概要
超教育協会は2021年6月2日、岐阜市教育長の水川 和彦氏を招いて、「『学校らしくない学校』目指す-岐阜市立草潤中学校の挑戦-」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
前半では、水川氏が今年4月に開校した公立の不登校特例校である岐阜市立草潤中学校の開校までの経緯と一般的な学校との相違点、開校後の生徒の様子、草潤中学校への期待を紹介。後半は、草潤中学校 校長の井上 博詞氏も加わり、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「『学校らしくない学校』目指す–岐阜市立草潤中学校の挑戦–」
■日時:2021年6月2日(水)12時~12時55分
■講演:水川 和彦氏 岐阜市教育長
■ファシリテーター:石戸 奈々子 超教育協会理事長
水川氏は約35分間の講演の中で、「設立経緯」、「開校までの準備」、「コンセプト」、「開校後の様子」、草潤中学校がもたらす「教育改革への期待」を説明した。
【水川氏】
日本の小中学校では、いわゆる「六三制」の枠組みの中で、「学校が目指す目標を具現化するため」の教育が実践されてきました。その枠組みの中では、学びの主体は子供であるにもかかわらず、その子供がどんな思いでどう成長していくのかが見えにくいという指摘があります。岐阜市立草潤中学校は、こうした「通常の学校とは真逆のシステムで学校を作ってみよう」という思いで設立されました。「ありのままの君を受け入れる学校」、不登校の子供たちが「学ぶことは楽しいと思える学校」をどう作るか、それが、草潤中学校の挑戦です。草潤の校名は中国の儒学者、荀子(じゅんし)の言葉に由来し、「内に素晴らしいものがあれば、いつかは外にあらわれる」という意味を持ちます。
▲ スライド1・岐阜市立草潤中学校は「学校らしくない学校」を目指す
解決されない「不登校問題」を背景に 岐阜市に「学校らしくない学校」を設立
草潤中学校が設立された背景には、全国的な不登校の問題がありました。不登校生の生徒数では、岐阜県は全国平均よりやや多く、岐阜市は岐阜県よりもさらに多い状況でした。平成29年に「教育機会確保法」が施行されたことを契機に、安心して教育を受けられる学校環境の整備、そして、個々の学習実態に応じた必要な支援について、「特例の学校を作って保障していこう」という機運が高まりました。また、岐阜市に統廃合で使われなくなった旧徹明小学校が残されており、その活用方法が検討されていました。
「教育機会確保法の施行」と「旧徹明小学校の活用方法の検討」という2つが重なり、全く新しい学校を作る動きが本格化。平成30年度末に不登校特例校の基本方針案を作成。令和3年4月に開校に至りました。
具体的な開校に向けた準備行程では、令和元年度に文科省への申請、基本方針の作成に取り組み、岐阜市総合教育会議にもかけて方向性をまとめました。令和2年度に特例校設置準備室を設置し、開校に向けた準備を本格化しました。
準備の行程では、準備アドバイザーとして、大学教授、医師、岐阜県の私立の不登校特例校である西濃学園、フリースクール、通信制高校などの関係者から、さまざまな支援と協力がありました。そして、ハード面の整備をできるだけ手作業で進め、令和2年9月以降に学校説明会への参加者の募集を始めました。10月、12月と2回学校説明会を行い、1月には学校見学会をして、転入学する生徒40名を決めました。
▲ スライド2・不登校特例校開校に向けた準備
草潤中学校のコンセプトは、「学校らしくない学校」です。コンセプト立案にあたっては、不登校を経験した生徒の「生の声」を集めて検討しました。「学習は先生がペースを握っている」、「休み時間が休める時間ではなかった」、「担任の先生を決めるのは学校」、「毎日登校するのが善である」といった声が多くあり、それらを「真逆」にして、「学校らしくない学校」を作ろうと決めました。
▲ スライド3・不登校を経験した
生徒の「生の声」を参考にコンセプトを決めた
不登校を経験した生徒の生の声を元にそれぞれの状況に合った個別の学びのスタイルを相談して決定
草潤中学校と一般的な学校との違いは、登校時間、時間割、担任の先生、規則を学校ではなく「生徒が決める」ところにあります。規則は、必要に応じて生徒たちで作ります。一人ひとりが学校に合わせるのではなく、学校が生徒に合わせる、通常の学校のシステムの「真逆のシステムの学校」にしました。「ありのままの君を 受け入れる新たな形」の学校です。
▲ スライド4・通常の学校のシステムとは、すべて真逆のスタイル
草潤中学校では、生徒が選べるように一人ひとりに合わせた学びのスタイルを用意しています。「家庭での学習を基本とするコース」では、生徒たちは「自分たちが決めた」内容に沿って家庭学習をします。登校しなかった日は、放課後に先生とオンラインでつなぎ、2週間に1度の割合で学習相談のために登校します。
▲ スライド5・家庭での学習を基本とし、
オンライン授業にも参加、登校は2週間に1回程度も可
「家庭学習、週数日登校するコース」では、例えば火曜日と木曜日に登校し、残りの日は家庭学習です。
▲ スライド6・週2回登校して教室等で学び、
あとは家庭学習 + オンライン授業
「毎日登校するコース」もありますが、通常の中学校の時間割と比較すると、授業時数が少ないのが特徴です。
▲ スライド7・毎日登校し教室等で授業を受けることもできるし、
時間割にはゆとりがある
このような形で教育課程を編成することで、生徒たちを「本当に幸せにする学校」を目指しています。学校という枠組みの中に子供を入れて、学校の方針に沿って育てるという考え方ではなく、生徒が自分から積極的に学ぼうとすること、学びは楽しいという思いを継続できること、生徒の心身の安定を第一に考え、生徒が新たな自分のよさや可能性を見出し、将来像やライフプランを描けるようにする、それが草潤中学校の教育方針です。
▲ スライド8・生徒の心身の安定を最重要視する教育方針
草潤中学校が教育課程の編成で重視した4つのキーワード
草潤中学校が、こうした独特の教育課程を編成する際に重視したことは4つあります。まずは、「心身の安定・自立のための学び」です。学校のあらゆる場所、時間、人が、生徒にとってホッとできること、セルフコントロールのスキルを身につけられるようにすることを何よりも重視しました。医師、臨床心理士、担任、養護教諭、サポーター、学校司書など生徒に関わるあらゆる人々が、生徒の支援者となるように徹底しています。
▲ スライド9・教育課程編成のキーワード
「心身の安定・自立のための学び」
次に重視したのは「ICTを活用した学習者主体の学び」の実現です。GIGAスクール構想で、岐阜市にも令和2年9月にはすべての学校でiPadが「一人一台」支給されました。「取り組みたい学びを、好きな場所で!」を原則に、例えば中学2年生でも小学5年生の分数の掛け算まで戻って学ぶこともできます。反対に学力が高い子なら、先行した学習も可能です。
3つめに重視したのは、「自分の新たなよさを発見する学び」です。その学びを実現するために、国社数理英以外で好きなテーマにとことん取り組み、自分の「好き」を見つける「セルフデザイン」を実践できる教育課程にしています。地域の人材や大学などと連携して、これまでにない学びを提供する「産学ブース」も設置しました。
▲ スライド10・自分の新たなよさを発見する学びを重視
もうひとつ重視したのは、「社会との絆を感じる学び」です。生徒が社会と自分との関わりを感じられるよう、地域の人たちと一緒になっての作業やオンラインでの他校との共同活動などに取り組んでいます。
「毎日登校するコース」では、生徒の登校時刻は9時半です。通常の学校と比べると1時間半も遅いのですが、2時半には授業が終わります。通常の学校は、部活動が終わると5時や6時になるので、圧倒的に早く終わります。登校したら、一日の予定を自分で考える「ウォームアップ」があり、帰宅前には一日の自分を見つめ直す「クールダウン」もあります。その間に教科の授業が入り、学習方法は自分で選択します。昼食時間は、お弁当を学校のどこで食べてもOK。毎日のように校長室で食べる生徒もいます。
通常の学校は年間1,015時間の授業時間確保が必須ですが、草潤中学校は770時間と、通常の4分の3の教育課程の編成です。その代わり生徒たちが自分らしく学ぶことを保障する学校なのです。これらが、不登校特例校の特長です。
▲ スライド11・教育課程は770時間と、
一般の中学校1,015時間より大幅に少ない
定員を大幅に超える人数の児童生徒が転入学を希望
草潤中学校は3学年で定員40名、各学年13名程度の学校ですが、学校説明会には延べ233名の児童・生徒が参加しました。本当は学びたいけれどなかなか学校に行けない、学校を変えてでも学びたいという本人や保護者の思いはとても強いことが明らかになりました。岐阜市には3万人の児童生徒がいて、そのうち700名近くが不登校とされています。そこで、草潤中学校では定員40名に加えて、不登校生の生徒を「在籍校に籍を置いたまま」支援できる方法を導入しました。
具体的には、「週1回登校する通級支援コース」、「自宅でオンラインで個別の学習支援等ができるコース」を設けて、それぞれ20~25人ずつの生徒を受け入れ、少しでも多くの生徒たちの希望に応えようとしています。
▲ スライド12・転入学枠以外に、
在籍校の籍はそのまま支援を受けられる枠も設定
全国には約3万校の小中学校がありますが、この中で不登校特例校は公立8校、私立9校の全国17校しかありません。草潤中学校は特殊な学校であり、東海エリア初の公立の特例中学校です。「誰を入学させるのか」を決定するのは困難を極めますが、特例校設置準備室員、学校指導課、エールぎふ、小児科専門医と連携し、面談や見学会の様子、在籍校からの情報、草潤中学校で提供する学びが有効かなどを総合的に考え合わせて入学者を決定しています。
草潤中学校は令和3年4月に開校しました。開校式・入学式には「着ぐるみ」の先生も参列するなど、「君たちを心から歓迎する」という気持ちに溢れた、ユニークで楽しい雰囲気の中でのスタートでした。
開校後の授業では、例えばセルフデザインの授業で、ギターの得意な先生が「生徒に一緒に演奏してみよう」と提案するなど、独自のカリキュラムでの学びが展開されています。
▲ スライド13・セルフデザインの授業の様子
ギター演奏の授業
また、「家庭での学習を基本とするコース」などでは、タブレットを活用し生徒たちが自宅にいながら学ぶことができます。
▲ スライド14・オンライン授業では動画も配信
草潤中学校が教育改革の起爆剤に
開校後の令和3年4月と5月に集計したデータでは、草潤中に在籍する40名の生徒の大半が登校もしくはオンラインなど、自分の決めた方法で学習に取り組んでいます。その中には、草潤中学校に入学する以前には「年間10日しか登校していない」という児童・生徒もいましたが、草潤中学校に入学後はきちんと授業を受けています。不登校の特徴は、始業式の後や5月のゴールデンウィーク明けに出席率が大きく下がることです。しかし、草潤中学校では一人ひとりが自分のペースで学んでいます。草潤中学校の教育スタイルは、生徒たちの学びへの期待に応えている、それがよく見えてくるデータです。
▲ スライド15・4月と5月の生徒の出席状況は良好
学校のスタイルが生徒に合っている
草潤中学校の取り組みは、現在の日本の公教育においてとても重要な意味を持ちます。「学びを保障する」という視点、生徒・児童の自己肯定感や個性、社会参画を考える教育という視点では、学校が「安心できる学び舎」でなければなりません。学習指導要領に沿って学習するというのではなく、「学びは個別最適であることが大前提である」ことも大切です。そして、「学びの先には社会とのつながりがあることを実感できること」、これらの3つが教育においては、とても大切なことです。
学びたいと思ったときに学べる環境をきちんと提供する学校、これが誰一人取り残すことがない教育へのベースになります。草潤中学校の取り組みは、全国3万校の学校のこれからの教育を変革するための起爆剤になるのではないかと考えています。
▲ スライド16・「誰一人取り残すことのない教育」のための
草潤中学校からの提案
>> 後半へ続く