概要
超教育協会は2025年11月12日、東京大学次世代知能科学研究センター 准教授の大黒 達也氏を招いて、「創造性はどこに宿るのか― ―AI時代に問う,“場”と“身体”,そして“余白”の知へ」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、大黒氏が非言語的な身体知と創造性の関係性について講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。
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「創造性はどこに宿るのか― ―AI時代に問う,“場”と“身体”,そして“余白”の知へ」
■日時:2025年11月12日(水) 12時~12時55分
■講演:大黒 達也氏
東京大学次世代知能科学研究センター 准教授
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、超教育協会の石戸 奈々子をファシリテーターに、質疑応答が実施された。
現代社会も教育も知識に偏り過ぎ 身体的な感性教育をもっと導入すべき
石戸:「本日の視聴者には教育関係者が多く、AI時代における『人間に求められる力』や『創造性の本質』に関心をお持ちの方が多くいらっしゃいます。そこでまず、AIが急速に進化する時代において発揮されるべき『人間ならでは』の創造性とは何か、また教育現場で創造的な学びをどのように育んでいけるのかについて、お考えをお聞かせください。さらに、創造性の高い人とそうでない人とでは、どのような点に違いがあるのかも伺えればと思います」
大黒氏:「創造性について説明すると、よく『内臓の変化を感じ取る力』である内受容感覚が話題になる。これが強い人はいわゆる感性が豊かで、新しいものに敏感に反応する、いわゆるクリエイティブな人が多いといわれている。ただ、これは従来の枠組みで語られてきた話で、大黒は少し異なる見方を示した。極端に言えば、個人の創造性や新しいものを生み出す力よりも、“感じ取る力”のほうが重要だと考えている。感じるという体験こそが本当の創造性につながり、それは内臓感覚と深く関わっているのではないかと考えている。
もうひとつ重要なのは、創造的であるためには『個人的』ではなく『集団的』に創造的だと同意される必要がある、という点である。そのためには、先ほど説明した『場の知性』を理解することが不可欠である。AIに創造性があるのか、という議論にもつながりますが、現在のLLM(大規模言語モデル)は、既存のものを知り尽くした『脳』ではあっても、場の知性、つまり総合知のようなものは表現しきれていないと感じている。人間には、人と人とのインタラクションの中で生じる知性がある。大黒とAさんの間だけに成立する創造的な知性があり、それはBさんとは生じない、というようなものである。相互作用があるからこそ立ち上がる『脳の外側に広がる知性』こそが、これから求められる本質的な人間の知性だと考えている。
しかも、それは言語で良い・悪いと評価できるようなものではなく、もっと感覚的な、うまく言えないけれど良いといったものである。身体だけが分かる創造的な知性があるのではないかと考えている」
石戸:「インタラクションから創造性が立ち上がるという視点に立つと、生成AIは対話を特徴とする技術であり、人間とのあいだにこれまでにない新しいインタラクションが成立しています。そう考えると、そこに新たな『場の知性』が形成され、これまでとは異なる形の創造性が立ち上がる可能性があります。では、人間と生成AIとの共創によって生み出される創造性は、これまで身体をもつ人間同士の関わりから生まれてきた創造性と比べて、どのような点で異なるのでしょうか」
大黒氏:「少なくとも現在のLLMには身体がない。大黒は創造性には『共感』が重要だと考えていて、これは神経生理学的な実験でも示した。生体反応は同期するといわれている。つまり、相手がどのような身体感覚を持ち、どんな反応を示すのかを自分の中で予測できるようになると、同期しやすくなるのである。
AIとの対話で新たな創造的情報が生まれることには同意するが、AIが身体を持たない以上、深い身体的共感は成立しない。『同意しているように見えるけれど、腹の底からは同意していない』という感覚に近いのかと考えられる。相手の身体を予測して初めて生まれる共感はAIには不可能であり、人間同士でしか生じない創造性は確実に存在すると考えている」
石戸:「少し踏み込んだテーマになりますが、AIへの共感について伺いたいと思います。最近の調査では、親や友人よりも AI のほうが相談しやすいと感じる人が増え、人生の重要な選択が AI の助言に影響されるケースも見られます。こうした状況を踏まえると、人々が AI に対してある種の『共感に近い感覚』を抱き始めているとも言えそうです。では、身体を持たない存在であるにもかかわらず、AIが人間の共感や創造性に働きかける『何か』を持ち始めていると捉えることはできるのでしょうか」
大黒氏:「その可能性は十分あると考えている。人間は順応する生き物のため、これからの人間は新しい知性、新しいインタラクションの形を獲得していくという。これまでにはなかった創造的体験も生まれてくるはずである。ただ、その内容は、今は予測できない。しかし『起きる』ということ自体は確実だと考えている。
パソコンより紙の方が理解しやすいと言われていた時代もあったが、これから生まれてくるデジタル・AIネイティブの子どもたちには、AIとのインタラクションによる共感は確実に生まれ、すでに現代の人々にも起きつつあると考えるべきだという。
ただ、AIに相談するという現象は『共感』というより『パーソナルスペース』に近いものだと大黒は考えている。身近すぎる相手には言いたくないことでも、関係の薄い相手なら相談しやすい。この心理がAIにも当てはまると考えられる。AIには自分を傷つける可能性がないため、安心して話せるのです。これは、『この人は自分と同じ存在だ』と感じる集団的インタラクションとは別の次元のものだと考えている」
石戸:「視聴者から教育や学びに関する質問が多く寄せられています。『大黒先生はAIや人間について深く研究されているお立場からして、これだけ生成AIが広がった時代に教育が果たすべき役割や、教育現場で人間のどういう力を重視して学びの場を作っていけばいいか』について、どのようにお考えですか」
大黒氏:「大黒は一般的な創造性の研究をしているが、創造性がある人だけが良いわけではない。環境の中にはそれぞれ役割があり、新しいことを生み出す人、その価値を理解する人、それをまとめる人など、さまざまな役割が集まってイノベーションが生まれる。しかし、その中にはヒエラルキーが生じ、創造性のある人が『偉い』とみなされたり、逆に理解されない人が批判されることもある。
だからこそ、お互いの立場や役割を理解し合えるよう、それぞれがメタ認知できる教育が非常に重要である。とくに今は、自分が欲しい情報だけを簡単に選び取れるため、多様性と言われつつも多様性が失われつつあるように感じる。自分が『嫌だ』と思うものも、自分のコミュニティに取り入れて、新たな知見を得ることが重要であると、学生にも伝えている」
石戸:「今のお話を踏まえ、大黒先生が考える理想的な学びの場を実現するための具体策についてもお伺いできますか」
大黒氏:「大黒は『知識』と『理解』を明確に分けて考えている。現代社会は、やや『知識』に偏りすぎている。言語化できないが確かに分かる、という『身体的な感性』を育む教育をもっと導入すべきだと考えている。
現在の教育は言語での表現が中心で、テストも記号化された言語を扱う。しかし、人間には記号化できない感覚が多くあり、その部分を育て、大人になってからも大切にしていく教育が重要である。
たとえばスポーツでは身体を使う分、言語で説明できない『チーム感』がとても重要だが、こうした感覚を育むことが大事だ。知識での勝負ではAIに勝てないが、身体での勝負ならまだ勝てる。LLMは言語しか学習していないから、身体情報にもっと目を向ける教育が大切である」
石戸:「今日のテーマには『余白』という重要なキーワードが含まれていますが、本日はあまり深く触れられなかったように感じています。大黒先生は、これまでさまざまな場面で、ぼんやりする時間や散歩のような『余白』が脳にとって重要であるとお話しされてきました。一方で、いまの子どもたちは放課後も塾や習い事でスケジュールが埋まり、余白の時間を持ちにくいこともよく指摘されます。そこで伺いたいのは、先生がおっしゃる『余白の知』とはどのような概念なのかということです。また、余白が人間の知性や創造性にどのような影響を与えるのか、その本質と重要性についてお聞かせいただければと思います」
大黒氏:「大黒がいう『余白』は、科学的な意味を込めているという。大黒は『暇』と表現していて、『暇学』という分野の構築に取り組んでいる。創造的な発想が生まれるとき、人は頭を冷やして散歩したり、有名な研究者でいえば仮眠から目覚めた瞬間に閃くことがある。つまり、外部からの入力を遮断して『内部だけが動く時間』が大切である。これが、大黒が『揺らぎ』に注目した理由のひとつでもあるという。新しいものは突然生まれるのではなく、その前段階のプロセスが重要である。グラハム・ワラス氏が提唱したように、準備期や孵化期の先に発想が生まれる。しかし現代は『情報が正義』で、情報を価値にするための“休息時間”が欠けている。
余白の考え方を例えると、音楽がわかりやすいという。多くの人は『音符が音楽をつくる』と考えますが、日本の音楽では『音のない時間=休符』そのものに価値を見出という。“音がない”という状態を支えるために音が存在しているとも言える。この“ない期間”で人は内省し、自己認知している。
もしLLMを人間の脳に例えるなら、一度シャットダウンして内部をぐるぐる回すような、いわゆるマインドワンダリングの状態が『余白』にあたる。すると、ふと閃いたり、想定していなかった“化ける”瞬間が訪れる。これを大黒は『余白の知』と呼び、現代で最も重要なことだと考えている。
テクノロジーが進化し、LLMが多くの仕事を担っていても、人間はむしろ忙しくなっている。だからこそ『暇』が大事になる。暇だと主観的に感じる状態が重要である。しかし今、人は暇があるとすぐスマホを触り、暇から逃れようとする。大黒は『暇と戦うこと』が大事だと考えている」
最後は石戸の「子どもたちの過密な日常を見ていると、ウェルビーイングやメンタルヘルスへの影響を懸念せずにはいられません。そんな中で、先生がおっしゃった一度みんなで『暇になってみる』という提案は、とても示唆に富んでいて興味深いと感じました」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。

