概要
超教育協会は2023年11月16日、明蓬館高等学校の理事長兼校長の日野 公三氏を招いて、「子どもたちの個別才能、特性を伸ばす多様な学び~明蓬館高等学校のインクルーシブ教育~」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、日野氏が不登校や発達障害などを持つ子どもたちを対象としたインクルーシブ教育について講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。
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>> 日野氏講演資料公開「子どもたちの個別才能、特性を伸ばす多様な学び~明蓬館高等学校のインクルーシブ教育~」(pdf 13.9MB)
「子どもたちの個別才能、特性を伸ばす多様な学び~明蓬館高等学校のインクルーシブ教育~」
■日時:2023年11月16日(木)12時~12時55分
■講演:日野 公三氏
明蓬館高等学校理事長兼校長
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、超教育協会の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。
子どもの支援者・伴走者となるために 保護者や学校に求められていることとは
石戸:「先生のところにはおそらく二次障害、三次障害を発症されていて、困難が二重三重になっているお子さんやご家庭も多いのではないかと思います。そうすると、先生の学びの場に入ることすら難しい子たちも多いのではないかと思うのですが、そういう子たちが明蓬館で学習に戻れるようにするためにどのような働きかけをしているのでしょうか」
日野氏:「SNECは専門性が高いです。何をもって専門性が高いということかというと、さまざまな専門家を常駐させている点です。教員だけに依存しない体制を作ろうと思いました。教員だけで何とかしようとした時代は見事に失敗してしまいました。福祉的な知識、スキルを持った人が支援員として生徒に関わっていく、生徒のみならず保護者にも関わっていくことが重要です。スクールカウンセラーが週1回ではなく毎日いないと問題解決にならないということで、心理士も常駐してもらうことにしました。それによって、もっと自分のことを知りたくないですかと投げかけをして、検査に立ち向かっていただく。そうすると、検査はよくできていて、自分の特性がカテゴリーで出てきて数値も出てきて、良いことも必ず見つかるし、自分探しをして掘り下げていくと、低下していた自己肯定感が徐々に上がっていきます。
なかには『自分のせいではなかったのですね』と言って、長年悩んでいたことが氷解したという言い方をします。そういう科学的なアプローチがこれまでなかなか経験できていなかったということを痛感させられます。登校のペースはまず自宅学習からでもよいし、週1回のオンラインの面談からでもよい。人、それぞれです。こうでなくてはならないという発想を持っていないので、一人ひとりできることから少しずつ小さな階段を作って、保護者とも合意しながら一緒になって取り組んでPDCAを回しています。必ずどの生徒にも成功のセオリーが見つかりますので、必ず時間はかかっても学習の場に戻れるようになっていると考えています」
石戸:「もちろん時間がかかる子もいるかもしれませんが、100%子どもたちは学習に戻れるということですね」
日野氏:「そうですね。想定外のケースも出ていて、学年のリーダーになるような生徒も出てきます。引きこもりもさまざまな原因と課題があるので、ひとくくりにはできません。人間関係失調、対人関係、社交不安などの症状を発症しているケースがあるので、ひとつひとつもつれた糸をほどくようにしていきます。かかりつけのドクターとも連携しますし、薬剤師や社会福祉士なども参加します。生徒が利用できる福祉制度もあります。無償で利用できるものがたくさんありますので、そういったものも引き寄せていくということで、さまざまな解決の引き出しを用意し、問題解決に当たっています」
石戸:「このような質問が視聴者からきています。『話し合い活動のような学習スタイルはオンラインで行われているのか。どうしても通信制の不安として社会性の育成が難しいのではないかという懸念がある。一方で特別なニーズがある子どもたちにはソーシャルスキルのトレーニングの必要がある場合があると思うが、どのように対応されているか』というものです」
日野氏:「社会性は確かに多くの人が気になる言葉ですが、社会性はそれだけ一人歩きすると思考停止に陥りがちな言葉なので、『我が家において、我が子においての社会性とは何なのか』を個別教育支援計画の中で明らかにしていきます。社会性は何なのか、例えば自分が好きなゲームの世界の中でも社会不安、社交不安があるのか、対人不安があるのかどうなのかなども考えます。苦手なことに立ち向かっていき、挫折経験につながっている場合はまず得意な、自分のインタレストに即した部分から取り組んで、ひとつずつ自信を深めていきます。多くの人と仲良くなるということは発想する必要がなくて、最初の一人をどうするかについて、試行錯誤して目標設定していきます。社会性のまず第一歩ということで、個別教育支援計画の中で取り上げて、大げさに実行計画を立ててやっていきます。社会性をもっと具体的に落とし込んでいくということに留意しています」
石戸:「視聴者からの質問です。『初等中等教育段階での発達障害への対応が社会的に追いついておらず、公共教育機関に負担が集中しているという社会課題があるのではないか。初等中等教育、さらにはプレ段階の教育者、保護者が今後考えるべき重要な課題、もしくは新たに学ぶべき視点は何でしょうか』というものです」
日野氏:「小学校中学校いずれも課題が山積しています。私たちのところでは、元中学校の校長先生も教育長も活躍していただいているので、小中学校の先生たちと意見交換することが多いです。小中学校はどうしたらよいのか、なかなか有効な手だてが見つからないということをよく聞かされます。通信教育、通信制高校で問題視されているのは、高等学校の教育を受けずに卒業させてしまっているのではないかということで、文部科学省からも指導をたびたびいただきます。中学校で基礎学力を身に付けないまま私たちの学校に進学するケースは実際のところあります。なので、中学1年にさかのぼっていかなければいけない、なかには小学校4年の演算から始めないといけない生徒も実際にいます。そうすると、個別的な支援計画、教育指導計画をどれだけ詳細に作り込むかが問われますので、小中学校の先生との連携や引き継ぎ会議もせざるを得ない状況です。小中、特に中学校の現場の課題は、もう少し教育課程から離れて、生徒のインタレストに注目した活動、もっと言うと私たちのマイプロが多大な成果を上げていますので、自分の好きなテーマから成果物を作る、プレゼンファイルを作る、動画を作る、ゲームを作るみたいなことを学習活動として許容する度量の広さ、あるいはそれに対する時間をあてることを許容する許容力が最も必要だと思います。個々の生徒の興味関心に対する共感力が今問われているのではないかと思います」
石戸:「このような意見が視聴者からきています。『通級担当教諭は特に発達特性に関する知識取得が必須ではないか。現状はあまり知識のない先生が担当するケースが見られます。通常級の教員にも発達特性に関する知識が必要だと感じます。けれどそれがないがために不適切な指導があって、結果として子どもたちが二次障害に至ることもあるのではないか。教員免許取得の際に学生への教育課程でもっと発達特性に関する知識を教育した方がよいのではないか』というものです。先生は教員と支援員と相談員と専門性の違う3人の組み合わせで乗り越える方法をとっているかと思いますが、そうはいっても学校で不登校も増えて、苦しい思いをしている子どもやご家庭も多いなかで、例えば今の意見のような解決方法もあると思いますし、他の方法もあると思います。日野先生が考えられる、少なくともこういう手を打つとよいのではないかということがありましたら、ご意見いただければと思います」
日野氏:「教員の配置については構造的な問題で、すぐ解決できる問題ではないと思います。それほど、この国の教員のスキルの定義そのものが、なかなかイノベーションが起きづらいところがあって、仰る通り通級、個別級、支援級の先生の配置が、適した知識やスキル、バックボーンを持った先生とは限らないです。むしろ逆行している部分も多くの事実から伺っているので、深く共感するところですが、その根っことして大学時代から学びそのものが少し違ってしまっているということがあります。未だに指導力が問われるのは教員のありようですが、子どもたちは指導力を求めていません。必要なのは支援力と伴走力です。そうすると、そもそも発達障害というのは何なのかの知識を謙虚に学び取る姿勢が必要ですが、その科学に追いついていない。心理検査、発達検査、知能検査に基づかないと、科学的なことは言えませんので、そこに教員たちを近づける努力をしなくてはいけないのですが、未だに発達障害の診断名、症状名を明確に言えない教員と校長先生がたくさんいます。そのあたりをどうするかということで、心理士が日ごろから職員室のなかにいつもいる状態を作っていくことが、最初の一歩かと思っています。これはどの公立学校にもお勧めしたいことで、スクールカウンセラーが週1回で済むなんてことは、妄想以外の何ものでもないので、そこは改めていただきたいと思います。心理士も一種のフリーターとして、なかなか職業として定着していません。なので月給制で学校現場に勤務できる、安定して毎日ひとつの学校に勤務できる体制を作るべきではないでしょうか。それは校長の英断でできることだと思います。あるいは教育委員会の英断でできることだと思います。是非それをやっていただきたいと思います」
石戸:「伴走者の話がありましたが、伴走者として一人ひとりのことをしっかりと見て理解し、共に歩くことはすごく難しいことだと思います。先生の学校では伴走するスキルをどのように育成していますか」
日野氏:「教員のスキルはティーチングです。授業を考案して授業を作り、成果を見届けて生徒たちを評価して成績をつけていくいう一連の活動なので、基本的にはティーチングだと思います。一方、伴走はコーチングとカウンセリングだと思っています。これは科学的に取得する必要があります。私たちも体系を作って教職員たちと共に実践しています。例えば傾聴するスキル、これも科学的に体系化できています。それから承認する、褒めたり認めたりすることも、どういう言葉を使うのか、どういう場面でこの言葉を使うのか全部体系ができています。動機づけをすることも、声掛けの仕方やどういうツールを使うのか体系ができています。その体系に基づいて私たちは支援、伴走という言葉を使っています」
石戸:「このような質問もきています。『生徒一人に対して三つの役割を持つ大人が担当するには、かなり潤沢な大人の数が各子どもたちについていると思うのですが、資金的にそれを回していくのは、なかなか大変なのではないか』というものです。どのような工夫がありますでしょうか」
日野氏:「仰る通り、そういった心理士を常勤させるための費用は足りないです。国からの補助支援を考えてほしいという陳情が長年にわたって出ていまして、私たちはその声はわかるのですが、自助努力をせずにいつまでたっても国頼みや行政頼みだと、今困っている子どもたちに何ら問題解決できないという状態を作ってしまいます。そういった意味では、私は私学の一員として受益者負担を願わざるを得ないです。学費については、私立の全日制と変わらないような学費を徴収している現実があります。ただ、奨学金制度や、各自治体、各都道府県に支給されるものについてはくまなく探して、なるべくそれを提供できるようにしています。あとは所得によって就学支援金の制度なども近年拡充しているので、できるだけ保護者の負担がないようにする努力をしているつもりです。願わくは、もう少しSNECのような取り組みに対して、国全体の理解、教育行政の理解が欲しいと私自身も痛感しているので、皆さんと一緒に取り組んでいければと思います」
石戸:「当事者であるご家族の方からも色々と質問がきています。複数きているのが、子どもたちの進学についての質問です。『明蓬館高等学校を卒業した後に、生徒たちはどのような進路を選んでいるのでしょうか』進学する人もいれば就職する人もいると思いますが、子どもたちに合った進路を模索しているのではないかと思いますが、どのような道を選ぶ人が多いでしょうか」
日野氏:「基本的に専門学校や大学への進学組がいます。それから一般就職がいます。それから、家が自営業をやっていたり家業をやっていたりとか、画家になったり折り紙作家になったり、東田さんのように作家活動をしている人も何人かいます。親の援助を得てしばらくやっていく人も実際にいます。自作自演のアーティストみたいな人もいます。だんだん年を重ねるにつれて増えているのは、福祉就労で、具体的に言うと就労移行支援事業所を国の方でも近年拡充していまして、2年間あるいは4年間、ご本人の負担はあまりなく、社会参加の予備的な援助をする事業所があります。また公的な団体もありますので、そこでいったん羽を休めて、社会参加の仕方を作戦参謀を得て一緒にやっていきます。私たちも卒業後も引き続き携わる機会が多いですが、福祉的な就労支援が卒業後の選択肢として増えてきています」
石戸:「5年間不登校のお子さんがいる方からの質問がきています。『困りごとは分かっているけれどどう対応すれば分からない』という状況の中に今いらっしゃるということですが、『このように長期にわたって不登校だった子でも入学できますか』というものです。そのような事例はこれまでもたくさんあるのでしょうか」
日野氏:「5年に及んだケースですと、何が必要かというと心理支援、相談支援ということになります。では心理支援、相談支援を誰が受け持てばよいかということですが、親の力をもってしてはなかなか前に進まなくなっていると思いますので、心理が何か、相談が何かということを熟知している、専門的なバックボーンを持った大人の力が必要だと思います。すぐ思い浮かぶのはカウンセラーや心理士になるかと思いますが、なかにはゲームの遊び相手のお兄さんだったり、不登校のフリースクールにたまたまいる気の置ける方だったりするので、誰が心理支援、相談支援の主役になるかという視点で眺めていただくとよいかと思います。まずは本人を否定しない、何とかあらねばならないと呪縛の概念を押し付けない人、言葉もその子に合った言葉を使える人、同じ方向を見て取り組める人、そういったところに着目して支援者を選んでいただくことだと思います。下手な大人に合うとまた貝殻の蓋が閉じてしまいますので、お子さんに付き添うべき人を選んで、これだと思ったら何とか引き寄せて、話し合う機会や相談する機会、一緒に遊ぶ機会を捕まえて、その場面を作っていただきたいと思います。やはり親御さんに負担は少なからずあると思いますが、よき支援者、よき伴走者に恵まれるように、そういう視点で眺めていただきたいと思います」
石戸:「今のお言葉はその通りだと思う一方で、そういう方との出会いを見つけるのが大変だろうと思います。現状、不登校の子でどこの支援先ともつながっていない子どもの割合も多いと伺っていますので、できるだけ多くの子どもたちが何らかのつながりを持つきっかけが提供されることを願っています。またこんなコメントもきています。『先生が仰る通り生涯学び手として学び続ける人の育成に、現状の学校教育の概念が合っていないのではないか』というご指摘です。それでは、最後に一言いただいて終わりにしたいと思います」
日野氏:「義務教育という縛りのなかで見えない縛りに苦しんでいる人が本当に多いので、義務教育を学校に行かなければいけない義務と考えるのをぜひやめていただきたいと思います。教育機会確保法という法律が数年前にできて、文部科学省自身も不登校は問題行動ではないと言い切っていますので、気を楽にしていただきたいと思います。子どもの学習というのは本能で、放っておいても学習しますので、本能に蓋が閉じられている状態から蓋を開けていただいて、学習は本能である、権利であると思える子どもであったりご家族であるように努めていただきたいです。あとは学習権を保障する義務が親にあるという考え方をぜひ持っていただいて、子どもの学習を守る、発展させるその立役者は自分であるという認識を持っていただきたいです。好きなことにはあまり蓋をしないで、例えば1日中ゲームをしているのも何かを指し示すよい材料である可能性は高いので、どんなゲームをやっているのか親自身が覗き込んで、一緒にゲームをやるくらいの姿勢でいるとよいでしょう。そうすると共感力が高まりますし、受容されていると思ってお子さん自身の自己肯定感も上がってきますので、何事も禁止せずに好きなことに取り組む姿勢を伸ばしてあげていただきたいと思います」という日野氏の言葉でシンポジウムは幕を閉じた。