同時期に多地域で就学できる環境を作り学びの可能性をより広げる
第60回オンラインシンポレポート・前半

活動報告|レポート

2021.10.8 Fri
同時期に多地域で就学できる環境を作り学びの可能性をより広げる<br>第60回オンラインシンポレポート・前半

概要

超教育協会は202191日、株式会社あわえ 代表取締役 吉田 基晴氏を招いて、「『地域が教室に』デュアルスクールの価値と地域との関係」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

前半では吉田氏が、デュアルスクールの実例やメリットを地方創生との関連を含めて詳しく紹介。全国に展開する際の課題にも触れた。後半は、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。

 

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「『地域が教室に』デュアルスクールの価値と地域との関係」

■日時:2021年9月1日(水)12時~12時55分

■講演:吉田 基晴氏 株式会社あわえ 代表取締役

ファシリテーター:石戸 奈々子 超教育協会理事長

 

吉田氏は約30分間の講演において、多地域就学のひとつの形態である「デュアルスクール」の概要と児童・生徒へのメリット、地方創生に寄与する実例などを紹介した。またデュアルスクール参加者が直面した問題や全国に展開するにあたっての課題も具体的に紹介した。主な内容は以下のとおり。

 

【吉田氏】

デュアルスクールは、既存の「区域外就学」の制度を活用したものです。例えばいじめを受けて学区内の学校に通えない、町の学校にはサッカー部がないからサッカー部がある隣町の学校に行く、といったときに利用できる制度です。送り出し側と受け入れ側の教育委員会同士で承認があれば、住民票を異動せずに他地域の学校に通えます。これを地域創生で活用しようと、徳島県知事や教育長に政策提言を行い、「デュアルスクール」の名称で社会実装されました。

 

デュアルスクールに取り組もうと思い立ったきっかけは、徳島県の美波町と東京都を中心に2地域居住、2地域就労をするライフスタライルを2012年から続けていたことにあります。

 

▲ スライド1・吉田氏は、徳島県と東京両方に住み、
両方で就労している

 

単身で2地域を移動していたあるとき、妻から「お父ちゃんは良いね、都会と田舎両方の良いところが味わえる」と言われてハッとしました。私だけでなく、子どもも2地域就学ができたら、私は家族と一緒に2地域居住ができます。これを実現したいと考えて思いついたのが「デュアルスクール」です。

 

▲ スライド2・吉田氏は、妻の一言がきっかけで
デュアルスクールを思いついた

 

デュアルスクールでは、東京に住民票を置いたまま、他の地域の学校との間を何度も行き来することができます。「転校」になり、美波町の学校に行っている間も就学扱いになります。徳島県の場合は、受け入れている間に、進度の違いや生活になじむためのサポートをする補助教員もついて手厚くケアされます。

 

このように、保護者が地方の田舎でワーケーションし、子どもはその地域の学校で学ぶことが実現できつつあります。教育制度でありながら地方創生を加速させるような、家族でデュアルな暮らしができる制度だと考えています。

 

デュアルスクールは、住民票の異動なく、都市と地方の2地域または他地域を移動しながら両方での学びが同時進行できる制度です。利用する方の候補地の探し方は、子どもがなじめるか、また最近はリモートワークやワーケーション、出身地に住む両親の介護のため、里帰り出産のときに長男長女も連れてなど、さまざまです。

 

▲ スライド3・デュアルスクールは、
住民票を異動せずに
「転校」して
他地域の学校に通うこと

 

徳島県が一点突破でスタートした制度ですが、平成29年には文部科学省から全国の教育委員会に対して、「地方創生の中で区域外就学制度を活用して」との通達も出ました。実現のための環境が整いつつあるという認識です。

 

▲ スライド4・文部科学省もデュアルスクールに前向き。
全国の教育機関に通達も出された

デュアルスクールが実現すると子どもを受け入れた学校や地域にも大きな変化が

デュアルスクールが実現すると、実際に体験した子どもだけでなく、受け入れた学校と受け入れた集落にもさまざまな変化や効能が見られます。保護者からは「東京では、子どもが友だちを家に連れてきて勉強することなど一度もなかった。美波町ではそれが毎日ある」「子どもと一緒にいる時間が13時間増えた」といった声が聞かれました。学校では、受け入れる側の子どもたちにとって新しい刺激になったり、自分たちにとっては当たり前の自然や文化を、都市部の子どもが楽しむ様子を見て、自己肯定感につながったりするケースもありました。さらに地域では、少子化の影響で廃止されていた「子どもみこし」などの地域の行事が復活したり、地域の遊びを復活させる気運が高まったりなど、素晴らしい波及効果が多数見られました。

 

地方創生の数字の観点では、美波町は小さな町にもかかわらず、3大都市圏からの流入人口の超過が平成24年〜29年の6年間で5回プラスに転じたり、2040年の未来推計人口がこの10年程で9%改善したりといった影響も見られます。

 

▲ スライド5・デュアルスクールを行ったことも影響し
美波町の人口動態にもポジティブな変化が生じている

 

2016年から始めたこのデュアルスクールは、個別にも素敵な変化をもたらし、美波町や徳島県の地方創生にも大きな寄与があったと思います。一度体験した方もほぼ皆さん「おかわり」されます。翌年も来る、春に来て秋にも来る、面白いケースでは春の運動会は東京で、秋の運動会は徳島で、といったお子さんもいます。体験者が再度やりたいと好評であることで、中身の良さも証明できると思います。

 

しかし素敵な制度ではあるものの、始まったばかりで課題もあります。一番大きいのは「都市から地方へ」しかデュアルスクールが実現できていないことです。「地方から都市」「地方から地方」「都市から都市」といった本当の意味でのデュアルには至っていません。

 

「転校」の事務手続きは、学校や教育委員会に負荷がかかります。学校現場が多忙な中、23週間就学する児童生徒を受け入れることの負荷も発生します。

 

対象の児童生徒も、小学校低学年なら受けやすいのですが、高学年になるほど難しくなってきます。徳島の制度では小中学校向けとして実施されていますが、高校はどうするかの問題もあります。

 

また、現在はコロナ禍で、都市部からの児童生徒の受け入れは、地方の学校現場、特に高齢化が進む地域では敬遠され、去年と今年は開催が難しくなっています。

 

▲ スライド6・デュアルスクールにおける課題と問題

 

都市から地方へしかできていない理由は、デュアルスクールが地方創生の観点だけで見られているからです。徳島の子が東京の学校に通ってみたくても、東京の教育委員会は地方創生に対する「熱量」に乏しく、これまでことごとく拒否されています。少子化は地方に限らず全国で進んでおりますが、地方から都市部へ児童・生徒を受け入れるニーズは喫緊では少なく、少子化、人口減少、社会人口減少に悩む自治体が、地方創生を進める中で課題解決の観点で、都市部の人々を受け入れることに留まっています。

 

双方向性や社会インフラになっていく点でも、まだまだ進んでいない実感です。私たちは、地方の子が都市部の学校で学ぶことも地方創生だと考えています。小さな頃から都会が特別でない経験をすると、出身地が地方でも劣等感を持つことがなくなります。北海道の子が沖縄の環境で学ぶ、太平洋側の子が雪の多い日本海側に行ってみることも、それこそが多面的な学びになると考えます。

 

これまでは、徳島県の課題解決のひとつとしてデュアルスクールを行ってきました。「ワーケーション」が盛り上がる中、事業者や地域からもデュアルスクールとセットにして開催したいと声があるなど、注目度の高まりは感じています。しかし本来は子どもたちの学びのためのものであり、地方創生やワーケーション、教育のICT化を進めたい業種のためだけのデュアルスクールではないと考えます。

デュアルスクールをもう一歩進めて 「ミライの学校」を設立

当社 あわえは、自治体様を顧客に地方創生を実現するビジネスをしている会社です。そこへデュアルスクールを含む、子どもたちが主人公の学びに取り組むことに矛盾を感じはじめ、子どもたちの学びを本位にした取り組みにしたいと考えました。そして今年の春、「一般社団法人ミライの学校」を設立しました。

 

この学校では、デュアルスクールを地方から都市へも含めて全国展開し、社会インフラ化を進めていく活動に加えて、高校やさらに上の教育機関でも地方や地域を教室にして価値を広げていくことを目指しています。また、不登校の子どもと地域の学びを結び、形を作れないかといった取り組みにも着手しています。

 

▲ スライド7・吉田氏が設立した、
子どもの学びのための
「一般社団法人ミライの学校」

 

デュアルスクールの全国展開に加えて、サテライトスクールの実装を進めています。東京都の新渡戸文化学園様と「旅する学校」と題した実証実験に取り組んでいます。コロナ禍の影響でどこまでできるか分かりませんが、新渡戸文化高等学校の生徒たちが徳島県県南部を訪れて学んでいます。このように高校にまで未来の学びを広げるアクションも始めています。

 

▲ スライド8・新渡戸文化学園と
サテライトスクール実装に向けた実証事業もスタート

 

なお、あわえもこの新法人も、日本の既存の教育制度を否定するものではなく、制度に囚われることなく、子どもたちの選択肢を広げ、流動性を高めたいと考えています。

 

私は、日本の力の根源を、地域や小さなコミュニティに宿る力と、そしてそこで生き抜く力にあると信じています。地域はそれを提供し、地域・地方全体が教室となり、学び舎となって広がる、そんな教育のありかたを模索していきます。

 

▲ スライド9・「ミライの学校」が目指していることは、
子どもたちの選択肢を広げること

 

>> 後半へ続く

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