概要
超教育協会は2022年6月1日、やまがたAI部運営コンソーシアム会長の松本 晋一氏を招いて、「若者と作る未来~山形流のデジタル人材育成・部活動を通じてAIを学ぶ~」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では松本氏が、主に山形県の高等学校に部活動として展開している「やまがたAI部」について、発足の経緯、目指す姿、カリキュラムなどを踏まえて説明。後半は超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。
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「若者と作る未来~山形流のデジタル人材育成・部活動を通じてAIを学ぶ~」
■日時:2022年6月1日(水)12時~12時55分
■講演:松本 晋一氏
やまがたAI部運営コンソーシアム会長
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
やまがたAI部を全国に展開して欲しい そんな期待を込めた質問が多く寄せられた
シンポジウムの後半では、ファシリテーターの超教育協会理事長の石戸 奈々子が参加者からの質問も織り交ぜながら、質疑応答を実施した。
石戸:「非常に興味深く拝聴しました。10年以上前ですが、私はプログラミング教育を必修化したいと思い、必修した際には課題になるであろうことに事前に取り組むことを目的に、カリキュラムの開発、授業やワークショップなどの実施、指導者の育成、機材などの環境整備支援、継続して実施するための地域の支援体制の整備などに取り組みました。当時、1年で2万5,000人の子供たちへプログラミング教育を提供するとともに、1,000人の先生方に研修をして、約13地域でプログラミング教育のコミュニティを立ち上げました。その頃のことを思い出しながらお話を伺いましたが、10年以上経ち、プログラミング教育が今はAI教育になっていることを実感しました。取り組まれている方法としては親しいものを感じており、AI教育の横展開をご一緒できたらと。そこで、お聞きしたいのですが、地域で展開するときに一番障壁となることはどのようなこととお考えでしょうか」
松本氏:「コーチです。オンラインなので教える人は1人いれば大丈夫で、教材コンテンツもどんどん貯まっていきます。分からないことがある生徒はチャットで聞けば、いろいろな人が答えてくれるのでなんとかなります。
ただ、直接聞きたいときや生徒に少し怠けるモードが出てきたときに、コーチが必要となります。そのコーチの確保が難しいのです。コーチは多少、デジタルのことが分かれば、必ずしもAIについて詳しくなくてもよいと思います。一緒に学んでいけばよいのです。やまがたAI部に賛同し参加いただくときには、『コーチを一人探してください』とお願いしているほどです」
石戸:「私たちはコーチをファシリテーターと呼んでいました。伴走して励まして、共に活動を推進していくのですよね。おっしゃる通り知識の部分は遠隔でも何とかなりますが、コーチの育成は一朝一夕にはいかないと思います。
また、私たちは当時、プログラミング教育にRaspberry Pi(ラズベリーパイ)を使っていましたが、そのような基本機材を整備するための予算についても苦労しました。そのようなところも同じかもしれないです」
松本氏:「そうですね。私は『予算よりも共感』と考えています。とにかく動けば共感してくれてお金を出してくれる人が出てくるだろうと割り切って活動しています。結果、一部は予算がついてきたかなというところです」
石戸:「参加者からの質問です。『子供たちにAIのスキルを深めてほしいと思いつつ、それぞれの興味に合わせた専門性も深めてほしいとも思ってしまいます。AI部出身の生徒はどんな進路を歩んでいるのでしょうか』というものです。『AI部に関心を持つ生徒がとても多かったということでしたが、どんな関心で集まってくるのでしょうか』という質問もきています」
松本氏:「AIを学んだことによって進路が変わった生徒と、変わっていない生徒がいます。変わった生徒は『大学ではAIを勉強します』とデータサイエンティストを目指しました。引き続きAIを学びたいと考える生徒が一定の割合出てくるなど、進路に変化が出てきていると感じます。あわせて文系・理系の『どちらかに偏るのではなく、文系の人でも理系を分からなければならない』という文理融合のメッセージも投げています。意識は変わってきたと思います。
どういう関心で集まってきているのかについては、数パターンあります。『将来この分野の技術者になりたい』、『ゲームを作りたい』などおぼろげながらもキャリアパスを持っているパターン、もうひとつが、日常の中でAIに興味を持ち『AIが何かは分からないけれど将来のために知っておいたほうがよい、ちょうどよいから教えてもらおう』というパターンです。3つめは一番分かりやすいのですが、『全く何も考えていなかったけれど、先生から聞いてやってみようと思った』という生徒です。この3パターンが多いですね」
石戸:「3つめのパターンで入部した生徒に、なんらかの変化はありましたか」
松本氏:「多かったのは、『思ったよりも難しくない』といった反応です。プログラミングを一切せず、活用シーンを考えたり、できあがったモノを組み合わせて作ったりすることが多いからですね」
石戸:「カリキュラムが工夫され、取り組みやすく、なおかつ効果が見えやすいことで、生徒のモチベーションが引き出されているのかもしれないですね。起業に関する質問がきています。『山形県は起業率を平均以上にしていきたいというお話がありましたが、国も起業家をより増やしていきたいとしている中、なぜこれまで起業率が低かったのか、どのように分析されていますか。またどんな手を打とうしていますか』という質問です」
松本氏:「私は山形県人ではないため、外から見て気づくことがたくさんあります。起業率が低い理由には、精神構造があると思います。山形の人に限らず地方の人は、東京の人たちを上に見ている傾向があるようで、自分が県庁や銀行のエリートの中にいても、東京や本社から転勤してきた誰かがいつか自分たちの上に立つだろうと思っています。トップを目指さず、突き抜けようとしない大人が多い環境で育ったので、子供たちも自分がトップになろうとは思わないのではないかと感じます。この精神構造が起業率の低さと経済格差につながっている側面もあると思います。大人がタガを外すことが必要だなと思うことがあります」
石戸:「松本さんは中小起業のDX支援などもされていますが、企業のDXもマインドセットの部分が大きいと言われることがあると思います。やまがたAI部では、気持ちをどう変革させるかという視点での取り組みもしているということですね」
松本氏:「はい、そうです」
石戸:「プログラミング教育の必修化への働きかけの中では、全国小中学生プログラミング大会も開催しています。小中学生でもAIを使い、社会課題の解決方法のデモを作ったという生徒が出てきています。やまがたAI部は高校生を対象にされていますが、今後、年齢層を下げていくご予定はありますか。リカレント教育のお話もありましたが、これから先の教育対象について何かあれば教えてください」
松本氏:「下げたいと上げたいという両方がありますが、まずは年齢にかかわらず、参加1年目か2年目かだけの違いでカリキュラムが異なるようにしようと思っています。スーパーエンジニア育成ではなく、デジタルに関して裾野を広げていくことを一番の目標にしています」
石戸:「私達も『読み、書き、プログラミング』を合言葉に、基礎教養としてプログラミングを習得する時代の到来に向けた必修化を唱ってきましたが、それが次のステージに差しかかりつつあると思いました。
F班に関する質問が結構きています。『参加者は、小中高どの先生たちですか、混合で参加しているのですか』といった質問です。実際に参加された先生方からは、どんな反応がありますか」
松本氏:「まず、参加者は高校の先生だけです。これから始めるので反応はまだですが、生徒と一緒に参加するので『自分のほうが知らないと恥ずかしい』という雰囲気はあったようです。一方で『みんな分からないのだから、そんなこと言っている場合じゃない』とか『教え合えばよい』などの声もあるようです。AI甲子園には参加するけれど、点数はつけないで欲しいという先生もいらっしゃって、AI甲子園の先生版を作ろうかとも考えています」
石戸:「先生方も力が入る方、不安を感じる方、両方いらっしゃるでしょうね。さきほど、参加1年目か2年目かによってカリキュラムを変えるお話がありましたが、こんな質問もきています。『普通高校、商業高校、工業高校、高等専門学校などありますが、バックグラウンドによって元々のスキルや習熟度が変わるのではないでしょうか。それによりカリキュラムを変えるなど工夫が必要な点はありますか』というものです。いかがでしょうか」
松本氏:「個別設定すると、きりがなくなるのと、サポート側の負荷が高くなるので、一律で考えています。ある程度分かっている生徒には物足りない可能性はあると思っていましたが、専門用語も多くひいひい言いながらやっているようです。ただ、高等専門学校と工業高校の一部生徒は、進み方が早い傾向はあります」
石戸:「最後は『これから先、どうやって全国展開していくのか』という質問です。他にも『現状考えている具体的な展開方法を知りたい』という質問もきています。現状では、松本さんが山形県の地域の産官学を巻き込んだコミュニティづくりをしているから実現できている取り組みだと思います。やはり地域をコーディネートする熱い思いを持った人が重要で、私たちがプログラミング教育を展開した13地域も地域を巻き込めるパワーのある人がいたことで実現できたのです。この先さまざまな地域に展開するにあたって、どんなやり方を考えていらっしゃいますか」
松本氏:「2つ考えています。今年から参加の県外の高校は、どこかで情報をキャッチして問い合わせをくれて学校単位で参加してくれました。その流れを作るには告知が重要だと思っています。この取り組みに興味を持ってくださる政治家、民間企業、教育関係者などに告知し、その方々から発信してもらい、全国紙にも「AI部参加者募集」のような広告を出すなどして一気に広める方法があると考えています。SNSの時代なので、TikTokやInstagramなども活用します。あとは地元出身のアイドルがマスコットとなり、地元の人達とうまくコラボしながら発信をするといったデジタル集客も考えています。
もう一つは、地域が盛り上がってほしいと考えている人たちに協力してもらう取り組みです。山形と同じこと自分の地元でやりたいという人には、やり方やコツをそのままお伝えします。皆さんで立ち上げてもらい、分からないときには問い合わせをもらって対応します」
石戸:「後者の展開に関しては、先程の話でも、カリキュラム開発に関しても、資金的にも地元企業のサポートがあるというお話がありました。地域の産官学で支える仕組みを構築しないと継続的な運営は難しいのではないかと思いますので、そのようなコミュニティをつくっていきたいですね。
一方、デジタルで全国の子供たちがひとつのAI部に集まってくるというのも新しいかたちで、素晴らしいですね。今の時代は一つの学校の部活にこだわる必要は全くないと思います。同じ目的、同じ趣味で、新しい全国の友達ができる、素敵な場になりますね」
「そうなると、スポンサーもつくと思っています。自分たちの企業の名前を高校生に刷り込めます。ぜひ私に直接お問い合わせいただければと思います」という松本氏の言葉でシンポジウムの幕は閉じた。