概要
超教育協会は2021年6月9日、信州大学名誉教授/一般社団法人教育情報化推進機構理事長の東原 義訓氏を招いて、「学習者用デジタル教科書・教材の現状と未来の姿」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、東原氏が、デジタル教科書が実現するまでの流れと今後の課題について講演し、後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答を実施した。その前半の模様を紹介する。
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「学習者用デジタル教科書・教材の現状と未来の姿」
■日時:2021年6月9日(水)12時~12時55分
■講演:東原 義訓氏
信州大学名誉教授 / (一社)教育情報化推進機構理事長
■ファシリテーター:石戸 奈々子 超教育協会理事長
東原氏は、約30分間の講演において、教科書のデジタル化の流れと、デジタル教科書と教材の連携について説明した。主な講演内容は以下のとおり。
デジタル教科書を巡る動きでは現在、2024年(令和6年)の教科書改訂時のデジタル教科書本格導入を目指し、制度化が進められています。2020年には「デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議」が設置されました。その会議により「第一次報告」が公表され、今後、技術的な課題を検討するワーキンググループが発足する予定です。
第一次報告では、デジタル教科書の制度化について2つの課題が示されました。まずは技術的な課題で、今後、実証研究などの成果も踏まえつつ、ワーキンググループで解決に向けた取り組みについて検討していきます。具体的には「デジタル教科書が標準的に備えることが望ましい最低限の機能や操作性等」、「デジタル教科書の供給をクラウド配信により行なう場合、一時的にオフラインでも使用できるようにするための仕組み」、「過年度のデジタル教科書を使用できるようにするための方策」などを検討します。
もう一つの課題は、「デジタル教科書や教材の連携」に関することです。「学習eポータル」など文部科学省や他の事業者などのシステムとの連携に関しては、学修履歴の記録や保存場所、学習指導要領コードの付与などの課題があります。他の分野の状況を踏まえて、次の検討会議などで引き続き議論されることになります。
▲ スライド1・第一次報告で残された検討課題
重要なのはデジタル教科書とデジタル教材/ツールとの連携
「デジタル教科書とデジタル教材・ツールとの連携」についても重要なテーマです。デジタル教科書は、デジタル教材や関連するツールとうまく連携させて初めて、子供たちに良い学びの環境を提供できる仕組みです。そこで、私たちの研究グループもこのテーマに取り組んできました。ここからは、自分たちの研究成果をご紹介させていただきます。2016年に開発されたのが「Study X」という仕組みです。
▲ スライド2・デジタル教科書とデジタル教材を
連携した「Study X」
デジタル教科書の活用では、デジタル教科書と「それ以外のもの」をいかにうまくつないでいくかが非常に重要です。連携するためには、両者の扱う内容を関連付けるための仕組みが必要となります。文部科学省により最近定義された「学習指導要領コード」がこの役割を果たすことになります。この学習指導要領コードをもとに、デジタル教科書と他のデジタル教科書、デジタル系ツール、副教材としてのデジタル教材、NHK for Schoolのような一般Webサイトなどをつなぎます。学習指導要領コードを「仲介役」として活用するには、コードをデジタル教科書等に埋め込んでおく必要があります。
▲ スライド3・デジタル教科書とデジタル教材の
連携の仕組み
学習指導要領コードでデジタル教科書と他のデジタル教材などをつなぐ場合、実際には一つの学習指導要領コードが複数のデジタル教科書のページに渡るケースは多く、そのままではデジタル教科書からデジタル教材への最適なリンクは保証できません。もう少し「仕掛け」が必要です。
具体的には、デジタル教科書のページ内を複数領域に区分けし、各領域をクリックするとサブメニューがポップアップ表示される仕組みです。ここで「資料を見る」「ビデオを見る」「関連するデジタルノートを開く」などの学習活動を選ぶと、その領域に付与されていた学習指導要領コードを使って、様々なコンテンツやツールをつなぐURLデータベースをもとに、他のデジタル教科書やデジタル教材の関連する領域が示され、そこから選択します。
▲ スライド4・デジタル教科書とデジタル教材を
連携した活用イメージ
もう一つ、学習指導要領コードを使わずに、デジタル教科書そのものに他のデジタル教材などをリンクしてしまう考え方もあります。
▲ スライド5・デジタル教科書とデジタル教材の
「より最適な連携」
デジタル教科書から他のデジタル教材にどうリンクさせるか
デジタル教科書から他のデジタル教科書やデジタル教材への連携では、「文部科学省研究開発学校」でも約2年前から「個別最適化」をテーマに取り組んでいます。具体的には、デジタル教科書のページに紫色の「旗」を立て、児童たちに「旗の○番を選んで」と指示して副教材を開かせる仕組みの実践研究です。
▲ スライド6・教科書の「旗」を選ぶと
デジタル教材へリンクする
例えば、児童たちの理解度を測る「診断問題」へのリンクがあります。「診断問題」は、正確に速く問題を解けるように反復練習する「習熟用ドリル」ではありません。画面に問題が出てくるという意味でドリルに似ていますが、児童が理解できているかどうかを判断する内容です。医療で検査を行い問題が見つかればそれに対処した処方箋を出すのと同様、正解すれば教科書に戻り、間違えれば間違え方に応じた学習を補うシステムで、「診断」と「補充」です。
▲ スライド7・ドリルとは異なる
「診断問題」「誘導発見型問題」「たしかめ問題」
このコースの場合、間違えた場合に進む「補充コース」には、35の補充画面と15の問題が用意されており、回答状況によって必要な画面が選択されて表示されて進行します。最後に診断問題と同レベルの「たしかめ問題」が出題され、それを正しく解ければ教科書へ戻ります。このような、デジタル教科書とデジタル教材が連動する仕組みについて現在、実証が行われています。
補充コースでは、いわゆる「スモールステップ」の問題が連続して出題されます。これらは、説明してわからせようとするのではなく、児童たち自身に気付かせる「誘導発見型」の質問として構成されています。
児童が補充問題に取り組んでいる間、先生はタブレットを持って教室を回ります。タブレットでは、正解にたどり着いていない児童を「?」マークで知ることができます。さらに、この「?」をタップするとその児童が解いている問題が表示され、何秒かかってどういう答えを出したのかまで分かる仕組みです。
▲ スライド8・先生は児童が1回目にどのように間違え、
2回目で正解できたことを知ることができる
クラス全体の状況についても、全体の正答率に加え、「94.2と答えた児童が19番と21番」などと児童ごとの誤答パターンが表示できますので、先生は誰がどう間違えたのかを知った上で、その児童を観察して、直接児童に声をかけることができます。
文部科学省の研究開発学校でのデジタル教科書の実践授業
この仕組みを、研究開発学校の授業で実践しています。ある段階で児童に「旗」を選ばせて診断問題に進ませた結果をご紹介します。
▲ スライド9・そこまでの授業内容を
理解できていない児童を知ることができる
青い枠で囲んだ「診断問題 2.6×37」の列をみると、「○」が付いている5人は正解して次の旗に進み、「?」が付いている4人は正解できずに補充コースに進んだことがわかります。補充コースの最後、赤い枠で囲んだ「確認テスト」の列を見ると、「?」だった児童のうち、2人は2回間違えた後に正解し、1人はまだ到達しておらず、1人は1回目に間違えて2回目に正解したなど、児童ごとの細かい結果がわかりました。
さらに、先生用画面では、「診断」から「確認テスト」に至る途中経過も詳細に表示できます。通常の授業では、概ね全員が理解しているだろうという前提で授業は進行していきますが、実際には理解できていない児童もいることは明確で、「スモールステップによる誘導発見型教材」によって、そうした児童たちが「救われた」ことが明らかになりました。
デジタル教材が面倒をみてくれることにより、先生は通常の授業では対処できない「数人の児童」にも「つきっきり」で指導できる余裕が生まれます。
授業の流れを大雑把にまとめると、最初の20分間で教えたことが正しく理解されているのか診断を行い、必要なら直ちに補充コースに進み、45分間の授業が終わるまでには全員が理解できるようになります。これは、デジタル教科書とデジタル教材がうまく組み合わされた結果です。
▲ スライド10・つまずいていた児童が補充コースで
救われたか否かも「見える化」できる
こうした「診断・補充コース」を実践した授業について、「時間がかかり過ぎてできない」という意見も聞かれます。そこで実際に間違えた児童が、補充コースを受けている時間をグラフ化してみました。
▲ スライド11・診断・補充コースは
45分の授業中に実施可能
授業の進め方は先生によって異なりますが、例えば算数の授業の場合、問題が解けた児童がノートを持って先生の前に順番に並ぶというようにすると、待っている間に結構時間がかかります。それとほぼ同等の時間で、児童たちは「診断」を受け、「補充コース」で学習し、正解できるようになります。つまり「学んだ事を授業時間内に診断し、補充コースで学ぶことで目標を達成できる」ようになるのです。
▲ スライド12・「ドリル」ではない
「診断・補充」で目標を達成
個別最適な学びのためのデジタル教材の開発は、2005年頃からやってきましたが、2021年度にモジュール化されたデジタル教材とデジタル教科書の連携による本格運用が始まります。すでに研究開発学校で実施されていますが、全国規模で実施できるように拡大する予定です。
GIGAスクール構想で「1人1台」の環境が整備され、デジタル教科書とデジタル教材の連携によって、本当の意味での「個別最適な学び」が実現することになりました。まだ基礎・基本の部分だけですが、ようやく「当初、狙っていたところ」にたどり着けそうです。
▲ スライド13・デジタル教科書とデジタル教材が
実現する「個別最適な学び」
デジタル教科書からデジタル教材へのシームレスなリンク構造の実現と、その仕組みを活用した試行と実践で、さまざまな効果も見えてきました。今後は規模を拡大するとともに、多くの企業などの協力も得ながら、より効果を高めていく段階になります。
▲ スライド14・試行から見えてきたさまざまな効果
教科書のあり方自体も見直しが必要
教科書は、1983年(昭和58年)の中央教育審議会の答申で「基礎的・基本的な教育内容の履修を保障するもの」とされました。その「教科書のあり方」について、再考する時期と私は考えています。なぜなら、「正解が一律に決まらない」これからの時代を生きる子供たちにとっては、学習指導要領にもある「主体的・対話的で深い学び」や「思考力・判断力・表現力」などのためにも教科書がもっと役立って欲しいからです。基礎的・基本的な内容の保障を越えて、深い学びをも保障する教科書であって欲しいからです。本来のデジタル教科書こそがそれに応えられるものになるのではないかと期待しています。デジタルトランスフォーメーション(DX)の時代にふさわしい教科書の役割や性格を考え直すべき時ではないでしょうか。
>> 後半へ続く