概要
超教育協会は2025年10月29日、株式会社第一生命経済研究所 主席研究員 テクノロジーリサーチャー 柏村 祐氏を招いて、「AI時代の教育とは~スタンフォード大学らの米国最新調査を踏まえて考える~」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、柏村氏がAI時代の教育の再構築の重要性などについて講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「AI時代の教育とは~スタンフォード大学らの米国最新調査を踏まえて考える~」
■日時:2025年10月29日(水) 12時~12時55分
■講演:柏村 祐氏
株式会社第一生命経済研究所 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
柏村氏は、約30分の講演において、スタンフォード大学による米国最新調査を踏まえながら、AI時代の教育について話した。主な講演内容は以下のとおり。
従来の教育モデルには限界 大きな3つの課題に直面している
今回の講演の目的は、AI時代に私たちが育成すべき人間の能力とは何か、そして、その能力を育むための教育はどのような姿であるべきかを探究することです。
その背景には、2つのことがあります。まずは、AIの能力が飛躍的に向上していることです。人間の IQは100 程度ですが130 を超えるAIがすでに登場しています。もう1つは、職場での普及が進んでいることです。スタンフォード大学の調査では労働者の 4 割以上が既に職場で AI を利用しています。若い人たちだけではなく、中高年も学びを続けないと働いていけない時代です。こうした時代の学びとはどうあるべきか、それを考えることが大切です。今までの学校教育における暗記や計算といった学び、職場でのデータ分析やプレゼンテーション資料を作るというような仕事は AI と競合します。そして、AIの利活用は今後もさらに進むと考えられます。
▲ スライド2・生成AIの進化は
教育・労働市場に大きな変化をもたらす
こうした中、教育は大きく3つの課題に直面しています。
ますは、従来の教育モデルが限界に来ているということです。私がもっとも問題に思っているのは受験最適化された教育であるという点です。私は53.5歳になる昭和の人間であり就職氷河期代ですが、まさに良い大学に入って良い会社に入るというための勉強をしなくてはなりませんでした。これが綿々と今でも日本社会に根付いていると感じています。
次にAI と人間の役割分担が意識されていないことです。AI の得意領域はデータ分析やパターン認識、論理的な推論、コンテンツ作成、生成などです。これらは2次元の仕事です。2次元の仕事は AI が得意であり、逆に人間の優位性は倫理的な判断や共感力、あるいは協働する力、創造的な問題解決能力です。こうした能力が今後は重視されていくと考えています。
そして、教育格差の拡大リスクも教育が直面している課題です。具体的にはAI デバイドが問題になってきています。スタンフォード大学の調査では、高所得者ほど職場でのAI活用の割合が高く、生産性が高い職場ほど利活用の割合が高くなっていることが分かりました。AIリテラシーの格差が教育格差や経済格差をさらに深刻化させる可能性があります。
▲ スライド4・学歴が高い人ほど
AIを業務で利用し年収は高い
AIを学校の教育、あるいは職場の教育、あるいは仕事において使っていくことが全体の底上げにつながると考えています。義務教育からAIに関する教育に取り組んでいくべきだと考えています。日本では国語、算数、理科、社会が主要5科目ですが、米国などでは「お金の教育」、「テクノロジーの教育」は多くの学校で普通に実施されています。ところが日本では、お金やテクノロジーに関する教育が中核にはなっていません。社会に出て稼ぐことは生きていく力になります。お金の教育はとても大事です。また、GAFAのようなテックカンパニーが経済を牽引し、テクノロジーが進化し続けている中にあって、なぜ教育の真ん中にテクノロジー教育がないのでしょうか。非常に違和感を覚えます。国語、算数、理科、社会などを基本としつつも、テクノロジーは重要な学術分野であり、教えるべき分野だと考えています。
AI 時代に求められる「4つの人間力」とは
AI 時代に求められる4つの人間力について説明します。基本的には、AI との能力競争から脱却しなければいけないと思っています。
AIをパートナーとして位置付け、人間にしかできない仕事、あるいは学びをしていくことが必須です。最近、米国の大手ECサイトが3 万人規模の人員削減をするというニュースが出ました。AI が得意な部分は AI にやってもらい、人間は人間にしかできない仕事をするということの具体的事例だと言えるでしょう。
こうした動きは教育や学びの領域でも起こりつつあり、急速な転換が求められています。これらの社会では、創造力や問題解決能力が求められ、前例のない問いに対して新たな価値を創造することが必要となります。前例踏襲で価値創造をしている企業はありません。GoogleもFacebookも最初は「なんだこれは」と言われていたのです。現状に対する批判的な思考力、情報の正確性や信頼性を多角的に分析する力、一面的ではなくさまざまな角度から批判的に見る力が必要とされます。
また、コミュニケーション能力もとても重要になります。これは、一朝一夕で身につくものではありません。私の経験からすると、同質的な組織・メンバーとの付き合いの中ではコミュニケーション能力を磨くことが難しいでしょう。SNS などでは「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」がありますが、人間の社会においても同質的ミュニティだけで活動しているとこれらが働きます。例えば年配の方や若い方、あるいは外国の方、全く付き合いがないコミュニティーの方々などと会話をして、何を考えているか、どういうことを価値観で持っているかを把握しないと、コミュニケーション能力が磨かれないと思います。
そして、倫理的な判断力もとても大切な能力です。倫理的な判断力がないと、これからの社会の中で生きていくことは難しくなると感じています。
この4つの人間力について順番に説明します、まずは創造力と問題解決能力です。
AI 時代には汎用的なものはAIが書いてくれます。文章もプレゼン資料もデータ分析の考察もAI が思考して、ある程度の合格点のものは作成してくれるようになります。みなさんが AI を使うようになると、どれも同じようなアウトプットしか出てこないことになります。そうなるとアウトプットに別に作業が必要になります。アウトプットではなくてアウトカムこそが価値創造です。自分なりの問いを立てないと価値創造はできないのです。
もうひとつ複雑な問題への対応力も重要な人間力です。多様なステークホルダーと協働しながら解決策を構想する能力です。多様なステークホルダーの思いだけでなく文化なども意識して、試行錯誤しながら最適解を見い出すことが大事になります。
創造力と問題解決力を育む教育アプローチとして、まず問いを立てる力の育成がポイントです。計算やデータ分析、パワーポイントを作ることは作業なのでAI にやってもらうことです。問いを立てることは人間にしかできない、個人のオリジナリティな部分だと思います。また、協働的な学びを実践することも大切です。人と接しないと学べない部分はまだまだあります。その場を設けて学ぶことは非常に大事な機会です。
もう1つは、試行錯誤の奨励です。日本は減点主義の国なので、ミスしないようにどうするかが強く問われる社会が長く続きました。そうなると価値創造はできません。GAFAを見ていると失敗ばかりしています。「1,000回失敗して1回当たって大儲け」のようなビジネスとも言えるでしょう。そういった試行錯誤を奨励する、挑戦することを評価する文化にしていかないと、日本は前例踏襲型のシュリンクする社会になってしまいます。
2つめの人間力として批判的な思考力について説明します。情報が洪水のように溢れている今、情報を正しく見る、情報を鵜呑みにしないことが求められています。事実なのか嘘なのか、同じ事象を複数の記事や情報ソースから見る視点が非常に大切です。そのためにはファクトチェック演習やマルチソースの分析などを教育プログラムとして実践する必要があると考えます。
データリテラシー教育も重要で、グラフや統計データがどのように人々を誤解させうるかを学び、正しく解釈する訓練をする必要があると考えます。
3つめにコミュニケーション能力の大切さについて話します。人と付き合わないとコミュニケーションは生まれません。同質的なコミュニティーからコミュニケーション能力が生まれないです。普段付き合っていないような多様な人たちと付き合わないとコミュニケーションは生まれません。
▲ スライド8・コミュニケーション能力とは
共感力・対話能力・協働促進力
これは実体験から言うことです。私は30代の頃、ゲーマーでした。スウェーデンのゲームチームに入っていて、ノルウェーやフィンランド、デンマークの人がいました。日本人とは全く思考が違います。日本で「それはおかしいよね」ということがおかしくないです。日本だけで生きていくのであれば別にそれでよいですが、世界は繋がっているからそうもいきません。世界の中の日本なわけなので、多様な文化やミュニティ、そういう人と付き合わないとミュニケーション能力は生まれないです。
これまで私は大金持ちの人やそれほどお金持ちでない人など多様な人とお付き合いをしてきました。大金持ちの人の思考とあまりお金がない人の思考は全く違います。多様なバックグラウンドのある人と話すと「あ、なるほど。そうやって社会を見ているのか」ということが分かり、それがコミュニケーションを醸成する力になります。普段の生活では接する機会が少ないミュニティに参加し、そこでさまざまな人たちと話すと良いでしょう。私の経験からの考えです。
4つめの倫理的判断力もAI 時代に必須な能力です。AI時代には例えば、自動運転のジレンマがあります。自動運転車はアメリカや中国で実用化されつつありますが、事故が避けられない状況です。「自動運転は誰を優先して守るべきか」、「乗客か歩行者か、その判断基準は」という倫理的なものを実装していかないとなりません。日本の文化や法律に合わせてどう考えるか、その倫理的判断が問われます。
また、人材採用での選考においてもAIが活用されています。AIが特定の層に不利な判断をした場合など、AIの責任所在をどう考えるか。最終的には人間の責任になるわけですが、効率化と倫理観の狭間でどうやってマネジメントしていくかは非常に難易度が高い問題だと思います。
さらに著作権の問題もあります。SORA-2などが出てくると、実写のような動画をAIで作れてしまいます。SNSで配信できる時代なので、著作権の問題は非常に難しいところです。プライバシーの問題もあります。中国では映画「ターミネーター」シリーズに登場するスカイネットのようなカメラが国内に5億台ぐらい設置されているとされ、プライバシーの問題が指摘されています。一方、EUはGDPRを中心に倫理観を重視し、プライバシー保護の国です。そういう中で日本がどういう社会を選択するかは、非常に大事な倫理的な判断だと私は見ています。
AI の進化にともない教育モデルを再構築する必要がある
こうした中、AI時代の教育モデルの再構築には4つの柱が必要だと考えています。
▲ スライド10・AI時代に必要な
4つの教育モデルの再構築
ますは、これだけ汎用的にAIが普及してきている中では個別最適化学習がひとつの柱になります。さまざまな学生、あるいは社会人は能力が違います。能力に応じて一人ひとりの理解度や興味・関心に合わせて、最適な学習体験をしていけるようにすることが大切です。これまでのような「みんな一緒」という教育では、世界の中で競争力が劣後していく要因になると考えます。
次にプロジェクトベースの学習です。実社会の課題を解決するために学ぶので、実社会の課題解決に資する能力を学びの中に入れていくことがポイントです。
生涯学習も柱の1つと考えますが、難しいところです。常に学んでいくのはすごく頭が疲れます。ただ、これだけ進化が激しく将来が見通せない時代なので、生涯学習は必須ではないでしょうか。学んでいかないと社会についていません。どういう学びをするかは個々人によって違うと思いますが、生涯学んでいくことは必要です。
教育者の役割転換も重要なポイントです。知識を伝達するだけであればAIで調べればよいです。どうやって教育を再定義するか、非常に難しいところです。教育だけの問題ではなくて、産業界で就職における「良い大学を出ていたら採用します」という文化がもし残っているのであれば、そことセットで考えなくてはなりません。そこを見直さないと教育だけを改革しても再構築にはならないでしょう。学生たちは将来、「良い会社に入って良い給料をもらいたい」、「自分で起業したい」といった希望を持ち、そこから逆算して学びます。産業界が「どういう人を採るのか」をきちんと明示していかないと難しいでしょう。まだ、良い大学を出ると良い会社に入れるというモデルがまだ残っているから、学生はそれを見て学ぶのは必然だと思います。
この中で個別最適化の学習、アダプティブラーニングはEdTechでは当たり前のことかもしれません。こういった取り組みを義務教育から定着させても良いのではないかと思います。そして、できる人はどんどん進めばよいし、少し進捗が遅れているという人にはゆったりと教える。暗記や計算、データ分析はアダプティブラーニングをし、体育や道徳のようなフィジカルな学びはリアルにやっていくべきではないかと思います。
リアルタイムなフィードバックも勉強の進捗も可視化もできるので、学校でなければできませんという学びと、家でもできるところを使い分けていくことも大事です。
プロジェクトベースの学習の強化は、情報収集や分析の効率化はAI にやってもらえばよくなります。アイデアの創出のパートナーは壁打ち相手として、AIは非常に適していると思います。ただし、問いのレベルの解像度が低いとAI は忖度や顔色を伺うということをしませんから、思うような回答が来ないかもしれません。きちんとした問いを立て、言語化しないと回答してくれません。これが、じつはすごく難しいです。良い AI を使えば良い回答をくれるわけではないです。現時点では問いを立てるのは人間の作業なので、ここがポイントになります。
また、AIは成果物の支援もできます。これは学校でも使われていると思います。私はある大学で教壇に立っていますが、2年ほど前までは中国からの留学生のレポートは日本語が流暢でありませんでした。それが現在は流暢です。ただしそれを見て思うのは、「 AI でレポートを書くのは良いが、就職面接の時に困るよ」ということです。ChatGPTが代わりに面接官と話をしてくれることはありません。大学で学位をもらうのは単なるプロセスです。やはり自分で話せる、自分で日本語を喋れるようになることが大切です。今、留学生の事例を話しましたが、それは日本人にとっても当てはまると思っています。
生涯学習の領域では、AI を活用した学習プラットフォームも登場しています。例えば計算問題を入れても、すぐには解答を教えてくれません。学びモードを使うと、逆に AI から質問されるようにもなっています。聞かれながら対話をして学んでいくかたちです。単に答えをもらうのではなくて、一緒に学ぶことができると思います。あるいは通勤学習や隙間時間を使ったマイクロラーニングなど、国家戦略として単に投資をして教育をアップデートするだけではなく、もっと具体的にどういう層に何をやっていくかを政策として実施することが必要だと考えています。
教育者の役割転換では、従来の教育者は一方的な知識伝達だったですが、これからは学びの促進者、つまりファシリテーターとしての役割が求められます。すでに今でも大学院を中心に一方的な知識教育というよりもファシリテートしながら学びを促進するイネーブラーの役割を担う教授の方々も多いと感じています。
▲ スライド14・学びの促進者
=ファシリテーターとしての
役割が求められる
これからは人間が主語だった時代から「人間と AI が主語」になっていく時代です。AI を学ばないと、その時代を生き抜くのは厳しいでしょう。教育者の方々も文部科学省の制約の中にありますが、AI をきちんと学び、どうやって現場で使えるのかをアップデートしていく必要があると思います。
その視点に立って生成 AI で起こす行動変革について話します。
AIは「賢い文房具」だと思います。AIを文房具として活用することでライティングの69%が削減されたという結果が出ています。こうした業務はAIに任せ、人間にしかできない創造的な活動に時間を振り向ける、思考の進化にも使える、あるいは協働の促進などにもAIを活用していくのが良いでしょう。格差の是正にも活用できます。年収が高い人ほど AI を使い生産性を上げています。国としても考えていく必要があると見ています。
AI には模倣できない 情熱と挑戦する姿勢が必要
結論ですがこの 2点が挙げられます。
まず実体験の重要性です。経験しないでインターネットを見るだけでは分からないことは数多くあります。多様な人と出会うことが大切ですが、これがなかなか難しいのが実情です。普段、付き合っていない人と会うのは勇気が必要です。ただし、それをしないと体験価値は生まれないと思っています。
もう1つは、情熱と挑戦の姿勢が重要ということ。自分は「何をやりたいのか」。AI は知的な労働の代替にしか使えません。やりたいことを見つけてはくれないです。何をやりたいかは人間にしか考えることができません。
このように考えていくと、教育の本質は IQ 的な能力ではなく、共感力や創造力、批判的、倫理的な思考の育成にあると考えています。
最後に未来を共に創るために必要だと考える3つのことを説明します。まずは、当事者意識です。傍観者ではなく、「自分が」を主語にして考えてみることも大切ではないでしょうか。学校教育だけでなく職場での教育など、さまざまな教育的な機会がある中、当事者意識を持つことが重要です。
そして、新たな評価システムも必要です。この資格を持っているから採用するといった判断ではなく、評価のシステムを変えていかないとなりません。そして3つめがAIリテラシ―です。AIを「賢い文房具」として使いこなせるように日々、学ぶことは大事な視点だと思いました。私の話は以上で終わります。
>> 後半へ続く













