概要
超教育協会は2025年12月4日、フリージャーナリストの西田 宗千佳氏を招いて、「これからの学びとAIの関係」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、西田氏が学びにおいて生成AIをどのように活用すべきかについて講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
>> 後半のレポートはこちら
「これからの学びとAIの関係」
■日時:2025年12月4日(木) 12時~12時55分
■講演:西田 宗千佳氏
フリージャーナリスト
ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
西田氏は約30分の講演において、生成AIを学習で活用する際のポイントについて話した。主な講演内容は以下のとおり。
生成AIは正しい答えを出すツールではない あくまでも「情報源の進化」に過ぎない
「AIは教育の敵なのか」先生や子どもを持っている父親、母親たちに話を聞くと、AIによって、子どもの学びが阻害されていると考えている方が意外なほど多いことが分かります。私の結論はシンプルです。「AIは教育の敵ではない」と思っています。AIは教育の敵になり得ないと考えています。重要なのは、AIの使い方そのものをどう考えるのか。本当はAIをどう使うべきなのかを考えることです。
私の基本的なスタンスは「AIに答えを求めるのは間違っている」という考えです。Large Language Models(LLM)をベースにした生成AIは「答えを出すツール」ではなくて、命令に対して適切と思われる文章を生成するものです。あくまでも「適切と思われる文章」の生成が役割で、「正しい回答を出す」ものではないのです。
その視点に立って、本日、私が投影する資料は生成AIを活用して作っていますが、中身の文章は生成AIが書いたものではありません。あくまでも「適切と思われる文章」で、最終的に自分の考えをどのようにまとめるかというところは、自分の考えをもとに作成しています。
私が取材をしてきた中では、AmazonのウェブサービスであるAWSの年次開発者会議の場でも「いかに生成AIに正しい答えを出させるか」、「生成AIが不適切な答えを出さないようにするためのガードレールをどうするか」が議論されていました。
ただし、このガードレールを完璧に整備することは困難です。そう考えると、我々が教育などで生成AIと相対するときに認識しておくべきことは、「正しい答えを求める行為そのものを生成AIに託すことは間違いである」ということです。
同じことは、ネット検索の時代にも指摘されていました。
▲ スライド1・AIも検索エンジンも
正しい答えを出すものではない
ネット検索と生成AIでは、回答の出方や精緻さなどが違いますが、少なくとも「正しい答えが直接、出てくる道具ではない」という点は全く同じです。
その上で学習者には、提示される情報を選別して真偽を自分で判断し、自分でまとめ直すことが求められます。
私はライターとして日々、ネット検索を使い、生成AIに質問をして、人に取材をして文章を作っています。生成AIはかなり精緻な文章を作ってくれますが、それを私の仕事のアウトプットとして使うことはありません。ライターやジャーナリストに求められていることは、「その人がまとめ直し、その人が書いたもの」を提示することです。生成AIは、単なる情報源の進化に過ぎないのです。
「対話」ができることこそ生成AIがもたらす教育的価値
生成AIがもたらす教育的な価値、もしくは人にとっての価値は何か。私は対話であると感じています。
生成AIは、少なくとも人間と同じ思考形態で答えを出しているわけではありません。人間のように考えているわけではないのであれば、生成AIが賢いか賢くないかという視点はあまり意味を持ちません。生成AIは人間とはまったく違う存在ですが、自分と同じようにさまざまに情報を得て、それをもとに何か答えを返してくれます。つまり、対話の相手として生成AIを活用すべきです。
ネット検索でも生成AIでも、実際に利用していると分からないことを検索して答えが出てくると、「なるほど分かりました」と一方的な知識伝達で終わることが非常に多いと思います。生成AIの大きな特徴は、何かを聞いて返ってきた回答にさらに疑問を投げかけると、新しい情報を取り入れながらさらに回答が返ってくるという点です。
人間と共に考えるパートナーとして活用できます。自分たちが何かを処理するときに、パートナーとして生成AIをどう活用できるか、それが重要になっています。
そうなると生成AIに対して、ひと言質問するだけではなく、長く質問して対話することがポイントになります。
▲ スライド3・「更問い」と「対話」が
AIを使う上で大切になる
これは、生成AIの仕組みを考えると妥当なことです。生成AIはネット検索と違って、指定されたキーワードが含まれる情報を見つけるものではありません。キーワードから得られる妥当な文章を作るものなので、例えば「教育」という言葉だけを与えても、その教育という言葉から想起されるもの、考えられる文章の範囲は狭くなってしまいます。それに対し「教育の中でAIをどう使うのか、対象は中学生」というように具体的で長く質問をすると、それに対して精度の高い文章が生成されて提示されるのです。
ここで忘れてならないのは、人と人との対話において正しく質問をする、もしくは質問されたことに正しく答えることは極めて難しいということです。この難しさについては、先生方など教育関係者の方々は実際に直面していると思います。私の経験からしても、取材相手が矛盾なく正しい順番で回答してくれることは、ほとんどないです。
一方、生成AIは文章や論理の整合性などの点では、すでに大半の人間を超えているのではないかと思います。ただし、AIは嘘をつく、AIにはハルシネーションがあると言われるように、提示される文章は必ず正しさが判断されて生成されているのではありません。情報として「なんとなく」連携がある、「なんとなく」組み合わせが正しいといったかたちで答えが提示されます。この「なんとなく」がポイントですが、そこにどうしても違和感を覚えることもあります。そこに対しては、きちんと生成AIに対しても疑問を呈し、さらには別の方法で情報の正確さ確認することが必要になります。
生成AIが提示した情報を「まとめ直す」ことで深い理解に
別の視点から生成AIの特徴を示します。これまでのコンピューターやネット検索などのITは、「1対1」対応のシステムでした。例えばパソコン画面のあるボタンを押すとそれに対応した機能が動き出すものです。
ところが生成AIは「1対1」対応ではありません。同じ質問をしても、提示される文章など回答が毎回、同じとは限らないです。しかも出てきた答えに対して我々が「この部分はどういう意味があるのですか」などと質問を続けると、きちんと話が続いていきます。
こういった形でコンピューターを使えるようになったことは、コンピューターの歴史の中で新しい要素だと思っています。生成AIの賢さ、生成AIが文章を書いてくれる、絵を描いてくれるといったことばかりに注目しがちですが、本当の価値はそういったことではありません。更問いをしたら新しい答えが出てきて、それを受けて我々、人間がこうすべきだな、こう考えるべきだなと考えをまとめていける、そこにあるのだろうと考えます。
もちろん、現時点での生成AIの技術はパーフェクトではなく、長く質問をしているうちに変なことを言い出すこともあります。そういった点は今後、技術進化によって改善されていくでしょう。それを踏まえて、人と人がコミュニケーションをしているかのように、人と機械、人とコンピューターの間でのコミュニケーションを生み出す「対話」を生成AIが生み出していることこそが、新しいコンピューティングの価値であると考えることができるのではないかと思います。
そう考えていくと、次に重要となるのは対話の内容や対話から得た結論をまとめ直すことです。
▲ スライド4・AIが生成した情報を
まとめ直すことが学びに繋がる
生成AIが生成する情報は全てが正しいわけでも、分かりやすいわけでもありません。自分にとって分かりやすく、人にとっても分かりやすくするために、生成された情報を自分で読んで、それを自分で再構成して、さらにそこから自分にとって深い理解を得る作業、つまりはまとめ直すことが重要になります。
我々のようなライターという職業は、生成AIの登場でなくなるのではないかと言われることが良くあります。私自身は、あまりそのことを気にしたことはありません。というのも、生成AIが提示する答えをそのまま文章にしても意味はなく、自分で再構成するプロセスがあってこそ学びになり、再構成したものにこそ価値が反映されると考えているからです。
すなわち、AIと対話していくことは、知識を内在化していくためにとても重要なステップであるのです。
「学習モード」の搭載で教育ツールとしての機能がさらに拡充
ここ半年ぐらいで生成AIの機能も変化してきています。具体的には学習のための機能が搭載されるようになってきています。例えばChatGPTには学習モードが搭載され、生成AIを家庭教師として活用することができます。実際、生成AIに宿題を手伝ってもらうことはいくらでもできるわけですが、このときに学習モードにすると、ChatGPTは答えを直接的に教えなくなります。きちんと対話しながら、ステップバイステップで、「あなたが聞いたことはこういうことですよね」、「こういう聞き方をしたのであれば実はこういう情報もあるのではないか」という形で、対話を通じて学習をサポートしてくれます。
▲ スライド5・数学の問題における
ChatGPTの
通常モードと学習モードの違い
通常モードの場合は、計算手順は以下になりますといきなり答えが出てきます。でも、出てきた答えを読んでなるほどと言って計算しても、学びにとってはプラスにはなりません。これを学習モードに切り替えると、これはこういう問題なので一個ずつ考えてみましょうというように回答が出てきます。
この学習モードでは、質問が入力されたときに「これは学習のための質問です。それを配慮して回答してください」という指示が生成AIに伝えられています。
また、私が実際に仕事で活用し、教育現場でも有効だと思ったサービスについて説明します。GoogleのNotebookLMです。もともと教育向けに作られた機能です。
自分が活用したい情報ソース、信頼できると思える情報ソースを指定すると、その情報だけをもとに答えを生成してくれます。例えば、イエローストーン国立公園に関する情報を提供しているページを指定しておけば、その情報をもとに質問に対する回答を生成してくれます。ハルシネーションのリスクが抑えられ、パーソナルな学習アシスタントとして活用できます。
パーソナルな学習アシスタントとして非常に有用な理由は、指定された情報源からできる限り回答を出すように作られているからです。今の生成AIは知識を持っていますが、その中にある情報からふんわりと回答を求めようとしても結構、間違いが多いです。これは、生成AIにとっても大量の情報の中から正しい情報だけをピックアップするのが難しいという性質があるからです。
NotebookLMに、例えば公式の情報、自分が誰かに聞いた音声、YouTubeに載っている解説などを指定してあげることで、生成AIが信頼できる情報だけをまとめる役割を果たすことができるようになります。
しかも、先ほどのイエローストーンの例であれば、NotebookLMが提示した答えを見ながら、「この部分はどういう意味ですか?」と更問いをしていくことで、より深い回答が出てきます。教育向けにまさに更問いをしながら学習するための道具として広く使っていただけるのではないかと思っています。このサービスは無料であることも見逃せません。
生成AIはあくまでも「思考の補助ツール」自分の思考を代替してくれるものではない
最後に、AIを学びに使うための原則を私なりに考えていこうと思います。
まずは、答えを聞くために使わないというのは一つ大きな原則だと思います。AI自身が答えを出すためのツールではないので、やはり対話の相手として使うべきだろうと思います。
代筆に使わせないというのも重要なところです。そこで出てくる文章というのは、そもそも学習をする人のためのものではないです。例えば仕事のメールを代筆してもらうのなら良いかもしれませんが、学びで活用するなら、そこで出てきた文章から考えを整理して自分の言葉で書くための過程を大切にしなければなりません。それを子どもたちに伝えるべきだろうと思っています。そういう意味では、AIは思考の補助ツールであって、思考の根源ではないです。自分が考えるためにどこから情報を得るかというツールとして使うことに徹するのが大切です。
そうすると、もう一つ重要になってくるのは、責任をどう考えるかということです。
▲ スライド8・生成AIを学びに使う上で
最終的な責任をどう考えるか
生成AIは共に考えるために使う道具ですから、そこでは自分の思考が重要になります。さらには、出てきたものを「素材を作るために」自分で使うことも必要です。よく生成AIでは著作権の問題が指摘されますが、生成AIが著作権を侵害していると考えるよりも、生成AIによって作られたものが誰かの権利を阻害している、もしくは自分の意図が誰かの権利を阻害している可能性があるかもしれないと考えるべきだと思います。
そう考えると、出てきたものをそのまま使うのにはリスクがあります。「出てきたものに対しての最終責任はあなたですよ」ということを理解してもらった上で、それを学習のために再構成して使うというのが大切です。
AIは道具であって、先生ではありません。これから、自学自習などでもっと使うところは増えてくると思いますが、本質的にはネット検索と変わらないですが、大きな違いはネット検索以上に、人とAIが一緒にずっと会話をしながら何かを生み出していけるということです。最終的には、その過程で出来上がったものが、人間が作ったものになっていくということだと思います。常に学習のためのものであると考えながら使っていくことを、いかに分かりやすく伝えていくかが重要になるのではないかと思います。
>> 後半へ続く




