概要
超教育協会は2025年4月9日、横浜市教育委員会事務局 学校教育部長の丹羽 正昇氏を招いて、「横浜の挑戦!教育ビッグデータを活用した新たな教育の創造」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、丹羽氏が約26万人という膨大な教育ビッグデータを持つ横浜市の取り組みについて講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。
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「横浜の挑戦!教育ビッグデータを活用した新たな教育の創造」
■日時:2025年4月9日(水) 12時~12時55分
■講演:丹羽 正昇氏
横浜市教育委員会事務局 学校教育部長
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、超教育協会の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。
学力・学習状況調査内の解(回)答率や意識調査の結果のデータを組み合わせて活用
石戸:「データは子どもたちのものであり、子どもたちの幸せのために使うという信念のもとで、これだけ大規模な実践をされていることは、本当に素晴らしいです。
視聴者からもたくさんの質問がきています。『素晴らしいデータ分析だと思いますが、データ分析に活用した具体的なデータ項目を知りたい』というものです。具体的なデータ項目がありましたら、教えてください。また、具体的にどのようなデータの組み合わせをしたのかについても教えてください」
丹羽氏:「学力・学習状況調査に限ると、私たちが組み合わせているのは、学力の状況では国語や算数、数学のような調査問題の解(回)答率です。あとは学習意識調査として『学校での学習に進んで取り組んでいますか』、『学級の友達と話し合う活動を通して、自分の考えを広げたり深めたりしていますか』といった授業に関する意識のほか、生活に関しても意識調査をしています。『朝は何時ぐらいに起きていますか』という項目など、その子どもたちの生活を観察するような項目です。学力・学習状況調査内の解(回)答率や意識調査の結果を組み合わせています。
実際には、定量と定性が混ざったような形でのクロス集計もあります。また、学力・学習状況調査の結果の中には、算数と数学のように教科の特性があるものもあります。算数と数学の間には大きな溝があるのではないか、『つまずき』を感じたタイミングがあるのではないかということです。それらをしっかり深掘りしていくような『どういったところがつまずきの原因なのか』、『どういった授業だと子どもたちが自らそのつまずきに気づくのか』、もしくは逆に『気づけないのか』というような疑問は授業アンケートとの掛け算になります。
子どもたちの授業への参加や学力・学習状況調査の結果、もしくは授業アンケートの結果など複数を掛け合わせて専門家や教職員の持っている感覚を合わせ、クロスしていくことによって分析しているという例もあります。一概にこれとこれを掛け合わせていますというのではなく、どれとどれを掛け合わせたら、本当に子どもたちの状況を正確に把握できるのかということについてデータサイエンス・ラボを使い、多くの皆さんに参加していただくことによって、これから決めようとしているとご理解いただけるとありがたいと思います」
石戸:「これまでの分析を踏まえて、これから先、取りたいデータの議論は出ていますか」
丹羽氏:「正直に言いますと、今はまだ『果たして何をもって教育データと呼んでいるのか』を明確にしようというところから始まったばかりです。データとデータを掛け合わせる、もしくはどういったデータがあれば良いのかという議論を始めているかという点では、まだよちよち歩きみたいな状況です」
石戸:「どういうデータを教育データと呼ぶのかという定義や具体的に有用なデータは何かということは、今、皆さんとしても結論が出ているというよりは、議論の最中という理解でよろしいですか」
丹羽氏:「そうですね。教育を科学するという意味ではデータサインス・ラボという仕組みを構築しましたし、一方で定量的な評価だけではなく、定性的にも評価していく必要があるだろうということで、多くの方々に議論の中に入ってきていただきたいということでイノベーションアカデミアという取り組みも始めています。
アカデミアという名前ですが、横浜市教育委員会と複数の大学の先生方や企業の皆様、そして教職員の方々、これから教職を目指したい、もしくは教職を考えたことはないが教育の世界を少し覗いてみたいと思う学生の皆さんにも参加していただいて、横浜教育のイノベーションをテーマに議論する仕組みも令和7年度から本格的に稼働する計画もあります」
石戸:「非常に興味深い、さまざまなデータ分析の結果をお見せいただきましたが、例えば個人のチャート1つとってみても、分析からなるほどと思うことがたくさんありました。同時に、大事なことは、その分析をもとにどのような支援につなげていくか、どういう改善につなげていくかということだと思います。そのデータの分析に基づいて支援策を作るところまではどのように取り組まれていますか」
丹羽氏:「『横浜St☆dy Navi』を活用していただいた皆さんの声が『横浜St☆dy Navi』を進化してさせていくという仕組みがあります。その仕組みが横浜の教育のベースになっています。というのは横浜市教育委員会事務局が教育施策を立案・企画して教育行政を実施するだけではなく、学校現場での子どもたちの声や教職員の皆さんの声、市民や保護者の皆さんの声もしっかり教育政策に生かしていく仕組みを、1人1台端末を活用して実現しようとしています。そういった意味では多くの皆さんに参加していただき、その中で教育政策が立案、計画されて実行されるような、横浜のリソースを最大限に活用するかたちを私たちは考えています」
石戸:「個人のデータに対して、個人に対する支援で何ができるかという話と、ビッグデータとして横浜市としてどのような施策が打てるのかという2つの側面があると思います。両方に関してこれまでの実証実験を通じて、良い事例が生れたことや検討中の具体事例がありましたら教えてください」
丹羽氏:「実は子どもたちの心のストレスの軽減を図りながら、子どもたち自身の自己肯定感を上げていったり、もしくは自己有用感を高めていったりというような、子どもたちの心にリーチしていく試みとして、横浜市立大学の宮﨑 智之先生のチームの皆さんと共同研究を行っています。子どもの心の状況をしっかり把握していく『横浜モデル』を作ろうと研究しています。実施モデル校では、子どもたちの毎日の心の様子をスライダ―で0~100まで数値化して示せる工夫も取り入れています。毎日の心の様子がわかるように数値化されているということと、1カ月に1回程度、心の様子の定期検診というアンケートにも答えてもらっています。そういったかたちで子どもたち一人ひとりの心の様子を把握していき、その様子を学校だけではなく行政も知って、医療分野の皆さんにも適切につなぐことによって、子どもたち自身を支援したいと考えています。これが『横浜モデル』です。
そこにもやはり子どもたちの意思がありますので、私たちが『このお医者さんにかかるといいよ』、『このカウンセラーにかかるといいよ』と言うのではなく、子ども自身が一人ひとりの自分の状況を的確に把握することで、『今はお医者さんとつながってもいいんだな』、『今はカウンセラーの人がいいんだな』、『養護教諭でいいな』、『担任の先生でいいのかな』というようなことを、自己選択できるようなモデルを開発しているところです」
石戸:「データの利活用は、懸念の声もたくさん出てきますが、このような質問がきています。『子どもの学力や社会情動スキル、心の状況などを数字で置き換ることはとても魅力的です。一方で、大人を対象にできるかと考えた時、人権や生き方など、かなり難しいものがあるのではないかと考え、把握する教育方法に還元する意味合いでは意義があると思うけれども、数値化される子どもたちにとって、ますます生きづらくなってしまうような気もします。そのような議論や考え方があれば、ご教示ください』ということです。クラスにカメラを付ける取り組みもありましたが、いろいろなものが数値化、可視化されてしまうことに対して、どのように議論が進んでいるのかご意見がありましたら教えてください」
丹羽氏:「そこには、まず個人としてということと、集団としてという懸念が両方あると思います。個人として考えていかなければならないのは、自分自身が自分の状況を知りたいか、知りたくないかということだと思います。ですから選択肢は必ず子どもたちの方にあるということだけは忘れずに、私たちは今の政策を進めているところです。
子どもが知りたくないというのであれば無理強いはしないということです。当然それは発達段階にもよるため、例えば小学校1年生の子に自己選択しなさいと言ってもなかなか難しいところはあります。そこにはやはり一定数、保護者の方にも関わっていただくことにはなるため、保護者の方の理解は必要だと思っています。
一方で集団ということでは、望ましい集団像が浮かび上がってきます。そのクラスの概念も覆していく必要があると思います。クラスのあり方、今までなら、例えば3年1組、3年2組とか、そういったことが、大人の都合によって決められていました。しかし、これからは子どもたちが誰と学びたいのか、どこで学びたいのか、そして、どのように学びたいのかということを子どもたちが選択できるような学習環境のあり方も同時に提案をしていき、子ども自身でより良い学びの環境をデザインしていけるようなことも横浜市では研究をしているので、データから見えてきた、もしくは懸念されていることを子どもたちにバトンを渡していくというか、委ねる学びにしていくための一つの材料というか、きっかけにしたいと思います」
最後は石戸の「冒頭に『これから先どのようなデータを取っていきたいですか』という質問させていただきましたが、学校で取れるデータ以外の子どもたちの学びのデータと組み合わすことも期待したいです。子どもたちの学びを中心に考えたときに、今後の学校をどのように定義していくかについても、データ分析から見えてくることもあるのではないかと思います」という言葉で、シンポジウムは幕を閉じた。