概要
超教育協会は2021年6月23日、教育テスト研究センター(CRET)理事長/ベネッセコーポレーション顧問の新井 健一氏を招いて、「アフターコロナの教育はどうあるべきか?」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、新井氏が、アフターコロナの社会で教育業界が直面する課題と、Society 5.0を見据えての教育のあるべき姿について講演し、後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答を実施した。その前半の模様を紹介する。
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「アフターコロナの教育はどうあるべきか?」
■日時:2021年6月23日(水)12時~12時55分
■講演:新井 健一氏
教育テスト研究センター(CRET)理事長
ベネッセコーポレーション顧問
■ファシリテーター:石戸 奈々子 超教育協会理事長
新井氏は、まず講演の冒頭に、「今回の講演は、顧問を務めるベネッセコーポレーションを含め、所属組織の意見や戦略とは関係ない、『個人的な見解』としてお聴きください」と説明。その後、30分の講演において、アフターコロナの教育における課題について、具体的な項目を挙げて説明した。主な講演内容は以下のとおり。
【新井氏】
アフターコロナの社会はどうなるのでしょうか。一時は「いつになるのか」と思われていた「アフターコロナの時代」ですが、ワクチン接種が急速に進んだことで、2022年にはコロナ禍以前の日常が戻り、そこにプラスして新しい技術による変化が起こることが期待されます。
例えば、移動・行動の制限、新技術の活用などで浸透したテレワーク環境は、在宅勤務という概念から、時間と場所の制約から解放された「よりアクティブに仕事ができる環境」へと変わっていき、イノベーションにつながることが期待されます。
一方、そうした中で広がった格差の是正や、税・社会保障・富の分配の見直しも必須です。アフターコロナの社会を支えるベースとなるのは、Society 5.0にある「人間中心」や、SDGsにある「誰一人取り残さない」といった考え方です。
アフターコロナの教育のあるべき姿について、3つの側面から考えてみました。まずは、学習指導要領の目標達成という視点です。コロナのafter・before・withを問わず、教育のペースとなるのは学習指導要領です。目標として掲げている「何ができるようになるか」の達成や、この1年間の遅れをどう取り戻していけるかが重要なテーマになります。
2つめは、国際的な比較調査で明らかになった日本の教育が持つ課題です。これにはGIGAスクール構想に見られるような「ポストギガ」を見据えたデジタル化の遅れの課題や、学習意欲の向上、子どもの貧困対策などがあります。これらの課題を解消するために、教育はどうあるべきなのかを考えなくてはなりません。
3つめはその先、Society 5.0や今後、想定される6.0へ向けてどういう学びが必要かという視点です。具体的には学びのSTEM化、経済教育の導入、起業家精神の育成、リカレント教育の充実などが考えられます。
▲ スライド1・アフターコロナの教育の「あるべき姿」
ポストギガ時代を見据えて 環境整備からデジタル活用へと舵を切る
「ポストギガ」を見据えたデジタル化について考えると、「2020年はデジタル元年」と言われていますが、超教育協会の前身であるDiTT(デジタル教科書教材協議会)では2010年頃に既に「デジタル元年」という言葉を使っていました。つまり、10年余を経てもまだ「デジタル元年」なのです。OECDの調査では、いまだに日本のICT活用状況は世界最低レベルです。デジタル化は急務なのですが、学校が通常授業に戻って諸行事も再開されていくと「オンラインを今後も続けるか」という議論が出てくるでしょうし、5年ほど経てば機器のリプレースも課題になってきます。それまでに「体験的な学び」や「個に応じた学び」等にデジタルの利活用を組み込んで定着させないと、10年後にまた「デジタル元年」となりかねない危惧はあります。
そこで今、「ブレンデッドラーニング」や「ハイブリッドラーニング」が提唱されていますが、どちらの言葉も、意味するところは「ICTと様々な学習方法を組み合わせて効果的にしていく」ということですので、言葉の問題よりも実践が大事です。ICTを「学びのツール」として、持続的に活用することが求められています。
そのために重要なのが「デジタル教科書」と「教育データの利活用」で、いずれも現在、文部科学省内に委員会が設置されており、今年度末にはレポートが出る見込みです。デジタル教科書は、デジタル教材と連動しての使い方がポイントになりますし、教育データの利活用は、「何のために・どのようなデータを・誰が・どこに・どのように保存し・どのように活用するのか」など多くの検討課題があります。もし長期的に利用するのであれば、IDをどうするのかについても考えなければなりません。そして、これらの課題には、ここにデジタル庁がどう関わってくるのかが注目されます。
端末のリプレースについては、支給・BYOD・BYADかの判断は、財政状況を踏まえた自治体の判断に委ねられるでしょう。ただ、最低ベースとして、ネットワークと学校内におけるヘルプデスク機能は確保されなければなりません。いずれにしても、デジタルの活用については授業改善という視点のみならず、長期的な教育政策の視点からバックキャストした考えが必要です。
特に、データを管理活用するシステムが適切に設計されていることが、先々を考えると非常に重要です。中でも教育クラウドに関する議論は、これまで「出ては消え」が繰り返されてきましたが、ポストギガ時代を見据えて、理論から実装へ、そして環境整備から活用へと舵を切る時期が来ています。
▲ スライド2・ポストギガにおけるデジタル化の課題
Society 5.0や6.0の社会で教育に求められることは?
Society 5.0や6.0の社会で、どういう学びが必要かという視点で考えたとき、重要となるのは「学びのSTEM化」です。日本の「学習指導要領の目標」と「STEM・STEAM教育の目標」は、「何ができるようになるか」という観点でほとんどイコールですので、「学びのSTEM化」は学習指導要領の目標達成にとても有効です。世界的な活動に目を向けると、SDGsの課題をSTEM教育に絡めていくことで課題解決の学びを実現できるという点もあります。STEM教育には、環境教育を絡めたeSTEM(environment STEM)という取り組みがあり、SDGsの課題を取り入れた学びが行われています。また、「学びのSTEM化」は、文・理の垣根を超えた課題解決の学びとして様々な実践が行われていて、STEM教育発祥のアメリカでは、「2018年からの米国STEM教育戦略5カ年計画」で、「全てのアメリカ人が質の高いSTEM教育にアクセスできるようにする」と謳われています。こうしたSTEM教育を重視した取り組みは、現在、世界の多くの国々で行われています。
4年前に設立され、石戸様にも当初から参画いただいている「日本STEM教育学会」では、「STEM教育を日本の教育の中にどう位置づけるか」をテーマとして活動を積極的に推進しています。
▲ スライド3・学びのSTEM化とSDGs・Society 5.0
また、Society 5.0や6.0の社会で、どういう学びが必要かという視点では、「経済教育」の体系的な導入も大切であると思います。経済・金融・税・社会保障などを体系的に学び、経済社会で生きていく基礎を学ぶ必要があると思うのです。この経済教育とSTEM教育を絡めて「もう一つのeSTEM教育(economy STEM)」と呼んでもよいのではないかと思います。
OECDでは、2012年にPISA(生徒の学習調達度調査)で15歳を対象としたファイナンシャルリテラシーのアセスメントをしています。これは、money and transaction、planning and managing finances、risk and reward、financial landscapeという4つの観点で調査を行ってもので、日本は不参加でしたのでデータはありませんが、世界的にもこのような取り組みが行われています。
一方、学習指導要領では、高校で預貯金・民間保険・株式・債券・投資信託など金融商品のメリット・デメリットを教えて資産形成を考える授業が行われています。ただ、「家庭科」授業の一環なので内容的には「家計」のスタンスが強いため、より体系的で、「経済社会」の在り方を考えることも含めた経済教育の機会が提供されるべきです。
さらに、これからの社会では、「アントレプレナーシップ」の育成も教育における重要な課題となります。よく「起業家精神」と訳されますが、起業家精神は「コンピテンス」の訳と捉えるべきで、今後は、変化する社会に主体的に関わり、新たな価値を生む起業家精神(コンピテンス)を学ぶことの重要性が高まると思います。
EUでは、2006年に定めた8つのキーコンピテンシーの中に、すでに「起業家精神」が含まれていました。この起業家精神はさらに、15の資質・能力に細分化されており、EUではこういったものを組み込む形で授業が設計されています。
▲ スライド4・アントレプレナーシップの育成も重要
「リカレント教育」も今後、重要性が高まっていくと考えられます。これからは社会の変化に応じたスキルアップの重要性が高まり、社会人向けのリカレント教育の機会充実がますます求められます。
OECDの調査では、日本は社会人が高等教育(大学)で学ぶ比率が最下位レベルです。理由の一つとして時間と費用の負担が挙げられ、「企業内」ではリカレント教育が行われていますが、労働力の流動性を考えれば生涯を通じて学ぶ機会は、「企業外」でも増やしていくことが急務です。現在でも、通信制講座、MOOC(大規模公開オンライン講座)、放送大学といったものがありますが、ここに大学がもっと参画して機会を増やしていく必要があります。
リカレント教育の実施には、図書館や博物館といった社会教育施設の活用も考えられますが、もう一つ、日本独自の施設として「公民館」があります。公民館は、全国に大手コンビニチェーンほどの数がある割に、多くの方々にとっては選挙時以外はあまり縁のない存在だと思いますが、実は充実した設備を備えたところが数多くあります。こういう公民館をサテライト授業の場にして、地域の学びやビジネス、コミュニティの拠点に活用することが考えられます。
ワークスタイルの変化で、住宅地でリモートワークを行うケースが増えていますので、公民館をそういう人たちの身近な施設として開放できれば、利用機会も大きく増えるでしょう。ただ、より普及させるには、利用者側には「時間」と「費用」、提供者側には「縦割り」という課題があります。特に後者については、施設の管轄権などの制度や、従来からの慣習の打破に困難が予想されますが、そこを改革できれば新たな運営も可能だと考えられます。
▲ スライド5・リカレント教育の機会を増やす必要性
アフターコロナ時代の教育のあるべき姿を「SEGs」として取り組む
最後に、アフターコロナ時代の教育のあるべき姿について説明します。アフターコロナの教育が目指すべきこと、つまり「目標」を「SEGs」(Sustainable Educational Goals for well-being)という仮称でまとめてみました。
これまで述べてこなかった中で重要な目標は、「学習意欲の向上」です。OECDなどにおける国際比較では、日本の子供の学習意欲は平均以下が続いています。学習意欲を国際比較することに疑問がないわけではありませんが、現実問題として学習意欲のスコアは、多少の向上はみられるものの非常に低い状況です。
「子どもの貧困をなくす」という目標も大切です。日本は相対的な子どもの貧困率が非常に高く、やや改善が進められてはいるものの、子どもの学びを支え、学習指導要領の目標を達成するためにはさらなるフォローが必要です。
「学びのSTEM化」、「経済教育の体系的導入」、「起業家精神の育成」、「リカレント教育の充実」は、Society 5.0社会に備えた学びを実現するために必要です、同時にそれらを支える教員の養成、研修、制度改革などの推進も重要です。そして、これらの目標が全体的に「well-being」につながるようにしていかなくてはなりません。
▲ スライド6・アフターコロナの教育アジェンダ
これらの目標は、1つひとつが独立しているわけではありません。例えば「子どもの貧困をなくす」取り組みをする団体、金融教育など経済教育を進める団体、起業家精神を培う団体、それぞれが連携して新しい動きになり、さらにそれをSTEM的に解決する流れがあってもいいのです。
こういった流れは、制度をどうこう議論するよりも、まず民間主導で動いていくことが重要です。この「SEGs」を参考にしていただき、これからの教育に取り組んでいくことが大切と考えています。
>> 後半へ続く