概要
超教育協会は2023年1月25日、小学館 ユニバーサルメディア事業局チーフプロデューサー/XR事業推進室 室長の嶋野 智紀氏を招いて「いつでも誰でも気軽にメタバース『S-PACE(スペース)』の開発に込めた思い」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、嶋野氏が2022年からWebでの一般公開を開始したメタバース「S-PACE(スペース)」(ベータ版)の目的、出版社ならではの特徴ある機能やサービスについて紹介した。後半は、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。
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「いつでも誰でも気軽にメタバース『S-PACE(スペース)』の開発に込めた思い」
■日時:2023年1月25日(水)12時~12時55分
■講演:嶋野 智紀氏
小学館 ユニバーサルメディア事業局チーフプロデューサー/XR事業推進室 室長
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。
メタバースの可能性や「S-PACE」が目指す方向性に関する質問が多数
石戸:「さまざまな会社が独自でメタバースを構築されていると思いますが、方向性に関する質問です。『ユーザーの利便性やメタバースを本格的に拡大させることを考えると、ある程度業界で統一された一つの大きなメタバース空間のプラットフォームを作る選択肢があったのではないかと思います。小学館としては、独自の空間を作っていく方向性なのでしょうか』という質問です」
嶋野氏:「自分たちがプラットフォームの覇権を握っていくのだという考え方ではなく、Web3.0の世界でみんな等しくつながっていくことを目指しています。オープン・メタバースという言葉がありますが、自分たちだけの閉じられたメタバースではなく、一つのアバターでどこのメタバースにも入っていけて、データも引き継げ、すべてのメタバースが融合されてつながるメタバースが理想だと思います。当社の『S-PACE』も、当社が作ったコンテンツだけを載せるメタバースではなく、一緒にやりましょうと同業他社含めてお声がけをさせていただいています。各社の様々なコンテンツ、サービス、コミュニティを揃えていき、今いろいろあるメタバースとつながっていきたいと考えています」
石戸:「コンテンツを作ってきて100年、とありましたが、強い知的財産をお持ちであることが御社の強みだと思います。物理的な制約からの解放ということで、グローバル展開も想定されると思いますが、これからの展開について教えて下さい」
嶋野氏:「スタート時点からグローバル前提で開発を進めています。英語版や中国語版などの多言語対応も視野に入れています。それと、言語に頼らないノンバーバルなコンテンツの開発も進めています。日本国内だけでなく世界中の人とつながっていきたいというのが、この『S-PACE』が目指すところです」
石戸:「ファンコミュニティを作るというのは非常におもしろいと思います。現在のメタバースにはいろいろなコンテンツが混在していると思いますが、ファンコミュニティを作っていくために工夫していることはありますか」
嶋野氏:「これが非常に難しく、我々も試しながらやっているところです。メタバースはいろいろなものが一つに集ってくる場所であることが面白さでもありますが、一方で出版社としては一つ一つの作品世界を非常に大事にしたいという思いもあります。このキャラクターはこういう場所に立っているから成り立つのであって、違う場所だと成立しなくなってしまうということもあります。
それでは、ファンコミュニティを作るのに、いろいろなものが集まる世界とするか、一つ一つの世界観を大切にするのか。今のところはケースバイケースで両方をやっていこうというのが結論です。いろいろなキャラクターが大集合してにぎやかな世界もあり、ある一つの作品だけを存分に楽しめる世界というのもあって良いと思います」
石戸:「キャラクターごと、IPごとのメタバース空間があると、ファンの方々にとってはその世界観に没入できるのでより楽しみが大きくなるのかなと思い、質問しました。次は、『S-PACEの対象年齢層と、現実的にどんな層が利用しているのか』という質問です」
嶋野氏:「小学館の出版活動の対象と同じに考えていますので、ターゲットはあえて絞らず入口は広く取っています。ただ空間の中で、ここは子供ワールド、ここは大人向けワールドというようにターゲットごとに分けていく形にしていくのがわかりやすいかなと考えています。導線的にももっと簡単な方法を考えていくことになると思います。
利用層ですが、最初はやはりこういうものが好きな20~30代の男性が7~8割を占めていました。ただ、『美的』などの女性向けコンテンツを導入してからは、20~30代の女性が急激に増えました。今では半々か、男性が少し多いくらいでしょうか。そして最初はPCからの接続が7~8割だったのが、最近はスマートフォンからのアクセスが急増しています。属性によってかなり変わってくると思いますが、経験上からは、最終的にパソコンよりスマートフォンが多くなってくると予想しています」
石戸:「収益化に関する質問もいくつかきています。『どのように収益化するのか』、『コミュニティづくりの先にあるマネタイズをどう考えているのか』といった質問です。ビジネスモデルは気になります。プラットフォームで勝負するのか、コンテンツなのか、Eコマースに乗っていくのか。ビジネスとして勝負したい領域を教えていただければと思います」
嶋野氏:「メタバースでできることは基本的に、何かを販売するか、入場料を徴収するか、広告で収益を上げるか、この3つだと思います。
販売は、アバターなどのデジタルコンテンツを販売するか、またはリアルにフィジカルな通販につなげることもあります。それから、VR空間で興行を行い有料VRライブとしてチケット販売をしていく形もあるでしょう。あとは、たくさん人が集まるようになると当然、広告もより盛んになってくると思います」
石戸:「さらに参加者からの質問です。『敏腕編集長の嶋野さんが、メタバースをやろうと思ったきっかけは何だったのですか』というものです。経緯についてはお話がありましたが、個人的にメタバースをやろうと思った瞬間やきっかけはありますか」
嶋野氏:「個人的には、もう紙の雑誌でやりたいことはすべてやりきった、という思いが何年か前からありました。なので、雑誌のことはもう後輩たちにまかせて、自分は何か新しいことをやりたいという気持ちが強かったです。そんなときに弊社の現社長である相賀からXRの話を打診されて飛びついた、という感じです」
石戸:「メタバースは今ブームになっていますが、これまでも似たようなサービスはありつつ大きなムーブメントにはならなかったという歴史もあり、懐疑的に見ている方、どうやって収益化するのかで二の足を踏んでいる方もたくさんいると思います。そんな中、実際にビジネスとして取り組んでみて、手ごたえとして感じていることを教えてください」
嶋野氏:「たしかに『メタバースってどうなのですか』というお話は本当に多くて、正直私にも分かりません。ただ、この世界にどっぷり浸かってたくさんの人とお会いして話していく中で確信したのは、技術の進化は絶対に後戻りしないということです。例えば写真がなかった時代から、写真というものが発明され、最初は写真を撮ると「魂を抜かれる」などと言われながら、普及はしていきました。白黒だった写真はカラーになり、動画になり、間違いなく進化しています。
いわゆる3Dデータを仮想空間の中で扱いながら何かを成し遂げていくことは、写真の進化の先にある何かであると思います。人々の生活に間違いなく浸透します。それはメタバースやアバターと呼ばれるものではないかもしれませんが、形や名前は変わっても、その技術は生かされていきます。今からこの分野に入っていくことは、非常に価値が高いことだと感じます」
石戸:「オンラインで過ごす時間は、これから先も増えてくると思います。一方で技術が未成熟なことも否めません。これまでどちらかというとアナログ、リアルの世界でどっぷりとコンテンツ作りに取り組んできた嶋野さんから、技術に対して要求したいことはありますか。こういう技術が欲しい、アナログあるけどデジタルにないこういう要素があれば『場のメディア化』につながるなど、教えていただけますか」
嶋野氏:「それは、『通信速度』に尽きます。我々があれこれ開発をしても、最終的にはユーザー側の通信速度が遅いと『全然動きませんよ、カクカクしています』と言われてしまう。時が解決するとは思いますが、みなさんが等しく、今よりも高速な通信環境で利用できる日が早く来ることを切実に願っています」
石戸:「最後に、複数の方からいただいている質問をしたいと思います。『何度も来させる仕組み、時間が空いているからぶらりと行ってみようかな、と思わせる仕組みが必要なのではないか。イベントがあるから行く特殊な場所ではなく日常的に行ける場所、そのために工夫していることがありましたら、教えてください』という質問です。子供たちや教育に利用することを想定するにしても重要な視点かと思います」
嶋野氏:「すべてのメタバースが抱えている課題ですね。コミュニティの作り方です。コンテンツは見れば終わってしまいます。そうではなく用がなくても行きたくなるかどうかは、コミュニティ次第です。その場を作っていくことが最も大事だと思います」
最後は石戸の「Forth Placeというお話しもありました。教育関係でいいますと、学校が合わずとつらい思いをする子供たちが、自分の好きなコンテンツや近しい興味関心の人たちとオンラインでつながれる場を持てること自体にとても価値があると思います。広く多くの子供たちも参加するプラットフォームに育ってほしいです」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。