概要
超教育協会は2021年9月22日、東京大学大学院情報学環/東京大学生産技術研究所 教授の大島 まり氏を招いて、「STEAMを通した新しい学び」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では大島氏が、STEAM教育を現場に導入するための生産技術研究所の取り組み、ワークショップを介した産業界との連携、STEAMで実現する探究的な学びなどについて講演。後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答を実施した。その後半の模様を紹介する。
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「STEAMを通した新しい学び」
■日時:2021年9月22日(水)12時~12時55分
■講演:大島 まり氏
東京大学大学院情報学環/
東京大学生産技術研究所 教授
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半は、ファシリテーターの石戸 奈々子が、参加者から寄せられた質問を大島氏に問うかたちで質疑応答が実施された。
普及のカギから評価方法までSTEAM・探究授業全般に高い関心
石戸:「最初の質問は、世界と日本のSTEAM教育の違いに関して、『日本が他国と比べて遅れている、もしくは進んでいるところはどこですか』というものです」
大島氏:「STEAM教育は、既存の学校教育システムと密接に連携し、依存しますので、アメリカにはアメリカのSTEAM、日本には日本のSTEAMがあります。そういう意味で、特に日本が遅れているわけではなく、むしろ『日本型のSTEAM教育』をどう開発していくかということが大事です。
また、アメリカの教育は州による違いが大きく、カリフォルニアのようなSTEAM先進地域ではいろいろと斬新な試みがなされていますが、それがそのままアメリカ全土に浸透していくわけではありません。一方で日本は学習指導要領で統一できる利点があるので、一旦日本型のSTEAM教育が広まれば、その後は日本が先行すると個人的には考えています」
石戸:「全国に一気に導入できる国は世界でも稀ですので、プログラミング教育などと同様に枠組みができれば日本は強みを発揮すると思いますが、オバマ政権時にSTEM教育に膨大な予算が付けられたアメリカと比べても、現時点での日本の力の入れ方は強くないとも見えますが、いかがですか」
大島氏:「確かにオバマ政権下では進みましたが、その後のトランプ政権やバイデン政権はどうでしょうか。アメリカの良さは斬新なことに取り組んでいるところです。一方、ヨーロッパはSTEAM教育としてはあまり聞きませんが、何らかの形での探究活動や許可横断型の学習をしています。むしろオーストラリアなどがSTEAMに熱心に取り組みを始めています。中国は、STEAMというよりは科学技術人材の育成という観点で力を入れています」
石戸:「次は、STEAMの『A』の位置付けに関する質問です。講演にも出てきたArtとArtsについて、『リベラルアーツは分かりますが、最近は『アート思考』が企業や学校現場でも語られています。アートを学ぶ必要性・意味をどう考えているかお考えをお聞かせください』という質問です。さらに、『ArtとArtsの違いをどう捉えているのかもう少し教えてください』という質問です」
大島氏:「まずArtは概念が非常に複雑です。日本でアートと言うとどうしても音楽や絵画と捉えられがちですが、私がやっている機械系のデザインや設計も英語では『design』でアートの一種です。そういう概念を広げることが大事です。個人的にはアートも、その概念を形にするという意味でのアート思考も非常に大切と考えていますが、それを教育プログラムとして授業に組込むには課題があり、講演で紹介した現状のプログラムではまだ実現できていません。
リベラルアーツは何を指しているのかが曖昧です。よく、『リベラルアーツなら何でも含むのではないか、そうするとSTEAM教育も結局、全てを含むのではないか』という指摘を受けるくらい、人によっていろいろな捉え方があり、今後それをきちんと整理していくことが重要です。
その上で、私たちがリベラルアーツとしている理由ですが、日本の教育はどうしても文系・理系を分けて考えるところがあります。私自身も理系ですが、だからと言って教育や政策に全く無関係というわけではなく、むしろ関わる必要性が高まっています。文系・理系を融合した広い視点を身につけて欲しいということで、いわゆる『教養教育』の観点からリベラルアーツとしています」
石戸:「日本では、アートが芸術という言葉に置き換えられて、狭い領域に限定して議論が進むこともあります。私は、作ることや表現することは全てアートと捉えていますが、その定義を明確にした上で議論をすることが必要ですね。
次は『パッケージ化』に関して、私たちもよく受けた質問ではありますが、『コンテンツを作ることは大事ですが、探究がプログラム化されてしまうと本来の探究にならないのではないかというジレンマを感じます。そのあたりはどう考えていますか』と、『探究教材をパッケージ化することに警鐘を鳴らす人も多いですが、探究の詰め込みにならないよう、どんなことに気をつけてコンテンツを作っていますか』という質問がきています」
大島氏:「ご指摘のとおり、探究のプロセスが目的化してしまうことはあり、本当に難しい問題です。理想は学校の先生がいろいろと加工できるようになることで、例えばコンテンツにはワークシートなども付けていますがあくまでも参考で、それを使って先生方に自由にやってくださいというスタンスです。この点に関しては、今後、教員研修も含めた総合的な対応が必要と考えています」
石戸:「自由度を残して活用してもらえるようにしていくことがポイントですね。関連して私からお伺いしますが、探究の授業は評価方法が難しいという指摘を受けます。講演では『5つの能力』の習得と向上を目指すということでしたが、その5つ自体も評価が簡単ではない指標と感じました。5つの能力はどのように測っているのですか」
▲ スライド13・講演で示された5つの能力
大島氏:「それもまだプログラムを通して検証している段階で、まずルーブリックを作成し、それに基づいた自己評価などをやっています。研究のフェーズに入るとTAや指導教員が付きますので、彼らからもフィードバックをもらうなど、なるべくプロセスを可視化できるようにして、それに基づいて評価する形を試みています。まだ完全ではありませんが、ご指摘の点を含めて評価指標を組み立てている段階です」
石戸:「私も、個人のポートフォリオや多角的な視点でのフィードバック、それにルーブリックのような評価方法などチャレンジしてはいるのですが、評価コストがかかり過ぎて現実的ではないところもあり、そこを突破できるものに期待します。
次はSTEAMの普及に関して、『STEAMライブラリは充実しているけれども、学校現場ではあまり知られていない。普及させるにはどうしたらよいでしょうか』という質問と、『学習指導要領に理数探究が入ったことは大きな一歩だが、必修ではないので対応できることが限られ、あまり広がらないことを危惧しています。広く展開する方法についてどのように考えていますか』という質問です」
大島氏:「これはチャレンジングなテーマで、まず『STEAMライブラリ』は、現在経産省が中心になっていて、アンバサダーの役割を担ってもらっている高校の現場の方を通して現場からのフィードバックとSTEAMの浸透を図る動きがあります。ただ、ご懸念のように今後普及するかは未知数で、活動の継続が大事だと思います。
それから理数探究はご指摘のとおり選択なので、採用しない学校もあると思います。高校のカリキュラムはどうしても受験との関わりから探究することが難しいのですが、最近はAO入試や推薦入試など受験のシステムも変わってきていますので、探究活動が必ずしも無駄ではないという方向に少しずつ変わっていくと考えています」
石戸:「日本の場合、良くも悪くも入試が変わると教育が変わるという側面があります。次の質問は『講演は、高校生以降の比較的年齢層が高めの方を意識した内容だと思いますが、小学校低学年など低年齢層の段階でどのような経験を積むとよいのか、お考えを教えてください』というものです」
大島氏:「STEAM教育は高校生・中学生を対象として実施していますが、今のところ対象年齢の下限は小学校高学年までと考えています。というのは、年齢が下がるに従って本題のSTEAM以外のインタラクションなどを含めなければいけなくなるからです。もし、ご興味ある方が私達のコンテンツを素材に、対象年齢に応じた加工をしていただけるのでしたら協力したいと思いますが、現在の私たちのマンパワーではそれができないところが最大の制約条件になっています」
石戸:「最後の質問は、指導側の話となりますが、『探究的に学ぶ教育は、それに関わる大人が探究的でないと成立しないのではないですか』という質問です。教える側が探究的でないケースも多いのであれば、どうやって教える側、探究学習をファシリティとする側の人材を育成すればよいのでしょうか」
大島氏:「ご指摘の通りです。それをどうすればよいのか、個人的な考えですが、学校の先生も一緒に学ぶ側になればよいと思います。先生が教える側、生徒が教わる側という『先生vs生徒』ではなく、『先生も分からないから一緒に学習しよう』となれば、全員で探究することができます。実現にはいろいろ問題があると思いますが、実現できれば探究の授業もやりやすくなると思います」
最後は石戸の、「私自身、子どもから大人まで生涯にわたって探究者になれる世界を目指してSTEAM教育に取り組んできました。今後も大島先生とはこれまで以上に連携していきたいと考えています」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。