概要
超教育協会は2021年1月26日、慶應義塾大学環境情報学部教授中村 修氏を招いて、「加速する大学のオンライン化~次世代デジタルアイデンティティ基盤~」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では中村氏が、慶應義塾大学のIT事情と、進行中の次世代デジタルアイデンティティ基盤の実証実験の内容や目的等を紹介。後半は、超教育協会理事長の石戸奈々子氏をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。
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「加速する大学のオンライン化
~次世代デジタルアイデンティティ基盤~」
■日時:2021年1月26日(火)12時~12時55分
■講演:中村修 氏
慶應義塾大学環境情報学部教授
■ファシリテーター:石戸奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸奈々子
シンポジウムの後半では、ファシリテーターの石戸より参加者から寄せられた質問が紹介され、中村氏が回答するかたちで質疑応答が行われた。
「自己主権型」で信頼性を「確かめられること」が大切 デジタルアイデンティティの国際標準を
石戸:「初めにお伺いします。身分証明書や学位取得証明のデジタル化について、慶應義塾大学に限らず日本国内の大学全体、もっと早くに進んでいてもよかった領域ではないかと思います。なぜそうならなかったのか、何がハードルだったのか、教えていただきたいです」
中村氏:「さっき『自己主権型』というキーワードを出しました。自己主権型であり、かつ、その信頼性を担保できるかがすごく大事です。今まで紙だった世界で、例えば卒業証書をPDFにすれば電子化はできますが、受け取った人が『これ本物?模造したのでは?』と思っても確認する術はありませんでした。それが今、どうすればベリファイ(検証)できるのかの見通しがやっと見えてきたところだと思います。ベリファイを定着させていく動きが出始めたのも最近のことだと思います」
石戸:「2017年にMITがブロックチェーンを使って卒業証明書を出すニュースを見ましたが、その後あまり広がっていない印象があります。技術的なネックがあったのか、コスト的なネックがあったのか、社会的に受容されなかったのか。もし海外事情をご存知でしたら教えていただけますか」
中村氏:「MITが実現したときは、まだ社会に要求されていなかった、標準化もまだされていなかったと思います。
今回、慶応義塾のブロックチェーン・ラボから依頼を受けたとき、研究者に『MITではもうやっているのでは?』と聞いてみたところ、MITの証明書を開発したプロジェクトの張本人は今、W3CのDIDのdistributed identityのワーキンググループの中で、標準化の活動に積極的に貢献しているそうです。
今でもPDFに電子証明書を追加してベリファイできる文書は作れますよね。そして第三者機関がベリファイする仕組みはありますが、このある会社のサービスを使わなければベリファイはできません。1企業のサービスに頼ったものとなっています。これが嫌なら、誰でもベリファイできるようなインフラを作るための技術を標準化する必要があります。今はこの標準を作るフェーズにきています。慶應義塾は、標準を作るためのPoCにフィールドを提供しながら、国際標準を作ることに貢献していきたいと考えています」
石戸:「やはりコストもかかりますよね。卵が先かニワトリが先か、コストを上回る利便性が見えなければなかなか導入に踏み切れない側面もあるように思います。慶應義塾はある意味率先して、コストと関係なく技術開発、社会的実装の観点で導入して使い方を見出していく、標準化と普及に貢献したいということなのでしょうか」
中村氏:「社会システムとし回していかなければならないので、コストも度外視はしていません。学生に証明書出すときには大学がコストを負担すればいいし、例えば企業も、就活に来た学生の学生証を確認したいときには100円とかお金を払えると思います。そんなことも考えながら、私達は今回の実証実験を進めています」
石戸:「ブロックチェーン技術を学生の卒業証明にも活用しようという動きがあります。学歴詐称が多い国や地域が導入に向けても熱心に動いている印象です。日本は学歴詐称がさほど多くないことも、気運が遅れがちな理由なのでしょうか。諸外国と比べた日本の温度感はいかがですか」
中村氏:「慶應義塾大学には、海外の高校を卒業した学生もけっこう応募してきますが、オンラインで提出された受験書類が『これ本当?』と思うことはときどきあります。そうなったときに国際レベルで簡単に情報の精度を確認できるとしたら、大学はお金を払うのではないでしょうか。このようなグローバルなサービスを実現するためにも、日本の慶應義塾大学も協力して国際標準を作っていければよいと思います」
石戸:「コロナの影響に関連した質問です。『大学のオンライン化が進み、収束してもオンライン化は維持されると思いますか。戻ってしまう大学と進む大学の二極化は問題にならないのか』という質問です。大学だけでなく初等教育含めて、デジタル化が進んだと思いますが、これを後戻りさせてはいけないという思いがあります。実際に教鞭をとっていらっしゃる立場で教えていただければと思います」
中村氏:「オンライン授業には2通りあると思っています。『オンラインだからできること』にトライした授業と、くだらない授業のビデオを流すだけでオンライン授業と言われているものとがあります。今後は、オンラインでやる事に高い価値がある授業は、どんどん継続していくと思います。キャンパスに来ていろいろやるのはもちろん楽しいし、キャンパスライフは、学生にとって大きな価値だと思います。対面授業にも大きな価値があります。またオンラインの良さは、今回の経験で明らかになってきたと思います。今後は、キャンパスでの活動や授業、そしてオンラインをうまく融合した、新しい大学の形が模索されていくと思っています。
いろんな大学で今、『キャンパスに来て、オンライン授業に参加しなければならないのに、場所がない』と言われています。オンラインとキャンパスの融合には新しいインフラ整備が必要だと思います。例えば、SFCだとキャンパスどこでもWi-fiが使えますから、鴨池の横でも授業を聞けます。他の大学でもそのような環境整備が必要になってくると思います」
石戸:「私が学んだ大学には500人講堂があって、双眼鏡で板書を見ながらノートを取るなどしていました。大講堂でやっていたような授業は、正直オンラインのほうがいいので、大きな教室は全部なくして、個人がブースで授業に参加できるとか、そんな構造になった方がいいですよね。
講演の話に戻ります。今は身分証明と学位取得のところだと思いますが、最近は『学歴社会よりも学習歴社会』との言葉も広がりつつあり、学習履歴をいかに証明していけるかの重要性も語られています。単位互換等のお話もありましたが、学位取得だけでなく授業1コマずつの修了証明のような管理については考えていらっしゃいますか」
中村氏:「とても重要な視点だと思います。ただ、『全部ブロックチェーン上にあって誰でも見られる』のでは、また別の問題が出ます。『この人は慶應義塾の学生である』というシンプルなIDだけブロックチェーン上に保存するならいいのですが、成績などの別の情報は、ブロックチェーン上にある必要はないと思います。そして、どこにどの情報があって、それが紐づけられるときの権限をどうコントロールしていくのか、技術的にすごく大事だと思いますし、本人が管理できるべきであると思います。これは大きなテーマだと思います」
石戸:「ブロックチェーンにはプライバシーの問題もありますし、書き込む情報の間違いの問題もあります。どこまで書き込み、書き込まない情報はどこでどう管理するべきか、非常に重要だと思います。私自身もデータは個人が管理できるといいと思います。
先ほど『国がやればいい』の話がありましたが、これは、理想は自律分散的にサービスが広がっていくことでしょうけれど、データ利活用に関しては国が旗を振らないとなかなか進まないのではないか、といった議論でした。
慶應義塾は、小中高大院と全部持っているので、新しいサービスのプルーフ・オプ・コンセプトをするのには非常によい土壌にあると思います。大学だけではない卒業証明や学習履歴を接続して管理していくようなお話はあるのですか」
中村氏:「すごくいい指摘ですが、小中高は敷居が高いですね。慶應義塾のIdPのサービスも提供して管理できているのは大学の学生と教職員が主で、高校生にはできていません。組織としては独立していますのでそれぞれのやり方があって、こちらが旗を振ってもなびいてこないところがあります」
石戸:「ぜひともそこにチャレンジしていただけると、日本全体への大きなソーシャルインパクトになるのではないかと思いますが、なかなか難しいのですね。次の質問です。『ブロックチェーンの学位証明書を扱っているベンチャー企業などとの協業はあり得ますか』というものです」
中村氏:「技術仕様など公開しながら一緒にプロジェクトを進めていくこと、あり得ると思います」
石戸:「日本でブロックチェーンを活用したサービスを考えている企業、団体、大学の動きがバラバラにならず、標準化に向かって日本全体で大きなプラットフォームが構築されるといいなと、私自身は思っています」
中村氏:「私達は国際標準を作っていくべきだと思っていますので、皆で考えを持ち寄って、こうしよう、ああしようというのはすごく大事だと思います」
石戸:「最後の質問です。今後の展開としての国際標準への準拠について、日本国内での普及を進める上で、日本ならではの教育制度や社会的背景など、グローバルにない標準化の観点があれば教えてください」
中村氏:「国際標準と言いましたが、全てのシステムを標準化する必要はないです。Webサービスを例にしても、GoogleもありFacebookもあり、基本的なHTTPという標準技術の上にWebの技術があり、その技術を使って様々なサービスが生まれています。IDの世界も同様に、基本的な管理の仕方のベリファイブル・クレデンシャルズのところだけを国際標準として皆で共有すれば、その上の例えば学歴詐称にどう対応するかのサービスや日本ならではのアプリケーションなども、自由に展開できるようになると思います」
最後は、石戸の「教育における『次世代デジタルアイデンティティ』への具体的な取り組みの最前線を知ることができましした。ありがとうございました」という締めの言葉でシンポジウムは幕を閉じた。