概要
超教育協会は2023年5月17日、東京大学大学院情報学環 教授の暦本 純一氏を招いて「AIと教育の未来」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では暦本氏が、自身が研究する「人間能力拡張:ヒューマンオーグメンテーション(Human Augmentation)」と、生成系AIを教育に活用することの有効性や留意点について説明した。後半は超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者を交えての質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
>> 後半のレポートはこちら
>> シンポジウム動画も公開中!Youtube動画
「AIと教育の未来」
■日時:2023年5月17日(水)12時~12時55分
■講演:暦本 純一氏
東京大学大学院情報学環 教授
■ファシリテーター:石戸奈々子
超教育協会理事長
暦本氏は約30分間の講演において、自身の研究テーマであるする「人間能力拡張 ヒューマンオーグメンテーション(Human Augmentation)」に関連して、AIで人間の能力を高めることの教育分野での効果、生成系AIの活用で「教育のパーソナライズ化」が可能になることを説明した。主な内容は以下の通り。
1950年代から議論されてきたA.I.とI.A. 人間の能力をテクノロジーで拡張させるI.A.
【暦本氏】
ヒューマンオーグメンテーションとは、人間とさまざまなテクノロジー、AIを一体化させて、人間能力を拡張させていこうというコンセプトです。「AIと教育」という視点では、AIと人間の融合により認知能力を拡張させるという研究が進められています。
▲ スライド1・身体、知覚、認知、
存在の領域で人間の能力を
拡張させていこうというコンセプト
A.I.は1950年代ぐらいに生まれた言葉ですが、当時から「I.A.(知能増幅:intelligence augmentation)」という言葉もありました。A.I.とI.A.は鉄腕アトムとサイボーグ007のように対比されます(▲スライド2)。A.I.の目的が最終的に人間と同じようなロボットを作ることだとすると、I.A.は人間のさまざまな能力をテクノロジーで拡張するものです。例えばマルチタッチ(スマートデバイスのディスプレイを複数の指でタッチし操作できる入力方式。暦本氏が開発したことで知られる)やマウスのようなグラフィカルユーザーインターフェースも人間能力の拡張であり、初期のI.A.です。
▲ スライド2・1950年代ごろより
研究されてきた「A.I.」と「I.A.」
最近は、ChatGPTなどの生成系AIの話題を耳にしない日はないほどです。ChatGPTの技術自体は以前からありますが、普通の人が使えるようになってからはまだ1年ほどしか経っていません。それを突然「教育に」といわれても、現場の方々にしてみれば、生徒が宿題をChatGPTにやらせるようになったらどうしようと、心穏やかではないと思います。先日、小学生が読書感想文をChatGPTに作らせた例がありました。ただしその小学生は、ChatGPTが作成した文章を原稿用紙に手で書き写したそうで、先生は「書き写すことで学びもある」と、前向きに、先進的な評価をしたそうです。私の見解としては、生成系AIの活用の是非について、今すぐに答えを出すのは無理で、むしろ積極的に使って問題を掘り起こし、新しい可能性を追及していけばよいのではないかと思っています。
生成系AIを使えばオンライン授業に対話できる「個人教師」をつけられる
生成系AIの教育への活用という視点で考えると、生成系AIには学ぶ人の興味や理解力に合わせて、内容のレベルを変えて説明できるという特徴があります。学校の授業に取り入れた場合、通常の授業であれば生徒みんなに一律のレベルで説明されるところ、生徒が自分の分からないところを個別にAIに聞くこともできるようになります。これはAIを使った教育における、非常にポジティブな側面になると思います。
MOOC(Massive Open Online Courses 大規模公開オンライン講座)を手作りしたサルマン・カーン氏が設立した「カーンアカデミー」も、AIの活用に積極的に取り組んでおり、最近では各講座で聴講者からの質問などに答えるチャットボットにAIを取り入れているようです。彼はAIがポジティブに拡張するだろうと言っています。
▲ スライド3・カーン氏のオンライン講座にも
AIのチャットボットが有効活用されている
中学数学の問題を解くときも、右上にチャットボットのAI先生がいて、分からないことを質問すれば答えてくれます。「答えを教えて」と入れると、「それはダメ、考えましょう」のような返信があります。間違ったところも指摘してくれ、つきっきりの家庭教師がつくようなイメージです。
これまでのオンライン授業は、ビデオを一方的に見て、一人で課題を解いて提出するような流れで、従来の講義やレクチャーに近いスタイルでしたが、家庭教師型のスタイルになってきていることは、最近のトレンドだと思います。
▲ スライド4・オンライン講座に
AIチャットボットの先生がついて、
個別解説を受けられる
最近は「独学」ブームでもあります。本以外にもMOOCやYouTubeの動画教材などありますが、独学の難しいところは、それが自分にとって難しすぎたとき、それ以上理解が進まないことです。逆に簡単すぎてつまらないこともあるでしょう。これは学校の授業においても同様で、1人1人のレベルに必ずしも合っていない課題があります。そんな課題にも、AI先生なら「ここが分からないからもう少し分かりやすく、詳しく教えてほしい」といった希望に応えられます。
また、教育現場には、MOOCやビデオ、教科書、書籍、体験や実習などのさまざまな教育ツールがあります。こうしたそれぞれのツールにAIを融合させられれば何らかのポジティブな変化が起きると思います。
▲ スライド5・これまでの
教育現場のツールとAIの融合
先ほどのカーンアカデミーでAI先生が横についているようなオンライン授業では、これまで実現不可能だった、人間の先生を一人ひとりの生徒に割り当てて教える理想的な教育を、ある程度サポートできる可能性が出てきます。
「教育における 2 Sigma 問題」は、アメリカの教育学者のベンジャミン・ブルーム氏が1980年代に行った有名な研究で、「家庭教師型」と「30人の生徒に1人の先生の授業」の教え方の成績の分布を見た調査結果です。
これによると、家庭教師型で学んだ生徒の成績は、通常の授業のクラスの上位2人ぐらいの成績と同等になるとされています。つまり、家庭教師型で勉強すれば上位の成績が取れる生徒も、通常の授業スタイルで勉強すると真ん中くらいの成績にとどまってしまうということ。すなわち、教育や学習の可能性が棄損されていると言えるかもしれません。
▲ スライド6・「家庭教師型」と
「30人の生徒に1人の先生の授業」の
教え方の成績の分布図
これがAIの活用で、一人ひとりの生徒の状況に応じて、より細かく教えられるようになると人間の可能性が非常に大きく開かれるのではないかと思います。
AIを活用して人間の能力を分析し教育のパーソナライズ化に役立てる
次に我々の研究室で行っている、「人間の能力」を計測して、「教育に役立てる研究」について説明します。この研究でもAIを活用しています。
例えば、ある人に「音声も字幕も英語」のビデオで英語学習をしてもらい、その際の視線の動きを細かく計測します。目線が字幕にどのぐらい飛ぶのかをAIで分析すると、リスニングができていない人は字幕を見る時間が長くなるため、「もう少し優しいレベルにしてあげよう」と、その人に適した学習教材を提供できるようになります。これがオンライン教育と結びつくと、生徒に寄り添う教え方が可能になるでしょう。
▲ スライド7・視聴中に視線が
字幕にどれぐらい飛ぶかによって
リスニング能力をAI判定できる
次の事例はテニスの練習で、ボールがラケットにあたる具合をAIが判定し、その人にとって最適なトレーニング方法を導き出すという研究です。具体的には、現実のテニスコートでVRのヘッドセットを装着し、仮想空間で飛んできたボールを打ち返してもらいます。ラケットにボールが当たると振動を感じるようになっており、ボールが右に打ち込まれたときは右に走らないと打ち返せないようにもなっています。下手な人は最初、空振りをしますが、ボールがゆっくり飛んでくれば、だんだんと打てるようになってきます。最初から剛速球を打たせようとするのではなく、その人にとって「ちょっと難しい」ぐらいに調整して課題を誘導してあげると、能力が伸びていきます。
▲ スライド8・テニスの指導に
AIによる判定と指導レベルの
チューニングを取り入れた例
語学習得におけるシャドーイングの事例もご紹介します。シャドーイングとは、教材が話す内容を聞きながら、その内容をオウム返しに復唱していく訓練方法で、リスニングと理解力とスピーキングが一度に鍛えられるメソッドです。しかし、ほとんどの生徒が難しすぎてついていけず、脱落してしまう問題があります。
そこで、AIを活用した音声認識で生徒の発話をトラッキングし、生徒が口ごもったり間違ったりすると、AIが「この人には難しい」と判定して、絶妙に間をあけたりゆっくり話すように調整して、生徒がついていけるレベルに合わせてくれるシステムを作りました。
▲ スライド9・語学習得の
シャドーイングにAIの判定と
指導サポートを取り入れた例
学校の教室で一斉に教える中でこのようなことを行うのは不可能ですが、家庭教師的な補助をAIで教育に組み込むことによって、きめ細かい対応も実現できるようになってきます。
最近では、茶道の技能獲得をAIで効率的にできないかという研究にも取り組んでいます。京都の茶室で天井の三次元センサーで生徒の点前をトラッキングして、どれぐらいできているかを判定し、ARでさまざまな角度から立体的に見せて教えるなどの取り組みも行っています。
▲ スライド10・京都の茶室で
茶道の点前をAIで分析、
技能獲得に活用している例
AIで教育をパーソナライズ化すると教育の効率は98%も向上する
ここまで紹介した事例のように、あるスキルや技能を習得できていない人、ようするに勉強しようという人に対して、「何が難しいのか」、「どのレベルまでできているのか」などをきちんと分析してあげて、それに対して適切な、もしくは少し上のレベルに行けるようなトレーニング、練習、学習の内容を示すことができれば、教育はパーソナライズ化され、教育の効率が従来比で98%も上がるだろうと分析されています。
教育分野におけるAIの活用は、現時点では「生成系AIが書いた作文を学校に提出されたら困る」といったことが取り沙汰されていますが、その先には大きな可能性があると感じています。これまでのような学校での一斉授業の教育では、生徒たちに伝えたいこと、学習すべき内容がきちんと伝わっていなかったかもしれません。AI活用で教育がパーソナライズ化されることで従来比98%も教育の効率が向上するという分析は、裏を返せばこれまでの教育では「98%は棄損していたかもしれない」という仮説にもなります。教育分野におけるAIの活用には、その「98%の棄損」を埋められるという大きな可能性があるのではないかと思っています。
教育とは基本的に、人間が誰かに教え伝えることが前提ですが、AIと協調することで教師などの「人から学ぶ」と「AIから学ぶ」という両輪での教育が実現できるでしょう。AIを活用することで個別最適の学習ができると考えると、今後は「AIから学ぶ」ことの重要性がより高まってくると思います。学ぶ側、生徒の立場からすれば、例えばテニスの練習で壁打ちをどんなに失敗しても壁に対して恥ずかしいと思わないとの同じように、AIが相手ならできなくても恥ずかしいとは思わないかもしれません。これが、人間相手、教師相手だとあまりにできないと恥ずかしいと感じるかもしれないし、教師も生徒もモチベーションが下がるという人間としての感情もあります。人間、教師に励まされたり褒められたりするとモチベーションが高まるというメリットもありますが、AI相手なら「人間ではないから徹底的に練習できる」というメリットもあります。こうしたことからも「人から学ぶ」と「AIから学ぶ」の両輪で学ぶことが重要であると考えています。
▲ スライド11・「教育」の本来の
意味を考え、人間とAIが
協調することも重要ではないか
>> 後半へ続く