概要
超教育協会は2021年7月7日、株式会社リクルート プロダクト統括本部 プロダクト開発統括室 データ推進室 データソリューション2ユニット まなび領域データソリューション部 部長の山邉 哲生氏を招いて、「EdTech ユニコーンに見る教育 AI 利活用、そしてスタディサプリのこれから」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、山邉氏が、海外の主要EdTechユニコーンの活動と教育AIの活用パターンについて、リクルートが運営するスタディサプリの活動を交えて講演し、後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答を実施した。その後半の模様を紹介する。
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「EdTech ユニコーンに見る教育 AI 利活用、
そしてスタディサプリのこれから」
■日時:2021年7月7日(水)12時~12時55分
■講演:山邉 哲生氏
株式会社リクルート
プロダクト統括本部 プロダクト開発統括室
データ推進室 データソリューション2ユニット
まなび領域データソリューション部 部長
■ファシリテーター:石戸 奈々子 超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、ファシリテーターの石戸 奈々子が参加者からの質問を紹介し、山邉氏が回答するかたちで質疑応答が実施された。
教育現場をAIがどう変えていくのかに関心が集まる
海外と比べて日本の動きの遅さに懸念も
石戸:「最初の質問は、『海外のEdTech企業は規模が全然違います。グローバル企業の中でスタディサプリはどう位置づけられるのですか』という質問です」
山邉氏:「弊社は、海外ではスタディサプリではなく『Quipper』というブランドでグローバルにサービスを展開しています。現在展開している国はフィリピンとインドネシアですので、講演で触れたルアングルーは競合相手でもあります。海外のEdTech大手は大規模なマスプロモーションに力を入れるところも多く大きな存在感がありますが、そうした中でも弊社は、拡張する市場の中で着実にカスタマーニーズにあった教育サービスを提供していくということを目指しています」
石戸:「事例には中国企業が多く出てきましたが、『教育分野でのAI活用は中国が進んでいるのですか』、『日本はその中でどういう位置づけですか』という質問もきています。いかがでしょうか」
山邉氏:「現在のEdTech市場では、中国企業が第一のプレイヤーになっていると思います。もちろんアメリカなども教育AIは早くから開発・導入してきていますが、ここ数年で中国のプレゼンスが非常に上がってきています。教育事業において日本発で立ち上げたサービスを海外に輸出していく流れもありますが、AI技術に関しては、中国を始めとする海外勢が日本市場に売り込みを図る、逆方向の流れが加速しつつあるのが実情です。現時点ではAIの基礎技術の開発では中国が進んでおり、日本企業がそれを使う事例も増えつつあるのではないかと思います(※ 2021年7月29日時点で、中国では当局による教育産業への大規模な規制強化が進んでおり、講演時点での状況と大きく変わりつつあります)」
石戸:「講演では海外のEdTech企業が優秀なAI研究者をかなり取り込んでいるという印象を受けましたが、リクルートのスタディサプリ開発でも、AI研究者を積極的にチームに入れているのですか」
山邉氏:「ユニコーン企業の規模と比べればまだまだですが、優秀なメンバーを集めて研究開発を行っています。一方で、個人的には『AIに振り切ればいい』という話ではないとも思っています。AIに特化して機能を磨いていく選択肢もありますが、そこに偏りすぎると実際の教育現場で使いづらく、困っている生徒や教師のニーズに応えられないシステムになりがちです。そういう活用のバランスを見極めつつ開発していく形になると思います」
石戸:「視聴者からの質問です。『ご紹介いただいた事例は基本的にコンシューマ向けのサービスで、学校向けサービスへの浸透にはまだ距離があると感じました。今後、学校や教室などでインフラとして使われていく技術として注目されるものはどういうもので、どういうトレンドがありますか』というものです」
山邉氏:「一つには、バイトダンスのクラスルーム向けサービスのようなものが挙げられるかと思います。こういうサービスが今後どれだけ広がっていくかは興味を持っているところです。
それと、少し話がそれてしまいますが、頭に付けたウェアラブルセンサーで脳波や皮膚抵抗を計測し、教師がそれを手元のポータルで見ながら生徒がどのくらい授業に集中しているかを観測してフィードバックを返すという授業の事例が以前話題になりました。これはユーザーのプライバシーや監視社会にも通じるもので議論があるべきですが、技術活用の一つの形としては参考になる事例かと思います」
▲ 動画・生徒の集中度をウェアラブルセンサーで
計測する授業風景
石戸:「スタディサプリでは、データを活用することで学習効率がどの程度上がったといったデータは公表されているのでしょうか」
山邉氏:「例えばスタディサプリの到達度テストでは、動画学習時間など学習行動の違いによってどのくらい成績が伸びるのか、といったところの分析を行いプレスリリースとして公表しています。また、オンラインチューターのサービスでは、コーチとのどういったやり取りが、どのように学習効果に紐づいているのか、といった分析結果も出しています」
石戸:「学習者へのフィードバックとして、既にデータを取得しているわけですね。そのデータを活用すれば、どういう順番で学習すれば良いのかについて、例えば既存の教科書の順番と異なる別の順番の方が効果的、というような結果も蓄積されてくると思います。教育業界に対してデータに基づく提言も行えると思いますが、なにか考えていることはありますか」
山邉氏:「何らかのフィードバックをしていくことは考えていますが、今はまだその前段の評価というところでの取り組みを、実地で進めなければならないと思っています。『学習プロセスをどう組み替えると、どういう効果が得られるのか』といったデータ収集は、厳密な環境での実験を重ねた上で実施しなければなりませんので、学校など教育現場の方々の協力を得ながら取り組みを進める必要があります。そして、それがまとめられれば、決して現行の仕組みを批判するわけではありませんが『こういう学習の進め方もある』というところを社会に還元する方向で提供してきたいと思います」
石戸:「デジタル教科書の導入が進む中で、公教育でのデータ活用に注目が集まっていますが、民間事業者の立場で、公教育におけるデータ活用で留意して欲しい点や期待している点はありますか。
例えば、リクルートの個人情報の取り扱いにあたっての方針や、公教育データと民間教材や塾などのデータの連携が進んで学習者が自身を主体とした学習環境を構築できるようになることへの期待、といったことがあれば教えていただければと思います」
山邉氏:「民間企業としてのオンラインサービスでは、学習者の行動を観測できる範囲は限られます。例えばスタディサプリでは、個人利用者は1日のうちごく限られた時間の行動しか取得できません。『学習』という視点では、学校で授業を受けている間も学習時間になりますが、オフラインの行動は取得できません。実現に際しては個人情報保護の観点などの議論が必要ですが、純粋に技術観点だけでみれば、できる限り細かい粒度で、俯瞰的に、中長期にわたって学習ログを取れれば、学習行動とその効果の分析をより精緻に行うことが可能になります。
そういう意味では、学校現場で取得されたデータと民間事業者として取得したデータを統合したデータ分析が可能になれば、先生と生徒双方に対してより効果的な学習方法の提案ができるようになっていくと思います。
もう一つの課題は、公教育の現場で使われるメタ情報の定義の同一性です。テキストやコンテンツに付加されるメタ情報がどういった技能を表しているか、どういった難易度なのか、どういった単元を指しているのか、といった定義が民間事業者で揃っていないと一気通貫の分析は困難です。そういう分析に耐えうるメタ情報を付加できるかどうかが、テクニカルな観点でのポイントになります」
石戸:「次の質問は『教育AIは、従来の教育プロセスの一部を置き換えるツールという位置付けと理解していますが、今後、新たな教育の在り方を実現するツールとしての位置付けを検討するアプローチは考えていますか』というものです」
山邉氏:「まさにご指摘いただいたとおり、すでに海外では教育AIとのやり取りをベースとして、人が介在するサービスは付加価値として提供するような動きが出てきています。今後、より教育AIのプレゼンスが高まり、できることも広がってくると、いわば主従逆転のような使い方も出てくるということがまず考えられます。あるいは、オンラインで多くの場所から大勢の人が同時につながり、交流しながら進めるような教育の提供も考えられると思います。
スタディサプリに関して申し上げると、まだこのような1段あるいは2段ジャンプしたようなところを見据えているわけではありません。まずは着実に既存の教育現場の皆様をご支援させていただくところをスコープに取り組んでいます」
最後は石戸の、「日本から世界に広がるEdTechサービスが増えることに期待している。特にスタディサプリは、海外でますます普及する可能性を持つサービスとして、今後の展開を楽しみにしている」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。