概要
経団連と超教育協会は2021年4月21日、経団連イノベーション委員会のエドテック戦略検討会で座長を務める、株式会社リクルート スタディサプリ教育AI研究所所長 小宮山利恵子氏を講師に、「経団連が描く学びのDXに向けたロードマップ」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、小宮山氏が、エドテック戦略検討会の提言に関するプレゼンテーションを行い、後半では、超教育協会理事長の石戸奈々子をファシリテーターに質疑応答を実施した。その後半の模様を紹介する。
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~経団連・超教育協会共催~
「経団連が描く学びのDXに向けたロードマップ」
■日時:2021年4月21日(水)12時~12時55分
■講演:小宮山利恵子氏
経団連イノベーション委員会 エドテック戦略検討会 座長
兼 株式会社リクルート スタディサプリ教育AI研究所所長
■ファシリテーター:石戸奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸奈々子
小宮山氏による講演終了後には、ファシリテーターの石戸が参加者から寄せられた質問を紹介し、小宮山氏が回答するかたちで質疑応答が行われた。
データの利活用やDXの進め方について多くの質問が寄せられる
石戸:「早速、質問がいくつかきています。最初は、『DXを推進する教育人材の育成や企業との連携事例についてご教示ください』という質問です」
小宮山氏:「民間企業が先生方をサポートする形でEdTechを使った新たな学びのカリキュラムや授業設計を考えていく連携事例は、リクルートのみならず他社でも見受けられると思います。
しかし、『DXの人材育成』という『そもそも』の部分は、教職課程から変えていく必要があるのではないでしょうか。これは私個人の意見ではなく他の大学の先生方もおっしゃっていますが、今の教職課程は、1人1台端末を前提としたカリキュラムになっていません。そこを変えないと改善はできても根本的に変えるのは難しいので、教員養成から考え直す必要があると思います」
石戸:「抜本的に制度面を含めて考え直す問題と、現実的にデジタル化が進行する中で何らか学校のサポート体制を作っていくことの両方を同時に進めて行く必要があるということですね。そういう観点で『経団連の所属企業がこういう支援の仕組みを持っています』というようなものはありますか」
小宮山氏:「その事例は、これから収集していこうと考えています。3月16日の提言では、経団連に加盟している各社がどういう学習アプリやコンテンツを提供し、それらが学校でどのように使われているかという事例を収集して公表しましたが、人材育成・人材連携でどういうことができるかは今後の議論になります」
石戸:「次の質問は、『学習データの連携はかなりハードルが高い話だと理解しています。保守的な方々が多い関係者の意識改革を含め、どのような仕組みづくりを考えておられるのでしょうか』というものです。私もこの点については、経団連の考えをもう少し教えていただきたく思います」
小宮山氏:「教育は、個人の学習データや学力データなど、他の産業と比べても非常にセンシティブな、いわば医療とも通じる分野ですので、経団連でもいきなり全面的なデータ化を進めていくのは難しいと考えています。そこで、一つひとつの『小さな成功事例』を積み重ねながら広げていく、もしくは進化させていくことで全国の学校で使えるように共有していくことが重要です。この取り組みについても今後の実施を踏まえて、どういうプロトタイプをやりたいかというアイデアを団体・企業から募集しているところです」
『小さな成功事例』については、どういったものを示すか、まだ白紙の状態で、エドテック戦略検討会に多い『テック系』企業や、デジタル庁・文部科学省・経済産業省などの担当者との話し合いの中で、どこに焦点を当てればいいかを考えていきます。いきなり学習・学力テストのデータ連携から始めることにはならないと思います。例えば健康診断のデータなどは、すでに一部で連携が始まっていますので、そういう学力と間接的な関係は、あっても直接的には関係のないところからデータ連携を進めていくのも一つの手ではないかなと思います」
石戸:「民間と学校とのデータ共有事例もどこかで出てくるのではないかと期待したいところですが、もう少し先の話でしょうか」
小宮山氏:「そうですね。学校内だけの『閉じた』データでは、分析結果も限られたものになってしまいます。学校外での学びとデータ連携ができれば、一人ひとりが『どういう活動をしていて、どういう学びが好きで、どういう学びに躓いているか、どういうことに関心がありそうか』といった情報を得られると思います。
ただ、そのためには、データの標準化、ルールの明確化、データの均質化など多くの課題があります。そもそもデータ規格が自治体や学校ごとに異なっていればデータ連携できませんし、データは『一度集めたら終わり』でもありません。最新のデータを使わなければ時代に合った分析や施策はできませんし、時代が移れば求められる情報の種類も変わっていきます」
石戸:「データを活用することで、学習者を主体とする学習環境デザインの構築が実現できると思います。『ゴールを定めて、そこへ向けてどういうステップを踏んで行くのか』を経団連から提示してもらえると、誰の目にもロードマップが見えやすくなると思いますので、期待したいと思います」
小宮山氏:「石戸さんからの宿題ですね。検討いたします」
石戸:「次の質問は、『受験偏重の実態とイノベーション実現のジレンマについてご助言をお願いします』というものですが、いかがでしょうか」
小宮山氏:「ご質問の趣旨は、『従来のコンベンショナルな思想と新しい先進的な考えのジレンマ』ということだと思います。例えば、アメリカ・サンディエゴにあるHigh Tech High高校は、宿題も試験もないにもかかわらず9割以上が、大学などの高等教育機関に進学しています。しかも、公立高校なので、全生徒の42%は経済的に恵まれない家庭の子供ということもあり、今、全米で最も注目されている高校と言われています。
もちろん、アメリカと日本を同列に比較はできませんが、『EdTechを通じて自分がやりたいことを深化させ、真に学びたい大学に進む』というのが今後のトレンドになるのではないかと思っています。
一方で「受験」というシステムは今後も残りますが、有名大学に進んで有名な会社へ就職するという仕組みもすでに変わりつつあります。名が通った大学に入ってもいい会社に行けるとは限りませんし、誰もが知っている会社でもいつ壊れるかわからない、安定を求めたはずが安定でなくなる『VUCAの時代』です。そもそも『行きたい大学』でも『学びたいものがある大学』でもない、ただ『いい大学』に行くことが今後も最優先事項になるのか。イノベーションがそれを少しずつ壊し、変えているのではないかと私は理解しています」
石戸:「次の質問は『EdTechが従来型教育の価値観を壊し、いい大学・学校の定義も変わりつつあることを踏まえると、良い教育の定義も変わってくると思います。良い教育の評価はどのように変わっていくとお考えですか。EdTechの導入効果を学校現場が判断する上でのポイントになると思います』というものです。経団連として何らかの考え方がありますか」
小宮山氏:「それは、Society 5.0と関連付けて考えることだと思います。Society 5.0を簡単に言うと『最新テクノロジーを使って一人ひとりのウェルビーイングを最大化していく』ことですが、これを教育に紐付けると、1人1台端末の整備による習熟度別学習の実現があります。これまでは1人の先生が、40人近い児童生徒を相手に授業を行い、全員に同じ内容のドリルや宿題を出していました。理解できている子供にとってほとんど意味がないことを承知でそうせざるを得なかったわけですが、1人1台端末では、それぞれの進度に合った学びが可能になります。その時、先生方には教えることよりも、子供たちの関心や興味を引き出し育てるコーチやメンターの役割の比重が高まります。そうなることで、子供たち一人一人のウェルビーイングが充実してくると考えています」
石戸:「今、ウェルビーイングと言われましたが、こういう質問も来ています。『教科・学力以外で育成したいこれからの資質や、能力の中に自己肯定感がありましたが、EdTechならではの自己肯定感の育み方とは、具体的にどのようなものでしょうか。生徒は自己肯定感や自己効力感から動き出しますが、個別指導ですぐに育成しにくい範囲です。これは社会人でも同様なので、経団連ではどのように考えているのかを知りたいです』というものです」
小宮山氏:「日本の高校生は、先進国に比べて自己肯定感がとても低いという調査結果が出ています。EdTechを使うと、例えば一人一人へのフィードバックをすごく早められると思います。35~40人の児童生徒を相手にしていると、せいぜいテストを返す時の「花まる」で「よくできましたと」と伝えることしかできません。それでも子供を勇気づけることはできると思いますが、EdTechならそういうことを1~2秒で、しかも生徒ごとに返すことができます。フィードバックが早ければ子供の自己肯定感を高める機会も増えますので、そういう活用ができると思います」
石戸:「次の質問は、『教育のICT化は必須ですし、実際に校長としてICT化を進めていますが、自立した学びには、ICTは直接的につながらないと感じています。すなわちDXのロードマップで言うStep2、Step3に大きな違いがあるように思います。自立した学びのためには、High Tech Highのようなプロジェクトベースドラーニング(PBL)を進める必要はないのでしょうか。経団連ではそうした考えが動きはないのでしょうか』というものです。おそらくそういうお考えはあると思いますが、具体的にPBL導入に向けた何らかの動きがあれば教えていただけますか」
小宮山氏:「ホームページで公開している提言でも、探究型学習には触れています。これは、経団連というよりも私の個人的な考え方ですが、1人1台端末が整備されると、算数/数学や英語といった「積み上げ型」の教科は、授業時間数を短縮できる可能性があり、実際、東京都千代田区立麹町中学校の実践事例では、通常の半分の授業時間で全員が数学を習得できたと報告されています。
今後、私立校を中心に強化学習を午前中に終え、午後は探究型学習や、これまであまり学校で教えてこなかった金融教育、政治教育、性教育、起業家教育などに割くところが出てくると思いますが、そこでもEdTechが活用できると思います。
探究型学習では、学校周辺を探検して地域への愛情や関心を子供達に持たせる活動を行う学校が多いと思います。そういう場面でEdTechを活用するためには、デバイスが学校内だけで使える備品ではなく、持ち帰ったり外に持ち出したりできる必要がありますが、それができない学校とできる学校で差が出てきてしまうのではないかと危惧しています」
石戸:「次の質問は、『デジタルで子供の自立性や、やる気を高められるかは未知数ですし、その事と、デジタルによる教える側の働き方改革や教育の効率向上は、別問題だと思います。日本はどちらも立ち遅れていますが、まず後者の解決が先と思います。どうお考えでしょうか』というものです。この辺りはアクションプランでどういう順序を付けるかだと思いますし、現実的には『片方やってからその次』にはならないと思いますが、何かご意見があれば教えていただきたいと思います」
小宮山氏:「おっしゃるとおり『二正面作戦』が必要ですが、さらに、親に対する施策や取り組みも必要と考えています。たとえ先生と子供が変わっても、相談を受けた親が理解できなければそこでストップしてしまいますので、親の意識改革も抜きにして考えることはできません。
また、先生方へのEdTech導入に関しては、リクルートが2年前、茨城県つくば市の全公立小学校の教員を対象に実施した働き方改革のアンケート調査をネットで公開しています。それによると、EdTechの導入で圧縮できる校務は全体の5%程度で、その他の部分で膨大な仕事があるため校務にテクノロジーを入れたとしても、ほとんど圧縮できないということでした。
もちろんこれは一自治体の事例で、他の自治体では違った結果になるのかも知れませんが、ご質問のとおり、事務作業でやることが多すぎるのも事実です。校務のEdTech化以前に、年間数千種の資料やペーパーを捌かなければいけないという根本的なところで仕事の取捨選択が必要だと思います」
石戸:「次は、今後重要になるデータの利活用に関して、『企業としては、人材育成・雇用の観点から、社員や採用候補の学校現場(小学校から大学まで)における教育の様子について関心を持っているのか、そういうデータを欲しているのでしょうか』という質問です」
小宮山氏:「関心はありますね。エドテック戦略検討会でも度々そのような話題になります。経団連にはもともと大学教育委員会がありますが、その設置理由は、大学は就職と密接に関係しているため、委員会を設置することでスムーズに、齟齬なく連携していくことにありました。エドテック戦略検討会が設置されてからも、実は大学教育委員会でも、義務教育に関する提言を出していて、大学のみならず高校の改革も必要だし、その下の小中義務教育も改革していかなければいけないという方向性を強く出しています」
石戸:「最後は、『学びのDXのロードマップでは2030年に教育制度全体をデジタル起点に大改革となっていますが、今のペースで2030年までに教育制度改革は可能でしょうか』という大きな質問ですが、いかがでしょうか」
小宮山氏:「とても大きな質問で私自身だけで答えられるものでありませんが、2030年まではあと9年あります。GIGAスクール構想では、本来は4年かけて実施する予定だった1人1台端末の整備を3年圧縮して1年で達成できました。
政府の方々や現場の先生方の相当のご苦労やご尽力あっての賜物ですが、これだけの熱量・スピード・予算があれば2030年までの教育制度改革は、個人的には可能と思っています。そのためには、OECD諸国でも少ない日本の公教育予算について、『数千億円かけてもやる』という決断ができれば状況は変わると思います」
最後は、石戸の「学びのDXについては、2030年までに『できるか否か』ではなく『達成しなくてはいけない』ことだとも思います。その視点で、今後とも経団連と連携をしながら確実に一歩一歩前進していきたいと思います。本日はどうもありがとうございました」という言葉で、シンポジウムは幕を閉じた。