概要
超教育協会は2022年4月13日、東京大学教授、慶應義塾大学教授の鈴木 寛氏を招いて、「不確実性の時代における教育のあり方とは」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
前半では鈴木氏が不確実性の時代に求められる人物像や教育の在り方について解説。後半は超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「不確実性の時代における教育のあり方とは」
■日時:2022年4月13日(水)12時~12時55分
■講演:鈴木 寛氏
東京大学教授、慶應義塾大学教授
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
鈴木氏は約50分間の講演において、不確実性の時代といえる現代社会の問題点、価値観の変遷、これからの時代に必要な人材を育成するための教育の在り方などについて説明した。主な内容は以下のとおり。
【鈴木氏】
現在は、GDP至上主義を卒業してWellbeing(ウェルビーイング)、SDGsなど、幸福を再定義する時代です。技術進化にともない、Singularity(シンギュラリティ:技術的特異点)を越えて2040年代半ばには人工知能が人間の知能を上回るとされています。そして今日のテーマの不確実性の時代とは、よく「VUCA(ブーカ)」という言葉で表現されます。これは、Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の4つの単語の頭文字を組み合わせた造語で、未来の予測が難しい状況であることを示しています。
イギリス、フランス、アメリカの産業革命・市民革命から始まった近代は250年続き日本の明治維新からは150年が経ちました。この時代がそろそろ終わりを迎えます。そこで新しい時代を創造できるエポックメイカーを育成していかなければなりません。これからの社会は、「Wellbeing+Singularity+VUCAの時代です。22世紀を創る子供たちのOSをどう作ってあげるかを私は常に意識しています。
▲ スライド1・現在は「近代」からの転換期。
これからはWellbeing+Singularity+VUCAの
時代になる
地球規模の大きな問題が山積み 未来の予測が難しい不確実性の時代
不確実性の時代となりさまざまな問題が顕在化しています。例えば、食料問題。中国の社会科学院は、地球温暖化でヒマラヤの氷が溶けて大洪水になった後に揚子江と黄河とガンジス川が枯れることを予想し、世界的な食糧不足に備えた小麦の備蓄を既に始めています。さらにウクライナ情勢により小麦価格は高騰しています。パンや麺の原料である小麦の安定供給確保は、我々にとっても非常に重要なことですが、それに対する取り組みが総選挙などで論点になることはなかなかありません。これは大きな問題です。2048年にはマグロが食べられなくともされ、その一方で世界的なフードロスの問題もあります。
難民については、ウクライナ難民を見れば説明がいらないほど大変な問題です。その他にも環境問題、感染症、認知症や精神疾患などの問題もあります。
▲ スライド2・未来の予測が難しいVUCAの
時代。地球規模でさまざまな問題が発生している
政府や民主主義が機能不全になっている問題は特に重要です。私は「5,000万人以上の民主主義国の中でうまくいっている国はない」と断言していて、ガバナンスのありようを小さく作り直さなければならないと考えています。比較的うまく回っているフィンランド、ニュージーランド、デンマークなどの人口はだいたい4~500万人で、これは兵庫県や北海道などと同じ規模です。家族、社会、地域コミュニティの機能が低下していること、市民間の分断も非常に気になっています。
日本は、Society 3.0では成功しましたが、Society 4.0では遅れをとりました。Society 5.0の社会では自動走行車やAI、自動製造などになりサイバー空間とフィジカル空間がかなり融合します。ここに可能性を見出していきたいと考えています。
▲ スライド3・Society 5.0の社会では
サイバー空間とフィジカル空間の融合が進む
Society 5.0の時代には数値化されない非認知能力を育む教育が求められる
一方で技術進化にともない、シンギュラリティを迎えると49%の仕事がAIロボットに置き換わるとされています。ただし、この説を提言するオックス・フォード大学のマイケル・オズボーン准教授は、仕事がなくなることよりも「6割が、今、存在しない仕事に就く」ことを伝えています。いわば「誰もが起業家になれる時代」になるのです。教育において重要となるのは学習の成果として数値化されない非認知能力で、夢中力を育むことがとても重要になってくると思います。
▲ スライド4・シンギュラリティによって
影響が出ると予想されていること
非認知能力の重要性が高まることなどを考えると、教育改革の中でマークシート中心の正解主義を広めるセンター入試には問題が多いと考え、指摘もしてきました。マークシートでの能力評価に偏りすぎると将来、大量の失業者を生み出しかねません。マークシートによる回答方式は、与えられた選択肢の小さなミスを見つけて消去法で正解を導く、パッシブ(受け身的)なものです。このような思考と判断パターンを子供のころから植えつけてしまうことは非常に問題です。
マークシート型からどれだけ卒業できるかが重要ですが、今回の大学入試改革では文部科学省が決めた記述式試験の導入が直前に撤回されてしまい大変残念でした。例えば、20世紀の工業社会であるSociety 3.0の時代であれば、マニュアルを覚えてそれを正確に高速に再現する工場労働者とその管理者が求められました。そうした人材の育成から抜け出てSociety 5.0に向かうために、2020年から小学校、2021年から中学校、2022年4月からは高等学校の学習指導要領が変わり、2021年から共通テストに変わりました。この狙いは大学教育改革です。
チームで課題に取り組む経験や実社会とのつながりを意識した教育を
近代がまさに終焉を迎え、不確実性の時代から新たな時代へと移っていく中、私は今、求められているのはウェルビーイング、幸福の再定義ではないかと考えています。日本のウェルビーイングは1958年から変わっていません。一人当たりのGDPは増えて経済も成長しているのに、個人のより良い状態などを主観的に示す主観的ウェルビーイングが下がっているという問題があります。国連が主観的ウェルビーイングを「World Happiness Report」として発表していますが、日本はいつも60位ぐらいと低迷しています。
▲ スライド5・日本は経済成長しているにも
かかわらず、主観的Well-beingが下降中
国連のWorld Happiness Reportによると、以前は日本と並んで主観的ウェルビーイングが低迷していたドイツは、現在回復してG7国中でトップです。これを見た日本政府は「日本もやればできるのではないか」と、2021年をいわばウェルビーイング元年とし、政府のさまざまな方針にウェルビーイングを組み込んでいます。国内企業もその取り組みに大いに注目しています。
こうした状況の中、今の日本の教育をざっと振り返ってみます。私がアドバイザーをしているOECDの学習到達度調査では、OECD加盟国中日本は科学で2位、数学は1位です。しかも15歳でレベル5以上の数学優秀者は18.3%います。アメリカはオバマ大統領がSTEM教育を推進してやっと8.3%になりました。つまり、数学が重視されるAI時代にあって、数学の成績が優秀な15歳が日本にもアメリカにもどちらにも20万人ほどいるということ。さらに、日本は協働的問題解決能力でも世界トップクラスです。
▲ スライド6・日本の15歳の科学と数学の成績は
世界トップクラス OECDの学習到達度調査
問題は英語の読解力とITです。英語については文部科学省が民間の英語のテストをCEFR基準に当てはめて標準化し、中学校でA1、高校でA2を取得することを推進していますが、取得率は都道府県でばらつきがあり、実施しているのは平均4割にとどまっています。
ただし、さいたま市は7割にも達しています。同じ学習指導要領のもと、同じ教員免許を持った教員が指導しても、教育委員会が頑張るとここまでよくなるという例です。
▲ スライド7・中学でCEFR A1、
高校でCEFR A2を取得している割合の
都道府県別グラフ
ITについては、80カ国でさまざまな調査を行っていますが、日本の15歳は最下位に近い状況です。
▲ スライド8・OECDによる
ITのさまざまな調査結果において、
80カ国中日本はほとんど最下位
さらに22・23歳の大学生になると、論理的に文章を書くこと、人に分かりやすく説明すること、それに加えて外国語ができていないという状況になります。理系・文系いずれも、チームを組んで特定の課題に取り組む経験や実社会とのつながりを意識した教育ができていないことになります。高校と大学に相当な問題があり、改革が必要だろうと分析できます。一方で2020年東大発ベンチャーは300社、現時点では400社以上と起業家は増えている現状もあります。
▲ スライド9・大学生は文章を書く力、
分かりやすく説明する力、外国語の力が弱い
これからの教育が目指すのは「個人と社会のウェルビーイングを高める」こと
こうした状況を踏まえて、これからの教育はどうしたらよいのか。OECD Education 2030を考えてみます。私も理事として世界中のシンクタンクの研究者やアカデミアを総結集し、2030年に必要な教育をLearning Compassとしてまとめました。
日本語版では、教育の目的を「個人と社会のウェルビーイングを高めること」としています。そして新たな価値を創造する力と、責任ある行動をとる力、対立やジレンマを克服する力を身に着ける。そのためには知識・スキルだけでなく、態度(Attitude)と価値(Value)も大事です。最も重要なのは、Student agency(学習者の自立性)を育むことですが、これは日本の最大の問題でもあります。自己効力感などが極めて低いことを改善しなければなりません。
▲ スライド10・OECD Education 2030 を
日本語に訳した解釈
キーワードは「ウェルビーイング」
以上は国際的な議論ですが、これを日本向けに落とし込んだ「Society5.0に向けた人材育成に係る大臣懇談会」では、これから求められる能力として、「飛躍知を発見・創造する」「技術革新と社会課題をつなげる」「さまざまな分野においてAIやデータの力を最大限に活用できる」などが挙げられています。
▲ スライド11・Society 5.0に向けた
人材育成にかかる大臣懇談会の内容
20世紀、日本はあまりにも形式的平等主義を優先してきました。そのことで都会と地域の義務教育の学力格差は解消されましたが、Society5.0になると、さきほどの「新たな価値を創造する力と、責任ある行動をとる力、対立やジレンマを克服する力」のために、公正に個別最適化された学びと協働的な学びに変えていくことが重要になります。
憲法26条の教育理念も変えていかなければなりません。文理分断は大きな問題です。理系文系は大正時代に決められてから変わっておらず、しかも現在は高校2年生で文系私立校への進学を選択すると、高2・高3でほとんど数学を学びません。15歳の数学と科学は世界トップクラスだったのに、2年やらないとできなくなるという、非常にもったいない状況です。
▲ スライド12・「公正に個別最適化された学び」や
「分離分散からの脱却」が重要
「想定外(未知)」や「板挟み」と向き合い乗り越えられる人材の育成が重要
整理すると、Wellbeing+Singularity+VUCAの時代には、思いもよらないリスクもあるけれど思いがけないチャンスもあります。日本人はリスクばかり心配しますが、危機の「機」は機会です。どうリスクを避け、チャンスを生かすかが大切です。
一方、科学技術が発達すると、利便性とリスクの双方が増大します。複雑性、多様性、想定外が増大して、そこにはジレンマ、コンフリクト(葛藤)、トレードオフなどが難問化します。ですから対立やジレンマを克服する力が重要になります。
何が真の幸福かを再定義し、「想定外(未知)」や「板挟み」と向き合い、乗り越えられる人材が必要です。技術的にはAIを使いこなせることと、一方でAIが解けない問題・課題・難題と向き合えること。そして創造的・協働的活動を創発し、やり遂げられること。そんな人材を育成するためには、教育を変えていかなければならないと考えています。
▲ スライド13・思いもよらないリスクを避け、
思いがけないチャンスを生かせる人材の育成が必要
そこで大事なのは、Active Learner(主体的で対話的な深い学びを行う者)と、アントレプレナーシップ(entrepreneurship)「起業家(企業家)精神」です。そのためにProject (Problem) Based Learningを実践します。
具体的には、先に述べたように小学校、中学校、高校と学習指導要領が変わりました。Active Learningが導入されて、小学校で外国語活動とプログラミング的思考学習が導入されました。中学校の科目の変更はなく、いろんなものをActive Learning的にしていこうとしています。
大問題の高校の大改革はこの4月から始まっています。まずすべての学校に理数探究、総合探究が導入されます。これはProject Based Learningと探究活動です。授業で面白いと思ったら探求部や理科部で深められます。それから「現代社会」がなくなり、私が教科書を書いた「公共」になりました。社会科教育は今回の改革のメインです。これまでは暗記科目でしたが、対立やジレンマに追い込まれたときに克服する力、責任ある行動をとる力を育むカリキュラムになりました。
「これからの学校教育がどうなるか」について、AI時代に向けては、特に英語のスピーキングと論述と数学、情報が非常に重要です。また、平等主義から公正主義に変えていくことも重要で、だからこそ公正な個別最適化が重要です。「誰一人取り残さない」はよいことですが、例えば35人教室にいるうち1~2人だけ家にパソコンとWi-fiがない、すると35人も「ない人」に合わせるためにプリントは紙で配るようなことになります。これが平等主義ですが、結局一人を取り残さないどころか「全員を取り残す」ことになってしまっています。
公正主義は、その1~2人に対してパソコンやWi-fiを貸すやり方です。すると休校になったときにも全員が自宅で、オンラインで学べます。一番必要な人に一番手厚く対応して引き上げて行くことが公正主義です。「みんな平等」は同調圧力にもなります。「失敗なくして学びなし」ですが、失敗は悪いことだからできない。そうではなくもっと安心して失敗できる、失敗を笑ったり責めたりしない教育も必要になってきます。
教育の情報化は未だにものすごくバラつきがあります。一人1台情報端末が配られてもなお、まだ箱に入ったままのところもあります。なぜこれをやらなければならないのか、教員に理解されていないところがあります。
教員には、レクチャーではなく1対1の個別指導をもっと増やしてほしいのですが、抜本的に予算が増えるわけでもないので何かを減らさなければならない。そこでレクチャーを減らすために、デジタル自学自習と協働学習に切り替えるのです。人間としての教師の役割を最大限に発揮して、生徒に合ったその子が夢中になれる力を育てる観点で、100人100様の学びのデザインしていくことが、これからの教員の仕事です。
レクチャーはデジタル教材に任せて、チュートリアル(個別指導)をやる。それと協働学習は、Teaching others(他の人に教える)やディスカッショングループの方が、学びの定着率が高いことが分かっています。
▲ スライド14・これからの学校教育は、
平等主義から公正主義になることも重要
レクチャー・Project Based Learning・チュートリアルがこれからの教室の学びの方向性
これからの教室の学びは3つの方向に移行していくことになります。まず一つめ、レクチャーは、世界最良のコンテンツとAIドリルがあればオンラインできます。二つめは、教室から出てもっと現場に近い、リアルでのProject Based Learningです。三つめは教室に残る学び、ディスカッショングループと、教師と生徒、生徒と生徒の1対1のチュートリアルです。今後はこれらのベストミックスになっていくと思います。
▲ スライド15・これまでの教室での学びは、
今後は三つの学び場として変化していく
私が代表を務めるSFCの「Society5.0の学びと教育ラボ」ではこの4月、「情報学習支援ボランティア(仮称)」を立ち上げました。学校よりも地域のほうが素材はある「探究」、教える人がいない問題を解決するために、すずかんゼミでは、オンラインと実際に訪れることをミックスし、AO入試を経験した20代の学生と社会人とで学習を支援しています。
今後は、超教育協会とも密接に連携していきたいと考えています。
▲ スライド16・今年4月、すずかんゼミでも
情報学習支援ボランティア(仮称)を立ち上げた
>> 後半へ続く