概要
超教育協会は2022年7月27日、ソリューションゲート 代表取締役社長の鈴木 博文氏と広島県三次市立青河小学校長の貞丸 昭則氏を招いて、「複式学級におけるロボット先生活用の可能性」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、鈴木氏が、ロボット先生の開発に至った経緯と、青河小学校での実証実験について講演し、後半では広島県三次市立青河小学校長の貞丸 昭則氏も参加して、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに質疑応答を実施した。その前半の模様を紹介する。
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「複式学級におけるロボット先生活用の可能性」
■日時:2022年7月27日(水)12時~12時55分
■講演:
・鈴木 博文氏
ソリューションゲート 代表取締役社長
・貞丸 昭則氏
広島県三次市立青河小学校長
■ファシリテーター:
石戸 奈々子
超教育協会理事長
鈴木氏は約35分間の講演において、ロボット先生開発の経緯と青河小学校での実証実験について説明した。主な講演内容は以下のとおり。
▲ 写真1・ソリューションゲート
代表取締役社長の鈴木 博文氏
【鈴木氏】
私は子供の頃から先生志望で東京学芸大学教育学部に進学しました。テキサスインスツルメンツ製プログラム電卓と「運命の出会い」をして、コンピューターの分野をもう少し勉強したいと考え、三鷹市の中学校で講師をしながら大学院へ進みました。 その後、先生にはならずにコンピューター業界で最新技術を教育に応用する仕事を続けていましたが、衝撃を受けたのがPepperの登場で、これを何とか先生に仕立てようと、直ちに購入してプロトタイプ作りに着手しました。
▲ スライド1・Pepperとの出会い
Pepperの胸部にあるタブレットを活用した映像教材での授業を考えましたが、Pepperの開発元・販売元から許可をもらえずに、先には進めませんでした。
その後しばらくして登場したのが、ユニロボット社のユニボで、初めて見たときから「これは教育に使える」と思いました。
▲ スライド2・ユニロボット社の
「ユニボ(unibo)」
というのも、Pepper同様、子供たちに写真や動画を見せられる大きな画面を備えていたからです。すぐにユニロボット社を訪問したところ「面白い」と賛同を得られ、これを「ユニボ先生」に仕立て上げる取り組みが始まりました。
考えていたのは子供と会話をしながら勉強を教えるロボットです。例えば、ロボットが「次は問題3をやってごらん」と課題を出し、子供の「おわった」という声を認識すると、「答えあわせをしよう」と、会話が続きます。このように対話形式で子供に勉強を教えることがロボット先生の特徴で、いろいろゲーム性を持たせて子供の自習を促すタブレット用教材との大きな違いです。
▲ スライド3・子供と会話しながら
授業を進めていく
ロボット先生は従来の教育用動画コンテンツ作りとは一線を画す新規事業でコストがかかります。折しも、東京都立産業技術研究センター(都産技研)でサービスロボットに関する事業を公募していましたので、「個別指導塾の講師役となる先生ロボットの開発とサービスの構築」というテーマで応募し、採択されたことで体制が整いました。
テーマを「個別指導塾」とした理由として、一つには2014年頃から学習塾の倒産件数が増加傾向にあり、ユニボ先生をスタートさせた2018年には過去最多を記録していたことがあります。その主な原因が少子化と人手不足です。
2020年の世代別人口分布を見ると、新人の先生が働き始める20~24歳の世代と、20歳若い0~4歳の世代を比較すると、男女ともに300万人台前半から200万台半ばへ、それぞれ約80万人も減少してしまっていて、人手不足は将来さらに深刻化すると見込まれます。その解決策の一つにロボットがあると考えました。
▲ スライド4・今後20年で
人手不足はさらに深刻化する
もう一つの理由は「学生講師の問題点」です。塾関係者によると、近年、塾の講師は学生にとって「良いアルバイト」ではなく、講師の確保が難しくなっています。さらに、学生ごとの指導品質のばらつき、テスト前や夏休みなど時間管理の煩雑さ、就職で続けられなくなること、個々の生徒に寄り添った継続的指導の困難さなどの問題があります。
個別指導塾は基本的に、1人の先生が2~4人の生徒を指導します。これを、ロボット先生が主に指導して、先生は必要に応じて個別指導するようにできれば先生1人で生徒5~8人、最大では10人くらいまでいけると考えました。ただ、そのためにはロボットだけで8割~9割の学習指導を行えることと、1人1台のロボットに向かい合う子供の学習状況をリアルタイムに把握することが必要ですので、開発にあたってはこの2点をポイントにしました。
▲ スライド5・「ユニボ先生」開発のポイント
集中力のない子も多動性のある子もロボット先生の前では集中して勉強する
神奈川県の大手塾・中萬学院で実施した、ユニボ先生の最初の実証実験をご紹介します。
▲ スライド6・最初の実証実験では
問題点が噴出
最大18台のユニボ先生を広い教室に並べて実施しましたが、正直、大失敗でした。ゴチャゴチャした雰囲気で子供が集中しにくい、ある子供の「おわった」に他のユニボが反応してしまう、10数台を1回線につなげたため途中で止まってしまう、といった問題が明らかになりました。
この反省を踏まえ、大教室ではなく個別のブースを並べるなどの試行錯誤を重ねて、次第に形になっていきました。
▲ スライド7・個別のブースに並べて
問題点を解消
その後、個別指導123という塾で行った実証実験では、子供の学習状況を確認できるアプリを試しました。モニターで赤いインジケーターが点灯した子供はヘルプを必要としているので、先生がそこへ行って直接指導する仕組みです。
▲ スライド8・子供の状況を
一元管理できるアプリも開発
算数の授業でも実証実験をしました。約80分間に8人の生徒がいろいろなテーマを学習して正答率が88%であったことや、各テーマに設けられた4つの問題それぞれを解けたか解けなかったといった学習履歴が一覧でわかります。
▲ スライド9・先生が子供の状態を
把握できる仕組みも搭載
また、オレンジ色の箇所は、そのテーマについて先生が個別指導したことを、緑色の箇所は、分析の結果からケアレスミスの可能性を示唆しています。この場合、先生のタブレットに「ケアレスミス?」と表示され、その子のところへ行って「うっかりミスをしていないかな?」と声がけできる仕組みも組み込みました。
こうして多くの実証実験や展示会で使っていただく中で、「ロボットにはロボットならではの役割があるのではないか」と思い始めていました。NHKの「所さん!大変ですよ」という番組で、ユニボ先生を使っている学童クラブが取り上げられましたが、その際には「勉強はつまらない」と1時間半も駄々をこねていた子供が、ユニボ先生の時間になるとピタッとユニボに向き合って真剣に取り組み、問題が「あってた」とカメラマンに笑顔を向けて素直な気持ちを表していました。
▲ スライド10・勉強嫌いも
ユニボ先生の授業は真剣に取り組む
同様の事例は他にもあります。
▲ スライド11・通常の授業に
向き合えない子供もロボットは好き
ある子供はプライドが高く、できないことや間違っていることを知られたくないので先生に教わることも拒絶していましたが、ユニボの前ではちゃんと「教えて」が言えました。他の子供は多動性があって2~3問やらせるのに1時間でも難しかった子ですが、ユニボ先生の前では大人しく勉強します。こういう事例を見ると、人間の先生とはうまくコミュニケーションが取れない子供たちにもロボット先生はマッチするかもしれない、と考え始めました。
そこで、子供が目的を持って通う塾ではなく小学校で実験したいと考えていたところ、広島県が「RING HIROSHIMA」という、社会課題を解決する実証実験を公募していました。そこで、東京ではできないことに取り組もうと「小学校の複式学級における教員の負担軽減」というテーマで応募、今回も無事採択されて、三次市立青河小学校で実証実験を行いました。
▲ スライド12・新たな実験テーマは
「複式学級での教員の負担軽減」
複式学級では「先生が直接指導に集中できる」 青河小学校での実証実験でわかった効果
複式学級とは、1人の先生が同時に複数学年(一般に2学年)を教える学級で、一般に先生が1学年を直接指導している間、もう1学年は間接指導、つまり自習を行っています。
これでは学力スコアに影響しそうですが、文部科学省による小学校の学級数ごとの調査では、複式学級はむしろ上位であり、学力スコア上のデメリットとはなっていません。
一方、長崎大学教育学部の調査によると、複式学級には、授業の停滞、自習中の子供への適切な助言や指導の欠如、2学年分の授業の同時準備、子供の注意力散漫といった問題が指摘されています。高い学力スコアは、先生方のこれら諸問題を乗り越える努力の賜である反面、その負担も非常に大きく、それなら、ロボット先生で間接指導を直接指導に近づけられれば、先生の負担軽減にもつながると考えました。
つまり、従来は自習していた学年をユニボ先生が教えることで、先生は授業準備の時間を軽減でき、子供は授業に集中できるなど、直接指導に近い形で課題を解決しています。
▲ スライド13・間接指導から
ユニボ先生に拠る直接指導へ
ユニボ先生に間接指導を任せることについて、当初は先生方も半信半疑だったようですが、途中からは完全に任せてもらえるようになりました。嬉しかったのは、授業参観日にもこのスタイルでやっていただけたことです。また、自習だと問題を終えた子供はぼんやり過ごしてしまいますが、どの子供も学習に集中するようになりました。
想定外だったのは、子供同士で教え合うアクティブラーニング的な状況が発生したことです。ユニボ先生は本来1対1で学習する仕掛けなので、1対2や1対3の場合、ユニボ先生に「おわった」や「できた/できなかった」を伝える前に、子供同士で教え合うのです。こういう使い方もあるのかと少し驚かされましたが、これもありだと思います。また、「図形の作図」など一部のテーマでは、完全に先生として任せることもできました。
▲ スライド14・実証実験でわかった
ユニボ先生の効果
通常学級や学童保育への展開も検討 ロボット先生のさらなる可能性
今後の展開ですが、まず複式学級については、通常の学級と比べても先生の負担が大きいことから、ロボットの活用で負担軽減が図れると考えています。
特別支援学級については、全ての子供への対応は難しいですが、状況によっては子供とロボット先生の相性が非常によいということが分かってきています。今年はこの分野にも取り組みたいと考えています。
不登校の子供が通う適応指導教室についても、子供によってはロボット先生と相性が良く、指導を任せられます。現在、東京都荒川区の施設で実証実験を実施しています。
通常学級でも、授業についていけない子供をサポートする使い方ができるのではないかと考えています。学童保育は、本来は放課後に子供が事故なく過ごすためのサービスという位置づけですが、学習の要素も取り込みたいという話が出てきていて、ここにも活用できると考えています。
▲ スライド15・通常学級や
学童保育への応用も計画
また、プログラミング教育への活用もできます。当初、プログラミング教育の講師不足ということもあり、ユニボ先生がプログラミングを教えるカリキュラムを検討しましたが、その前に、子供たちがユニボを制御するようなカリキュラムを組んでみてはどうかと取り組み、結果的に非常にうまく行きました。ロボットプログラミングは、男子の定着率は8割ぐらいあるのですが、女子は2割以下であまり興味を持ってもらえません。ところが実証実験では、全ミッションを達成する「ユニボマスター」の称号を獲得したのは全員が女子でした。理由を聞くと「可愛い」という子がいて、このあたりが女子向けプログラミング教育の課題解決につながるのでは、と感じています。
▲スライド16・女子の達成率が高かった
ユニボのプログラミング
「かるた遊び」を取り込んだ知育教育では、通常のかるたではなくリンゴやミカンがいくつか描かれたカードで、ユニボ先生が「りんごが8個ありました。2個食べました。残りは何個?」というような問いかけをします。これに子供がカードを取ってユニボ先生に見せると正誤が判定され、最後に優勝者が発表されるというように、遊びながら学習できます。
小学校には、子供たちが地元の町を調べて短い文にまとめ、それに絵や写真を付けて作ったさまざまな「郷土かるた」があります。そういったかるたをユニボ先生に読み込めば、さまざまな地域イベントで大人と子供が一緒に楽しむことができます。
この他にも、ユニボ先生を使ったさまざまな取り組みを実施し、ロボット先生の可能性をさらに広げていきたいと考えています。
>> 後半へ続く