概要
超教育協会は2021年3月10日、聖徳学園中学・高等学校教諭の品田 健氏を招いて、「クリエイティブな学びを目指す聖徳学園のSTEAM教育とは?」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、品田氏が、同校で実践しているSTEAM教育に関するプレゼンテーションを行い、後半では、超教育協会理事長の石戸奈々子をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答を実施した。その模様を紹介する。
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「クリエイティブな学びを目指す聖徳学園のSTEAM教育とは?」
■日時:2021年3月10日(水)12時~12時55分
■講演:品田 健氏
聖徳学園中学・高等学校教諭
■ファシリテーター:石戸奈々子
超教育協会理事長
STEAM教育に早くから取り組んできた品田氏は、約30分間の講演において、聖徳学園におけるSTEAM教育の歩みと、実施している授業の具体的な内容について説明した。主な講演内容は以下のとおり。
聖徳学園は、東京都武蔵野市にある私立の共学校で、生徒数は中学・高校合計で800人程度と、比較的こじんまりした規模の学校です。
校舎の多くは、昭和の香り漂う木の床の教室ですが、特別教室を含めた全教室にプロジェクターもしくは、大型モニターとAppleTVを配備しています。もちろん全校でWi-Fiが利用でき、どこのクラスでもICTを使った授業が可能になっています。
本校がSTEAM教育を行う理由ですが、本校には、「自分の強みを生かして世界とつながり、新しい価値を創造しよう」というビジョンがあります。私たちの教育も、生徒が自己に足りないところを補うことより、むしろ、得意なところを伸ばすことに重点を置いてサポートしています。
また、「STEM」ではなく「STEAM」と「Arts」を入れています。これはいわゆる「リベラルアーツ」の「A」というよりも、本校では、人に見せる「創造的なアウトプット」を発信していくために必要なアートの「A」と考えています。実際の取り組みでも、従来の生徒が「課題」ととらえてきた授業成果を「作品」としてアウトプットしていくところにアートが重要な役割を果たしています。
本校が、どのようにSTEAM教育を実践しているかを具体的にご紹介します。最初は、プレゼンテーションアプリ「Keynote」を使った自己紹介ムービーの作成です。コロナ禍で、ホームルームを含めてオンラインになり、教室で自己紹介ができなくなってしまったため、今年度から初めて実施しました。
▲ スライド1・作成した自己紹介動画はGoogleドライブで共有
次は、外国語のレッスンムービーの作成です。毎年実施しているものですが、今年度はちょうど授業がオンラインから対面式へ移る時期に行いました。
生徒にはまず、初めて学ぶ言語を一つ選び、Web上の翻訳アプリやサービスを使って自習してもらいます。ムービー作成に使用する「Clips」というアプリは、あらかじめ言語を指定しておくと、撮影中に喋った音声を認識して字幕を自動作成する機能がありますので、生徒は正しい字幕が出るまで発音を繰り返し練習しながら撮影を進めていきます。授業も後半になると、同じ言語を選んだ者同士がいつの間にか集まって勉強を始めたりもしていました。
▲ スライド2・字幕が音声自動認識で生成されるムービー
このような創造的な活動を行うには、従来の授業スタイルは効率的ではありません。そこで今回、オンラインと対面の狭間での実施となったことを機に、授業の効率化に取り組みました。具体的には、まず授業時間を昨年までの50分×6回から40分×3回に大幅に短縮しました。当然授業内では全て教えきれないため、放課後や家庭で練習する必要が出てきますが、コロナ禍で課外活動もない時期でしたのでトライしてみました。
授業内容についても、昨年までは、アプリの説明などに授業時間をかなり割いて反復説明してきましたが、半分以下に短縮された新しい授業時間内では、そうした説明は1回のみにして、説明はYoutube、質問は校内SNSとZoomを活用することにしました。
説明用に作ったYoutube動画が実際にどれくらいの生徒に閲覧されたのか。必要な生徒だけが見る説明動画は、普通の動画とは異なり「閲覧率が低い」ほうが理想です。実際、成績に直結する「課題の提出方法」と比べると「課題の説明」を見ている生徒は半分以下でした。生徒は説明がわかっていて、これまでの授業が説明過剰であったことが裏付けられ、反省材料となりました。
▲ スライド3・使い方の説明は動画だけで十分
そこで現在は、授業のサイトを作り、デジタルテキストへのリンクを貼ったり、授業で使ったKeynote資料をPDF化したものを全部掲載したりしています。動画も多用しますので、参考となる動画や操作説明の動画へのリンクなども置いて「この授業に関する情報はこのサイトで全て手に入る」というような形で運用して、かなり効率化を進めることができました。
STEAM教育では「継続性」も重要
次に紹介するのは、失敗した取り組みで、表計算アプリを使った表やグラフの作成を、コンビニの経営シミュレーションで学んだらどうだろうかと、考えたものです。具体的には、生徒はコンビニ経営者になり、指定された特徴的な4日間に、4種類の商品をどれだけ発注すればいいかを予測し、表計算アプリで損益を集計して表とグラフにまとめるというものでした。
▲ スライド4・コンビニの店長になって表計算ソフトを活用する事例
ただし、授業では「ただ予測しなさい」だけでは難しいので、指定した日を含む一週間の実際のコンビニの実績データを渡した上で、天候やコンビニの場所、その日に起こったことなどをグループで調べて検討を重ね、販売予測を出すようにしました。
▲ スライド5・綺麗に仕上がった回答事例
なかなか綺麗に仕上がっていて、収支もプラスで終わっています。せっかく表計算を学ぶなら、全員が同じ数字を使うよりもこのように各自で考えた数字を使って表やグラフを作った方が面白く身に付くと思ったのですが、問題はコンビニデータの入手にありました。あまり細かくは話せませんが、初年度はつてを頼って何とか入手できたものの、翌年以降は入手できず断念せざるを得ませんでした。STEAM教育では、継続性も重要なのです。
ICTを使うものばかりではない ユニークなSTEAM授業も
STEAM教育は、ICTを使うものばかりではありません。代表的なものが「ペーパータワーチャレンジ」です。年度の最初に「グループワークの練習」という位置づけで実施しています。
▲ スライド6・ペーパータワーチャレンジのルール
ルールは、決められた枚数の紙を使って、壊れない高いタワーを作るという単純なものですが、制限時間や使える道具にも制約があります。何度か繰り返して行いますが、話し合いだけで時間をほとんど費やしてしまったり、1回目で紙を切ったり折ったりし過ぎて2回目以降は、思ったものができなくなったりといった試行錯誤を繰り返しながら、チームワークで高いタワーを建てていきます。
最終的には、トップに消しゴムを載せられなければいけないのですが、今年度は、これをより軽いピンポン玉に置き換えてもやってみました。軽いから簡単というわけでもなく、落ちないようにタワーを構築するのが意外と難しくて、両方やってみるのも面白いのではと思いました。
次は「Neoジャンケン」というゲームです。本校もいわゆる進学校なので「STEAMは大学進学に役立つのか」と言われることもあります。そこで、2018年に、ある難関私立大学で実際に出題された小論文の課題をベースに考案したもので、入試では、1人で考えて小論文を作成するところをグループワークにしてみました。
プロジェクトは、グー・チョキ・パーの「ジャンケン」に第4の手「キュー」を追加した新しいルールを作り出し、プレゼンテーションの授業で披露するというものです。
▲ スライド7・某難関私立大学の入試にも出たNeoジャンケン
「キュー」について、どういう手の形でやるのかからスタートし,ルールを試行錯誤したり、Keynoteだけではわかりづらいと、画像や動画の説明を追加したりするグループもありました。
▲ スライド8・グループで試行錯誤しながらルールの妥当性を検証
実際にやってみると、どの手の勝率も均一になるジャンケンという遊びの完成度の高さがわかります。「キュー」という一手を加えるだけで勝率の均一性を保つのが難しくなり、これを何とかしようと頑張るグループもあれば、誰か1人だけがキューを出したら勝ち、あるいは負けという一発逆転ルールを考えるグループもあります。
一旦決めたルールが実際に試してみるとうまくいかずに、試行錯誤を繰り返すことはもちろん、自分たちでは気づかなかった問題点を、他のグループから指摘されることもあり、いわばプログラミングの「バグフィックス」的な要素もあってなかなか興味深い結果になりました。
次は、最近ずっと続けている「動画を合成した学習ムービー」作りで、説明の板書を背景に合成するグリーンスクリーンの前で生徒が解説を行うというものです。
▲ スライド9・グリーンスクリーン合成技術も使う学習ムービー作り
動画撮影シーンでは、出演する解説役や撮影担当のほか、タイマーやプロンプター担当など自然に協力しながら撮影をして行きます。今年度は生徒のリクエストもあり、グリーンスクリーンを増設して効率的に撮影を出来るようにしました。
実際に合成した動画は、黒板の前で授業をしているように作ったものから,ニュース解説風にかっちり作り込んだものまでさまざまですが、今の子供は動画が好きなので、みんな凝ったものを作っています。これもGoogleドライブで共有して、相互に解説を見られるようにしています。
▲ スライド10・作成された動画
ワープロソフト「Pages」の授業も、普通に文章を作るだけではつまらないので、模擬定期考査問題を生徒に作らせることにしました。まだ習っていないところは自分で学びなさいという無茶ぶりでしたが、かなりの力作もありました。もちろん、紹介用ですので非常に良くできたものをお見せしていますが、模範解答も作ってもらっていますし、難解なので動画による解説を付けてきた生徒もいました。これらの問題・模範解答も全員でシェアして、期末考査前に、お互いで解き合うことができるようにしています。
▲ スライド11・ワープロの授業では模擬テストを作成
映画を活用したSTEAM教育 「正解のない問題」を考える力を
次に紹介するのは、映画の中の課題を皆で考えようという授業で、題材としたのは「オデッセイ」という、2015年に公開されたアメリカのSF映画です。主人公は、事故で火星に一人取り残されてしまった宇宙飛行士で、他のクルーは地球帰還の途上にあり、救援の宇宙船が到着するには少なくとも4年かかるといった状況で、主人公はなんとか生き残ろうとし,地球の人々が何とか彼を助けようとするドラマです。
授業では、この映画の冒頭約20分を見せてシチュエーションを確認させ、NASAの長官として彼を助けるのか、助けないのか、それぞれ理由を挙げて、世界中の人々に納得してもらえる声明文を作ってもらいます。もちろん「可哀想だから助ける」だけでは納得してもらえませんし「莫大な費用がかかるから見捨てる」だけでもいけません。中には「隠蔽しよう」という意見も出てきますが、それなら「隠蔽してどうなるのか」まで考えてもらいます。
ある生徒は、いろいろな資料を調べて「こうすればより早く火星に行ける」方法を書いています。この中には「ホーマン軌道」という言葉が出てきますが、それが何か説明できなかったのでダメ出しすると、次はホーマン軌道について深掘りしてきました。ホーマン軌道自体は、授業で習わないかも知れませんが、習ったはずの「地球と火星の距離」に「どうすれば火星まで最短で行けるのか」や「なぜ到着までの期間が変わるのか」といったことも含めて、勉強し直すいい機会にもなったと思います。
▲ スライド12・ホーマン軌道について言及した回答事例
この課題は、何が正解かを考えるものではありませんし、映画のストーリーが正解というわけでもありません。同じ問題を解決するにも、与えられた条件や自分の立場で答えは変わってくるのが現実であり、生徒も将来そういう社会の中で、どんどん判断を行っていかなければいけないということを、理解させることが重要です。
このように、本校のSTEAMでは、いろいろなことに取り組んでいますが、できるだけ「これがひとつの正解」と決まっていない、いわゆる「正解のない問題」を考え抜くことを重視しています。そのためには、選択や判断の基準となるさまざまな情報を集めて、皆が異なる考えを出してくる中でお互いの考えをできるだけ共有し、最適と思われる答えを導き出すというプロセスが必要です。ある意味、常にもやもやした状態でスッキリしないまま進んでいく授業と言えるでしょう。
▲ スライド13・STEAMの真価は正解のない問題
国際協力プロジェクトとのコラボレーションも
高校2年生で実施するSTEAMの最終ステップでは、「総合」の時間に行う「国際協力プロジェクト」とコラボレーションを実施しています。このプロジェクトはまず、グループ単位で割り当てられた国や地域のことを調べ、そこで見つけたリアルな社会課題をどうやって解決していくのか単に考えるだけではなく、できるだけ実際に取り組んでみることを中心に指導しています。
ここまでに学んできたツールやサービスをうまく活用して課題解決できないか。例えば、自分たちの考えたアイデアを広く広めたい場合に、SNSが有効ではないかということでInstagramを使うグループもあります。我々も「大丈夫かな」と思いながら見守っているわけですが、実際に取り組んだ国の方々からは多くのフォローもいただけています。こういう活動にすごく意味があることや、SNSの活用による影響力についても改めて学んでいます。
この授業では、自分たちが取り組んでいきたいことを「中間報告会」でプレゼンテーションします。
▲ スライド14・「中間報告会」に向けて作成したポスター
この報告会では、JICAの方々や大学の先生から評価をいただいたり、起業家の方に、ビジネスとしての可能性について意見を伺ったりしながら取り組みを進めていきます。中には、この時点で「取り組みが甘い」と言われて大幅な方向転換するグループも出てきます。
この授業は、例年春、次年度に取り組む高校1年生を集めてポスターセッションを実施していますが、昨年度はコロナ禍で休校になってしまうため、急遽そのポスターを使った動画撮影を行いました。
▲ スライド15・コロナ禍の昨年と今年は動画で取り組みをアピール
ケニアを担当したグループでは、「母の日にケニアのバラを贈ろう」というテーマで、実際にケニア産のバラを仕入れて校内SNSで配信して販売したりしていました。
今年度も密を避けるために、ポスターセッションが行えないため、自分たちの取り組みを、プレゼンテーションにまとめた動画を、YouTubeに限定公開することにしています。それを相互に評価したり、JICAや大学の先生にコメントをいただいたりするため、現在撮影準備を進めているところで、プレゼンテーションの作成などをSTEAMの授業でサポートする形になっています。
このように、STEAMのプログラムは、かなりバラエティに富んでいますが、基本は「とにかく生徒が自分で調べて考えたくなるようなもの」を心がけています。自分たちで調べたり、お互いに教え合ったり、専門の先生に聞きに行ったりといった取り組みを重ねながら、自分の考えを深めていく。授業時間以外、例えば朝シャワーを浴びている時にも「どうやってあの宇宙飛行士を助けよう」とか「新しいジャンケンのルールをどう伝えればいいのか」とかを考えていける、そういうプログラムが理想です。
また、一口に「STEAM」と言っても、Science、Technology、Engineering、Arts、Mathという5要素を全て入れて考える必要はありません。あるプログラムでは、問題解決の過程でMathを多用することもあるでしょうし、ScienceやEngineering、Artsにかなり偏ったものがあるかもしれません。そういうものを含めてかなりざっくり広く「教科横断型の学び」になればいいですし、結果として「創造的なアウトプット」ができるかどうかが一番大事だと私たちは考えています。
▲ スライド16・目指すのは「創造的なアウトプット」ができること
>> 後半へ続く