生成AIがもたらす教育的な価値とは
第199回オンラインシンポレポート・後半

活動報告|レポート

2026.2.13 Fri
生成AIがもたらす教育的な価値とは</br>第199回オンラインシンポレポート・後半

概要

超教育協会は2025年12月4日、フリージャーナリストの西田 宗千佳氏を招いて、「これからの学びとAIの関係」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、西田氏が学びにおいて生成AIをどのように活用すべきかについて講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。

 

>> 前半のレポートはこちら

 

「これからの学びとAIの関係」

■日時:2025年12月4日(木) 12時~12時55分

■講演:西田 宗千佳氏
フリージャーナリスト

ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子

 

シンポジウムの後半では、超教育協会の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。

AI時代の「学校の役割」は「問いを立てる力」を教師・友人との関係性の中で育むこと

石戸:「最近、学びや社会のさまざまな場面で、対話する力の重要性があらためて指摘されています。その中で、人間同士の対話と、AIとの対話は、認知のプロセスという観点から見ると、どのような違いがあるのでしょうか。また、AIが日常的な対話の相手となっていく中で、これら二つの対話のあり方は、今後どのように変化していくとお考えか、お聞かせください」

 

西田氏:「対話において、相手からの問いにどう答えを返すのか、その回答に至るアプローチが、人間と生成AIでは大きく異なります。人間の場合、まず自分自身の主観があり、そこから答えが導き出されます。一方、生成AIは膨大な言葉の連なりを学習しているため、その連なりから回答を生成します。

 

言い換えれば、ネット上に存在する最も平均的な答えが出てくると考えることができます。これは、人間同士の対話における主観的なやり取りとは、かなり性質の異なるものです。

 

生成AIは、サービスを使ってもらうことを前提としているため、どうしても人間を褒める方向に寄りがちです。サービスやモデルによって程度の差はあり、モデルが変わるとお世辞を言わなくなる傾向もありますが、基本的には利用者にとって心地の良いことを返してきます。そのため、自分の内面について深く問い直すような相談には、必ずしも適していないと考えています。

 

ドラえもんに『うそつき鏡』というエピソードがあります。白雪姫に登場する鏡のように、『あなたは世界一美しい』と、その人にとって都合の良いことだけを言う鏡です。生成AIでは、これと似た現象が起きやすいのです。例えば恋愛に悩んでAIに相談すると、その人にとって心地よい言葉ばかりが返ってくることがあります。しかし、その言葉が実際にはマイナスに働く場合も少なくありません。

 

特に精神的な不調やカウンセリングに関しては、こうした点が非常に危険だと指摘されています。人間が向き合う場合と、AIが向き合う場合とでは、本質的に大きな違いがあるのです。

 

もう一つの大きな違いとして、生成AIは本質的に人間を心地よくさせるツールである点が挙げられます。ここは、人間との対話と比べて非常に大きな違いだと思います。人間は必ずしも相手のためになることや、気持ちの良いことだけを言うわけではありません。時には不快に感じることもあるでしょう。

 

一方で、教育に関して言えば、人を過剰に褒め上げるようなやり取りはあまり見られません。その意味では、聞き手として非常に有効で、教育に活用することはプラスだと考えています。もっとも、教育においては『よくできましたね』、『良い質問ですね』と褒められること自体が重要です。そうした言葉を毎回返してくれることは、学びにとって良い影響を与えます。

 

人間同士の対話とは性質が異なるものの、教育においては、人間以上に良い側面を持つ可能性もあると考えています。

 

今後、いわゆる学習モードのような仕組みが充実してくれば、より教師的に学習を支援する存在になっていくかもしれません。医学的・認知心理学的な知見を取り入れ、人間にとってマイナスにならない対応をする可能性もあると思います」

 

石戸:「最近のある調査では、親や友人よりも生成AIのほうが相談しやすいと感じる子どもが増えていることが指摘されています。今後、教育現場で生成AIの活用が当たり前になっていく中で、相談相手としてAIを選ぶ子どもが増えることも十分に考えられます。その一方で、AIへの過度な依存や、対人関係の希薄化といった懸念もありますが、こうしたリスクをどのように捉え、どのような工夫や設計によって防いでいくとよいとお考えでしょうか」

 

西田氏:「まず、生成AIは基本的に『あなたを褒め上げる存在である』ということを、きちんと伝える必要があると思います。

 

もう一つのポイントは、なぜ若年層が親や友人ではなくAIに相談するのか、という点です。生成AIは、話した内容が他に漏れないと思われているからでしょう。十代の頃を振り返ると、好きな人の話を友だちや親に打ち明けるのは、なかなか難しいものです。そうしたときに、話を聞いてくれて、外に漏らさないと思える存在が目の前にあれば、相談するのは自然なことです。

 

かつてSNSは『誰にも言えないことを話せる場』とされていました。しかし今では、誰にも言えないことを投稿すれば炎上してしまうため、慎重になっています。生成AIは、かつてのSNSと同じ役割を担いつつありますが、本質的には、自分の情報をすべてさらすことで、将来的に不利益を被る可能性がある存在です。そのことを理解させる必要があります。

 

学校でSNSの使い方講座が行われてきたように、『生成AIとはどういうものか』を伝える教育も必要だと考えています。

 

冗談めかしてよく例に出すのですが、『葬送のフリーレン』という漫画に、人と同じ姿をしながら、思考体系がまったく異なる魔族が登場します。生成AIも同様で、人間と同じ言葉を使い、同じように振る舞っていても、何を考えているのかは分かりません。『生成AIは友達ではない』、『常にあなたのためになる存在ではない』という、新しい時代のリテラシーを学校などで伝える必要があると思います。

 

今後は、AIの中にガードレールが設けられ、『その質問には答えられません』、『親に相談してください』、『医師に相談してください』といった返答が出るようになるかもしれません。その順序は分かりませんが、何でも聞けて心地よい存在である、というのは幻想だということを伝える必要があると思います」

 

石戸:「今のお話は、これまで議論されてきたICTリテラシーと、生成AI時代に求められるリテラシーとの差分にあたる部分だと感じました。従来のICTリテラシーでは十分に扱いきれなかった一方で、AIリテラシーだからこそ、特に子どもたちに伝えておくべきだと西田さんが感じておられる点は、他にどのようなものがあるでしょうか」

 

西田氏:「AIリテラシーとして重要なのは、生成されたコンテンツが、誰かの権利を侵害している可能性があるという点です。例えば『ドラえもん』と入力すれば、それらしい画像や文章が簡単に生成されます。何でもできてしまうがゆえに、注意しなければならないことがあるのです。

 

もう一つは、いわゆるフェイクを非常に作りやすくなったという点です。顔を入れ替えたり、声を差し替えたりといったことが、誰にでもできるようになりました。これらをやってよいのかどうかを考えることは、従来のITリテラシー以上に重要になります。

 

特に生成AIの登場によって重要性が増したのが、情報の来歴を確認するという意識です。つまり、その情報がどこから来たものなのかを確かめることです。例えば『これはAIによって生成されました』と明示されていれば、『正しいかどうか判断を保留しよう』という姿勢が取れるでしょう。逆に来歴が示されていなければ、どれほどもっともらしく見えても、その真偽を辿ることはできません。

 

来歴があるから本物、なければ偽物、という単純な話ではなく、『来歴が辿れないため判断できない』と考える必要が出てきています。

 

ソーシャルメディアが人の感情を強く刺激するようになり、AIはそれを最も安価に満たせるツールになりました。その結果、単に真偽を判断するのではなく、『これは本当か』、『確かめる方法はどこにあるのか』、『ここに書かれていることはどういう意味を持つのか』を考える必要があります。

 

これまでのように、目で見て本物か偽物かを判断する時代は終わりつつあり、人間の感覚だけでは見抜けない時代に入っています。情報の出所を確認するという、新しいリテラシーが求められている段階に来ているのです。

 

教育の現場では、出てきた情報が正しいかどうかは特に重要な問題です。実際、動物の写真がすべて生成AIによるものだった、というケースもすでに起きています。『可愛い画像はほぼAI製になっている』とも言われる中で、来歴を調べる力は、これまでの真偽判断よりも一段深いリテラシーだと考えています」

 

石戸:「視聴者から次のような質問が寄せられています。『世界と比較した場合、日本の教育におけるAI活用の強みと弱みはどのような点にあると考えられますか』というものです。海外の教育現場でのAI導入状況と比較しながら、お聞かせください」

 

西田氏:「コンピューターを文房具のように自由に使える教育現場では、AIの導入も比較的スムーズに進んでいると考えています。例えば、アメリカやオーストラリアでは、教科書として使うというよりも、ペンの代わりとして使っているような状況があります。

 

一方、日本のGIGAスクール構想の端末は、カリキュラムに組み込まれている側面が強く、自由度はやや低いと感じます。そのため、AIを使う場合も『授業のどこで使うのか』という判断が必須になります。

 

授業内でAIを使うことは、リテラシーを教えやすいという利点があります。一方で、自由研究やSTEM教育のように、興味のあることを自由に調べ、試す場面では、もっと自由に使えるべきだとも考えています。

 

例えばソフトウェア開発の現場では、今はエンジニアがキーボードでコードを書いていますが、おそらく2〜3年後には、ソフトウェアの多くを生成AIに作らせる時代になるでしょう。どんなソフトウェアを作りたいのかを文章で伝え、コア部分は生成AIが担う、という形です。

 

STEM教育において生成AIを使ってものづくりを行う場合、大人が実社会でAIを使うのと同じ思考プロセスを、子どものうちから学ぶことになります。その際には、科学的に正しいか、論理的に妥当かを判断する力が不可欠です。一方で、コンピューターそのものは、ビジュアルプログラミングなど次の段階に進んでいくでしょう。

 

この点では、やはりアメリカが最も進んでいるという印象があります。サイエンスフェアなどでは、子どもたちが生成AIを使って何かを作ることが当たり前になっています。

 

一方で、ある高校生が企業をハッキングして逮捕されたというニュースで、『生成AIを悪用』という見出しが付くことがあります。今や生成AIを使ってソフトウェアを作るのは当たり前ですが、そうした表現が使われると、子どもたちは萎縮し、教える側も否定的なイメージを持ってしまいます。

 

学校での活用においては、学習の中での使い方と、資質を伸ばすための自由な使い方を分けて考え、特に後者をどう活性化するかを、今から考えていく必要があると思います」

 

石戸:「『GoogleやOpenAIなど、各企業におけるAI教育への取り組みは、今後どのように発展していくとお考えでしょうか』という質問です。現状の動きと、今後の展望についてお聞かせください」

 

西田氏:「GoogleのNotebookLMは、発表当初から明確に教育ツールとして位置づけられていました。他の企業からも、生成AIで作成した画像を並べ、そこから新たなアイデアを得てコンテンツを生み出すサービスが数多く登場しています。こうしたサービスは、すでに教育の現場でも活用され始めています。

 

生成AIのサービスを開発する企業の多くは、それを大人だけが使うものだとは考えていません。教育に活用することは、結果として10年後、20年後の顧客や従業員を育てることにつながる、という認識を持っているように思います。特にOpenAIやGoogleのように幅広い事業を展開している企業は、シンプルで直接的な教育分野への取り組みに積極的です。

 

一方で、現在、生成AIで最も収益性が高いのは、ソフトウェア開発のための環境整備です。そこを主戦場とする企業は、高等教育向けのソフトウェアエンジニアリング教育ツールとしてサービスを展開しており、その点で方向性の違いが見られます」

 

石戸:「このような質問も寄せられています。『ChatGPTの学習モードやNotebookLM以外に、教育を前提として作られた生成AIはありますか。それらの導入率はどうですか』というものです。普及状況についての質問だと思いますがいかがでしょうか」

 

西田氏:「普及状況については、生成AIを教育の中にどのように組み込むかという方法論が、まだ十分に確立されていないため、明確な割合を示す段階にはないと思います。特にChatGPTの学習モードは、発表からまだ数か月しか経っておらず、まだ普及度合いを出せる状況にはないと思います。

 

ただし、市場性を感じている企業は非常に多く、特に画像生成の分野では、エンターテインメントやクリエイター向けにとどまらず、美術教育などを視野に入れたツールを開発するスタートアップも増えています。

 

生成AIはすでに一定の普及段階にあり、『急いで導入しなければならない』というフェーズは過ぎつつあります。世界的にも、ようやく大人が生成AIを受け入れ、産業として活用できる段階に入り、これから子どもたちにどう導入していくかを考えるフェーズに移行していると感じています。今は、ようやく第一歩が始まった段階だと捉えていただければ良いと思います」

 

石戸:「続いての質問です。『西田さんが、現在注目されている国内外のEdTech企業や教育サービスには、どのようなものがありますか』というものですが、いかがでしょうか」

 

西田氏:「正直に言うと、EdTech自体は専門外なので詳しくは分かりません。ただし、EdTech以外の分野では、音声や映像を生成AIで効果的に活用する企業がいくつか出てきています。

 

私たちの身の回りには、さまざまな音が混在しています。人の声の背後には雑踏の音があり、音楽が流れ、キーボードを打つ音も重なっています。こうした音をAIによって分離できる技術が登場しています。従来のノイズキャンセリングにとどまらず、目の前で話している人の声だけを抽出したり、逆に環境音だけを取り出したりする技術です。

 

人間が歩いているときに車の走る音を何となく注意して聞いているとか、目の前の人の声に集中して聞いているような状況を再現するテクノロジーを提供している企業が出始めています。例えば、聴力が低下した高齢者に対して、目の前の人の声だけを明瞭に届ける技術として、ヘッドホンメーカーに採用され始めている企業もあります。

 

こうした技術が普及すれば、『聞こえる』ことに関する課題は大きく改善されます。高齢者だけでなく、若い世代でも、周囲の音が気になって集中できない人に対して、自分が聞きたい音、快適に過ごせる音だけを届けることが可能になります。非常に有効なテクノロジーだと考えています」

 

石戸:「2010年頃、ビル・ゲイツ氏が『これからの5年で、世界最高の学びは、オンラインで無料で手に入るようになる』と発言し、注目を集めました。当時は、主に一方向的に講義を配信する動画コンテンツの広がりを想定されていたように思います。しかし現在では、そこに生成AIが加わり、一人ひとりに寄り添うAI家庭教師が身近になる時代が現実味を帯びてきました。

 

こうした環境の変化の中で、学校の役割は今後どのように変わっていくのでしょうか。あらためて、学ぶとは何か、学校とはどのような存在であるべきなのかという点について、西田さんのお考えをお聞かせください」

 

西田氏:「基礎的な知識を得るという意味では、インターネットから学べるというのは、その通りだと思います。この点については、私もビル・ゲイツ氏に完全に同意します。さらに生成AIの登場により、音声や映像に含まれる情報を理解し、抽出することが可能になりました。世界中に存在するあらゆる情報を、学びに活かせる時代になったのです。

 

そうした意味で、オンラインが『最強』であることは間違いありません。ただし重要なのは、何を質問すべきか、自分は何に疑問を持っているのか、次に何を学ぶべきかを判断する力は、オンラインだけでは身につきにくいという点です。

 

教育に携わる人には、子どもたちが学校で授業を受ける中で、『どこが分からないのか』、『何に疑問や面白さを感じているのか』を感じ取り、自発的な学びにつながる道筋を作ってほしいと思います。これは友だちや教師など、さまざまな人との関係性の中で育まれるものであり、最も効率的な場は、やはり学校だと考えています。

 

私自身、小学校や中学校の頃に、深い問いを立てられていたとは思いません。それでも高校を卒業し、大学に進み、『分からない』とはどういうことかを先生方から教わったことで、今こうして問いを立て、文章を生み出す仕事ができています。

 

このプロセスを支えることこそが、学校の役割なのではないでしょうか。AIが生成した文章の中に違和感を見つける力は、やはり人間の中からしか生まれないものだと思います」

 

最後は石戸の「AIには担えない、違和感や矛盾、葛藤といったものに向き合い、そこから学ぶことのできる場として、学校がこれからの時代において、より重要な意味を持っていくのではないかと感じました」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。

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