概要
超教育協会は2021年5月19日、関西学院大学教育学部 教授の丹羽 登氏、富士通株式会社 IOWN/6Gプラットフォーム開発室の笛田 航一氏とデザインセンターの杉妻 謙氏を招いて、「誰一人取り残さない教育の実現に向けて 5G・VR等の先端技術を活用した遠隔校外学習プロジェクト」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
前半では、まず富士通の笛田氏と杉妻氏がプロジェクトの背景と遠隔校外学習における5GやVRの活用について説明し、関西学院大学の丹羽氏が水中ドローンを使った体験授業の様子を紹介した。後半は、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「誰一人取り残さない教育の実現に向けて
5G・VR等の先端技術を活用した遠隔校外学習プロジェクト」
■日時:日時:2021年5月19日(水)12時~12時55分
■講演:
丹羽 登氏 関西学院大学教育学部 教授
笛田 航一氏 富士通株式会社 IOWN/6Gプラットフォーム開発室
杉妻 謙氏 富士通株式会社 デザインセンター
■ファシリテーター:
石戸 奈々子 超教育協会理事長
前半は、まず富士通の杉妻氏がプロジェクトの背景を説明、続いて笛田氏が5GやVRの活用について紹介した。関西学院大学の丹羽氏は、遠隔校外学習の実施例と成果、今後の課題について解説した。
デザイン思考とパートナーシップで社会的な課題へ取り組み
▲ 写真1・富士通株式会社 デザインセンター 杉妻 謙氏
【杉妻氏】
本日は、5GやVRなどの先端技術を活用した「誰一人取り残さない質の高い教育」の実証実験として、2019年度に取り組んだ遠隔教育について説明します。まず、どうして富士通が遠隔教育に取り組んだのか、その背景を説明します。
富士通では、全社を挙げて目指すべきこととして「パーパス」を掲げています。イノベーションによって社会に信頼をもたらすとともに世界をより持続可能にしていくこと、富士通では目指すべき方向性をこのように定めています。
▲ スライド1・富士通のパーパス
このパーパスの実現にあたって重要なことは、世界をより「持続可能」にするために、企業や社会がどのように価値を発揮していくのかを考えることです。重要な点は、さまざまな分野のステークホルダーやプロフェッショナルとパートナーシップで協働し、社会的な課題、本質的な課題を理解し、企業や社会が「どこで価値を発揮できるのか」、そのために「テクノロジーをどう活かせるのか」を探ることです。その視点に立って、デザイン思考を活用し大学や学校、水族館などと一緒になって実現したのが、今回の遠隔教育のプロジェクトです。
ビジョン策定・コンセプト開発・ビジネス検証 3ステップでプロジェクトを推進
具体的な進め方は大きく3ステップです。まずは、大きな「ビジョン策定」、次に、さまざまなテクノロジーをどう生かしてどんな課題を解決していくか、世の中にどう役立てていくかの「コンセプト開発」、そして、それら価値をどう社会に届けてしていくかという「ビジネス検証」です。
▲ スライド2・プロジェクトの進め方は大きく3ステップ
今回は、関西学院大学の丹羽先生とともに、学校現場に入り教職員や院内学級の卒業生の方々から長期入院で学校に行けない子供たちの教育課題についてのお話を聞くなど、デザイン思考のプロセスで人間中心でのデザイン・価値開発に取り組みました。国が定めるこれからの教育に向けた大きなビジョンを踏まえながら、病院の中で学んでいる院内学級の子供たちに、先端技術の5GやVRを使った遠隔教育で、体験的な教育を提供するというコンセプトを立てました。
そして、院内学級で学んでいる子供たちに、体験的な教育をどう提供していくのかといった課題の解決にあたっては、沖縄の美ら海水族館、横浜の八景島シーパラダイスはじめ、さまざまな企業や団体とパートナーシップを組みました。パートナーシップという考え方は、SDGsで重要とされている項目の17番でもあり、この取り組みの特徴のひとつです。こうして、テクノロジーを活用して課題を解決し、それを今後どう社会実装していくかのビジネス検証を進めました。
今回のプロジェクトのビジョンやコンセプトを考えるにあたって重視したことは、国が推進している「Society5.0時代の教育」をどう実現するか、そして、SDGsの4番目の目標である「質の高い教育をみんなに」にどう取り組むかということでした。
▲ スライド3・プロジェクトは文科省の
「Society5.0時代の教育」の実現に向けた取り組みに沿っている
杉妻氏に続いて、笛田氏がプロジェクトの具体的な内容を説明した。
▲ 写真2・富士通株式会社
IOWN/6Gプラットフォーム開発室 笛田 航一氏
【笛田氏】
国が目指す「Society5.0時代の教育」とは、先生を支援するツールとして先端技術を使うことで質の高い教育を実現していこうというものです。
重要なポイントは「全ての児童生徒に」という点です。例えば病院に入院している子供、普通に授業を受けられない何らかの制約がある児童生徒に対しても、場所に制約を受けない遠隔技術を活用して授業を行うこと、すべてにしっかり教育を届けたい。このコンセプトに基づいて、関西学院大学の丹羽先生と富士通によりこのプロジェクトが発足しました。
▲ スライド4・場所に制約を受けない遠隔授業を、
病院に入院している子供に届けたい
プロジェクトの目的は「児童生徒への価値提供」と遠隔授業モデルの有効性の確認
先端技術を活用した遠隔授業などの実証プロジェクトの狙いは「児童生徒への価値提供」です。「Society5.0時代の学び」の考え方に沿って、入院している子供への遠隔授業のモデルの有効性を確認するためのものです。
▲ スライド5・児童生徒への価値を提供し、
遠隔授業モデルの有効性を確認することが目的
入院していて教室の授業は受けられず「体験」もできない、そこを5G等の技術を活用して教育のサポートを行い学習の保障を目指す、病院の外とのつながりの維持や、病院内ではできない体験の向上や、創出を行うことが本プロジェクトの目的です。
沖縄の水族館と東京の特別支援学校を5Gで結んで遠隔授業を実施
今回の実証では、VR水族館鑑賞体験として、沖縄美ら海水族館と成育医療センター内の東京都立光明学園そよ風分教室を5G回線、リアルタイム映像伝送装置、Web会議システムなどで結び、遠隔校外学習を実施しました。
大きな水槽の中の映像、水槽の外の映像、それとバックヤードの映像などをリアルタイムに伝送しながらの授業です。水族館のスタッフの方々にもゲストティーチャーとして授業をしていただき、普通の体験学習では体験できないようなことも実施しました。
具体的な映像の伝送方法について説明します。まず、水槽外観の映像はiPadを使って、FaceTimeのビデオ通話で伝送しました。次に4Kカメラ、水中ドローン、全天球カメラによるきれいな映像、Web会議システムでの水族館と学校とのやり取りは、5Gを活用して伝送しました。
▲ スライド6・沖縄の水族館と
東京の学校の接続イメージと機器構成
きれいな映像を伝送するためには容量が必要になるので5Gを活用しましたが、それと合わせて、今回、富士通の映像伝送装置を使いました。それにより4Kカメラ映像や全天球カメラ映像など、大容量の映像もエンコードしてスムーズに配信できました。学校側のネットワークはLTEルータで受信、映像伝送装置を使ってデコードして、みなさんに映像を見ていただきました。
「質の高い教育をみんなに」「誰一人取り残さない」ための取り組み
笛田氏に続いては、関西学院大学の丹羽氏が登壇。実施した授業の内容について説明した。
▲ 写真3・関西学院大学教育学部 教授 丹羽 登氏
【丹羽氏】
「誰一人取り残さない教育」の実現に向けて、今回、5GやVRなどの先端技術を活用した遠隔校外学習を実施しました。その実証内容と効果・課題について説明します。
SDGsの4番目のゴールに「質の高い教育をみんなに」とあります。
▲ スライド7・SDGs4番目のゴール
「質の高い教育をみんなに」を入院中の子供にも届けたい
充分な教育を受けられない子供たちは海外だけでなく、実は日本にもいます。いじめを受けたり、他者とのかかわりが苦手で不登校になっている子供、私の専門領域である特別支援を必要とする子供たちの中には入院中のため外に出ることができない子供もたくさんいます。今回お話させていただくのは、入院中の子供のことです。
関連する国の動きとしては、学習指導要領の中で「体験的な活動の充実」を求められています。しかし、入院中で学校や外へ出ることが出来ない子供にとっては難しいのが現実です。特別支援学校に通う子供たちに、疑似体験やVRやARを活用していきたいとしても、学校現場の先生方には、どのようにしたらよいのかイメージが湧かない、理念だけが先行しているのではないかと言われたりもします。
そこで今回、富士通や関連企業の方々と連携しながら、どう実現させていけるのかを実証したいと思った次第です。
学校に行けない子供たちへの義務教育段階の教育の機会の確保とともに、過疎地域の高校では全ての科目の先生を揃えることができない中、遠隔教育を弾力化していかなければいけないという動きもあります。また、Society5.0では仮想現実と実態現実の有機的な結合も求められています。また、一昨年度からのGIGAスクール構想では、先端技術を活用した新しい学びが求められています。さらにいろんな企業の方々が進めているダイバーシティーインクルージョン、いわゆる多様化への対応など。これらについて先端技術を活用して実現できないかを検討し、誰一人取り残さない個別最適化された学びを目指していこうというものです。
▲ スライド8・国からも教育への先端技術の活用や
遠隔教育への対応が求められている
実証実験は、大きく2つ行いました。ひとつは先生たちの研究授業や教職員の研修会、保護者参観などを想定して、ネットワークを活用した実証。もうひとつが今回ご紹介する遠隔校外学習です。
八景島シーパラダイスと横浜南養護学校をつなぎ水中ドローンを遠隔操作
遠隔校外学習では、横浜の八景島シーバラダイス水族館と神奈川県立横浜南養護学校の教室(病院内)をオンライン接続し、八景島シーパラダイスの大水槽の中に入れた水中ドローンを教室から遠隔操作するという体験授業を実施しました。心身症やうつ病、心臓疾患などの病気のある子供たちに参加していただきました。
▲ スライド9・水族館の水槽の中を、
教室から水中ドローンで遊覧体験する授業を提供
遠隔操作は、VRのヘッドマウントディスプレイを装着し、その映像を見ながらドローンを操縦するというものです。モニターには、大水槽の外から見た映像と操縦している人が見ている画面が映るようになっています。高速ネットワークを通して「水族館を病院に持ってきた」と考えていただくとイメージしやすいかと思います。
実際には大画面のモニターを3つ使いました。「VTuber」のキャラクターが、水族館について説明してくれる画面、大水槽が映る画面、子供たちがつけるヘッドマウントディスプレイの中の映像が映る画面の3つです。この3つを同時に映しながら遠隔校外学習を実施しました。
▲ スライド10・大きなディスプレイ3つに
映像を同時に映しての遠隔校外学習の様子
子供たちは、ヘッドマウントディスプレイを装着して、その中に映し出される映像を見ながら水中ドローンを操作します。ヘッドマウントディスプレイに映っている映像は、大画面にも映り、子供がコントローラで水中ドローンをリアルタイムで遠隔操縦している様子を確認できます。
▲ スライド11・大水槽の中の水中ドローンを
VRで遠隔操作している子供の様子
水中ドローンについては、ネットワークを通じて遠隔操作するのが、技術的になかなか難しいところがありました。今回は、日本財団のバーチャルオーシャンプロジェクトの方々に技術協力をいただいて実現できた特徴的な取り組みでした。
今回は、ARの技術も活用しました。子供たちが全天球映像(360度映像)にARによるコックピットの疑似画像を重ねて見ることが出来るようにし、その画面を見ながら操作してもらいました。コックピットの疑似画面と、現実の水槽画面とを重ねながら、水中ドローンを操作する体験でした。
▲ スライド12・子供たちは、水中ドローンを
コックピットで操縦しているような感覚で体験した
遠隔校外学習終了後のアンケートの結果をご紹介します。4K映像を送ったということもあり、画像がキレイで、水の中が思った以上にキレイに見えたという感想をいただきました。先生方も子供たちも水中ドローンは初めて、水槽の中に入って魚が間近に見えることも初めての経験、子供たちの評判もよかったです。それを見ていた先生方からも、思った以上に子供たちが喜んでいたとの声が聞かれました。
また、特別活動以外に総合的な学習や理科、環境問題などと関連付けた授業展開も、できそうだというお話もありました。この経験を元にアイデアを発展させていく取り組みがされていくだろうと思います。
▲ スライド13・アンケートでは、
「思った以上に子供たちが喜んだ」という声も多かった
沖縄美ら海水族館と東京都立光明学園を結び ジンベイザメが迫ってくる体験も
もう一つの実証実験をご紹介します。2020年2月28日、翌週から学校が全国で閉鎖になるという直前の取り組みでした。美ら海水族館と東京都立光明学園のそよ風分室という、国立成育医療研究センター病院の院内学級の子供たちと行いました。こちらは小児がんなどの子供たちが多かったです。
授業では、オープニングに水族館の周りの伊江島を紹介したり、ジンベイザメに餌を与えるバックヤードを見せたりと工夫をしました。ジンベイザメはどうやって餌を食べるのか、サメの口の中の構造などの説明を、映像を見ながら水族館の方々に説明していただきました。その後、大水槽の中に全天球カメラを入れて、その映像を子供たちがヘッドマウントディスプレイで見ました。
子供たちが感激していたのは、巨大なジンベイザメが目の前に、間近に迫ってくる体験ができたことです。通常、魚の近くまでカメラを持って行くことは、難しいようなのですが、今回は全天球カメラを使いましたので、あちらこちらにダイバーが泳ぎながら、動かしながら撮影することができました。
今回は、水族館と学校の両方に3台の大型ディスプレイを置いて、映像の伝送を同時に行うという、ネットワークに負荷がかかる状態で行いました。
▲ スライド14・水族館と学校の両方に
3台の大型ディスプレイを置き、負荷がかかる状態で実証
水族館の大水槽の前に置いたカメラの映像と、iPadの映像、そして今回は、大水槽には水中ドローンを入れられなかったのですが、別のサメの水槽に入れた水中ドローンからの映像を見られるようにしました。
▲ スライド15・遠隔校外学習授業中のカメラの様子、
水中ドローンを入れたサメの水槽(左下)
参加してくれた子供たちの中には、点滴中の子供、薬の副作用で髪が抜けて帽子をかぶっており後ろ姿も撮られたくない子供などもいました。
▲ スライド16・子供たちがVRゴーグルやタブレットで
VR映像を楽しんでいる様子
この遠隔校外学習(金曜日午後に実施)のあと、新型コロナの影響で翌週から登校できなくなってしまったため、残念ながら子供たちのアンケートを取ることはできませんでしたが、教職員から感想をいただきました。「普段話をしない子がタブレットの操作に夢中になっていた」「画像が思ったよりキレイだった」「3画面とも、リアルタイムで送られてきているとは考えられないほどキレイな映像だった」という感想もありました。
入院中の子供は40名ぐらいおり、そのうち当初10名程度の参加を予想していたのですが、最終的な参加者は20名にものぼりました。この取り組みに合わせて体調を整えて参加してくれたり、終わって病室に戻ったあと参加できなかった他の子供に「おもしろかった」と、体験の様子を話してくれた子供もいたそうです。変化の少ない入院生活の中で楽しんでもらうことができた、本当にやってよかったと思いました。
病気に立ち向かい 治療に前向きになる効果にも期待
子供たちにとっては、早く治療を終えて退院してまたこんなことをしたい、と病気に立ち向かい治療に前向きになる、レジリエンス(病気に立ち向かう力)を引き出す効果もありました。テクノロジーを活用した遠隔授業によって、子供たちの感性や意欲が、本当に引き出せるのだということが、この取り組みによって改めてわかりました。
タブレットやネットワークの環境が整ってきましたので、今後はこのようなシステムをうまく活用していくことが求められると思います。入院中や不登校の子供は、運動や体験が不足しがちですが、シミュレーターの機能を活用することも、ひとつの方法かと思います。
今回は、いろいろな企業や団体にご協力いただかなければ実現できませんでした。これからは、学校だけで行える「自走システム」にしていくことも課題です。それに向けた水中や空中のドローンを操作する遠隔体験会は、教職員の方々と企画しながら進めているところです。
▲スライド17・今回のプロジェクトの
効果のまとめと今後の課題について
>> 後半へ続く