概要
超教育協会は2022年5月11日、東京大学大学院情報学環 准教授の藤本 徹氏を招いて、「ゲームの遊びと学びの可能性」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では藤本氏が、ゲームと学習がどう結びつくのか、ゲームの学習効果、遊びと教育を融合させた事例などを紹介。後半は超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「ゲームの遊びと学びの可能性」
■日時:2022年5月11日(水)12時~12時55分
■講演:藤本 徹氏
東京大学大学院情報学環 准教授
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
藤本氏は約35分間の講演において、ゲームの定義やゲームと学習との結びつき、教育にゲームが活用されている事例などを紹介した。主な内容は以下のとおり。
【藤本氏】
ゲームにはポジティブなイメージもネガティブなイメージもあります。ゲームと聞くとふざけている、何かを学ぶには適さないイメージを持つ方もいて、ゲームを研修に取り入れる提案を行うと、「遊びじゃないから。まじめにやるべきだ」と言われます。
▲ スライド1・ゲームに対して、
ポジティブに捉える人とネガティブに捉える人がいる
ポジティブなイメージの代表例として、「ジョン・デューイのゲーム感」があります。ジョン・デューイは、経験学習の理論的な基盤を立ち上げた研究者として、思想家としても有名です。彼は1900年代前半にチェスのようなボードゲームやスポーツのプレイヤーと、教室で学んでいる子どもたちと比べ、教室で学ぶ子どもたちは先生に服従して意のままに操られている、一方でゲームの参加者は自由気ままであり、権威者に服従していないと感じ、経験学習のベースとして遊びやゲームに参加する人のマインドを大事にすることを提言しています。
▲ スライド2・「ゲーム」のイメージを
ポジティブに捉えるジョン・デューイ
一方、ネガティブな代表例は、エリック・バーンという対人交流分析の専門家です。彼は、人が不幸な状況に陥る駆け引きや搾取の構造などの相互作用をゲームと捉えています。ゲームとは人を不幸に導く対人交流であり、夫婦関係で仲が悪くなるようなやりとりをわざとしてしまうこと、人をいじめるような関係をつくることなどもゲームであると位置付けています。
▲ スライド3・「ゲーム」のイメージを
ネガティブに捉えるエリック・バーン
ゲームは、楽しくて意味のある活動として捉えられる一方で、些末な騙し合いや、駆け引きや競争などゲームが持つ要素が否定的に捉えられることもあります。これがゲームを学習に取り入れる場合の認識の違いになっています。
ゲームの要素を考えると社会のいろいろな活動がゲームになる
次にゲームの定義について説明します。「何が含まれればゲームか」はいろいろな定義がありますが、ジェイン・マクゴニガルというゲームデザイナーがシンプルにまとめたものには、4つの要素があります。
1つめは、達成すべき目標、ゴールが含まれていること。2つめは、ゴールを達成するときの制約条件、例えば「手を使わずにボールをかごに入れる」といったルールが含まれていることです。3つめは、ゴールを達成するまで過程で達成度を把握できるようなフィードバックの仕組みがあること。そして、4つめがゲームの参加者が自発的に参加しているということです。自発的参加によってゲームは成立するのです。
もうひとり、ロジェ・カイヨワという思想家は「ゲーム的遊び」と「お祭り的遊び」の違いを説明しています。「お祭り的遊び」を「パイディア」と呼び、それにはルールや目的はなく、気晴らしや騒ぎ、即興的な発散があるとしています。それに対し、目的やルールがあって、上達していく楽しさを味わう遊びを「ルドゥス」と呼び、「ゲーム的遊び」として整理しました。
▲ スライド4・「ゲームの定義」を整理した
2人の研究者・思想家の考え方
ゲームの4つの要素のうち、「ゴール」については、みんなが参加したくなるように、より興味を引くものが必要です。「ルール」も同様で、チャレンジ要素を高める制約を入れます。途中に、どんな「フィードバック」があれば失敗しても楽しさが増すか、など考えて設計するとゲームが面白くなります。
このような観点で考えると、必ずしもテレビゲームやボードゲームの形ではなくても、社会のいろいろな活動にゲームを取り入れることができます。これが我々のゲーム学習論の基本的な前提です。
▲ スライド5・ゲームを
設計する際の基本的な要素
著名なゲームデザイナーであるケイティ・サレンとエリック・ジマーマンは、ゲームの理論的な背景を体系的にまとめた「ルールズ・オブ・プレイ」という本の中で、ゲームデザイナーの仕事について触れています。
そこでは、ゲームデザイナーはゲーム自体、遊びそのものを作るのではなく、遊びが生じるための舞台や条件を作り、プレイヤーの行動や経験が生まれる状況を作る、とされています。これは、学習環境デザインと同じ観点です。ルールをうまく工夫して運用を変えることで、ゲームの性質はどんどん変わっていきます。
▲ スライド6・ゲームデザイナーは、
遊びのための舞台や条件を作ることが仕事
ゲームの要素やゲームデザインの考え方に基づき、学習を「なぜゲームにするのか」、ゲーム化することの意味を考えてみます。
ここまで説明したように、ゲームをデザインするということは、参加者にとって「意味ある活動(Meaning play)」を創ることにつながります。あえて参加してチャレンジしてみたいと思わせる課題を提示することで、その課題にチャレンジすることが参加者にとって意味ある活動となっていく、これがゲームにする意味のひとつになります。
また、「マジックサークル」を創ることもゲームにする意味のひとつです。マジックサークルとは、ゲームに参加している人と参加していない人との境界のことです。マジックサークルの内側は、日常的な空間や公共の場では許されないけれど、ゲームに参加しているから許される、あるいはゲームのルールに従って行動しなければならない空間です。参加している人としていない人の状況を切り分けることも、ゲーム化することの意味になります。
▲ スライド7・「意味ある活動」と日常と切り離した
「マジックサークル」を創ることがゲーム化する意味
「チャレンジ」「物語性」「協力」などゲームが持つ特性が学習にも効果がある
ゲームを作っていく中で、どのように学びとつながっているのかを整理します。ゲームと学習に関する研究は、すでに20~30年前から取り組まれています。これまでのゲームを使った教育と学習活動に関する論文をメタ分析という手法で分析した結果によると、ゲームのチャレンジの要素、物語の要素、協力の要素、現実性の要素などが含まれる教材については、学習効果があるとされています。これらは、主に教室の中でゲームを取り入れた学習活動の研究です。
▲ スライド8・学習効果が認められたゲーム要素
研究論文のメタ分析より
それでは、ゲームはどんな場面で「学び」を提供するのでしょうか。フォーマルな教育の場で行われるゲーム学習は、英語やビジネススキルなど、何かを習得する要素を含めて作られたものです。一方で、教育目的で作られた英単語ゲーム、計算ゲーム、漢字ゲームなどを、インフォーマルに自宅で友達と使って遊ぶケースがあります。
また、例えば「シムシティ」という都市開発のゲームは、元々は娯楽用のエンターテイメントゲームとして開発されたものですが、学校の教室、フォーマルな学習の場で使うこともあります。
学習者も提供者側も学習を意図していない形で、純粋にゲームとして楽しむ、趣味や娯楽の時間のために作られたゲーム、しかしこの中でも何らかの学びは起きています。
これらのことから、ゲームが学びを提供する場面の違いは、ゲームに学習の意図があるかどうかで整理できます。
▲ スライド9・ゲームが
学びを提供する場面は4つに分類できる
次にゲームによってもたらされる「学習の性質の違い」を整理してみます。
学校の教材として、みんなでプレイする中で他の人の様子を見て学ぶなど、ゲームをしながら付随的に身に付く力は「意図的学習」に区分されます。ワークショップや探究学習で、探究しながらパソコンのスキルやネット検索のスキルが身に付くなど、副次的に学べるものは「付随的学習」に分類されます。
「偶発的学習」は、全く学びを意図していない状況で起きる学びです。エンターテイメントゲームをプレイして思考力がついたり、何か知識が身に付いたりすることを指します。
▲ スライド10・ゲームをすることでの
学びの性質は「意図的」と「偶発的」分類できる
ゲームは学びとどう関連しているのでしょうか。1980年代にトーマス・マローンとマーク・レッパーが、「人々がなぜゲームをしたくなるのか」という視点で研究しています。著書の中では「個人的動機付け」と「対人的動機付け」について触れ、それらは学習における「内発的動機付け」と関連します。
個人的動機付けには、ゲームの中に設定されているチャレンジ、ゴール設定や、何か好奇心を刺激するような活動が提供されていること、自分が行動した結果が返ってくること、選択の主体性のような自分がコントロールしている感覚などがあります。また、日常と切り離されたワクワクする世界観、世界を救うといった場面設定がされたファンタジーなどがあります。
一方で、みんなとプレイすることで出てくる対人的動機付けは、他の人と協力して前に進む、他の人と競争して勝った、負けた、頑張ろうと思うことなどです。また「上手いね」と言われる、あの人より上手くできるようになった、といった他者からの相互認知、評価されることなどです。
▲ スライド11・「学びの内発的動機付け」との対応
一方、心理学者のミハイ・チクセントミハイが提唱している「フロー理論」という概念があります。明確なゴールがあって意味を感じる活動、自分にとって難かすぎず易しすぎず、ほどよくチャレンジしがいがある活動に取り組むことで、時間を忘れて没頭している状態「フロー」が起きやすくなります。特にデジタルゲームは、プレイヤーのペースに合わせてほどよく難易度が調整される性質があります。そのような点が学習とうまく結びつくと、フローの状態、夢中になる状態になりやすくなります。
▲ スライド12・ゲームに限らず時間を忘れて
夢中になることを「フロー」の状態という
学力と学習、興味や関心 これらがゲームで「つながっていく」
学習の観点から整理していきます。近年の文部科学省の学習指導要領などでベースになっている学習観は、従来の教科で教える基礎的な知識や技能があるとしたら、それを活用するための思考力、判断力、表現力があり、それを活用して主体的に学習に取り組む態度、この3つの要素を伸ばしていこう、となっています。
この学力の要素に、ゲームの活動はどう結びつくか整理してご説明します。
▲ スライド13・これら学力の三要素と
ゲームの活動は結びつく
ここでは、ロバート・M.ガニエが提唱する学習成果の5分類の枠組みを提示します。それによると、基本的な技能とは「言語情報」、例えば人体の名称を英語で書き出せるような覚えられる知識のことを指しています。一方で体の動作を併せて技能的なものは含めているものを「運動技能」と呼んでいます。例えば体育で縄跳びができるようなことです。次の段階の思考力や判断力に類するものは、「知的技能」といわれています。英語や国語の文法に基づいて表現をすることなどが含まれます。さらにそのようなルールの束をまとめてうまく活用する、学び方ややり方の工夫を「認知的方略」と呼んでいます。ルールに基づいて整理すればノートをうまくまとめられる、といったよりメタ方略の部分が「認知的方略」です。
そして、そのような知識を意欲的に使っていく「態度」です。環境問題の授業を受けたら、環境に配慮した生活をしよう、といったふうに態度が変容することをいいます。
▲ スライド14・ガニエによる
学力と学習成果の分類
例えば歴史シミュレーションゲームの三国志をプレイしていくと、「〇〇が誰々だ」という知識が身に付きますが、これが言語情報にあたります。ゲームの操作ができるようになることは運動技能というほどではありませんが、ゲームをする中でプレイヤーの特性や要素を考慮しながらいろいろな戦いや駆け引きの行動をすることは、知的技能にあたります。さらに個々のルールを束ねていくと、このようなシナリオならこうすれば早くクリアできるのではないかと考えることがメタ認知的な方略になります。
ゲームをすると中身自体にも興味が出てきて、ゲームの中で触れられていない中国史をもっと勉強してみようとドラマを見たり書籍を読んだりしてみる。これが態度に当たります。
以上のように整理して考えると、学力もゲームも学習も結びついています。教室の中で行われる教科学習だけでは身に付かない興味や関心にもつながっていくだろうと思います。
ゲームを社会で活用できる可能性について考えさせられる事例もあります「FreeRice」は、WFP 国連世界食糧計画が提供しているゲーム型のWebサイトです。アクセスすると英単語のクイズが表示されます。クイズに答えて正解するごとに、広告スポンサーからWFPに10粒のお米が寄付されます。閲覧者はひたすら学習クイズに答えるだけで、寄付に貢献できる事例です。もともとは個人で運営されていたものですが大成功して、サイトごとWFPに寄付され継続して運営されています。毎日20万人以上がプレイして、累計何千トンというレベルの寄付が行われています。
▲ スライド15・WFP 国連世界食糧計画の
ゲーム型Webサイト。
プレイするとWFPにお米が寄付される
次は科学技術の研究、タンパク質構造解析の分野にゲームが取り入れられた事例です。ワシントン大学で開発された「Foldit」は、タンパク質構造の実際の解析作業と連動していて、プレイヤーが知恵の輪のようなパズルゲームをプレイしてゲームをクリアすればするほどデータの解析作業が進む構造になっています。
従来は少数の専門家だけが行っていたことを、多くのゲーマーが作業に参加することで、より多くの成果が挙がりました。ネイチャー誌の論文にもなっています。
▲ スライド16・ゲームで遊んでいるつもりで、
タンパク質構造解析の実作業に貢献できている
デジタルゲームやアプリの形ではなく、学校のカリキュラム全体をゲーム化した事例もあります。「Quest To Learn」はアメリカ・ニューヨーク州に2009年から実際に開校している公立学校で、特色はゲームデザイナーと教育専門家が協力してカリキュラムを開発し、教材や教室の仕組みをデザインしていることです。アメリカでは非営利財団の研究助成金がきく、そこへ大学など関連する団体が協力することで、このような学校が成立しています。
この学校では、従来の国語・算数・理科・社会が横断型のカリキュラムになっていて、プログラミング学習と数学や国語が繋がるなど、再編成がされかつ州のカリキュラムに準拠した設計になっています。カリキュラムの構成には、参加したくなるような大きなミッションが設定され、小さな個々の課題が「クエスト」として位置づけられています。学校に来た生徒にはクエストが与えられ、それを解いていくと徐々にミッションの達成につながっていく構成になっています。12週のうち最後の数週間はプロジェクト学習で、グループで課題を作ったり、なにか成果をアウトプットする制作のプロジェクトを行ったりします。それで全体の成績も評価されるという、従来の学校のカリキュラムの構成とは異なるユニークな設計になっています。
教材や学習活動の設計の事例もご紹介します。例えば生物の時間に遺伝子の仕組みを学ぶテーマは、従来なら顕微鏡を見てDNAのモデルを組み立てるようなことをしますが、この学校ではさらに、自分が学んだことを教える、人を助ける、調べたものの報告をどう表現するかも設計されています。
このようにアメリカでは10年以上から取り組まれていますが、「探究」につなげていくと、ゲームのデザインと関連が出て相性が良くなる事例をご紹介しました。日本の「探究学習」などとも関連して参考になると思います。
▲ スライド17・学習活動は、
日本の「探究学習」に関連する設計にもなっている
>> 後半へ続く