概要
超教育協会は2022年5月25日、前大阪府箕面市長の倉田 哲郎氏を招いて、「データ利活用による個別最適な支援~箕面市の取り組み」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、倉田氏が、学校で蓄積した有用性の高いデータを、子どもの成長の把握や教員の指導力向上、さらには課題を抱えた子どもの支援などに活用する取り組みについて講演し、後半では、超教育協会理事長の石戸奈々子をファシリテーターに質疑応答を実施した。その後半の模様を紹介する。
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「データ利活用による個別最適な支援~箕面市の取り組み」
■日時:2022年5月25日(水)12時~12時55分
■講演:倉田 哲郎氏
前大阪府箕面市長
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、ファシリテーターの超教育協会理事長 石戸 奈々子が参加者からの質問を織り交ぜながら、質疑応答を実施した。
データの分析/活用や保護者や教員の反応に高い関心
石戸:「まず、『先生方の反発』に関して複数の質問がきています。『データの活用が有効なことは理解できるが、先生の特性が丸裸にされてしまう側面もあり反発する先生も多かったのではないか。実際にどういう反応があり、ポジティブに捉えてもらうためにどのような工夫をしたのか』というような趣旨ですが、いかがですか」
倉田氏:「そもそも学校の先生方には調査を好まない傾向を感じます。当時も子どもたちの負担になる全数調査を毎年行うことには、箕面市に限らず否定的な空気があったように記憶しています。実現できた背景には、実は当時の政治状況による偶然的な要素があります。
発端は、当時の民主党政権が、それまで全数調査だった全国学力テストを抽出調査に変えたこと。そして、橋下大阪府知事(当時)がこれに反発し、大阪独自の全数調査の方針を打ち出したことでした。
こうした動きに対して、箕面市の校長先生や教育委員会が、「大阪府の全数調査に参加するのではなく、箕面市独自できちんとした調査をやれないか』と提案してきたのを受けて、箕面市の独自調査がスタートしたのでした。
当時、この提案を聞いて、私は『大阪府の調査から箕面市だけ離脱するのって、風当たりがきついなぁ…。』などと渋い顔をしていたんですが、もともと『まずはデータがなければ何もわからない』という信条だったので、内心では『渡りに船!』と思っていたのは、ここだけの話です。
発端は先生方や教育委員会からの提案でしたが、私は、以前から、データの分析次第で先生方の指導力も見えてくると考えていたので、『それをちゃんとやると約束してくれるのなら、市としても毎年独自の予算を確保しましょう』と条件をつけて合意したので、その後の取り組みもスムーズに進んだと感じています。
実際、運用開始から3年ほどで経年変化が見て取れるようになると、まさに先生方の指導力が『見える化』されてきます。最初は、恐る恐る校長先生だけに結果をお返ししていましたが、校長先生も納得感があったようなので、数年後から全ての先生へフィードバックされるようになりました。でも、いきなり全先生に提示していたら、反発があったかも知れません。教育委員会側もそのあたりは配慮しながら進めたことで、何とか馴染んでいった面はあると思います」
石戸:「トップダウンではなくボトムアップで作り上げていったというのは珍しい事例ですね。次の質問は、『先生がこのデータを活用して授業を改善した事例を教えてほしい』というものです」
倉田氏:「データの活用はもちろん大事ですが、データだけでなく、アナログ的な手法も組み合わせて指導力向上の取り組みを進めるのが大事と考えています。例えば、秋田県の教育が素晴らしいと聞いて、箕面市の教育委員会や先生方を大人数で視察に送り込みましたが、同県の取り組みの一つとして、指導力の高い先生を、特別な指導的地位に付けて、その先生の実際の授業を見学させたり、個別の先生の授業を見て改善指導したりすることで効果を上げていたことを学びました。私たちもこの手法を取り入れることにしましたが、ここでデータをあわせて活用することで、先生方の得意なところを伸ばしたり、苦手なところを補ったりすることが効率的に行えます。先生の指導力を高めるアナログ的な手法をデータが補うことで、先生の質の全般的な向上につなげる取り組みを進めていきました」
石戸:「次は、データ分析に関して、『どのように取り組んだか、どういう体制で取り組んだか』といった複数の質問がきています。これだけのレベルの分析には、学校の事情に精通し、なおかつ分析知見やスキルも必要だと思いますが、それを外注したのか、内部に体制を整備したのか、どういうメンバーで取り組んだのか、今後の継続性を担保するためにどういう仕組みにしたのか、というあたりをお答えいただけますか」
倉田氏:「単独の市だけで独自にテストから評価の仕組みまで作るのは大変です。そこで事業者をいろいろ探して、最終的にはこの取り組みに大きな関心を示してくださった東京書籍にシステム構築の委託をして、同社の『i-check』という調査をベースに組み上げていきました。分析の仕組みは教育委員会事務局の職員が東京書籍と一緒に作り上げていきましたが、当初は『こういう切り口でこういう数字を分析していけばこういう結果が出るのではないか』といった試行錯誤の繰り返しでした。中心となった教育委員会事務局の職員は、学校現場で先生をやっていた指導主事ですから、そういう方々が持つ現場感や欲求・要望と、東京書籍のシステム構築や分析ノウハウを組み合わせて、今のスタイルを確立していった次第です」
石戸:「次は、取得しているデータに関して、『子どもの日々の行動データも何らかの手法で収集しているのか。年に数回の調査では手遅れになることもあるのではないか』という質問ですが、いかがですか」
倉田氏:「私が市長を辞めた2年前の段階では、日々の行動データまでログを取得して活用していくところまでは、少なくともシステマティックにはできていませんでした。従って、子どもや家庭が課題を抱えていることを推測する元になるデータは、年2回の調査がメインになります。その一方で、実際に個別の子どもへの支援の段階では、学校や教育委員会、福祉系部門が、子どもやご家庭に接触した際の記録は、毎日とまではいかずとも、接触した都度データを積み重ねていって、それを相互に参照できる形にしていました」
石戸:「同じくデータに関しての質問です。『子どものデータは子ども自身の主観的なデータか、それとも何らか客観的なデータをとっているのか』という質問です」
倉田氏:「それはデータの項目によります。例えば生活状況調査などは多分に主観的ですから、そういう前提でデータを見ていかなければなりません。逆に学力調査は客観的ですし、家庭の所得情報や生活保護の有無など子どもの支援を考える上で重要な要素も客観的データです。そういうものを総合的に判断して課題がある子どもを推測するわけですから、主観と客観の両方を重ね合わせながらやっているということになります。
なお、主観について事例を挙げると、『学校でいじめに遭ったことがありますか』という無記名調査をしているのですが、低学年であるほど『遭ったことがある』という回答比率が大幅に高くなる傾向がありました。ただ、よく調べていくと、『いじめ』の定義や理解が、低学年ほど曖昧で、例えば『ちょっと嫌なことを言われた』というのを『いじめ』と認識して回答していたりすることがわかってきました。もちろん、嫌なことを言い合わないように改善していくべきですが、高学年になるほど『いじめ』と自覚する事象が減っていくのは、『いじめ』という言葉のイメージや理解が明確になっていくからという面もあるようです。このように、主観的な情報はあくまで主観であって幅があるということを理解した上で、そのデータをどう活用するか考えていかなければならないと思っています」
石戸:「データ取得に関しては、『GIGAスクール構想が進んだことで調査だけではなくログの利用も可能になったが、もし今も市長だったら、どんなデータを使ってどんな分析をしてみたいか』という質問もきていますが、いかがですか」
倉田氏:「難しい質問ですが、おっしゃる通りGIGAスクール構想で全員に端末が行き渡ったことでログの利用もできるようになります。私自身は、一人ひとりの子どもたちにできる限り寄り添った形の教育が望ましいと考えていますから、まず、個々人の進捗状況に合わせて何を伝えていくか、どう接していくのか、といったところでログが活用できると思います。
また、私が市長退任後の話ですが、授業中の子どもたちの視線の動きをカメラで認識して先生にどのように関心が集まっているかを解析し、それを元に先生が自分の授業のやり方を改善するといった取り組みも行われています。もちろんまだ実証実験の段階で試行錯誤を繰り返している中だと思いますが、子ども達の挙動を通して、先生の教え方の、なんとなくの上手い/下手ではなくて、『もう少しこう立ち位置を変えればよい』とか「もっとクラス中を巡回しながら話した方がよい」といったような、細かく具体性のある手法改善にも活かしていければよいですね」
石戸:「まだ複数の方からきている質問が4つほどあるので、順番にお伺いします。まず、『保護者は取得したデータをどの程度閲覧できて、それに対してどういう反応を示されているのか』というものですが、保護者の反発などはなかったのでしょうか」
倉田氏:「まず、講演の前半で話した学力・体力・生活状況の調査結果については、いわゆるテストの結果みたいなものですから、毎年、経年変化が見える形で一定のフォーマットをつくって、保護者の方にお子様の成長の記録として結果をお返ししています。保護者の方からすれば、通信簿に加えて、学校からの情報提供が一つ増えた程度の感覚ではないかと思いますが、特にハレーションもなかったです。私自身も、子どもが学校に通っていたので、保護者の立場として学校から持って帰ってきた結果を眺めていました。
それと、講演の後半で話した、課題を抱えていると推測される子どもへのデータによるアプローチに関しては、実際、対象のご家庭に対して、学校をはじめさまざまな機関が支援や見守りに入っていくことになるわけですが、まずは日常的に接している機関からのアプローチになるので、その際、わざわざ『データ上あなたの家が危険なので来ました』などと言うことはありません。あくまで、子どもと接点がある学校などの機関が日常の中で注意を払っていくために使うものなので、別に隠しているわけではないのですが、残念ながら多くの方にはあまり関心を持たれていないというのが実態でしょうし、特段の反発も起きていません」
石戸:「次の質問は『個人情報に関するところで条例との折り合いをどうつけたのか、もしくは個人情報を取られることへの反発に対してどのような対処をしたのか』というものです」
倉田氏:「個人情報保護の基本的な枠組みは、『目的外使用の禁止』と『外部への提供の禁止』です。目的外使用とは情報を取得した目的以外に使うことで、例えば生活保護のために取得した情報を、子どもの支援のために使うのは、厳密に言えば目的が違うので禁止です。外部への提供とは実施機関からの外部という意味で、市から他団体への提供はもちろん外部ですし、同じ市役所の中でも、福祉部門のある市長部局と教育委員会は別組織なので外部扱いとなり禁止されます。
個人条例保護条例の内容は自治体によって微妙に異なりますが、必ずあるのが、目的外使用や外部提供を可能にする『適用除外』を定める条項です。箕面市の条例の場合、解釈によっては子ども支援に使えそうな適用除外の条項もあったのですが、きちんと明記したほうが職員は安心して情報を取り扱えるようになるため、条例改正をしました。これにより、課題を抱えている子どもの情報を教育委員会と市長部局(福祉部門)でやり取りできますし、取得目的が子ども支援でなくても一定の範囲内で使用できるようになりました。
条例改正自体は、子どもたちの支援のためという(残念ながら)ニッチでマニアックな内容なので、正直なところ、当時、市民からはあまり関心を持たれなかったと思います。でも、市民の代表である市議会でこの条例改正を通してもらえるか否かが、ある意味、世間で許されるか否かの一線です。このため、条例改正案を提出する前に審議会に諮問して議論していただきましたし、そのうえで提出した改正内容についても、個人情報の提供項目を市長が勝手に決められないように所定の審議会を通さなければならないことなど、かなり慎重な手続きのいる制度としたことにご理解をいただき、市議会もそのまま条例改正に応じていただけました」
石戸:「次は、『塾などの外部機関とデータを共有して、子どもたちの学びの環境をさらに向上させるような取り組みを検討したか。また、そういう取り組みに対してどう思うか』という質問です」
倉田氏:「前の質問にあったような『市役所内の外部』ではなく、塾など他の外部機関への情報提供は、私が市長をしていた間はやっていません。ただ、実はやりたかったことではありました。というのも、子どもの生活は学校だけで成立するものではなく、学年によっても違いますが、塾や習い事やオンラインまで含めれば、学校よりはるかに外部機関の方が長く接している子どももたくさんいます。学力にしても、生活状況にしても、子どもたちを支援するにあたり、学校にいる時間だけの情報で果たして十分か、といえば疑問です。一面的な部分しか見えていないわけですから。そういう意味で、外部にも情報提供し、その代わりに外部からも情報をいただくという形の相互データ連携まで行ければよいとは思っていました。
ただ、もちろん、これをやるには手続きも運用も非常に慎重でなければなりません。私が当時イメージしていたのは、保護者の個別の承諾を絶対条件として、その承諾の範囲で、その子どもが通う塾や民間学童などとの間で情報をやり取りするような枠組みでしたが、実際に着手するまでには至りませんでした。
外部提供でもう一つやりたかったことは、情報分析を専門とする研究機関などへの匿名化したデータの情報提供です。集まった教育データは非常に潤沢ですから、箕面市や委託先の東京書籍の従事者以外の多くの専門家に提供できれば、より高度かつ多様な分析が可能になり、そこから新たな教育手法やノウハウ、これまでと違う視点での改善なども生まれてくるはずです。本当はそれをやりたかったのですが、巨大なデータを外部に出すことには躊躇いがあり、結局は、確実なところとして文部科学省の国立教育政策研究所と、当時課題を抱えた子どもの居場所作りの事業を箕面市と共同で行っていた日本財団にのみ、分析をしてもらうのが限界でした。市だけでは分析力に限界があるので、今でもこれはもっと推進すべきだと思っています」
石戸:「最後は『他の市町村に対してこれまでのデータや知見を展開することは可能か』という質問です」
倉田氏:「もちろん可能です。前の質問に出てきた先生からの反発については各市町村で差があると思いますので理解を得られるように進める必要があります。でも、お話しした子どもの全数調査と分析手法や、そこに市町村がもともと保有している情報を加味して課題を抱えた子どもを発見していく仕組みは、私たちはファーストケースだったから苦労して試行錯誤して確立してきましたが、今後検討されるところは、私たちほど苦労せず始められると思いますし、その先には箕面市と異なる視点からの分析方法など、新たな切り口による情報も出てくると思いますので、他の市町村でもぜひ横展開してほしいと思います。
最大の課題は予算の確保の意思決定で、これから検討される市町村でも、首長や教育委員会がどれだけ子どもたちや学校のために予算を使おうと腹をくくれるかが、ある意味一番のハードルだと思います」
最後は石戸の、「箕面市でこのような素晴らしい取り組みがなされたのは、倉田市長のリーダーシップが大きかったと思う。箕面市が先行事例となって他の地域でも同様のモデルを導入しやすい環境が作られたので、この先全国の自治体に広まっていくことに期待したい」という言葉で、シンポジウムは幕を閉じた。