山形の企業、大学、行政が協力しあい、高校生に先進のAI教育を行う
第91回オンラインシンポレポート・前半

活動報告|レポート

2022.7.15 Fri
山形の企業、大学、行政が協力しあい、高校生に先進のAI教育を行う</br>第91回オンラインシンポレポート・前半

概要

超教育協会は202261日、やまがたAI部運営コンソーシアム会長の松本 晋一氏を招いて、「若者と作る未来~山形流のデジタル人材育成・部活動を通じてAIを学ぶ~」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では松本氏が、主に山形県の高等学校に部活動として展開している「やまがたAI部」について、発足の経緯、目指す姿、カリキュラムなどを踏まえて説明。後半は超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。

 

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「若者と作る未来~山形流のデジタル人材育成・部活動を通じてAIを学ぶ~」

■日時:2022年6月1日(水)12時~12時55分

■講演:松本 晋一氏
やまがたAI部運営コンソーシアム会長

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

松本氏は約35分間の講演において、山形県の公立・私立の21校と、他県3校から高校生が部活動として参加している「やまがたAI部」の取り組み、地元企業や大学、行政との協力体制などを紹介した。主な内容は以下のとおり。

【松本氏】

「やまがたAI部」発足の背景には、若い世代にデジタル教育を実践することで、日本をより良い国にしていきたいという思いがあります。が代表取締役社長CEOを務める株式会社O2は、DXのコンサルティングを行う会社で、製造業出身者が大半を占めています。ものづくりの熟達者のカンコツ(勘やコツ、暗黙知)をデジタル化することを生業としているコンサルティング会社です。

 

技術特化型のコンサルティング会社が高校生たちにAIを教えることで、日本の将来を担う人材を育成したいと考えているのです。

やまがたAI部のビジョンはデジタル人材を育成して山形県のGDPを向上させること

やまがたAI部の取り組みをご紹介します。「デジタル人材の育成を通じて山形県のGDP向上に貢献する」ことがビジョンです。「デジタル人材」の定義は、数理で物事を考え、デジタル機器を使って物事を行う人材です。

 

特に「数理で考える」ことはとても重要です。以前は、世界のトップレベルであった日本の製造業が、最近、競争力を弱めてきている要因のひとつとして、現場のノウハウのほとんどがアナログであったことが挙げられます。ものづくりの現場は「あれをこうして、これぐらいああして」と、「こそあど言葉」の応酬があうんの呼吸で繋がっている状態で、技術は見て覚えるしかなかったのです。つまり「数理で考えられていなかった」のです。これを数字と理論で数理化して、デジタル化して後継者に教育できれば、短期間で伝承できます。

 

このように数理で考えることはとても重要で、それができるデジタル人材を育成することで山形県のGDP向上を目指しています。そして、そのために具体的なゴールをいくつか設定しています。

 

まずは、「若者のAI人口を日本でNo.1にしよう」です。県全体ではなく若者の人口に絞りました。年間5080人のAI人材を高校生から排出したいと考えています。日本最大のデータサイエンス企業のデータアナリストの人数が400500人とされていますので、毎年50名ほど輩出していけば、相応のレベルになると思います。

 

次に「女性のAI人口を日本でNo.1にしよう」、「女性のデータサイエンスト率を全国1位にしよう」です。さらに、山形県は老舗企業が多く、スタートアップ系の企業数は全国ランキング最下位レベルです。「起業率を全国平均レベルに」も掲げました。

 

その他にも、コロナ禍の前に立てた目標ですが「テレワーク率を全国トップにしよう」、「時短の女性の平均時給を全国トップにしよう」、「女性の平均年収を全国トップにしよう」があります。山形県は共働き率が全国1位の為、「世帯年収を増やそう」も目標として掲げました。

 

▲ スライド1・やまがたAI部では、
山形県をさまざまな視点での
「全国1位」にすることを目指している

 

もうひとつ別の視点で目指しているのは地域創生です。そこで、授業とは別枠で「AI部」という部活動を作り、部活動のカリキュラムを外部が作り、地元の人達がコーチ役をして地元の高校生を指導するスタイルとしました。

 

AI部の生徒は、例えば野球部の友達に、「エースの〇〇君は、いつも外角にボールが行くけれど、プレートをこう踏めば内角に行くようになる」とか「今度対戦するライバル校の4番バッターには、こんな傾向がある」のような分析に基づいた助言ができます。すると運動部が強くなり全国で活躍できる。AI部と運動部が連携して活動することも考えられます。一方では、AI部の生徒が活躍できる腕試しの場として「AI甲子園」を作りました。

 

このような活動を経た若者が地元に就職し、また県外でも「山形出身の若者の多くはITリテラシーが高い」と広まればよいと思います。シリコンバレーのような街づくりを目指す場合も、企業誘致をする場合も、結局は「地元でどれだけよい人材を確保できるか」がとても重要です。人材育成には時間がかかりますが、AIについては世界中まだ同等レベルと言えるため、本気で取り組めばこの数年間で一気にかなりのレベルにまで達することができるのだろうと考えています。

 

▲ スライド2・部活動としての「AI部」を起点に、
地元からも協力を得て地域創生につなげたい

コロナ禍の2021年春にやまがたAI部はキックオフ 高校生の参加希望が殺到した高校も

新型コロナが感染症の緊急事態宣言など全国が慌ただしかった20213月~5月、やまがたAI部はキックオフしました。参加校は徐々に増えて、2022度は山形県内の公立・私立の21校と、県外3校が参加しています。AI部への高校生の関心は非常に高く、山形東高等学校でAI部の部員を募集したところ180名も応募があり、私達が支援できないため5名に絞ってもらいました。高校生は、他の部活動もやりながら同時にAIも学びたいのです。

 

▲ スライド3・やまがたAI部参加校は、
2022年4月現在で山形県内21校、県外3校

 

カリキュラムは、地域の課題をAIで解決することを通じて、探求力とデジタル力を高め、山形県に貢献していくことをコンセプトに編成されています。オンラインでの座学と録画のオンデマンド視聴を中心に、月2回、1回だいたい1時間半のオンラインセッションを実施しています。放課後の3時や4時から参加してもらい、参加できなかった生徒には録画を見てもらいます。

 

コーチセッションもあります。Excelを使えない高校生などオンラインではカバーできないところを、地元の大学生や地元企業のIT部門の人たちのボランティアコーチが補います。私達はコーチに対する教育や情報共有の場を作るなど、コーチと生徒がやりとりできる仕組みをサポートしています。

 

初年度はノンプログラミングでAIを学びますが、プログラミングからAIを学びたい生徒には、山形大学の教授が作ってくれた中級と上級のカリキュラムもあります。

 

途中、KaggleGoogleのグローバルなコンテスト)はじめさまざまなコンテストで腕試しもしてもらいます。去年は、酒田光陵高校の生徒が全国3位になりました。この生徒はAO入試でAI部の取り組みを説明して、かなり難関な大学のAI学科に入学しました。私達の取り組みの成果が進学においても少しずつでてきています。

 

また、地域創生、地元への貢献といった視点では、デジタル人材の地元への定着もあります。地方の自治体には地元に若者を定着させたいという声が多くありますが、私たちが若者に「なぜ地元を離れるのか」というアンケートを取ったところ、一番多い理由が「単に、地元の企業を知らないから」でした。こうしたアンケートをもとに、AIを業務に使っている地元企業を訪問する活動も取り入れています。

 

一方、高校生たちの腕試しの場となるAI甲子園は、地方予選を20221月に実施し、3月に全国大会というスケジュールで開催しました。AI甲子園を視野に入れた3か年のカリキュラムも完成しつつあります。

 

▲ スライド4・2022年のやまがたAI部カリキュラム。
3か年のスケジュールが完成しつつある

地元企業や職人の現場を訪れ「数理とデジタル」でモノづくりを学ぶ

実際の部活動の様子を「ものづくりAI」の事例で紹介します。生徒たちは、まず企業の現場で実際に作業をしている人や職人たちの動作を見たり質問したりして頭の中に入れます。そのあとに、作業をしている人や職人にセンサーをつけてもらい、動きをデータとして収集します。その波形を確認すると、職人が教えてくれたことが今度は数理で頭に入ってきます。こうした株活動を通じて、「IoTとは、いろいろな事象を数値化し、可視化して把握できる仕組み」と理解できるようになります。

 

興味深かったのは「かんながけ」です。山形工業高校の先生が、かんながけの指導をするのですが、口頭でコツを説明されてやってみても全くうまくいかない状況でした。そこで、かんなに加速度センサーをつけて波形を取ってみたところ、「力を入れて」と言われたところとそうでないところの差が波形で明確に見えたのです。デジタル化したことで、力の変え方を理解できるようになり、それを理解したうえで実際にやってみたら、今度はすっとうまくできたのです。このようにものづくりの現場にもAIを活かせます。

 

▲ スライド5・地元企業の特別な技術を持つ
職人の協力を得て行われる「モノづくりAI」の体験

 

大好評だったカリキュラムは「半熟卵を作ってみよう」です。まず生徒は、お母さんに半熟ゆで卵の作り方を聞いてきます。お母さんは「中火で5分から78分ぐらい」で、「中火」の加減は「そんなの適当よ」と言うそうです。加熱時間にも幅もある。生徒は、お母さんがしている火加減やゆで時間の調整を、温度計でお湯の温度を測ったり、ストップウォッチでゆで時間を測ったりすることで、数理で理解します。

 

次にこれをAIでアルゴリズム化します。縦軸を温度、横軸を時間にして、75度を超えた卵の延べ面積が、ある面積になると半熟になることをAIに教えます。そしてAIに従って卵をゆでて「もう半熟だよ」となった瞬間にお湯からあげて割ってみる。半熟になっている。このような身近なもので体験しながら、生徒たちは「AIって化け物かと思っていたけれど、なんだ、人間が教えないと何もできないじゃないか」と理解していきます。「数理とデジタル」です。

 

▲ スライド6・AIのしくみを理解しながら、
AIを活用して半熟卵を作る体験も行った

 

地元のJ2サッカーチームのモンテディオ山形の、プロのスポーツアナリストの話も聞きました。例えば、パスをもらってからリリースするまでをコンマ何秒以内にするとか、パスは何回以内にするなど、数値化して、論拠も提示し、戦略を立てていることが分かると「サッカーはただ練習すればよいものではなく、頭を使う」と認識も変わります。

 

地元企業では、業務のどこにAIを使えるか、企業の人とディスカッションしました。1年目と2年目の生徒の発言内容は全く違います。2年目の何人かの生徒は、企業側に「放課後に来てくれ、アルバイトとして今すぐ雇いたい」と言われることもあるほど、即戦力になるレベルになっています。

 

AI甲子園では、地元の課題をピックアップし、半年間かけてその課題をAIで解決する取り組みや、学校の頭髪検査をAIに判定してもらう仕組み、交通事故の発生状況をAIで分析して車を運転中に交通事故が多い地点に差しかかると教えてくれる仕組みなど、興味深い発表がいろいろありました。

 

▲ スライド7・2021年3月には
AI甲子園が開催され、生徒たちが腕を競った

地元の大学、行政、IT企業からの協力で取り組みが進化するやまがたAI

やまがたAI部の運営体制は、A班からE班まで分かれています。地元のIT企業の方がコーチを務め、地元の山形大学の学生がサブコーチを務めます。山形大学は協力した学生に単位を付与することも念頭に協力してくれています。今年から参加の日田三隈高校など県外の高校はオンライン参加です。

 

先生1人に対して、1,000名や1万名の高校生が、ログインすれば参加できてAIを学べる時代です。私はこれを、コロナ禍で何も活動できない海外の日本人学校やシリコンバレーの高校生にも参加してもらい、どこからでも一緒にAIを学べる機会を作っていこうと思っています。

 

学校の先生が参加するF班もあります。情報の授業が必須になり、2年後にはセンター試験にもなる「情報」の先生は、まだ人数が少なく皆さんが勉強したいとお考えです。そこで山形県の情報ワーキンググループの14名の先生がF班として参加し、生徒と同じものを学びます。「デジタルは、先生より生徒の方が詳しい可能性がある。大人が教える時代は終わりで、分かる人が教えればよい」というF班参加者もいました。生徒も誰かに教えることで成長します。AIを舞台に、地域や年齢を超えて学び合う、これが私達の考える未来像でもあります。

 

▲ スライド8・参加校、協力機関、企業等、
やまがたAI部の運営体制の班分け一覧

 

大学の全面協力はじめ、実はかなりの組織が動いています。運営事務局として定例会を行っていますが、大企業の経営トップや行政の方々にも快くご協力いただき、毎週1時間のディスカッションに参加いただいています。いくつかの市町村は予算も出してくださいました。地元のIT企業、企業の情報システム部門の方たちは、コーチとなったり、カリキュラムを作るお手伝いをしてくれたりしています。

 

▲ スライド9・協力してくれている
民間企業や団体、市町村、大学

 

地元の人々が高校生に教え、高校生が卒業後にAI部に還元してデジタル化を推進していく、エコシステムのような循環経済になるとよいと思います。

 

▲ スライド10・学んだ高校生がAI部を
サポートする側になるエコシステムを目指す

 

2020年度にAI部を始めたときの参加校は11校で、最初はクラウドファンディングで資金を集めました。ゆくゆくは収益化してお金が回る仕組みを作り、かつそれを高校生から社会や女性に展開していき、同じカリキュラムで多くの人たちが学んで、レベルをあげていけるとよいと思います。

 

2024年で5060校、山形県の高校80校の約8割へ展開しようと考えています。部員数は現在制限を設けていて120130名ですが、来年ぐらいにフリーにすれば数百名の部員が合同で部活動できます。さらにこれを全国に広げて、数千人~数万人にもしていきたいと考えています。

 

▲ スライド11・やまがたAI部コンソーシアムの
この先5年の取り組みの計画

 

>> 後半へ続く

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