AIと教育の関係性を「3つの視点」で考える
第52回オンラインシンポレポート・後半

活動報告|レポート

2021.8.6 Fri
AIと教育の関係性を「3つの視点」で考える<br>第52回オンラインシンポレポート・後半

概要

超教育協会は2021年630日、理化学研究所革新知能統合研究センター長、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授の杉山 将氏を招いて、「AIの教育,AIによる教育,AIのための教育」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

前半は、杉山氏が「人間がAI技術を学ぶ」、「AIが人間の学習を支援する」、「AIが学ぶことを人間が支援する」という3つの視点でAIと教育について説明し、後半は、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。

 

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AIの教育,AIによる教育,AIのための教育」

■日時:2021年6月30日(水)12時~12時55分

■講演:杉山 将氏

理化学研究所革新知能統合研究センター長

東京大学大学院新領域創成科学研究科教授

■ファシリテーター:石戸 奈々子 超教育協会理事長

 

 

▲ 写真・ファシリテーターを務めた

超教育協会理事長の石戸 奈々子

 

シンポジウムの後半では、ファシリテーターの石戸 奈々子が参加者からの質問を紹介し、杉山氏が回答するかたちで質疑応答が実施された。

 

AIがさらに進化した時代に「教育に求められること」
将来を見据えた質問が多数、寄せられた

石戸:「ありがとうございました。パンダとギボンは、なぜ誤って認識されるのですか」

 

杉山氏:AIは、パンダかギボンかを『分類境界』のどちらにあるかで判別します。分類境界の近くに位置しているパンダの画像に雑音を加えると、境界を越えて反対側のギボンの方に移ってしまうのです。この例は意図的に間違えるように計算して作ったもので、普通は起こりません。しかし、例えば自動運転車の事故を起こさせたり、医療診断で間違えるようにしたり、なにか悪さをしようと思うとできてしまうかもしれないことになります」

 

石戸:「今回、視聴いただいている皆様は、AIの教育への活用に関心をお持ちの方が多いです。以前AI研究者の方から『AIの教育への利活用の視点で関心を持っている研究者はあまり多くない』という話を聞きましたが、どうなのでしょうか」

 

杉山氏:「今、AIはありとあらゆる分野で活用されています。そのため、AIの応用の観点からは『教育』は100あるうちの1つでしかないというのが、正直なところです。一方で身近なものでもあり、取り組みやすい分野ではあると思います」

 

石戸:「教育分野に関心を持って、企業と連携して開発に取り組んでくださる研究者が増えるといいなと願います。それでは、視聴者からの質問をご紹介します。『データ分析は相関関係が基本で、因果関係が説明できないケースが多く、特に機械学習では顕著に感じます。これを抜本的に改善する研究開発の状況はいかがでしょうか。多くの人は因果関係の説明がないと納得しないのではないかと感じます』というものです」

 

杉山氏:「おっしゃるとおり、今のディープラーニングは相関関係を使って予測をしています。相関と因果の違いの例として使われるのが、チョコレートとノーベル賞の話です。特定の国のノーベル賞取得率を予測するには、チョコレートの消費量を調べれば、だいたい当たります。しかし相関関係ではそうだとしても、チョコレートをただたくさん食べればノーベル賞をたくさん取れるわけではなく、実際にはお金の話という隠れた変数があります。GDPが高いお金持ちの国はチョコレートもたくさん食べられるし、ノーベル賞もたくさんとれるということなのです。

 

この隠れ要因を推定することは非常に重要で、因果推論として何十年も研究されています。AIPセンターの研究では昨年ブレイクスルーがあり、隠れ変数がある場合でも全体の構造を設定できる初めての方法を作りました。用途は限定されますが、研究はかなり進んでいますので、近い将来、皆様に見ていただけると思います」

 

石戸:「次の質問です。『AIの成果を鵜呑みにせずに、使いこなすようになる人材を増やしていかなければならないところで、使える人とそうではない人の溝が二分される予感がします。教育システムをどのようにスクラップアンドビルドしなければならないでしょうか』というものです。AI人材育成にあたり、教育分野でやるべきこととして、杉山先生が考えていること、もしくは幼いうちに学んでおいてほしいことがあれば教えていただけますか」

 

杉山氏:「我々の周りでもよく議論しますが難しい問題です。というのはみんな自分の専門分野があるので、自分に大事な主張をします。私のような理系はコンピュータや数学が大事だと言いますし、芸術系の方は感性が大事だと言います。

 

学校で全部学ぶのは無理ですので、さきほどのMOOCsのように子供の頃から発展的なカリキュラムを選ぶことができるようになると、専門知識を持った人材を育てられると思います。

 

一方で、AIを使ってビジネスを成功させるためには、AIとビジネスの両方のことが分からなければならない、『両方分かる』人材も必要です。現在はほんの何人かのできる人が大活躍する状況だと思います。どんな時代にも例外的にいる、少人数の『賢い人』に牽引してもらい、大人数で活用できる仕組みを作っていくことは重要だと思います」

 

石戸:「論文の検索と自動抽出の話を伺っていて思ったのですが、場合によってはAIのほうが、研究者よりも良い研究成果を出せてしまう可能性が出てきているということでしょうか。これまでの研究者は、大量の論文を読み、実験データを分析し、新たな視点を発見していたと思いますが、AIがかなりの精度でやってくれると、研究者に求められる資質も変わってくると感じます。

 

一方で、AIが、人間が気づかない視点で気付かせてくれることもあるとすると、人間が研究者になるために持つべき資質とは、どのように変化するのでしょうか」

 

杉山氏:AIをはじめツールを使いこなすスキルは必要です。ただし、クリエイティブになるためにはどうすればいいかは、永遠に答えが出ないと思います。私が学生の頃は図書館でひたすら論文を読んだり、分からない数学の記号があると、数学辞典で1日かけて探したりしていたわけですが、今はネットで一瞬で検索できるようになりました。ツールを使いこなして必要な情報をすぐ集めることは、非常に重要なスキルです」

 

石戸:「次の質問です。『映像処理や多用途向けのAIチップが開発されていますが、自然言語処理特化のAIチップが登場したとき、我々の教育や仕事はどう変わるのでしょうか』というものです」

 

杉山氏:「自然言語処理は現在、ものすごく大きなネットワークを使って推論しますが、便利なAIチップができて皆さんのスマホに入るレベルになってくると、インパクトは大きいです。どんな応用分野を開拓できるかは、産業界の方と我々研究者が議論して作っていければと思います」

 

石戸:ICTと同様に全ての人がAIを活用できるようになったときに、どのようなものが生まれてくるのか見てみたいです」

 

杉山氏:「その世界になるとAIの技術を知る必要はなく、現在のスマホのように、ツールとして使えるかどうかが重要になるかもしれません。今のAI教育は技術者を育成する方に向かっています。それも必要なのですが、誰でも使いこなせるようにすることも、非常に重要だと思います」

 

石戸:「次の質問です。『イヌ・ネコの分類であれば誤りにすぐ気づくことができますが、ある特定の子どもに必要な教育の選定に誤りがあった場合、どうするのでしょうか』というものです」

 

杉山氏:「例えば将棋や囲碁のトレーニングでは、次の一手の判断の良し悪しは何十手も打って勝敗が決まるまで評価できないところ、一手だけで近似的に評価してよい戦略をとっていこうとします。教育でも同様にフィードバックをシステムの更新に反映させていくことはできると思います。

 

教育は、『Delayed Rewards』と言われていて、対策をした結果が出るのは何年か後ですが、最初に誤った選択をしたとしても、その後に正しい選択をしていくことによって、最終的に成功に導くことができれば、平和な世界になると思います」

 

石戸:「短期的に成果が出やすいスキル的なものには活用しやすいが、長期的な視点が必要もしくは因果関係が特定しにくいものを教育に活用できるのは、先になる気がします」

 

杉山氏:「囲碁などの強化学習では『損して得取れ』の考え方を学びます。教育も次のテストでいい点を取るためではなく、地道に土台をつくり最終的にゴールに辿り着くことの重要性を推していくことが大切だと思います」

 

石戸:「続いての質問は人材育成についてです。『AIがすべての産業分野を支配しつつある状況で、日本が国家として以前のような競争力を取り戻すには、教育分野へのAI活用に強制的集中的に投資することが大事だと思いますが、いかがでしょうか』という質問です」

 

杉山氏:「まず、技術を持つ人が少ないのが現状です。戦略としては技術的に高みに上れる人を育てていくことが最初に必要だと思います。一方で技術の普及も速いのでAIを使える人材も幅広く教育していく、両面が必要だと思います。短期的に巻き返せる施策はないと思います」

 

石戸:「『人間の脳の表層にあるシステムは、今の機械学習が用いている理屈で実現できそうに思うのですが、脳の深層にある直感の働きの実現には、AIではどのような発想で試みているのでしょうか』という質問もきていますが」

 

杉山氏:「私の活動は主に数学やコンピュータの世界ですので、脳とは関係しません。もちろん脳の仕組みを多少学んで近似的に何かしてはいますが、脳の表層的なことです。深層部分の脳科学的な知見を活かす研究は、何十年もブレイクスルーがなく現在に至っています。

私が所属する東大の中でも、脳科学者とコンピュータの研究者が組んで新しい脳型の知能を作る努力はしていますが、突破口が見つかっていないのが現状です」

 

石戸:「次の質問です。『リテラシー層向けの教育で、AI活用できる人材を育成する教育が少ない話がありましたが、国内外問わず注目されている教育があれば、理由も含めて教えてください』というものです」

 

杉山氏:AIは、少数の天才が一気に新しい世界を作っていく分野で、皆でやって努力すればいいものではない気がします。英才教育的なものの必要性を感じますが、日本は『みんなが学びましょう』には動きますが、少人数の天才には投資しにくいです。

 

世界共通の問題ですので、日本に限らず世界の誰でもいいので、天才1人を育てて新しい概念で何かしてもらうと、全世界が幸せになると思います」

 

石戸:「どこかの研究者の方が、我々の生活レベルを一段上げてくれるような研究を進めてくれればそれでいい、という考え方もありますよね。その一方で国際競争力に関する質問もきています。『トップAI研究者の割合は、日本、アメリカ、中国でどのぐらいですか』というものです。日本の今のAI研究でいう国際的な立ち位置を知りたいのだと推測しますが、感触としていかがでしょうか」

 

杉山氏:「私が参加している機械学習の国際会議では、発表されている論文の3分の1から半分近くはアメリカからです。中国も高い割合で、ヨーロッパはドイツやフランスやイギリスは上位です。日本は23%ぐらいで、先進国で人口が多い割に少ないです。中国はコンピュータサイエンスの優秀なドクターの学生が世界に飛び立って国際的に活躍している状況ですし、日本が取り残されている感は強く感じています」

 

石戸:「先ほどリテラシー層の教育の話がありましたが、シンギュラリティの話が出て以降、保護者の方々からよく挙がるのは、自分の子供が大人になる頃にどんな仕事が残っているのか、それに向けてどんなことを学んでおけばいいのか、心配の気持ちからの質問です。研究者として、杉山先生からはどんな言葉をかけますか」

 

杉山氏:「『専門をなにか一つ』ではなく、二つ三つ持っておくと、一つがダメになっても他のものを活かせるかもしれませんし、二つの間ぐらいで新しい分野ができるかもしれません。一方で芸術やスポーツは、集中することで誰にも負けない専門性が育まれますので、リスクをとるか安全にいくか、教育戦略次第だと思います。一般論よりも親御さんがお子様をどう育てるかの方針に依存すると思います」

 

石戸:「正解はないと親自身が受け止めた上で、どう考えるかですね。最後に、杉山先生はどんな子供時代で、どうしてAI研究者になったのかお話しいただいてもよろしいですか」

 

杉山氏:「子供の頃はコンピュータゲームばかりやっていました。コンピュータが好きで、ゲームのプログラムが作れるようになると、すごいものを作ってみたいという気持ちが湧いてきました。そのうちゲームではなく知能が大事だと感じて、プログラミングは大学生になったら興味がなくなりました。プログラムの背後にある原理を理解できないと、指示どおりのプログラムを作るだけの人になってしまうと思い、大学院の頃はプログラミングを離れて数学をずっと勉強していました。今になって両方バランスよくやっています」

 

石戸:「常にこの裏を知りたい、原理を知りたいという探究心が強かったのですね」

 

杉山氏:「面白いことには常に興味があります。今日のこの会も、普段会えないようないろんな方と議論できて、刺激があって非常に面白いです」

 

石戸:「視聴者の方々は教育の分野を民間の企業寄りの立場で支えている方々が多いのですが、なにかみなさんに向けてメッセージやアドバイスがあればいただければと思います」

 

杉山氏:「教育は、まさに日本の将来を支える一番大切な分野の一つであり、我々研究者としても貢献していくことは大事だと思います。AI研究者で教育に興味を持っている人が少ないことは事実かもしれませんが、今日のことをきっかけに、研究者と企業の方々と手を取り合って将来をデザインしていくことができればと思います。引き続きよろしくお願いいたします」

 

最後は、石戸の「GIGAスクール構想も始まり、今まで以上に教育現場のデータがしっかり取れる環境が整いつつあります。このタイミングで研究者の方々と連携しながら、日本の教育のレベルをさらに上げていきたいです」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。

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