概要
超教育協会は2022年5月11日、東京大学大学院情報学環 准教授の藤本 徹氏を招いて、「ゲームの遊びと学びの可能性」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では藤本氏が、ゲームと学習がどう結びつくのか、ゲームの学習効果、遊びと教育を融合させた事例などを紹介。後半は超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。
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「ゲームの遊びと学びの可能性」
■日時:2022年5月11日(水)12時~12時55分
■講演:藤本 徹氏
東京大学大学院情報学環 准教授
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、ファシリテーターの超教育協会理事長 石戸 奈々子が参加者からの質問を織り交ぜながら、質疑応答を実施した。
ゲームを学習に取り入れるには、まず「ゲーム」に対する意識改革を
石戸:「最初に私から質問させていただきます。日本は、教育にICTを活用することに関しても抵抗感が強く導入が遅れました。ゲームを教育と結びつけることへの反対の声も強いと認識しています。『ゲーム×教育』における抵抗感は諸外国と比較してどのような違いがあるでしょうか」
藤本氏:「大きな違いがあります。この分野は海外の方が進んでいて研究者の層も厚いし、援助しようという組織的なサポートも手厚いです。この10年程の間に研究分野としても定着してきました。片や日本は、遊びと学びは切り分けるという文化的な特性が影響していると思います。『学校ならふざけないでちゃんと座っていなさい』と統制するような学校文化がかなり影響していると思います。テクノロジーに対する拒否感や不安感とこの学校文化が組み合わさり、ゲームを取り入れることに対する抵抗感が生まれていると思います。海外の方がこの抵抗が弱いので、どんどん進んでいるという状況です」
石戸:「さきほど学力と学習成果の分類の話がありましたが、エビデンスがあれば導入希望の声は高まります。『信長の野望』で戦国時代のことに詳しくなった、歴史はマンガで学んだ、という経験をお持ちの方も多いと思います。ゲームの要素を導入することによって、明らかに学習効果が上がったデータが具体的にあるのか、また評価の仕方についても、教えていただけますか」
藤本氏:「個々のゲームの効果については、先ほど紹介したように、メタ分析できるぐらい研究が行われています。うまくいっている事例、そうでもない事例、課題が残っている事例、とたくさんあります。その中で共通する効果の可能性は、将来の学びへの準備のようなことです。ゲームで、将来学習しなければならない内容に触れて知識があると、実際に学習することになったときに過去の経験と結び付いて、そのとき初めて学ぶよりも効果があるとされています。これはひとつ、大きいことだと思います」
石戸:「先ほどのニューヨーク州の学校の事例は、非常に興味深いと思って聞きましたが、Quest To Learnを取り入れることによって、どのような変化があったのでしょうか。また視聴者の方からは、『非常に面白いプロジェクトだと思いますが、身近なところで話を聞くと、うまくいっていないところもあるとの印象を受けます。うまくいっていないとすれば、どんなところでしょうか』との質問もきています」
藤本氏:「賛否両論ありますし、うまくいっていないところも当然あります。実際にそこへ子どもを送り込んだ親御さんからの反応もまちまちです。従来の、真面目に学べればよいのだという価値観の方からすると、ゲーム的なアクティビティや参加型の主体的な学びの学校には違和感を持ってしまいます。どんな人も参加しやすい形になっていない問題は、おそらくあるのではないかと思います。
ニューヨーク州の学校は、他にもいろいろあります。アートに特化した学校やチャータースクール的にそれぞれの個性を出すような学校もたくさんできています。しかしゲーム的な学校は、教育の専門家とゲームデザイナーが連携して参加する仕組みを継続できないと難しいです。最初の数年はいろんなサポートや資金援助がありましたが、社会的な状況や経済状況に影響されやすかったことも、ボトルネックのひとつだと思います。アメリカでこのような取り組みが弱まったのは、オバマ政権ではデジタルメディアを活用した教育が前向きでいろんな予算がついていたのに対し、トランプ政権になったらいきなり終わってしまい取り組みが停滞してしまった、このような背景もあります」
石戸:「eスポーツに関する質問が2つきています。日本でも部活動に取り入れる動きがあり、超教育協会としても後押しする動きをしていますが、『部活動などで教育的意義を持って取り組むためには、どのような配慮が必要か』という質問が1点目、2点目は『ゲームにどのように取り組めば、子供たちの能力をより引き出したり積極性やコミュニケーション能力を伸ばしたりできるのか』ということです。eスポーツの教育への活用により、非認知的能力を高める効果があると指摘されています。積極性やコミュニケーション能力に関して、いかがでしょうか」
藤本氏:「部活動において、子供たちの成長や発達に寄与するアプローチはどのようなものだったか、に影響されると思います。海外でeスポーツの普及を進めているのは、学校でのアスリート養成やスポーツ振興をする人達で、eスポーツを学校教育に位置づけようと取り組まれています。これまでの教育の中での、課外学習やクラブ活動の位置づけを取り入れれば、eスポーツも自然に受け入れられやすくなると思います。
支援者の関わり方については我々も研究中ですが、焦点を当ててうまく導ける指導者の存在は重要になります。指導者が学習科学的な知見を持つことで、さらに、eスポーツはプラスになっていくと思います」
石戸:「別の方から『子ども同士で全く束縛なく遊ぶ状況と、トレーナーがいる状況とでは、学びはどちらが大きいか』との質問がきていますが、隣で伴走しファシリテーションしてくれる教育者の存在が大事であるということですよね」
藤本氏:「そうです。我々もオンラインゲーム塾のような事業の共同研究をしています。子供たちがグループで学ぶときに必ずトレーナーが入り、初めのあいさつや今日の目標を説明したり、発話を促したりすることで、遊びの中で培われる力を高めていこうと、指導者のノウハウを広めていく研究を行っています。子供だけで遊ぶ状態の良さもあるのですが、将来に向けて能力を高める観点では、指導者、トレーナー、支援者が入ることが有効だと考えています」
石戸:「学習ゲームを開発している方からの質問です。さきほどゲームが学びを提供する場面の、4つの違いの説明がありましたが、『いかにも学習用ゲーム』にはつまらないものが多いものではないか。学習ゲームがいかにして面白くなるかは、研究されているのか。という質問です。教科書や教材も、デジタル化されゲーム的な要素も入り、子どもたちがより主体的に楽しく学べるようになるためには、どんな要素が入っていると面白くなるのか、とても大事な視点だと思います」
藤本氏:「ゲームを使われる場面を考えて、ターゲットをどこに置いて開発するかです。教室の中の学びを重視する中に取り入れられるゲームと、一般的な娯楽の中で何か学べればよいという位置づけで作られたゲームと、整備して切り分けたほうがよいことが大前提です。学習ゲームとして開発されるものは、一般的なポケモンやマリオといった娯楽ゲームより面白くなりづらいと思います。いかに楽しむかの遊びを軸に、何の学びの要素を入れられるかの観点で設計するか、教室のゲームなら何をゲームとして足せば学習を損なわないか。ここを混ぜてしまうと学びとしても中途半端だし遊びとしても楽しくないゲームになりやすいです。これはこれまでの研究でもはっきりしていることです」
石戸:「ありがとうございます。『ゲームで遊んだ後に何らかのスキルはつくというお話がありました。学力に限らず、社会で活用できる能力に違いが生まれたり、子どもたちが知らないうちに何らかのゲーム経験から、得意な能力の発見や育成につながったりした研究事例はあるでしょうか』という質問です。ゲーム依存やゲーム中毒という話がある一方で、何か一つのものに夢中になれる経験は、それはそれで貴重なことだと思います。いかがでしょうか」
藤本氏:「そうですね。あまり学ぼうとさせすぎないことが一番だと思います。『これ、ためになるからやりなさい』と押し付けると、自発的ではなくなり楽しくなくなります。遊びがベースなら遊ぶことを大事にして何かを学べる状態に持ち込む、ここが難しいところです。ゲームとして夢中になれば、既にいろんなものが身に付いていますので、周りは見守ってあげることが大事だと思います。先生も、『教えなければいけないカリキュラムがあるから』と効率的に教え込もうとすると、遊びも損なわれてしまいます。何を重視してサポートすればよいかは、共通する大事なポイントです」
石戸:「冒頭に、ゲームに対して必ずしもポジティブな印象だけではない、むしろ反対も粘り強く多いというお話がありました。香川県のネットゲーム依存症対策条例の話で質問がきています。『そのような制限に対する動きについての見解を教えていただきたい』という質問です。質問者の方は、このような固い考え方が日本のイノベーション創出の阻害要因になっているのではないかとのお考えも示されています。先生のお考えをお聞かせいただけますか」
藤本氏:「制限することで逆にやりたくなることが、一番よくないと思います。これは専門的な観点ではない私の認識ですが、罪悪感を持ってゲームする状況では、逆に依存しやすくなる、社会心理学的な人間の特質があります。私はゲームをすることを厳しく制限されなかった方なので、気楽にゲームに接することができるのですが、せっかく楽しく学べる活動をしているのに、厳しくすれば、『いけないことをしている』認識の状態になってしまいます。その観点からも規制は非常によくないと思いますし、将来いろいろなデジタルメディアに触れながら育っていく子供たちに、中途半端な制約を設けることで将来のいろんな可能性を奪っているのではないかと思います」
石戸:「最後の質問にします。ゲームデザイナーの仕事は舞台や条件を作ることというのは、とてもよいお話だと思いました。これまでのゲームの研究を通して、これから教育現場に生かせることへのアドバイスをお願いします」
藤本氏:「よいゲーム、おもしろいゲームの要素の何を取り入れられるか、よいゲームの事例の引き出しを自分でたくさん持てば持つほど、おもしろい活動を設計しやすくなると思います。ゲームをたくさんしてください、ということが私からのアドバイスです」
最後は、石戸の「私は、依存症にさせてしまうほど夢中になれるゲームをデザインする人たちはすごいなといつも思っています。人を夢中にさせるために必要な要素を、教育現場で何か、生かせるとよいのではないかと思います」との言葉でシンポジウムは幕を閉じた。