概要
超教育協会は2026年8月5日、株式会社デジタル・アド・サービス 教育デザイン部の黒川 弘一氏を招いて、「デジタル教科書を語る ~制度化の現在地と学びの未来~」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、黒川氏がデジタル教科書の経緯と2030年に向けての課題について講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「デジタル教科書を語る ~制度化の現在地と学びの未来~」
■日時:2026年8月5日(水) 12時~12時55分
■講演:黒川 弘一氏
株式会社デジタル・アド・サービス 教育デザイン部
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
黒川氏は、約40分の講演において、デジタル教科書の歩みと今後の課題、可能性について話した。主な講演内容は以下のとおり。
教科書は紙・ハイブリッド・フルデジタルの三択 「誰のための教科書か」を考えるべき
【黒川氏】
本日のシンポジウムのテーマは、デジタル教科書の現在地、2030年に向けての課題、教科書の進化の大きく3つです。まずは、教科書の前提知識に触れておきます。教科書は非常に特別な出版物で、学習指導要領に基づいて制作されており、「行政(政策)」が深く関わっています。その一方で世論やSNSなど「社会」の評価を受けます。そして、何よりも「学校」で実践されることで評価をいただきます。それをもとに「企業」が方法性を判断する。このあたりが一般の出版物との大きな違いです。
また、義務教育の教科書は国の負担により無償で提供され、検定制度を通じて質が担保される「主たる教材」として位置づけられています。検定を受けたことによって、すべての児童生徒に法的な使用義務が発生します。ここが先生方にとってはプレッシャーとなるところです。教科書とは、政策と実践と世論のせめぎ合いの中で成立する教材だといえるのです。
2026年度は学校教育法の改正と、学習指導要領の答申があります。それらを踏まえて、2027年度以降に編集、検定と進みます。学習指導要領が全面実施される2030年までは意外に時間がなく、小学校の検定提出が2028年、中学校が2029年、高校が2030年です。小学校では採択後、2030年4月から使用開始になります。
発行形態の議論はかなり前からあり、紙からデジタルへ移行するか、紙とデジタルの併用とするか、紙かデジタルかを選択するか、そういった議論がされてきました。今回、学校教育法の一部を改正する法律が可決されましたが、その中では「デジタルな形態を含む教科書へ」という言い方になりました。ここで大事なのは、検定を経ることにより、教科書はデジタルな部分も含めて無償措置の対象になるということです。今までのデジタル教科書は教材の位置づけで、有償でした。
これまでは紙の教科書しかなかったところに、代替教材としてのデジタル教科書がありましたが、今回は紙の教科書、紙とデジタルのハイブリッド、そしてフルデジタル、この三択に決まりました。
「ハイブリッド」型ですが、紙の教科書がベースです。そこに二次元コードからデジタルコンテンツを活用できるかたちです。教科書の記述に関連した音声や動画やシミュレーションのほか、学習計画や自己評価の書き込みなどもできると予想されます。こうした「ハイブリッド」型が今回、検定対象となりました。その分量や範囲がポイントで、教科書検定審議会の検討が待たれるところです。大臣指針では、「フルデジタル」型(デジタル教科書)がどうあるべきかについてのコメントが出ていて注目されています。
まず、小学校4年生以下では認めるべきではないとされています。小学校では5、6年生だけが学ぶ教科は英語と家庭科しかないので、連続性を考えると英語と家庭科しか導入できないとも考えられます。国語や社会、道徳は認めるべきでないという指針の理由としては、「小学校低・中学年では慎重に考えるべき」、「文脈を理解し読んだり書いたりする学習が想定される国語や道徳、文章と資料を一覧で見る学習が多い社会などではふさわしくない」といったことが挙げられています。ただし、こうした意見について、「ハイブリッドな形態では十分に考えられる」という答弁がされています。障害のある児童生徒は「ハイブリッド」型では対応できないので、「教科用特定図書等」にデジタル化したものを位置づけて発行を促進したいとしています。そして、検討会議等を踏まえ、秋までに確定するとされています。
私としては、複雑な思いでこの大臣指針を聞いていました。「フルデジタル」型の有効性は高いと思っていたので、スタートにあたり学年や教科に制限をかけるべきなのか、選択制にした意味を考えなくてはいけないと思っています。「ハイブリッドがメインになる」とも言われていますが、「ハイブリッド」型では、現在の教科書と正直あまり変わりません。多くの教科書にQRコード(二次元コード)が付与されていて、そこからアクセスすると良質なコンテンツを活用できるなど、すでに「ハイブリッド」型です。発行者の工夫次第ですが、検定の範囲や提出時期を考えると新しい教材の開発は難しいかもしれません。
実際の採択では、環境整備や教職員の研修などを踏まえると、例えば多くの小学校がある自治体での「フルデジタル」型の選択は難しく、これまで通りの「ハイブリッド」型がメインになるのではないでしょうか。教科書発行者側にとっては「フルデジタル」型が採用されないと採算が取れないので、撤退傾向になると考えられます。
もうひとつ、考えなくてはならないのは誰が選択するかという問題です。現在は、学習者が選ぶのではなく、自治体や学校設置者が選択する制度となっています。2025年10月の国の調査では、「ハイブリッド」型が大勢を占めたという報道もありましたが、「誰のための選択」なのか、児童生徒が選択できないということは、指導要領の中核にある多様性の包摂にならないのではないかという疑問を持ちました。制度改正や自治体の判断が必要になるかと思います。
「ハイブリッド」型教科書6つの課題とは
次に、「ハイブリッド」型で検討されるべき課題を6つ挙げました。
▲ スライド4・「ハイブリッド」型教科書で
検討されるべき6つの課題
まずは、「コンテンツの分量と範囲」について。現在、多くの教科書にはQRコード(二次元コード)からリンクするコンテンツがあります。これは検定対象外で、各社のサービスとしての位置づけです。授業での活用は少なく、家で見るなどのケースが多いと思います。教師用指導書にも計画や方法が記されていない場合が多いです。文部科学省の資料によると、以前よりも現在の教科書のほうがQRコード(二次元コード)数が増えています。小学校中学校とも3.5倍に増え、時代はほぼ「ハイブリッド」型になっていると言えるでしょう。
アクセシビリティへの対応も課題です。「ハイブリッド」型は紙の教科書がベースになるので、国が制作するというデジタル版の教科用特定図書でどこまで対応できるかが問題になります。「ハイブリッド」型がメインになると、特別な支援を要する児童生徒の潜在的なニーズや、外国人の児童生徒に十分な対応ができなくなることが懸念されます。これはインクルーシブな観点から改善が求められると思います。
一方、「フルデジタル」型にリフローなどのアクセシビリティ機能を標準化できるかという視点では、予算や実現性に問題があります。例えば、現在のデジタル教科書では紙面の拡大や縮小は当然ですが、文字色や背景色、振り仮名表示、リフロー表示、音声読み上げやその速度変更など、主な特別支援の機能はそれぞれの会社が工夫して作って入れています。ただ、すべての教科となると大きな労力とコストがかかるので、どこまで標準化できるか、あるいは国が支援できるのか、ここは焦点になると思います。
次に、通信障害時や使用期間への対応、著作権への対応という課題もあります。使用期間でについては、履修期間以降の利用が問題になります。もう一度、教科書を見たい、見返して学び直したいというニーズに応えてほしいという要望が上がっている一方で、ダウンロードしたり印刷したりして利用するとなると著作権との兼ね合いを考慮しなければなりません。「学校教育の目的上必要と認められる範囲では良いが、著作権者の利益を不当に害することになる場合は認めない」という前提だけでは、乗り越えられないのではないかと考えています。AIに教科書データを読み込ませて、教材制作に活用することも想定され、権利者の理解が得られにくいように思います。これらを考え合わせると、国語や社会や道徳で「フルデジタル」型の教科書を認めないという方針は、教育的な配慮だけではなくて、著作権の問題がベースにあるのではないかと推察します。
そして予算の課題もあります。適切な予算が担保されないと事業の継続は困難です。ビューア等の更新や管理費用だけでなく、全国の児童生徒が活用するクラウド運用費が膨大になる可能性があります。それを予算に反映できるのか。家賃が高くて生活が豊かにならないという、いわゆる「デジタル赤字」構造が指摘されていますが、これが当面続くのではないか考えます。また、学校教育法の改正により高校も対象になりましたが、高校では教科書は国庫負担ではなく保護者負担です。GIGA端末の配布もないので、ここの政策的な問題は大きく残ると思います。
2030年代に向けて教育DXはどうなるのか
2030年に向けた課題について考えていきます。現在のデジタル教科書を使っている子どもたちは、読解の授業でこんなに書き込んでいきます。
ここまでのトライアンドエラーは紙の教科書では難しいでしょう。私自身、なぜ教科書をデジタル化しようと思ったのかを振り返ると、2000年頃に一斉学習が前提の教科書に一定の限界を感じました。学習材とすることで、子どもに学びを取り戻すことができるのではないか、また、紙ではできないことを実現するために、学びを教科書から外の世界へ繋げていくことも考えました。これは、認知心理学者であり、当時、東京大学の教育学部長であった佐伯 胖(ゆたか)先生から「教科書は内側だけでなくて外側へ繋げていかないといけない」と言われ、それに触発されたところがあります。一斉学習から個別学習へ、教師主体から学習者主体へといった大きな学びのパラダイムチェンジを迎えつつあると感じていた中、公教育を教科書から変えられないかと考え、教科書のデジタル化を考えたのです。
同時に教育の情報化政策を振り返ってみると、2000年、2010年、2020年と10年ごとに4,500億円ほどかけて施策が進められました。2000年のe-Japan構想のネットワーク環境整備からスタートして、2010年のスクールニューディール構想では電子黒板が導入され、学びのイノベーション事業で「学習者用デジタル教科書」が正式にスタート。そして2020年のGIGAスクール構想とともに導入が急速に進みました。教育的には紙とデジタルの併用が模索されてきたと思います。自民党の教育再生実行会議にも出ましたが、デジタルが中心で紙は補助的に配布する案も真剣に議論されたことを思い出します。ただ財務省は、教科書は国税でまかなうものであり、紙とデジタルの同時配布は国民の理解を得られないとし、どちらか一択というスタンスを明確にしていました。そこで、現在、約473億円の教科書予算とは別の事業として英語、算数、数学で「学習者用デジタル教科書」を配布していますが、十分な普及には至っていません。そして、今回、「選択」に舵を切ったわけですが、予算と実現性を鑑み、実質的に「ハイブリッド」型へ政策決定がなされたと感じています。
改めて、「ハイブリッド」型の課題を振り返ります。まずは、インクルーシブ教育を考えたとき、「ハイブリッド」型は多様性とは反対の方向にあると考えます。デジタル教材との連携も課題です。どう接合していくのか、有償部分の課金方法をどうするのか、これはコンテンツを提供する各社に委ねられています。それから学習履歴などのデータ利活用が進まないという問題もあります。
こうした経緯を踏まえながら、2030年に向けて教育DXがどう進展していくのか、考えをまとめました。
前提として、GIGA端末の導入によって、授業が実際に変わったのかどうかを問うていく必要があると考えています。また、教育DXでは「D」のデジタルのみが進展し、「X」であるトランスフォーメーションが進んではいないのではないでしょうか。ここも問わないといけないと思います。
そして、自らの学びに活かすための方法や素材としての教科書へと変えることができるかどうか、これは重要な問題です。例えば学びの様式でいえば、課題を発見したり情報収集したり、整理や表現、振り返り、改善、共有といった学びの流れを作るような力を育てようとしているかどうかが問われます。振り返るとコロナ禍がトリガーとなってGIGA端末が導入されましたが、2030年代の教育DXに向けてのトリガーは、明らかにAIだと思います。AI活用が進んでいけば、学習基盤として「教科書DX」が求められるのではないかと考えています。
2030年代に向けては「フルデジタル」型が重要に
最後、教科書発行者の思いをお伝えします。
良いものを作りたいですが、コストと時間に制限があります。通信や運用に費用がかかって事業継続性が厳しいという思いもあります。先ほど取り上げたデジタル赤字構造の中、競争もあるので赤字覚悟でも出さなくてはいけない場合があるのも事実です。また、公教育市場の変化の中で、現場の新たなニーズや要望が見えにくいという側面があり、いわば「デジタル教科書」の事業は将来が見えにくい投資案件とも言えます。
2030年の着地予想は、「ハイブリッド」版から外部デジタル教材にどう繋げるかが大きな課題になるでしょう。シームレスにリンクできるサービスを提供することが重要です。一方で、「フルデジタル」型は激減するものの、指導者用教材として生き残ると考えています。学校現場に行くと学習者用よりも、まずは指導者用デジタル教科書(教材)を全国に配ってもらえるように働きかけてくださいと、校長先生や委員会の方々から言われることが多くあります。
そして、教師用指導書の電子書籍化、デジタル化が進むと同時に、教材データ等の配信プラットフォームの構築が検討されていく可能性があります。ただし時間がないので、当面は各社対応で個別に進むのではないかと予測しています。そうなると標準化の課題も出てくると考えています。
こうして見ていくと、教育のパラダイムチェンジの道筋はちょっと見えにくくなっているように思います。教材コンテンツのみではなく、総合的なプラットフォームが求められています。教材データベース等の導入は自治体の予算次第ですが、一定の事例は出つつあります。
2030年代への期待は、やはり「フルデジタル」型の選択肢が非常に重要になってくると思います。発行の可能性が残されているわけです。もちろん学習指導要領と検定はありますが、全く新しい教科書の展開の可能性は残されています。AI等のデータ利活用の道を開くことになるので、その影響は極めて大きいでしょう。先進校の活用や、一般市場のBtoCの展開も期待されます。教科書発行者の不断の挑戦と学校現場の優れた実践のコラボに期待したいです。いずれにしても、教科書の制度を含めて、もっと具体的にあり方を検討すべきだと思っています。紙の教科書とは異なって、学習の流れや項目を選択していく教科書も可能になるかと思います。そういった文脈では、英語や音楽では期待が高いですし、新教科の情報・技術科などは最適です。
僭越ながら、編集者にはいまこそ燃えていただき、編集者・開発者魂に火をつけて取り組んでいただきたい。人口減少のなか、投資に対するリターンは多く望めないところもあります。しかし、そこは公共性の観点から官民連携で社会課題に取り組んでいくべきと常に思っています。未来の作り手に必要な資質能力を育むためのデジタル学習基盤と新しい教科書の構築を推進すべきではないかということが、私が今日一番お伝えしたいことでした。
最後に、学びの出発点には好きなことや疑問やこだわりや問題の発見があると思います。千利休は「器用さと稽古と好きのそのうちで、好きこそものの上手なれ」と歌いましたが、これが学びの本質ではないかと思っています。学習活動を誘発する「好き」をサポートするための教科書システムでありたいと思いますし、青い鳥を見つけに行く子どもたちに寄り添うツールでありたいと思います。
>> 後半へ続く








