター教員」が全ての児童・生徒、学生に対し一斉に授業をリアルタイム配信するようなイメージです。リアルのクラスにいる教員は、授業を行うのではなく生徒をサポートする役割で、効率かつ効果的な授業を実現できます。

▲ スライド10・「スター教員」の授業を全国に配信し、
リアルの教室にいる教師は児童・生徒をサポートする

 

テクノロジーで教育の効率化を実現することは、教員のワークフローの改善、教育の質の担保、最終的には児童・生徒の個性の尊重と多様な学びにもつながっていきます。効率主義からは少し距離を置いて、人の温かさを支えるような教育を実現したい、それを大切にしてきたいと考えています。

 

>> 後半へ続く

おすすめ記事

他カテゴリーを見る