概要
超教育協会は2021年6月9日、信州大学名誉教授/一般社団法人教育情報化推進機構理事長の東原 義訓氏を招いて、「学習者用デジタル教科書・教材の現状と未来の姿」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、東原氏が、デジタル教科書が実現するまでの流れと今後の課題について講演し、後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答を実施した。その後半の模様を紹介する。
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「学習者用デジタル教科書・教材の現状と未来の姿」
■日時:2021年6月9日(水)12時~12時55分
■講演:東原 義訓氏
信州大学名誉教授 / (一社)教育情報化推進機構理事長
■ファシリテーター:石戸 奈々子 超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、ファシリテーターの石戸 奈々子が参加者からの質問を紹介し、東原氏が回答するかたちで質疑応答が実施された。
デジタル教科書の使われ方、フォーマットの統一
教員の役割など広範囲の質問が相次ぐ
石戸:「『教員の存在意義がなくなる気がします』という感想が寄せられています。私は教員の存在意義はむしろ高まっていくと考えていますが、一方で教員がこれから何を学び、どう授業に生かしていくかについては、大きな変化の時を迎えて関心も高く、他にも今後の教員に求められる資質・能力に関する質問がきています。どうお考えですか」
東原氏:「中学生や高校生に将来について聞くと、『説明するのが好きなので先生になりたい』と答える子供がいるように、子供たちは『先生=説明する人』というイメージを持っています。
しかし、先生の仕事は決して説明するだけではありません。特にデジタル世界は、非常に多くの事象と接することができるだけに、その中で迷子になってしまう子供も出てきます。そういう時、データの適切な活用方法をアドバイスしたり、人と人との関係をうまく作り出したり、自分の生き様みたいなものを見せたりして導いていけるのは先生です。デジタル空間では得られない『人間の成長にとって必要なこと』が求められるという意味では、むしろこれからの先生のほうが役割は重要で、より良い人間、より良い教師でなければ務まらない気がします」
石戸:「次は、『誘導発見型の教材の話がありましたが、理解できていないところを発見し、必要な問題を出題する仕組みは民間の教材に既に数多くあります。デジタル教科書と民間の副教材との連携の話もありましたが、教科書会社ではない民間の教材が、教科書に組み込まれることは将来的にありえるのでしょうか』という質問です」
東原氏:「教科書会社と、教科書を発行していない教材会社の双方が非常に良いものを持っています。現在のデジタル教科書では直接リンクしていない両者の連携がどんどん進んでいくことに期待していますし、講演でもそのサンプルを紹介したところです。ご存知の既存の教材はと次元の異なるものと認識しています」
石戸:「学習指導要領コードに関して、『文部科学省から提示される学習指導要領コートは粒度が粗く、そのままでは使いにくい、あるいは使えないという話があります。東原先生が研究された、『学習指導要領コードのような独自コード』とはどのようなものなのか、詳細を教えてください』という質問と、『学習指導要領コードは、今後、デジタル教科書とデジタル教材をつなぐキーになると思いますが、そのために必ず盛り込まなければならない機能などはありますか』という質問です」
東原:「ここで話すには時間が足りませんが、まず、学習指導要領コードは『内容に付せられる』コードです。言い換えると『知識』に関連付けられるものであり、学習によって身につける『能力』ではありません。この、能力との関連を示す情報は、教科書の中に埋め込むというよりも、先生がその内容を素材にしながら、どのような能力を子供たちに指導していくかという観点で活用する狙いがあり、そのために独自にコード化し、知識に関連するコードと組み合わせる必要があると考えています。
また、粒度が『粗い』という問題は、一つの解決策として、講演中のスライド3のように教科書の紙面を『領域1・2・3』のように『粗くない』レベルの領域に区分して記述する仕組みを作り、そことつなぐことで多少改善されると思います。ただ、その時にはコードだけで繋がるということにはならず、コードにもう一つ何かを付加することが必要となりますが、このことは検討課題として第一次報告にも入っています」
▲ スライド3・デジタル教科書とデジタル教材の
連携の仕組み
石戸:「デジタル教科書のフォーマットの統一に関して、『デジタル教科書のプラットフォームがバラバラで教科書会社ごとにインストール方法が変わります。今後統一されていくことになるのでしょうか』といった質問です。また、それに付随して、『教科書と教材の密接な連携が検討される際、一部の会社だけが仕様の策定に関わることで、創意工夫や独自性が発揮されにくくなる可能性は検討課題になるのでしょうか』という質問です。見解をお聞かせください」
東原氏:「国の見解は私には分かりませんので、今後のワーキンググループでの検討を注視していただきたく思います。
私はデジタル教科書に関するさまざまな仕事に携わる中で、ある時期、標準化に関する試験研究をやっていました。その時の経験でいえば、技術の進歩が非常に速い世界では、あまり形を決め過ぎると進歩が止まってしまいます。そこに折り合いをつけ、新しいものも柔軟に組み込んでいける仕組みや、変更を決めたときのメンテナンス手順、見直して修正していく組織の必要性など、さまざまな課題をワーキンググループでどれだけ整理できるかがポイントだと考えます。子供のことを考えれば、各社で歩み寄って統一できる基本的なところは必ず見つかるものと期待しています」
石戸:「「各教科書会社でビューワーが異なる点、資本力やリソースにも差がある点、紐付ける教材が必ずしも教科書会社が作成したものではない点などを考慮すると、変化の時代とはいえ、例えば『国主導の共通ビューワー』を設計し、教材への紐付けも国主導で行ったほうが本来の教科書のクオリティを担保できるのではないでしょうか」という意見が夜寄せられています。どこが主導するのかという議論は一つの大きな論点だと思いますがいかがでしょうか」
東原氏:「日本の民間企業は素晴らしいものをお持ちですから、仮に国が主導するにしても結局は企業の力を借りてやっていくことになります。多くの分野で国は、委員会制度にする、業界を代表する会社に参加してもらう、ヒアリングを実施する、パブリックコメントを求める、といった方法を採っていますので、この分野でもそういうことになるでしょう。基本的な部分を民間企業の知恵を生かしつつ国で定めたり、提供したりし、他の部分は民間の競争原理で工夫・発展させていくということです。場合によっては『デジタル教科書協議会』というような新組織を教科書/教材関係の方々に設立していただき、そこで研究と進歩を重ねていくスタイルが良いと個人的には思います」
石戸:「次はデータ活用に関して、『デジタル教科書のコード化やそこに蓄積された学習履歴の活用などでより個別最適化が進む一方、教育データの活用を公的機関にとどめるのか、民間にも開放するのかといった議論もあります。デジタル教科書を通した教育データの活用について、先生ご自身のご意見を伺えればと思います』という質問です」
東原氏:「データの活用に関しては、大きく二つの課題があると考えています。一つは、現在、先生方の身近にあるデータも実は使うための仕組みが整っておらず、使っていく経験や実践も足りないことです。ビッグデータやAIに頼らずとも、より身近にあるデータの活用を促進することが重要だと考えます。
もう一つは、データは誰のものかと言うことです。もちろん、第一義的には先生や子供たちのもので、個人情報は尊重されなければなりませんが、教材の進歩のためには、利用現場から制作現場へのフィードバックも非常に重要です。子供たちの情報が企業側に握られてはいけませんが、そちらへ全くフィードバックせず教育界だけで閉じてしまうのは、もったいないどころか良い教材の登場を阻害する要因にもなります。
この境界部分の整理はまだまだこれからの検討課題で、現段階では『自分のため』とか『教育のため』あるいは『公のレベル』での使い方に限定するかたちにまとまっていますが、もう少し基準や手順を明確化して問題が起こらないようにした上で企業へフィードバックする方式を考えないと、いつまでたっても教材の改善などより良い方向に進めません。方法論としては、一般の教材ではなく試験研究的にやるとか、プロジェクト研究に限ってデータを提供するとか、いくつか考えられると思います。
私が懸念するのは、データがとんでもない使われ方をするという懸念が広がってデータ活用の動きが縮小してしまうことと、その一方で、データ管理がルーズになって子供たちが被害を受けてしまうことです。この両方を踏まえ、慎重かつしっかり使える形にしていく舵取りは非常に難しいと思います。
これまで『教育上のデータはこのように使いましょう』ということをほとんど誰もやってこなかったわけですから、第一歩として大切なのは、先生方に『身近なデータをうまく使うことでより良い教育ができる』ことを体験してもらうことで、今はむしろそちらを訴えたいところです」
石戸:「最後に3つの質問にお答えをお願いします。まず、教科書会社に勤める方からで、『学習指導要領コードとありましたが、指導要領を超えた内容、発展的内容に生徒たちの思考が進行した場合、どのような対応が考えられますか。そこの部分こそが大事ではないでしょうか』というものです。次は、私も聞きたいのですが、『デジタル教科書の有益性はよくわかりましたが、なぜメディアはいつまでも批判的・否定的な論調なのでしょうか』という質問です。最後に、これも私が聞きたいところですが、講演の最後に説明された『今後、教科書の在り方自体を再考すべき、ということに関して、具体的にどのようなアイデアをお持ちか教えてください』という質問です。いかがでしょうか」
東原氏:「どれも難しいですね。最初のご質問は、先ほどの学習指導要領コードに関するご質問のときに、コードは『内容』に振ったものであり、育てるべき『能力』には別の次元のコードが必要とお答えしたことに尽きると思います。
2つめは、今は公共放送や本シンポジウムのようなものも含めてさまざまなメディアがあり、私たちも機会があればそういうところで自分たちの考えや活動実績などをお伝えしています。マスメディアの仕事は国など大きな体制の動きに対して、常に、批判的な視点を示すことも責任範囲でしょうから、自ずと批判的・否定的な論調になるものだと思っています。また、それを警鐘ととらえて、より良い方向を模索できればとも思います。視聴者の方には、そうした多くの情報の中からある程度ご自身で判断していただく、そういうものだと思っています。
3つめの質問については『教育の方法』のようなものを教科書の中に一部入れるかどうかが、ひとつの視点だと思います。前回の学習指導要領改訂の時も、それまであまり重視されてこなかった『学び方』を学習指導要領に含めるのか議論され、結果として十分とは言えないまでも総則にある程度反映されました。
一方、教科書にも学び方を多少反映するかどうかに関しては、育成する能力にもよりますが、学習活動にどういった内容を含めるかという観点で工夫がかなり進んでいます。したがって、現在の教科書が、講演の最後に私が申し上げたようなことを全く満たしていないということではありません。
私も教科書の一著者として、教科書の編集会議で普段から話題にしていて分かっていないわけではありませんが、中央教育審議会でも『基礎的・基本的』という定義を一度外して議論したらどうかと考えている程度で、『具体的にどうする』という前の『議論しませんか』という提案をしている段階です」
最後は、石戸の「教育DXに向けて学習指導要領や教科書の今後のあり方については、もう一度、一から検討してもいいタイミングではないかと私も思います」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。