概要
超教育協会は2023年12月13日、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社の戸田 崇生氏を招いて「教育・研究分野における生成AIについて~国際・各国の動向より~」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では戸田氏が、米国、欧州各国、中国、シンガポールなどにおける生成AIのガイドラインや教育分野における生成AIの利活用について、日本の現状と比較しながら紹介した。後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その模様を紹介する。
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「教育・研究分野における生成AIについて~国際・各国の動向より~」
■日時:2023年12月13日(水)12時~12時55分
■講演:戸田 崇生氏
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
戸田氏は約30分の講演において、世界各国における生成AIの利用ガイドラインや教育分野における生成AIの利活用の動向について解説した。
国際的なデジタル競争力ランキング 日本は低迷中。項目によってはほぼ最下位も
世界各国の教育・研究分野における生成AIの利活用の動向について考察するにあたって、まずは、日本のデジタル競争力について考えてみます。世界各国のデジタル競争力を定点観測的に行っているIMD国際開発研究所の2022年の調査によると、日本は63か国中29位でした。2023年最新の結果では32位と、低下傾向が続いています。ちなみに1位は米国、2位はオランダ、3位はシンガポール、お隣の韓国は6位です。
デジタル競争力の要素は「知識」、「技術」、「将来への備え」の3つで、教育や研究の観点では「知識」が該当します。その内訳は「人材」、「トレーニング・教育」と「科学に対する重点的な取り組み」ですが、日本は特に「人材」が低下傾向にあります。
▲ スライド1・国際的なデジタル競争力の
基準・指標の概要と、日本のランキング推移
「人材」は「教育評価」、「国際経験」、「外国人高度技術者」、「都市管理」、「デジタル/技術スキル」、「留学生」の項目から成りますが、「デジタル/技術スキル」は63か国中62位と最下位に近い状況で、なかなか改善されません。
生成AIでは、OpenAIのChatGPTが有名ですが、2023年12月にはGoogleがGeminiという生成AIを発表しました。ネットのニュースによるとChatGPTの最新バージョン4.0よりもパフォーマンスが高いようです。
AIを含めた生成AIの業界の動きは激しいです。その象徴のような出来事がOpenAI社のCEOのサム・アルトマン氏の解任劇です。2023年11月21日に解任され、その5日後に復帰しました。CEOとはいわば社長です。社長が解任されて5日で戻るというのは前代未聞です。過去にはスティーブ・ジョブズ氏なども社長を解任されましたが、復帰には数年かかっていました。
このような動きの激しさは、生成AIを取り巻く業界で技術革新も人も含めて激しく動いていることの象徴といえると思います。
日本では初等中等教育で53校が生成AI利活用のパイロット校に
さて、生成AIの利活用について、日本では文部科学省より、大学・高等専門学校向けと初等中等教育向けにそれぞれガイドラインが出されています。大学・高等専門学校向けのガイドラインは文部科学省ホームページに掲載されており、ある程度、教育機関の主体的・自主的な対応を期待する内容となっています。
一方で初等中等教育向けのガイドラインでは、生成AIが社会に普及するにあたり国として一定の考え方を示すことが必要である、というスタンスです。これを受けて学校側では、手探り状態になっていることは否めないと思います。保護者に対するアンケートでも、「生成AIを子供たちに使わせたいですか」という質問に対して、半数が「どちらともいえない、判断できない」といった回答をしているとの結果も出ています。
生成AIに対するポリシーやガイドラインを出している大学は350校ほどに上っているとの調査もあり、各教育機関がそれぞれ独自に取り組んでいるところだと思います。
▲ スライド2・教育における生成AIの利用について、
ガイドラインと教育現場の状況
文部科学省は、生成AIパイロット校を募集し、現在は選定も終わっています。募集ガイドラインでは、生成AIの活用シチュエーションが紹介されており、生徒が生成AI自体を学び、生成AIを使って学習を深めていくという教育利用がひとつ、もう一つは校務での利用、例えば教材や練習問題のベース、保護者向けお知らせのたたき台を作るなど、教員が学校業務をより効率的に行うために生成AIを使う使い方があるとされています。
▲ スライド3・生成AIパイロット校の
募集要項の概要。
利用シチュエーションの解説もある
生成AIパイロット校の初年度内定は、25都道府県の53校に出ています。内定校の宮城県の岩沼北中学校では、英作文の授業で生徒が作った英文をChatGPTのコメントを参考に修正して発表するといった授業での活用の様子が学校ブログで紹介されています。
▲ スライド4・生成AIパイロット校の内定状況と、
内定校の取り組み例を紹介
日本の生成AIに関する予算の状況をご紹介します。まず、AI全体に関する予算は2023年までは1,000億円強の水準で続いてきましたが、2024年に向けては約500億円追加して、1,641億円で要求されています。そのうち生成AIに関連するものは省庁全体で728億円と発表されています。
経年で見るとある程度増えているように見えますが、米国では提言ベースで約5,000億円とされています。さらに米国の人工知能安全保障委員会からは、AI関連の予算を320億ドル、3兆円以上にするべきとの提言も出ているなど、日本とは桁が違います。
一方で日本の文部科学省の要求は、AI関連の1,641億円のうち約323億円がAIの利用促進、AI開発力の強化に充てられる予算です。
世界各国の教育分野におけるAI・生成AIの利活用の状況は?
生成AIの教育分野における利活用に関して、グローバルの状況についてはUNESCO(ユネスコ 国際連合教育科学文化機関)のレポートや調査を整理してご紹介します。
ユネスコは2023年9月にガイダンスをリリースし、教育分野における生成AIの利用について、適切な規制や教師へのトレーニング、人間を中心としたアプローチをとる必要性があることを求めています。特に印象的だったのは、年齢に触れていることです。「生成AIの利用に関する年齢は13歳以上に限る、18歳以下については保護者の許可のもとで使用するべき」とされています。
▲ スライド6・国際連合教育科学文化機関
UNESCOの生成AIのガイダンス
続いて、生成AIに限りませんが各国におけるAIカリキュラムの導入状況をご紹介します。中国は国を挙げてAIの取り組みをしています。他にも意外な印象がある国が割と先進的な取り組みをしています。
▲ スライド7・世界各国における、
政府によるAIカリキュラム導入状況一覧
次は、教育機関のAIカリキュラムの領域やトピックに関する国際的な動向です。幼稚園から高校までの「K-12」と呼ばれる期間におけるカリキュラムの中で注力されている領域は、アルゴリズムやプログラミングといったAIの基礎、AIの倫理と社会的インパクト、AIの理解と利用開発の大きく3つです。
▲ スライド8・世界の幼稚園~高校で導入される
AIカリキュラムの内容の領域とトピックの傾向
米国では教育制度そのものが州や学区によって異なるため、全体は捉えきれませんが、教育省教育テクノロジー室(Office of Educational Technology)から2023年5月にレポートに出ており、これが一つの大きな考え方のベースになっていると思われます。学生各自の学習度合いに合わせた教育を提供し、そこに生成AIを用いることによって、より学生の個性や進捗度合いに合わせた教育が可能になるのではないか、また完全にAIに依存しきるのではなく、教育現場において教師とAIは共存する関係になること望ましいといったことが示されています。
米国の教育現場では、生成AIを巡る動きの激しさを象徴するような動きもあります。大きな学区のひとつであるニューヨーク市の公立学校が、生成AIは「批判的な思考と問題解決能力の育成に役立たない」として、2023年1月にChatGPTの学校における利用を禁止しました。しかし、5月には撤回され、禁止とは180度異なる「教育現場での生成AIの活用を模索する」とされました。短期間で方針が大きく変わっているのです。
▲ スライド9・米国の生成AIを巡る動向と
教育現場での状況
米国の学習プラットフォームIntelligent.comの調査によると、家庭教師に比べてChatGPTが学習ツールとして優れているという結果も出ています。
こうした動向の背景となる、米国のコンピュータサイエンスの浸透状況と生成AIの活用事例を紹介します。米国のK-12のIT教育は地域によって違いがありますが、コンピュータサイエンスを導入する高校の割合は58%、メリーランド州やアーカンソー州では90%を超えます。
メリーランド州では教員向けにChatGPTを活用方法のガイドラインが準備されています。またジョージア州の活用事例では、学生が描いたスケッチを画像系の生成AIで再製して、それについて議論し、リテラシーを養う授業などが行われています。ChatGPTはテキストですが、文字に限らず画像や動画も生成できるAIもあり、それらが授業に使われています。
欧州では児童・生徒や教員を支援する「AI教頭」も登場
続きまして欧州です。EUとUKと分けてご紹介します。UKについては、過去からデジタル教育に関する欧州委員会のガイドラインが出ていました。最近の動向として、教育に限らず大枠でAI法の詳細が詰められ、今後AIと生成AIをどう規制していくかが注目されています。UKでは、生成AIを使って不正した場合、成果物にはどのような特徴があるかのチェックリストが作られており、不正利用をどのように防ぐかのガイドラインも出されています。
EUでは各大学が個別にガイドラインを出して取り組んでいるところですし、政府からの規制だけでなく教育機関自身でガイドラインを作って運用しています。
UKでもラッセル・グループなどが独自ガイダンスを出していますが、必ずしも生成AIにポジティブな見方ばかりではありません。元UK首相のボリス・ジョンソンやトニー・ブレアの伝記を執筆した作家のアンソニー・セルドンは、巨大テック企業や政府が学校や生徒のためのAIを自制できるとは思えないとのスタンスで、AI活用のためのウェブサイトを10月に設立しました。
欧州各国の個別の取り組みについてご紹介します。フランス、イタリア、アイルランド、ルクセンブルク、スロベニアの5か国は、教育現場での利用促進を目標としたプロジェクト、AI for teacherを創設して独自研究を進めています。
UKのサセックス州のボーディングスクールでは世界初めての試みとして生成AI技術を利用して「AI教頭」を作り、教員や特別な支援が必要な生徒のサポートを行うなどの役割が期待されています。
アジアではシンガポールと中国の動向に注目
シンガポールは、先ほどデジタル競争力でも3位と上位にありました。教育大臣がAIを学校に展開すると表明しているぐらいで、小学校ぐらいからカリキュラムに入れて、テクノロジー全般に力を入れているようです。
▲ スライド12・シンガポールの
教育政策・ガイドラインと教育現場での状況
例えば国立研究財団が立ち上げたAI人材教育機関AI Singapore(AISG)では、ChatGPTを使ったプログラムなどのAIリテラシープログラムが制作されており、政府が力を入れて教育プログラムの開発と実装を進めています。
▲ スライド13・シンガポールにおける
AI×教育の研修プログラムやツール
中国については限定的な情報になりますが、国内でAIを独自開発しています。それもかなりパフォーマンスが高いものだということです。中国は国家を上げてAIコンテンツ開発やAI教育を促進しています。
▲ スライド14・中国の教育政策・
ガイドラインと教育現場での状況
中でも象徴的なのは中国の広東省広州市で、AI教育実証地域としてAI教育を推進しています。小学校6年の授業で生成AIやARが活用されており、民間企業も自社開発の大規模言語モデルに基づいて、小学生から生成AIの利用に慣れさせる教育プログラムをリリースしています。
▲ スライド15・中国には国指定の
AI教育実証地域があり、
民間の教育プログラムも作られている
>> 後半へ続く