VRはこれからの教育をどう変えていくのか
第40回オンラインシンポジウムレポート・前半

活動報告|レポート

2021.6.2 Wed
VRはこれからの教育をどう変えていくのか<br>第40回オンラインシンポジウムレポート・前半

概要

超教育協会は2021331日、東京大学先端科学技術研究センター教授・工学博士の稲見 昌彦氏を招いて、「『超教育』を実現するVRの未来と展望」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では稲見氏が教育現場におけるVR技術やウェアラブルデバイスなどの活用事例や研究内容を紹介。後半は、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。

 

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「『超教育』を実現するVRの未来と展望」

■日時:2021年3月31日(水)12時~12時55分

■講演:稲見昌彦氏
東京大学 総長補佐
先端科学技術研究センター教授・博士(工学)

■ファシリテーター:石戸奈々子
超教育協会理事長

 

稲見氏は約30分間の講演において、教育現場におけるVR技術やウェアラブルデバイスの活用事例や研究内容について、さまざまな画像や動画を用いて紹介した。また、教育分野だけではなくスポーツにおけるテクノロジー活用のヒントについても事例を取り上げた。

 

 

【稲見氏】

私は東大先端研の中で、身体情報学という分野で研究しております。身体というと、たいていは生理学、またはスポーツ系の分野ですと身体運動学が挙げられます。物理的な身体としてどう考えていくか、ということが多いのですが、身体情報学というのは、身体を情報システムとして理解する分野です。

 

そもそもわれわれの身体は、脳という情報システムと、物理世界をつなぐシステムでもあるわけです。そのような意味では、Society5.0というサイバーフィジカルシステムは、われわれの身体そのものであるかもしれません。

 

具体的な研究の事例を紹介すると、「人間拡張工学」があります。これは、人間のさまざまな能力を拡張していこうという研究です。例えば、触覚を拡張することによって、ゆで卵の黄身を傷つけることなく、白身だけをフリーハンドで切ることができるようにする研究などです。ロボットメスになっていて、メスから伝わる力をうまくコントロールすることで、医学などの分野への応用が期待されています。

 

自分を見るメガネ「JINS MEME」を活用した教育分野の研究

身体情報学を実践していくための研究のひとつとして、メガネチェーンのJINSと共同で「自分を見るメガネ」である『JINS MEME』を研究しています。見た目は普通のメガネなのですが、センサーを搭載しており、まばたきの頻度や頭の動き、眼球運動などを計測できます。

 

これを実現するヒントとしては、鼻と額の部分に電極が付いていることが挙げられます。そもそも人の眼球というのは、網膜側がマイナス極、角膜側がプラス極で、小さな電池のようになっているのです。これをセンサーで計測することで、まばたきなどの目の動きを計測できるほか、さらにメガネに搭載された加速度センサーも併用することで、自分の身体、自分の様子や内的な情報も得られます。

 

▲ スライド1・三点式眼出電位センサーで目の動きを計測できる

 

この「自分を見るメガネ」が、本日のテーマである教育とどう関係するのか詳しく解説していきます。はじめに、大阪府立大学の黄瀬先生をはじめとしたチームで取り組んでいる共同研究をご紹介しましょう。

 

例えば、TOEICのリーディング問題を解く際の眼球運動を計測することで、知らない単語や「読みよどみ」などを解析できます。これにより、本来20分くらいかかるテストについて、5分程度で成績を推定できます。

 

「物理」では、試験問題を問いている際の眼球運動を計測・分析することによって、確信をもって問題を解いているのか、自信がなくて解いているのかを把握できます。従来は試験によって正解・不正解で理解度を図ることが一般的でした。しかし、自信がないものの、たまたま正解しただけかもしれません。このメガネを活用することで、弱点を克服し自信をもって問題を解けるように指導できます。

東大史上初のバーチャル卒業式とオンラインオープンキャンパスをVRで実現

本日の主題であるVR(バーチャルリアリティ)についての研究では、東京大学バーチャルリアリティ教育研究センターでVRを教育分野に活かすための研究を行っています。

 

▲ スライド2・東京大学バーチャルリアリティ

教育研究センターにおけるVR研究

 

VRそのものの研究は、1990年代から行われていましたが、教育にVRを活かすという取り組みや研究を推進するために、このセンターが設立されました。

 

東京大学におけるVR研究の取り組みをご紹介します。20203月、東京大学は史上初のリモートによる卒業式を挙行しました。これに合わせて、卒業式の2日後には、学生が主体となってバーチャル安田講堂を作り、そこの前で卒業イベントも実施しました。

 

▲ スライド3・オンラインで開催された

「高校生のためのオープンキャンパス2020」

 

これを発展させた形で、東京大学として2020年秋には、高校生向けのオープンキャンパスをバーチャル上で実施することにも成功しています。ちなみに、東京大学の赤門は現在工事中で通れないのですが、VR上で再現しました。この他にも、さまざまな施設や建物をVR上で再現し、オープンキャンパスには、14,000人ほどの高校生が来場する盛況ぶりでした。ちなみに、施設だけではなく、4月から東大総長の藤井先生のアバターも作成し、VR安田講堂のなかでプレゼンテーションを行う取り組みも実施しました。

 

さらに、バーチャルの東大の中にビルボードを設置し、そこに別の動画を再生するといった取り組みも実施しました。

 

▲ スライド4・バーチャル東大に出現したビルボードの動画

 

この技術を応用して、講堂内で講演会や授業を行うこともできるようにしました。

 

▲ スライド5・バーチャル東大での講演会の様子

 

東大には「UT-virtual」というサークルがあり、100名ほどのメンバーが在籍しています。この中の有志3名が、バーチャル東大システムの構築に名乗りを挙げてくれました。バーチャル東大への取り組みが評価され、この3名は令和2年度の「東京大学総長大賞」を受賞しています。バーチャルリアリティ教育研究センターとして、われわれ自身が取り組んできたというよりも、学生が主体的となって活躍できる環境を整えたという意味では、貢献できたのかなと思います。

 

このような取り組みもあって、私も所属している東京大学情報理工学研究科では「オンライン・ファースト」という書籍を出版しました。「コロナ禍で進展した情報社会を元に戻さないために」という内容で、この中にはVRを用いた教育についても触れられています。

VRで超高速学習を実現 教育現場でDXをいかに実現するか

今後、国ではデジタル庁も設立される予定ですが、上記で挙げたようなオンライン・ファーストやデジタル化、IT導入をどのように進めれば良いのか、さくらインターネット社長の田中邦裕氏が非常に分かりやすく説明していました。

 

▲ スライド6・さくらインターネット 田中社長によるnote

 

例えば、航空会社の予約・発券システムを例に考えると、コンピュータがない環境下では、紙で予約表を集計し、手で旅費を計算していました。これがアナログの状況です。これが、デジタイゼーションでは、エクセルなどの表計算ソフトでマクロ機能を活用し、人が承認します。電子印鑑などもデジタイゼーションに該当するでしょう。アナログでやってきたことを、そのままコンピュータでもできるようになったのが、デジタイゼーションといえます。

 

次のデジタライゼーションでは、システムに情報を入力すると、座席配置や燃料情報、貨物積載情報と紐付けて運行情報などを作成・共有できます。デジタイゼーションと何が違うかといえば、情報技術やコンピュータの得意な部分を生かすことができる、という点です。

 

最後のデジタルトランスフォーメーション(DX)は、さまざまな定義があると思います。今回例に挙げた航空会社で言うならば、飛行機で旅行を楽しむという方法から、新しいデジタル技術を使って、VRを活用して旅行を楽しむというビジネスモデルに変革したときに、初めてDXといえるのかもしれない、ということです。

 

私自身も、大学でオンラインでの教育に一年間取り組んできました。そこで、上記で紹介した田中さんの考え方に従って、教育現場におけるDXを検討してみました。

 

そもそも「大学は早く対面授業に切り替えるように」とのお叱りを受けることも多いのですが、学生にアンケートを取ると、いわゆる座学はコロナ禍の後も、オンライン授業を継続して欲しいとの意見が、78割を占めているのです。私の授業に出席している学生は、移動時間が削減できるメリットもあり89割が同様の意見です。

 

ただし、その一方で、実験や実習の授業はリモートでは難しいという課題もあります。実験や実習のDXとは何か、ということを考えたとき、そもそも実験や実習とは、学生が将来社会において、必要なスキルや知識を体験によって身につけるのが、本来の目的だと思います。しかし、物理世界の物をモデル化して実験をしていくことだけが実験・実習でしょうか、ということも考えなければなりません。

 

▲ スライド7・実験・実習のDXではサイバーフィジカル空間の構成原理の理解が大切

 

今の学生たちが、将来作っていかなければいけない社会というのは、物理世界と情報世界が融合したサイバーフィジカル世界が当たり前の世の中です。そこに対して、構成原理や構築原理を理解するところから、実験の目標を変えなければならないのではないかと思います。

 

このような取り組みは、これまでの研究でやってきていたといえるかもしれません。例えば、私の研究室の檜山敦講師は、他の先生が日本の伝統芸能である紙漉き職人の動作を、ウェアラブルデバイスを使って、学生に学習・体験させることに成功しています。筋肉の活動や目で見た景色、耳で聞いた音などを記録したうえで、学生に対してVR装置を使うことで、たった10回、基本的な動作を教示しただけで、本来23週間かかる動作をできるようになったのです。このように、ウェアラブルデバイスやVRなどのテクノロジーを活用することで「超高速学習」が実現できることを証明しました。

スポーツ分野においてもVRの活用が進展

また、私がPMを行っているIPA未踏のプロジェクトとして「VRを用いたアマチュア野球球審トレーニングシステム」を研究した北海道大学の学生もいました。本人はアマチュア野球の選手だったのですが、球審の誤審が気になっていたといいます。これを改善するためにVRが活用できるのではないかと考えました。例えば、球審のジャッジ傾向からスキルを把握したり、ストライクゾーンを立体的に表示し明確にストライクとボールが判別できるシステムを構築しました。

 

▲ スライド8・「VRを用いたアマチュア野球球審トレーニングシステム」

 

さらに、同じようなボールの軌道でジャッジが難しいケースにおいても、繰り返し学習していくことで、精度を向上させることも可能にしました。これは審判目線だけではなく、打者目線から体験することもできます。実際に、元プロ野球の球審や高校野球の球審からも、ぜひこのシステムを活用してみたい、という声を多くいただきました。

 

また、テクノロジーを活用し身体能力を拡張することで、次世代のスポーツができるのではないかとも考えています。「超人スポーツ協会」として、サイバーフィジカルスポーツを28競技検討しているのですが、コロナ禍においては、離れていても一緒にプレーできるような「フィジカルeスポーツ」も注目しています。

 

大切なのは、自分たちがプレーできることはもちろんですが、自らが作っていけることも重要だと考えています。新たに作ったスポーツが良いか悪いかは、実際にプレーしてみることで判断でき、新たな実験・実習につながるのではないかと思います。

 

ちなみに、20211010日を「スポーツ×デジタルの日」とし、サイバーとフィジカルが融合した新たなスポーツやeスポーツ関連のイベントなども実施できればと考えています。

能力は人と人 人と環境との相互作用によって変わる

さて、ここまでさまざまなVRを使いながら、能力を拡張することができるのではないか、というお話をしてきました。ここでひとつ考えたいのですが、四角い車輪と丸い車輪の自転車があった場合、平地では四角い車輪の自転車は前に進むことができません。ところが、カテナリーという波上の曲線の環境下では、四角い車輪の自転車のほうが、スムーズに進みます。平地ではスムーズに進む丸い車輪と、特殊な環境下で力を発揮する四角い車輪、どちらの能力が高いといえるでしょうか。

 

さらに、もうひとつの事例として、築地から豊洲に移転した市場で、照明が変わったことでマグロの目利きに影響を与えた、というケースもありました。つまり、上記の2点に共通しているのは、「環境が変わると能力も変わる」ということかもしれません。

 

▲ スライド9・身体的ハンディキャップも

環境が変わるとハンディではなくなることも

 

これまでの人類の歴史を振り返ってみると、農業革命が起こった際、身体的なハンディキャップをもっている方は、農業に従事することができませんでした。しかし、産業革命が起こると機械化が進み、身体がある程度不自由でも働けるようになりました。このように、環境が変わると人が発揮できる能力も変化していくことが分かります。

 

2000年代に流行したオンラインRPGでは、テキストでのチャットによるコミュニケーションが中心であったため、聴覚障害のある方もゲームに参加できました。音声によるコミュニケーションは難しくても、聴覚障害のある方は、普段からタイピングによってコミュニケーションをとっているため、スムーズなコミュニケーションが実現できたのです。

 

これは国による言語の違いについても同じことがいえるでしょう。すなわち、国や地域が異なると言葉が伝わらず、コミュニケーションが困難な状況に陥るのです。これらのことを考えてみると、そもそも能力とは個人の力であると思っていたものの、実は相互作用によって発揮できるものであったことが分かります。

 

自分と環境、または自分と他者との相互作用によって生み出されるのが能力であり、環境が変わることでその人の能力の発揮のされ方も変わってくるのです。

 

▲ スライド10・能力は相互作用によって発揮される

 

このような考え方を応用した研究として、イマクリエイト社の川崎仁史さんが開発したけん玉トレーニングVRがあります。けん玉が苦手な方でも、けん玉の動きをVR技術でスローモーションにすることで、対応しやすくなるのです。

 

▲ スライド11・VRを活用したけん玉の実験

https://www.youtube.com/watch?v=KO_874I-KWQ

 

遅いスピードに慣れてきたら徐々にスピードを上げて、現実世界の動きに近づけていくことによって、けん玉ができるようになります。実際に私自身も体験してみましたが、苦手なけん玉を3分程度の時間で、成功させることができました。

 

成功のためには、失敗を重ねる必要があると言いますが、失敗ばかりしていると人は、やる気をなくしてしまうものです。重要なのは失敗体験よりも、むしろ成功体験の積み重ねだと思っています。適切な成功体験を重ねることで、人は学習し成長していくことができます。そして、成功体験ができる環境を用意することで、その人の能力を最大限引き出すことができるのです。以上のことから、実は教育もバーチャル社会を用いたトレーニングなのではないか、と考えることもできます。

これらの「超教育」に不可欠なのは多様な環境を自ら創造する「好奇心」

VRをはじめとしたコンピュータの技術を活用し、自分の能力を発揮しやすい・引き出しやすい環境が用意できたときに、どのような教育ができるでしょうか。実はAIの機械学習の分野では、Curiosity(好奇心)をもつことによってより高いスキルが習得できる、という論文が注目されています。

 

つまり、私が最後にお伝えしたいこととしては、私たちの身体はテクノロジーによってさまざまな能力を拡張できます。また、サイバーフィジカル世界では、環境も能力を発揮しやすいように変えられます。

 

そのときに、重要なのは好奇心です。好奇心とは「変化する環境に対応し多様な環境を自ら創造する力」といえます。好奇心こそが、これから到来するVR時代の教育に求められることではないでしょうか。

 

▲ スライド12・教育において重要な好奇心

 

>> 後半へ続く

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