インターネットは今や人権の一部、誰ひとり「置いてきぼり」を作らない
第82回オンラインシンポレポート・後半

活動報告|レポート

2022.4.28 Thu
インターネットは今や人権の一部、誰ひとり「置いてきぼり」を作らない</br>第82回オンラインシンポレポート・後半

概要

超教育協会は2022316日、慶應義塾大学教授の村井 純氏を招いて、「新しいデジタル社会の創造~次の世代への役割~」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、「日本のインターネットの父」とも呼ばれる村井氏が、デジタルテクノロジーの歩みとCOVID-19の禍中に発足したデジタル庁の役割、これからのデジタル社会/デジタル教育がなすべきものについて講演。後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答を実施した。その後半の模様を紹介する。

 

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「新しいデジタル社会の創造~次の世代への役割~」

■日時:2022316日(水)12時~1255

■講演:慶應義塾大学教授 村井 純氏

ファシリテーター:石戸 奈々子 超教育協会理事長

 

▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子

 

シンポジウムの後半では、超教育協会理事長 石戸 奈々子をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答が実施された。

デジタル時代を見据えた次世代教育に高い関心

石戸:「村井先生は2000年代前半からデジタル庁を構想されていたとのことですが、デジタル庁は想定どおりに進んでいる点、あるいは積み残した課題を教えていただけますか」

 

村井氏:「デジタル庁は設立前からずっと議論を続け、『普及率100%』や『他の役所より50cm上の立場でデジタル行政を進める』など『理想的なボール』を、いくつも投げましたが、結局全部受け止められています。ただし、実行しようとするとスタッフも500人と少ないこともあって、あっぷあっぷの状態です。200人ほどを民間からの人材登用しているのはよい点です。

 

高いボールを受け止める体制を作ったつもりがあっぷあっぷですから、想定どおり進んでいるかというと『進んでいない』ことになりますが、大事なことはその体制と心意気が残っていて諦めていないこと。20224月に入ってくる新公務員の間では配属先としてデジタル庁の人気が高いとも聞いていますので期待しています。4月は地方自治体からも60人ほどが加入します。今回はデジタル田園都市ハイウェイという看板があり、『全ての人』という概念を地方自治体に広げるよい機会になります。特に地方自治体の職員は現場を知っているだけに、わずか60人でも有力な戦力として活躍が期待できます」

 

石戸:「一朝一夕に全てがうまく行くことはないとしても、ビジョンを低いところに置くと未来も期待できませんから、そこをしっかり設計できたことは素晴らしいですね。平井先生のコメントで印象に残っているのは、良かった点に『役人のマインドセットが変わったこと』を挙げられたことです。

 

このマインドセットに関連してですが、Z世代と呼ばれる若い世代は上の世代より社会課題解決や社会創造への関心が高いと感じていて、そのような意識を教育で培って行くことも長期的には大事だと思うのですが、いかがでしょう」

 

村井氏:「教育は若い人には身近な存在ですから『私ならこうしたい』というピジョンを持つ人も多いでしょう。そういう意味で、あらゆる分野が『デジタル×〇〇』の掛け算でデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めようとしているデジタル社会は理想的です。平井先生とはよく『Now or Never』を合言葉のように話しました。『今やらなければもう二度とできないから頑張ろう』という思いは今でもあります。

 

ただ、ちょうどそこに取り組んでいた時に新型コロナウイルス感染症が襲来して、平井先生もいったんは『デジタル敗戦』を口にしました。教育も一斉にオンラインになったりして、同じようなことは誰もが感じたと思います。ただ、Zoomが一斉に使われ出しましたが、実際にはインフラはビクともしませんでした。これは結構すごいことなのだけれども誰も褒めてくれませんでしたね。

 

このようにインフラは良いのですが、講演でも触れたように少し先を見据えたデジタルインフラの再整備は必要です。一人も置き去りにしない『カバレージ100%』も今なら躊躇せず動き出せますし、教育や健康に加えて『災害のコンセプト』も大事です。一人も命を落としてはいけないことと同様、教育にアクセスできない子供も一人もいてはいけないのです。

 

そのためのインフラ整備をこれまでの民主導のみではなく、行政と民間が一緒になる、あるいはドメスティックとグローバルが一緒になる空間の中で、どのステークホルダーが、何をやるべきなのかという考え方に変えなければなりません。政府がやらなければいけないところ、民間でやれるところ、人間の力でできること、コミュニティでできることを見極め、さらにグローバルに対して、誰が、どの業界が、どういう責任を持つのかを考えるのがDXであり、今なら『みんなで頑張ろう』という気持ちで力を合わせて目標に向かっていけるのではないでしょうか」

 

石戸:「先ほど『デジタル敗戦』という言葉がありました。村井先生たちのご尽力でネットを駆使してコロナ禍の対応ができている一方、やはりデジタル敗戦国であったという側面も否めないのではないかと感じます。参加者からも『日本がデジタル敗戦国になった最大の要因は何ですか。そして次世代に必要な教育についても教えていただけますか』という質問がきています。村井先生はどうお考えですか」

 

村井氏:「デジタル庁の提案をする委員会の座長になったとき、新しい基本法の一番目に『一人も置いてきぼりを作らない』というのを持ってきました。スマホやパソコンを使いこなせない人を置いてきぼりにできません。これは日本人の美徳と言えますが、問題は『それならやめよう』となってしまうところで、それで改革が遅れたことがデジタル敗戦の本質でしょう。それを逆手にとり初めから『置いてきぼりを作らないデジタル政策』を一番に持ってきたわけです。

 

最も大切なことは、置いてきぼりや困っている人を作らないために何を進めればよいのか、皆で考えてみようということです。私は『インターネットで悪いことが起きたら全部自分の責任』と言い続けてきましたが、それは冗談ではなく、自分には解決方法を考える責任があると考えていたのです」

 

石戸:「オンライン教育でも、家庭に環境がない子供たちへの配慮から『皆でやらない』選択をしてきたわけですが、優しさを『皆でアナログに戻る』から『皆でデジタルの新しい学びに参画する』に変えることがとても大切ですね。日本はアナログや対面サービスの利便性が高すぎたこともなかなか変われなかった原因かな、と思いました」

 

村井氏:「そこはアナログ、すなわち対面と遠隔が完全に合成されることで、病気や感染で学校へ行けない子供が、友達と一緒の授業に参加できるようになればよいのです。大学でもこうしたハイブリッドの授業で日本に来られない留学生が授業に参加しています。そういうハイブリッドな、合成された空間を私たちはうまく使えるようにしないといけません。

 

教育は国のイシューである一方、グローバルなイシューとして連携すればより強く踏み出すことができます。医療も同じで、国のバウンダリー(境界)を超えてできることがあります。例えばダヴィンチのような手術用ロボットは、大画面に人体を拡大表示させておいて、実際には非常に小さい患部をロボットアームで切ったりつないだりできるのですが、これを遠隔でやりたいという医者にどのくらいまで遅延が許されるのか聞いたら『100ms程度なので隣町くらいが限界』と言われて驚いたことがあります。私たちの技術なら、100msあればハワイまで行って帰って来られるはずですからね。

 

調べてみると、今のインターネットはYouTubeNetflixなどにベストチューンするために途中にバッファが入ったりしているので、短い距離でも100msの遅延が生じてしまうのです。そもそも100ms以下にする要求もなかったのですが、医者としては出血を確認してから止めに行くのに100ms以上かかっては困るというのです。人間の脳は100msでは反応しないはずですけれども。

 

要するに、分野によって異なる厳しい要求に力を合わせて対処する体制が整っていなかったということです。遅延が100msまで許されるなら、医療ロボットを使った手術は少なくとも近隣の国と共有できることになります。もちろん、現状では制度が整っていないので不可能ですが、これからはそういう世の中になって行かなければなりません。

 

教育も同様です。1990年代後半から2000年代にかけて東南アジア各国の大学をインターネットでつなぐネットワークを構築したのですが、当初はアメリカの大学とやっていて、日米の教室をつないだ遠隔授業の様子がニューヨーク・タイムズに取り上げられたりしました。相互に正式な授業も設定したのですが、その後続かなかったのは、日本が昼ならアメリカは夜中という時差の問題が大きかったためです。

 

科学者の中には、地球をすべて共通のインターネットタイムにして時差をなくし、昼も夜も関係なく生活しようと提案する人もいましたが、生物としての人間に優しい考え方ではありません。それよりも、地球をある程度の時差ごとに縦に分割して、同じ生活時間帯で教育も共有したらどうか、ということで東南アジアとつないだのです。

 

国のバウンダリーを超えるにはこういう方法もあるわけで、今後はバウンダリーを超えて本当にやりたいことができるようになっていくでしょう。私は楽観的なので、今はそういう未来が見えてきて、ワクワクしながら未来を創っていけるタイミングなのかなと思っています」

 

石戸:「最後に2つお聞きします。一つは『デジタル庁はどこまで教育政策に関わるのか』、もう一つは視聴者からの『今後どういった教育が必要か』というものです。視聴者としては、村井先生がご自身の考え方を形成されていく過程でどのような教育が影響したのか、今後の教育のヒントにしたいと言うことのようです」

 

村井氏:2番目の質問から先に答えると、テクノロジープラットフォームの役割は、人がやりたいことを尊重しその実現を手助けすることです。イソップ寓話に、葡萄を取ろうと何度もジャンプして結局届かず、『どうせあの葡萄は酸っぱい』と負け惜しみを言って去っていく狐の話がありますが、私はいつも、寓話の本筋とは無関係に、葡萄に飛びつく狐の足元に台を差し入れてやりたいと思います。それがインターネットなのです。

 

だから教育をどうすればよいかは教育の専門家が考え、それを手伝うのがテクノロジーを提供する者の役割だと考えています。一方で、私は教育学者の一族に生まれ、娘も教育学者になりましたから、教育というのは子供の個性や創造性を活かすことを尊重し、やりたいことの芽を摘まないようにして必要なことを経験できるようにすることが大事だと考えます。

 

1番目の答えも同様で、やはり教育の専門部分は文部科学省が担い、デジタル庁の使命は文科省がやりたいことにあらゆる協力を行い支援することだと考えています」

 

最後は石戸の「自律・分散・協調で新しい社会を構築する。村井先生の今後の更なるリーダーシップに期待しています」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。 

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