概要
経団連と超教育協会は2021年4月21日、経団連イノベーション委員会のエドテック戦略検討会で座長を務める、株式会社リクルート スタディサプリ教育AI研究所所長 小宮山利恵子氏を講師に、「経団連が描く学びのDXに向けたロードマップ」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、小宮山氏が、エドテック戦略検討会の提言に関するプレゼンテーションを行い、後半では、超教育協会理事長の石戸奈々子をファシリテーターに質疑応答を実施した。その前半の模様を紹介する。
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~経団連・超教育協会共催~
「経団連が描く学びのDXに向けたロードマップ」
■日時:2021年4月21日(水)12時~12時55分
■講演:小宮山利恵子氏
経団連イノベーション委員会 エドテック戦略検討会 座長
兼 株式会社リクルート スタディサプリ教育AI研究所所長
■ファシリテーター:石戸奈々子
超教育協会理事長
2020年12月に続いて2度目の登壇となる小宮山氏は、約20分間の講演において、経団連の教育に対する考え方について、エドテック戦略検討会が2021年3月16日に表明した直近の提言の内容を踏まえて説明した。主な講演内容は以下のとおり。
経団連のエドテック戦略検討委員会は2019年8月に設置され、これまで約2年の活動実績があります。同年11月、最初の緊急提言で発表したのが、「1人1台端末の整備」「学校現場における高速・大容量通信環境の整備」「教育のICT化を推進する人材の育成」という3つの施策です。
2020年4月には、政府がコロナ禍の臨時休校を受けてGIGAスクール構想計画の前倒しに動き、2021年3月末までに全国の小中学生に1人1台端末を整備することになりました。
2020年9月18日の菅新政権への緊急提言では、高校生への「1人1台端末」整備のほか、いくつかの施策を求めました。海外では、EdTech/ICT教育が先進国を中心に広まっていたのに対し、日本は「やらなければいけない」という気運こそあったものの大きく出遅れていました。コロナ禍を契機に提言を示したかたちですが、高校の先生方からも、「高校で1人1台端末がなくなってしまうとツールの継続性が絶たれ、子供達の学びを考える上で不幸ではないか」と擁護する意見がありました。すでに9割の高校生がスマートフォンを持っていましたが、画面が小さい上、タイピングにはオプションが必要になるので、「高校生にも1人1台端末を」という提言は妥当だったと考えています。
さらに、2020年11月13日の提言では、改めて高校への1人1台端末と、GIGAスクール構想の支援人材確保の必要性を唱えました。こちらの内容については昨年12月の本シンポジウムでご紹介させていただいています。
「Society 5.0時代の学び」を見据え 2021年3月16日に最新の提言を発表
こうした動きを踏まえ、2021年3月16日に、新たな提言をしました。
▲ スライド1・本年3月16日にはSociety 5.0時代の学びを提言
3月末には、萩生田文部科学大臣とお話しする機会があり、ご多忙にも関わらず予定を大きく超える40分ほどお時間を割いていただきました。大臣からは、「文部科学省はこれまで経済界と関係が薄かったが、これを機に経団連と連携して経済界の考えや望むことを聞いてみたい」というお話があり、今後、勉強会を開催して行くことになりました。大変ありがたく、大きな収穫だったと思っています。
この提言内容について簡単に説明いたします。提言は「Society 5.0時代の学びⅡ~EdTechを通じた自律的な学び~」というテーマで3章から構成されています。
▲ スライド2・3章から成るSociety 5.0時代の学びの提言内容
提言の1つめは、「Society 5.0時代の学び」です。学校の先生には「釈迦に説法」ですが、Society 5.0で新たに「4つのキーワードと1つの学びの形」が生まれました。すなわち、1人1台の端末整備で個別・習熟度別の学習ができる「パーソナライズ」、いつでもどんな環境でもつながれた学びができる「シームレス」、多様な価値観や選択肢から選べる「ダイバーシティ」、探求によって価値観を創造、協創する「クリエイティブ」の4つが合わさることで、自ら好きなことを見つけ、成長し続けられる「自律的な学び」が実現すると考えています。
▲ スライド3・「新たな学び」の4つのキーワード
ちなみに私が所属するリクルートでは、コロナ禍後、社会人を対象にリモートワークの状況を調査していますが、上司が最も困っていることとして「社員が自律的に働けていないこと」が挙げられています。これが「自律的に学べていない」ことに起因するのではないかと考えると、学校や家庭でEdTechを使って自律的な学びができるようにすることが非常に重要ではないかと考えています。
Society 5.0を実現するための「育むべき能力や資質」については、「コミュニケーション能力」、「自己肯定感」、「好奇心」、それに小学校の新しい学習指導要領で必修となった「プログラミング的思考力」が必要ということは、以前から言われているとおりです。
▲ スライド4・Society 5.0の実現に育むべき能力や資質
また、「EdTech活用による新たな学びの姿」について、ある先生から「紙のドリルをデバイスでやればいいのでしょう」と言われたことがあります。確かにそれもEdTechの一面ですが、それだけではなく、児童生徒のための共有機能や探索機能、それに先生方の支援もEdTechの重要な機能です。
例えば、「EdTechによる学びの変革」、すなわち「学びのDX(デジタル・トランスフォーメーション)」の事例として、ドリルを活用した問題演習や探究型学習の実験分析、海外の学校とのオンライン授業などが挙げられます。特に、タイムラインが同じニュージーランド、オーストラリアやアジア諸国と連携しながら授業をすすめる事例は私立校を中心に増えています。
「DX」とは、「紙のドリルをデバイスでやる」というような、「何か一部を『改善』する」ことではなく「改革」なのです。単に紙からデジタルへの置き換えではなく、デジタルを導入することで学び全体がどう変わっていくのかを考えなければなりません。
▲ スライド5・EdTechが変えていく学びの姿
なお、EdTechのメリットとして「オンラインとオフラインの有効な活用」を挙げると、「テクノロジーばかり推すのか」とご批判をいただくことがあります。しかしEdTechでもオフライン、すなわちアナログ/リアルの重要性は変わりません。そこにオンライン(デジタル)が加わることで、それぞれの良さを活かしたハイブリッド型の授業が可能になるという話です。
▲ スライド6・オンラインとオフラインを有効に活用する
私の専門は教育テクノロジーですが、そこに注力すればするほどアナログ/リアルの重要性は強く感じられ、特に「創造力」を育む学習でアナログ/リアルの果たす役割は大きいと思っています。
提言Ⅱ 学びのDXに向けて各主体が果たすべき役割とは
提言の2つめは、「学びのDXに向けて各主体が果たすべき役割」です。そこでは、「学びのDXのロードマップ」を示しています。
▲ スライド7・学びのDXのロードマップ
現在は「Step1」、すなわち高校も含めた1人1台端末や通信環境などを「まず導入してみる」段階です。この次に「Step2」として「学びのデジタル化を試行錯誤する」段階が続くと考えています。その一例が「活用事例の全面展開」です。
2014年に「電子黒板」の配布が始まった時、全国の学校を回って感じたのは、学校ごとの利活用の格差です。授業で積極的に活用する学校がある一方、時刻だけ表示した「大きなデジタル時計」と化している学校もありました。こうなった理由の一つに活用事例が共有されなかったことがあると思います。今回はその轍を踏まず、「1人1台端末」にどういう活用法があるのか、全国で事例を共有していくことが重要と考えています。
そして最後の段階となる「Step3」で「自律的な学びの深化サイクル」を果たすためには、学習データの連携が不可欠です。ここでいう「学習データの連携」は、自治体や学校内だけでデータを所有・分析していくのではなく、都道府県単位、もしくは文部科学省の管理下での全国単位の連携です。学校内と学校外のデータを連携していく中で分析の精度を高め、一人一人に合ったより良い学びを提供していくことがStep3の到達点になります。
学びのDXでは、「企業・産業界」にも多くの役割が求められます。ハード・ソフト・人材の提供はもちろん、「世界一忙しい」とも言われる先生方の働き方改革を支援し、校務における補助的な支援を行っていくことも重要な役割です。
一方で「教員・学校」に求められることは、EdTech活用の推進です。
▲ スライド8・学びのDXで教員・学校に求められること
最も危惧されるのは、活用されずに「EdTechは使えない」「ICT教育は使えない」と結論付けられてしまうことです。世界を見渡せば多くの国が、テクノロジーの推進によって学びを促進しています。EdTechの否定は、他の国で使えている道具がこの国で使えないことを意味し、より大きな差につながりかねません。是非活用を推進していただきたいと思います。
「国・地方公共団体」に求められることとしては、まず「教育制度の見直し」が挙げられますが、もう一つ重要なのが「インフラの提供・支援」です。先生方や学校だけ、あるいは行政・地方自治体だけでは実現できないこともありますので、政府や国のサポートは非常に重要です。
そして「地域・家庭」で重要なのは「学びのセーフティネットの構築」です。家庭でルーターやWi-Fiを利用できない子供をゼロにし、学ぶ機会の均等を実現できる環境を構築しなければなりません。
▲ スライド9・学びのDXで国・地方公共団体に求められること
提言Ⅲ EdTech推進に向けた環境をどう整備するか
提言の3つめは、「EdTech推進に向けた環境整備」です。提言2つめのStep3にあった「学習データの連携・活用」を実現するには、どのようにデータを使って行くのか、それに伴ってどのように収集していくのかといった「グランドデザイン」の議論が重要です。本来、1人1台端末より先にまとめておくべきもので、実際、議論は行われてきたのですが、結論に至っていませんでした。しかし、今度こそこの「データの使用目的の明確化」を遂行する必要があると思っています。
しかし、ここでは「個人情報保護2000個問題」という難題があります。1700の地方自治体と300の関係団体、合計2000団体のそれぞれに個人情報保護に関する条例などの独自の規定があり、それを統一できなければデータの活用には時間がかかるでしょう。
さらに、「学習インフラの整備」も重要です。
▲ スライド10・EdTech推進に向けた学習インフラの整備
小中学生に続いて高校生も1人1台端末になりますが、一方で先生方の端末をみると、都道府県単位ですでに整備率が100%超えているところもあります。しかし、それらがすべてインターネットに繋がっているわけではありません。
例えば、文部科学省の外郭団体である独立行政法人教職員支援機構(NITS)では、全国からさまざまな先進事例を募集して教育現場で展開・共有させていく「NITS大賞」事業を実施していますが、このサイトさえ学校から見られないという話も聞きますので、それで本当に100%整備と言えるのか疑問です。そういうところのフォローはもちろん、先生方の研修が今の時流に沿った内容で行われているかどうか、といった点も含めた環境整備が求められます。
外部との連携も推進する必要があります。「学校は閉鎖的な組織」と自嘲する先生もいますが、学校外の人々と連携していく、もしくはより知ってもらうことで学校の大変さを共有してもらえれば、自分たちだけではできない課題の改善や解決法が生まれてくるのではないかと思います。
>> 後半へ続く