概要
超教育協会は2021年9月29日、ミネルバ大学 元日本連絡事務所代表の山本 秀樹氏を招いて、「ミネルバ大学の教育と日本への応用事例」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、山本氏が、ミネルバ大学の設立趣旨と世界的に注目を集めるその教育内容、日本の大学等でのミネルバ大学の教育カリキュラムの実践事例について講演し、後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答を実施した。その前半の模様を紹介する。
>> 後半のレポートはこちら
>> シンポジウム動画も公開中!Youtube動画
「ミネルバ大学の教育と日本への応用事例」
■日時:2021年9月29日(水)12時~12時55分
■講演:山本 秀樹氏
ミネルバ大学 元日本連絡事務所代表
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
山本氏は、約40分間の講演において、まずミネルバ大学の設立目的と情報技術を徹底活用したその教育内容について詳しく説明し、その後、日本で取り組んできた日本の大学における、ミネルバ大学の教授法や教育カリキュラムの導入事例について説明した。主な講演内容は以下のとおり。
大学を「本来あるべき姿」に戻すために ミネルバ大学が目指すことは
ミネルバ大学(Minerva University)は、2014年にクレアモント大学コンソーシアムの一員としてスタートしました。ミネルバ大学の主な特徴は、広報・入試・学習・キャリア構築支援まで徹底して情報技術を活用していること、幅広い学問分野や実生活に応用できる汎用的能力、つまり「コンピテンシーから分解したスキル」を育むカリキュラムになっていること、授業は全てオンラインで行われ、世界7カ国に順番に滞在しながら(グローバルローテーション)、学んだことを実際に活かす「異文化没入経験」のプロジェクト学習になっていることなどが挙げられます。
▲ スライド1・ミネルバ大学の概要
ミネルバ大学には、最新技術を使って大学を「本来あるべき姿」に戻す、という目的があります。その理由は、既存の大学が「あるべき姿」から乖離していると考えるからです。主に問題視しているのは、①実社会と接続していない専門知識、②使われていない効果的な教授法、③不足し偏った国際経験、④富裕層クラブとなってしまったトップ大学、という4つの現実です。
▲ スライド2・ミネルバ大学が考える既存大学の問題点
この4つの問題に対し、ミネルバ大学では、まず①に対して実社会に接続し、変化し続ける世界で他者と協業して問題解決していくために必要な汎用能力(Practical Knowledge)を足場に、専門領域を選択していくカリキュラムを作りました。
②に対しては、「人はどのように学ぶのか」という学習科学の研究において、既存の大学による実証実験で「効果的」と証明された教授法のみを使って授業することにしました。
③に対しては、7カ国に移り住み、キャンパス内で多様性を実現するのみならず、実際に、現地の住民と同じ生活や仕事のスタイルを経験できる「異文化没入経験」を用意しました。
④に対しては、家計の経済力に関わらず、ミネルバ大学で伸ばせると確信できる才能と努力を併せ持った人たちに席を提供する入試制度としました。
▲ スライド3・ミネルバ大学が考える4つの解決策
先生は講義せずファシリテートに徹する「学習効果が高い教授法」を実践
①の「汎用能力を足場にしたカリキュラム(足場型カリキュラム)」とは、幅広い分野に転移(応用)できる体系化された認知能力です。具体的には「個人」の「思考技能」と、「集団」での「コミュニケーション技能」に分類され、個人の思考技能では「批判的思考力」と「創造的思考力」、集団のコミュニケーション技能では「効果的な情報発信力」と「他者との関係構築力」があります。
▲ スライド4・ミネルバ大学のカリキュラムの起点となる
「汎用能力」
これらの「コンピテンシー」について、ミネルバ大学では一つの概念ではなく、複数の概念から構成されていると定義しています。例えば「批判的思考力」は、「主張の検証」「根拠の分析」「データの分析」「判断の分析」「問題の分析」といった能力に分解し、その一つ一つを授業で学べるレベルまで落とし込み、どういうコンセプトで能力が構成されているかというところまで体系化しています。
ミネルバ大学では、汎用能力である4つのコンピテンシーをしっかり学ぶ1年目が既存の大学の一般教養課程に相当します。そこで幅広い範囲に応用できる考え方を学んだ後、2年目に初めて自分の進みたい専門分野を選びます。そして3~4年目の2年間は、自分のキャリアと結びつく探究プロジェクトや、その過程で必要となる専門知識・応用知識を少人数制の対話型授業で深めていく流れになっています。
▲ スライド5・ミネルバ大学の
学士向けカリキュラム
解決策②の「学習科学に基づく教授法」とは、「学習効果が高い教授法」を実践するということです。例えば、講義による一方的な情報伝達は典型的な「学習効果が低い教授法」で、半年後にはほとんど内容を覚えていないと多くの研究者が報告しています。これに対して「学習効果が高い教授法」としては、事前に学生が課題に取り組みわからない所をフォローする「反転授業」や、学生同士の「学び合いによる理解の把握」、さらに、学生の思考の癖や、躓いているところへの「事実に基づく高頻度のフィードバック」などが研究されています。いわば「筋トレフォームをプロにチェックしてもらう」方法が高い学習効果を得られると実証されているのです。
具体的にミネルバ大学の授業は、どのように設計されているのか、5つのフェーズで説明します。
まず、同じ科目を担当する教員が毎週金曜日にミーティングを行い、共通の授業内容を設計します。1人の教員が受け持つのは20人未満のクラスを最大3クラスまでで、少数の生徒をしっかり見ることができるのですが、授業内容はどの先生でも進め方が一緒になるように設計して、コンピューターでツール的に「どのタイミング」で「何を聞くか」と言うレベルまで共通化します。
次に、学生は事前課題で一定の評価を獲得しなければ授業に参加できません。これにより学生のモチベーションを担保しています。そして90分の授業では、先生は最初に「大きな答えのない問い」を提示するだけで一切講義は行わず、ファシリテーションに徹します。学生は、自分がどの立場を取るかを考えてグループディスカッションを行い、最初に自分が考えていたことと授業を通して気づいたことを考えるのが大まかな流れで、全ての授業は録画されます。
授業終了後には、先生は全ての学生の発言を確認し、学習目的であるコンセプトへの習熟度や改善するための助言などを丁寧にフィードバックします。一つのコンセプトに5段階のルーブリックが設定されていて、どうしたらより良くなるのか、データに基づいたコメントを個別に送付しています。
その後、個々の学生に対してどう教えれば、あるいは導けばよりコンセプトの習熟度が上がるかを分析します。録画データを元にどういうアドバイスでどの程度伸びたかもデータ化されていますので、翌週以降の授業設計を調整するわけです。
このようなサイクルで授業が設計されていますので、生データが積み上がっていくに従って教え方や教えやすさのガイドラインも進化していきます。こういうところにもデジタル技術が応用されていることがポイントです。
▲ スライド6・ミネルバ大学の授業の流れ
(設計~フィードバック)
都市をキャンパスとして活かす異文化没入経験
③の「異文化没入経験」は、都市の中にキャンパスを作る代わりに「都市自体をキャンパスとして活かす」アイデアです。日本の大学と異なり、アメリカの大学は郊外の広大な敷地に食堂や運動場など生活に必要なものが全て揃っていますので、外部の人と接点を持たずに生活することも可能です。しかし、現地の人々と全く交流しないのでは、アメリカ以外の国にキャンパスを作っても意味がありません。
そこでミネルバ大学は、都市に賃貸契約の学生寮を用意する以外、自前の施設を一切持たない形で運営しています。学生寮には、メディカルスタッフ、警備員、レジデントアシスタントといった最小限のサポートスタッフが一緒に暮らしているだけで炊事場さえほとんどなく、外に出て地域の生活者と交流しなければ生活できない形にしています。いわば、新社会人が新たな都市で新たな生活を立ち上げるのに近い環境を用意しています。
▲ スライド7・都市をキャンパスとして活かす
「異文化没入経験」
キャンパスライフがないのではないか、と思われがちですが、実際にはいろいろな国に行ったり、現地のイベントに参加したりして学生間の交流は非常に密になります。
ミネルバ大学の大きな特徴である汎用能力の鍛錬では、「初めて会う人たちと初めての場所で協業する」ロケーションベースアクティビティ(Location Based Activities)を実施しています。これは、日本で言う「準正課」に近いものですが、課外活動ではなくて課内活動です。
▲ スライド8・現地の人と協業する
「ロケーションベースアクティビティ」
プロジェクトの事例としては、サンフランシスコでホームレスの生活改善を市長室と一緒に立案・実行したり、アルゼンチンで遠隔教育を政府の教育・文部科学省と一緒にデザインしたりするものがあります。
入試は3つだけ 自分たちの教え方・学び方に合う子をしっかり選ぶ
④の「公正な機会の提供」は、世界中から「才能×努力の人」を経済力に関わらず集め、自分たちの目指すミッションを実現しようとするものです。そのためにデジタル技術やオンライン技術を駆使して、受験生ができるだけ低コストかつアクセス可能な入試を設計しています。
ミネルバ大学では、コストがかかる共通テスト、事前課題型エッセイ、推薦状、デポジットなどを一切やめて入学審査料も無料にしました。残したのは「学校の成績」と、自分たちの教え方・学び方に合う子をしっかり選ぶ「独自の能力審査」、そして「課外プロジェクト・学外活動の経歴」の3つだけです。全てがオンラインかつワンストップで完結する仕組みなので、受験生がログインして審査中の間に、どれくらいの確度で合格できるかが分かります。募集締め切り後も合否ライン上の学生を個別フォローできますので、例えばもっと課外・学外活動の経験はないのかなど、しつこいくらい詳細にフォローします。
合格者にはサンフランシスコで約1週間の学習体験会を実施し、自分たちが選んだ合格者がミネルバ大学の学びに本当に合っているかを見極めます。ここでは独自のオンライン授業とロケーションベースアクティビティの小型版を体験してもらい、学生自身がミネルバ大学で自分が成長できるかを判断する仕組みを取り入れています。これも詳細は避けますが、2万人が受験した中から約1.2パーセントの学生を選ぶのですが、選ぶスタッフは一般的な米国大学よりもはるかに少人数で、しかも効果的に選べています。
公正な機会の提供という意味でもう一つのポイントが、世界中から無名の大学に人を集める方法で、ここでもデジタルマーケティングを徹底しています。紙媒体の広告やパンフレット類は全て廃止してデジタルでの広報やデータ分析を行い、どういうコンテンツなら世界の人に届くのかを考えています。
日本の大学に「学育」をミネルバ大学の日本教育への応用
ミネルバ大学では、日本でもその教え方を広めようと展開しています。しかし、問題もあります。
1つは、「今までの仕組みを変えずに情報技術を利用しても効果は期待できない」ということです。ミネルバ大学では教授法を外部に提供し始めていますが、最大のボトルネックは「今までの教え方を変えたくない」と、導入に必須な「教員トレーニング」を受けたがらない先生が多いことです。
もう1つは、「明確な『ありたい姿』の設定が鍵」となることです。ミネルバ大学のコンセプトは、「ミネルバ大学が目指す人材づくり」に最適化されています。それが、各大学が掲げる「こういう人たちを輩出したい」というポリシーとマッチするかどうかです。
▲ スライド9・ミネルバ大学を応用する際の注意点
こうした注意点を踏まえて、国内2つの大学におけるミネルバ大学の教授法の応用事例を紹介します。一つは清泉女子大学の地域市民学科です。ここは五反田にある文学部の単科大学です。定員が60名と少ないこともあり大胆な改革ができました。もう一つは、新潟産業大学で通信制の講座を設けた「ネットの大学 managara」で、2021年春から新規募集を行った事例です。
まず、清泉女子大学 地球市民学科は、20年の歴史でアフリカやフィリピンでの豊富なフィールドワークの実績など、かなり「泥にまみれた」学習をしています。ミネルバ大学の導入に際しては、2年間の準備期間を設け、学際的な教授陣がミネルバ大学の学びをどう活かせるかFD(ファカルティ・デベロップメント)を繰り返し行いました。その上で、ミネルバ大学の「コンセプト」に相当する「基礎概念」を再編集し、自己肯定感を育む社会情動学習(SEL)をまず導入し、経験学習(フィールドワーク)についても今までの「行ってどうだった」的なところから、一つ一つステップアップする「足場型カリキュラム」に変えました。
▲ スライド10・清泉女子大学 地球市民学科の取り組み
4年間のカリキュラムで、1年次から4年次にかけて足場型で難易度が上がっていくカリキュラム、個人プロジェクト・グループプロジェクト・2年間の卒業研究プロジェクトと進む経験型学習、自らの卒業プロジェクトに必要なものを自分で企画し学校はサポートだけを行うフィールドワーク、ミネルバ大学のコンセプトを独自に、101個に再編集して必修科目化した基礎概念などが取り入れられています。
この取り組みは2021年度の三菱みらい育成財団「21世紀型教養教育プログラム」に採択されました。この授業は一部にデジタルツールなども使っていますが、こういう考え方が評価されたことが採択のポイントと考えています。
▲ スライド11・清泉女子大学 地球市民学科の
ミネルバ大学型カリキュラム
2つ目の「ネットの大学managara」は、全てオンラインで完結し、登校する必要がない大学です。「○○しながら」学べることで、幅広い人に学習機会を柔軟に提供することが元々のコンセプトです。managaraは既存の大学の中に一部組み込んでいく形なので、ミネルバ大学の導入にあたっては「問題解決法」と「創造思考法」という2つのコンセプト系科目を新設・必須にしました。その上で、学生のモチベーション向上策として、これらの科目の成績上位者のみが受けられる「キャリア構築支援講座」を設置しています。
▲ スライド12・ネットの大学managaraの
ミネルバ大学型カリキュラム
また、オンライン完結型なので経験学習プログラムは、自前で発掘させる考え方もありましたが、それでは学生の負担が大きいのでさまざまな経験学習を提供している外部の教育機関と提携しています。例えば「TigerMov」はアジアを中心に45カ国で海外インターンシップが経験できるプログラムを提供しています。また「さとのば大学」は、日本の地域を巡りながら地域創生プロジェクトを行う市民大学ですが、ここと提携してプロジェクトを行えるように話し合いをしているところです。
このような活動をしてきて思うのは、今、大学生にも社会人にも必要なのは、「教えを育む」ことではなく、学べる環境を整備して学ぶ気になった人たちをサポートすることです。超教育協会が「教育を超える」ことを目指されているように、「教育」ではなく、学びを育む「学育」を広めていきたいと考えています。
▲ スライド13・「教育」ではない「学育」のススメ
>> 後半へ続く