子どもの指導者ではなく支援者、伴走者になることが重要
第142回オンラインシンポ・前半

活動報告|レポート

2023.12.22 Fri
子どもの指導者ではなく支援者、伴走者になることが重要</br>第142回オンラインシンポ・前半

概要

超教育協会は2023年11月16日、明蓬館高等学校の理事長兼校長の日野 公三氏を招いて、「子どもたちの個別才能、特性を伸ばす多様な学び~明蓬館高等学校のインクルーシブ教育~」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、日野氏が不登校や発達障害などを持つ子どもたちを対象としたインクルーシブ教育について講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。

 

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>> 日野氏講演資料公開「子どもたちの個別才能、特性を伸ばす多様な学び~明蓬館高等学校のインクルーシブ教育~」(pdf 13.9MB)

 

「子どもたちの個別才能、特性を伸ばす多様な学び~明蓬館高等学校のインクルーシブ教育~」

日時:2023年11月16日(木)12時~12時55分

講演:日野 公三氏
明蓬館高等学校理事長兼校長 

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

日野氏は、約30分の講演において、明蓬館高等学校におけるインクルーシブ教育への取り組みについて説明した。主な講演内容は以下のとおり。

【日野氏】

明蓬館高校は2009年に福岡県田川郡川崎町を認可権者に、特区高等学校として誕生しました。2022年度より明蓬館中等部をスタートしています。

 

これまでに通信制高校を運営してきた経験から、不登校とは業界を変えて言えば、不来店とか不購入の多いお店ということだと感じています。基本的に魅力のないお店、つまり不登校児童生徒の多い学校は魅力のない学校だと思います。いけないのは子どもたちではなくて100%学校だと私は考えています。

 

インクルーシブ教育も含めて、この先、学校が避けて通れないことは4つあります。ダイバーシティ、インクルーシブ、ワンチーム、生徒ファースト、この4つは欠けてはいけないのです。

 

▲ スライド1・学校に欠けてはいけないと思うこと

 

明蓬館高校の設立やこれまでの通信制高校の運営などを通じて「出会い」が7つほどあったので、それを振り返って順番にお話しします。

 

最初の出会いは1996年、第3セクターのIT業界の会社の経営に携わっていたときです。教育事業部をつくり見識を深めていった中で、アメリカには不登校は存在しないということを知りました。アメリカでは学習権を持つ子ども、教育権を持つ親、公教育の責任を持つ国家という三者がいつも緊張関係にあります。義務教育についての考え方も米国をはじめ多くの国が採用しているように、就学義務イコール通学義務ではなく、子どもたちの学習権を保障する義務が大人にあるという考え方です。これが世界では一般的です。

 

▲ スライド2・アメリカにおける義務教育の現状

 

第2の出会いは2008年、いくつかの学校運営してきた中で、アットマーク国際高校に東田 直樹さんという自閉症の診断を受けている生徒が入学してきたことです。幼少期からCGで絵を描いたりエッセイを書いたり絵本を書いたりしていました。卒業後、中学時代と高校時代に書いた「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」という本が世界30カ国で出版されて、現在130万部を突破しています。特にアメリカとイギリスのAmazonの全ジャンルでその著書がナンバーワンを獲得しました。

 

学校功労賞で2013年に表彰したのですが、その時のスピーチはこうでした。「僕はアットマーク国際高校に入って、学ぶことができて、本当によかったです。この学校がなければ今の僕はなかったでしょう」。そのあと、会場の外に飛び出していって、数分会場の人たちが待っていましたが、戻ってきて、「僕はこんな風に自分のこだわりと折り合いをつけながら生きているのです。みんなができないことがあっても頑張っているように、僕も自分の混乱とぶちあたりながらこれからも頑張っていこうと思います」と話しました。2021年には世界中でこの原作本をもとにした映画が制作されて公開されました。

 

第3の出会いは2009、明蓬館高校を開校するときの福岡県田川郡川崎町との出会いです。

 

▲ スライド3・明蓬館高等学校の概要

 

福岡県に本校はあります。本校では、年間4日間はスクーリングで必ずこの町に来てリアルな体験を伴った学習活動をしなければいけません。町にとっては第二の故郷と感じていただける生徒が作れるということで、交流人口がやがて定着に繋がればよいという町の考え方に私たちも賛同して、現在に至るまで14年間共に活動を続けています。高校のない町だったので、待望の高校が通信制という形でできたということで歓迎を受けています。

リスペクト、相互性、安心安全 インクルーシブ教育の3つの定義

第4の出会いは、インクルーシブ教育です。明蓬館高等学校を開校して以来、中学時代に不登校経験の多い生徒がますます入学してきます。中学時代に何に困っていたという質問を繰り返し多くの生徒に投げかけます。そうするとここに書かれているような答えが返ってきます。

 

▲ スライド4・生徒が中学時代に困っていたこと

 

その中でも、ある時にある生徒が「今、何に困ったらよいか分からずに来た」という発言をしました。「何に困ったらよいか分からない」という言葉は、専門書にも出てこないフレーズなのでとても驚きました。よくよく聞くと、生まれてこのかたずっと困り続けているので、「今更、困るという実感が持てない」ということを丁寧に説明してくれました。障害のない生活を送っている人にとっては、なかなか気付けないポイントです。それ以来、この言葉が頭について離れません。現在に至るまで考え続けて至った結論ですが、教育を受けたいというニーズではなく、学習をしたいというニーズとともに自分に最適な道、教材、学び方を教えてほしい、あるいは寄り添ってほしい、いわば福祉的なニーズがどんどん台頭してきていると考えています。表面的には色んなウォンツを教えてくれる生徒たちですが、掘り下げていくと、話を最後まで聞いてほしいニーズ、安心安全な中で挑戦したいニーズ、分かりにくい自分を理解してほしいニーズ、今何に困ればよいか教えてほしいニーズ、自分で何事も選択したいニーズが出てきます。

 

もう一つ、大切なことは「指導者に出会いたいとか、指導してほしいというニーズは出てこない」ということです。支援をしてほしい、あるいは一緒に取り組んでほしいという、支援者と伴走者に対するニーズが非常に強く、今後、ますます大きくなっていくのだろうなという気がしました。それが、2009年に開校した明蓬館高校の思いでした。

 

2014年の文部科学省の不登校に関する実態調査のなかでも、中学3年生の時にほしかった支援という質問に対して、一番多い答えが「心の悩みの相談」、および「特にない」でした。心の悩みの相談が2014年当時から3割以上も占めているのです。

 

▲ スライド5・心の悩み相談が多くを占めている

 

困った子の扱いをしているのは指導者の勝手な視点であって、実際に一番困っているのは当の本人です。その困りに寄り添うことから特別支援教育を始めないといけません。インクルーシブ教育をそのまま鵜呑みにしてしまうと、どこかしら思考放棄してしまいかねない危険性があります。

 

私どもなりのインクルーシブ教育の定義を3つ挙げました。一つめはリスペクト。生徒間、あるいは生徒と教職員の間、教職員の間においても個性や違いや障害特性を尊重し合える場所を作っていくこと。二つめは困っている時に助け合えたり支え合えたりする相互性。三つめは安心安全がすべてにおいて最優先される項目だと思いますが、安心して好きな学習や得意な学習に挑戦できること。そういうことを誓い合うことがとても重要で、そもそもの最優先は生徒が主語の学校づくりだと思います。教員が主語ではないし、歴史のある学校が主語でもないと考えています。

 

▲ スライド6・明蓬館高校では
生徒が主語の学校づくりを重視

 

高校生の支援においてとりわけ大切にしたいことは、一つめは取り組める学校、二つめは相談できる学校、三つめは安心できる学校。この3つのキーワードだと考えています。

 

国および文部科学省で絶えず検討を進めている特別支援教育やインクルーシブ教育について、各種答申、審議会指導、会議の議事録を私は丹念にすみずみまで読んでいますが、令和5313日のある検討会議の報告書のダイジェストのなかで謳われたことは、この1ページに収まっています。

 

▲ スライド7・文部科学省の検討会議の報告概要

 

このなかで最大の課題は、平成16年当時から決められたある種のルーティーンですが、校長を議長とする校内委員会の機能強化が今更ながら謳われていること。ということは、校長の裁量権にかかっている、依存しすぎているということも一方で言えると思います。校長次第で優れた成果を出せる学校ができることの反面、組織的に決められたことがなかなか稼働していないという現実を知らされる思いです。

 

あとは、学習と行動に著しい困難を抱える生徒は10年ごとに統計調査が発表されるのですが、つい最近発表されたものだと、小中学校の普通級において著しい困難を抱えている、発達の課題を持つ生徒のパーセンテージが8.8%という数字にのぼっています。10年前に比べるとかなり増えています。高等学校においては2.2%です。検討会議の中で出た言葉としては、全ての学級で特別な支援が必要な生徒がいる可能性があるというものです。

ヘルプサインを出せない、頼みごとができない そんな子どもために専門組織を開設

第5の出会いです。1990年代にインターネットが商用化された時に業界人で申し合わせたことは、インターネットは弱者のためにあるということでした。その原点に立ち戻っていけば、ICTの恩恵に最初に浴さなければいけないのは、障害を持つ子どもたちだと考えています。2009年に明蓬館高校を開校して2013年に待望の専門性のある学習センターを東京の品川御殿山に開設しました。当時教員2名と心理職7名の体制でした。教育カリキュラムの特徴ですが、多様なメディアを活用した学習を実践しています。現在においてはGoogle Workspace for Educationを活用しています。それから、合理的配慮を前提とした個別最適化対応をしています。卒業要件についてはメディア視聴、添削課題、面接指導、単位認定試験などがある。この上にマイプロ(成果物学習)を生徒たちに課しています。

 

▲ スライド8・ワーク学習だけでなく
成果物学習も重視

 

履修科目にひとつ、何らかのワークブックの学習や調べ学習、実技、共同プロジェクト、探究活動など、それぞれ自分が決めたテーマに合わせて、担任の先生や科目の先生と相談しながら、1年をかけてそれぞれの科目にひとつ取り組んでいきます。最近だとコンテストに応募したりブログを書いたりYouTuberになったり、なかにはバーチャルYouTuberになって1,000人の登録者を増やすという目標設定をして、無事達成した生徒もいます。それが高じて卒業後、職業となっている生徒も出ています。就労感の育成にも繋がるし、卒業後の進路開拓の一助になるケースも続出しています。スクーリングでは福岡県の川崎町に年間4日間旅をします。卒業後も旅をすることは多々あるので、その予行演習も兼ねて是非体験してほしいと言っています。

 

第6の出会いは、二次障害、三次障害への気付きでした。発達の課題が第一次障害だとすると、不登校、引きこもり、ゲーム依存症、さまざまな障害名が多々ありますが、それらの多くは二次障害、三次障害だと考えています。高校時代には、発達の課題に着目されにくくなってしまいがちです。それよりは目の前に見てとれるゲーム障害や不登校、ひきこもりにどうしても目が奪われがちな傾向があります。卒業した生徒たちに聞き取りをすることが習慣になっていますが、明蓬館高校を開校する当初に気付いたのは、二次障害、三次障害でした。

 

▲ スライド9・思春期に二次障害、
三次障害が発症している

 

ここに対して有効な手だてを学校現場では持ちえません。そのために私たちはスペシャルニーズ・エデュケーションセンター(SNEC)という専門性の高い学習センターを作ろうとしました。現在欧米では障害者の名前は「People with Special-needs」と言われ、そのまま訳すと特別な注文主となります。長年欧米でもハンディキャップという言葉が使われていましたが、昨今は基本的には禁止用語となっています。「ハンディ」は手に取る、「キャップ」は帽子を意味して、帽子を取る人というのがスラングで「物乞い」という意味で差別用語なので、もし今日初めて知った方は今後、使わないでいただきたいと思います。

 

多くの生徒に共通する課題はヘルプサインが出しづらい、頼み事をするリクエストスキルを持っていないということで、これを3年在籍している間に身に付けていただくことを実践しています。通常の教育はできないことのチャレンジや苦手克服に焦点が当たりがちですが、特別支援教育はできることからの出発教育だと考えています。

 

SNECについては、建物、設備、内装の物理的構造化をしています。職員については、教員以外に福祉支援員、相談員と3人の職種の違う人たちによる担任チームを作って対応しています。欧米で視察をしてきて、是非いつかは実現したいと思って現在まで取り組んできたことです。また心理検査、知能検査、発達検査を学校で実践しています。心理検査の実施支援体制は大きく足りていないという問題意識を持っており、学校そのものが科学的知見に基づいたアセスメントセンターでなければいけないと考えています。教育支援計画や指導計画についても、個別に寄り添った形で、科学的な裏付けを持った計画を入念に作って運用していくという考え方です。私たち学校単体ではありますが、完全な義務として我々自身に課して実施しています。

 

合理的な配慮については、民主的にみんなで考えていかねばならないでしょう。特別な取り扱いをするという話では全くなく、それぞれに合った環境調整をしていくことが、特別支援教育、インクルーシブ教育の基本の「き」だと考えています。

 

SNECは全国30箇所にあって、10年前に6名から始まったのが今は600名になっています。最近だと中等部から入学したいという生徒が多くなってきました。今後は中学1年生から対応できる体制を敷いていきたいです

 

そして、第7の出会いは、アンラーニングです。欧米ではスピルバーグ、ビル・ゲイツ、トム・クルーズなど多くの有名人に発達の課題があるということは知られています。しかし、自身に必要な知識やスキルを取捨選択し、弱点よりは長所に目を向けて支援と伴走する人に恵まれた結果、活躍できています。最近、注目しているのは、イケアの創業者が学習障害ということです。自分が持っている障害を逆手にとって、自分でも利用できるお店を考えたり家具を考えた結果、イケアが世界中に広がりました。研究に値すると思って研究を進めているので、みなさんに発表できるようにしたいです。同じようにニトリの会長も自分が発達障害だと公言しています。

 

支援者は、子どもたちの苦手なことに注目するのではなくて、好きなこと、インタレストベースでなければいけないと思います。それから、何とかしなくてはいけないという呪縛の概念を振りほどいて、自由意志を伸ばさなければいけない。不安、緊張、同質化圧力を受ける場になっている学校現場があるので、安心安全を提供しなければそもそも学校ではないと思っています。

 

▲ スライド10・支援者の役割は
子どもの自由意志を伸ばして伴走すること

 

>> 後半へ続く

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