AIに依存するのではなく仲間として迎え入れる姿勢を目指す
第181回オンラインシンポレポート・前半

活動報告|レポート

2025.5.16 Fri
AIに依存するのではなく仲間として迎え入れる姿勢を目指す<br>第181回オンラインシンポレポート・前半

概要

超教育協会は2025年3月5日、岡山県立瀬戸高等学校 教育DX推進室長の久米 託矢氏を招いて、「生成AIを活用した教育実践~瀬戸高等学校の取り組み」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、久米氏がDXハイスクールとしての取り組みを推進している瀬戸高等学校における生成AIの活用事例や課題について講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。

 

>> 後半のレポートはこちら

 

「生成AIを活用した教育実践~瀬戸高等学校の取り組み」

■日時:2025年3月5日 (水)12時~12時55分

■講演:久米 託矢氏
岡山県立瀬戸高等学校 教育DX推進室長 

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

久米氏は約30分の講演において、瀬戸高等学校における生成AI活用の取り組みについて話した。主な講演内容は以下のとおり。

DXハイスクール採択校として「学びの質の向上」と「校務改善」に取り組む

    岡山県立瀬戸高等学校は、創立116年目を迎える普通科高校です。1学年4クラスで構成され、笑顔あふれるWELL-BEINGな学校を目指し、教員が「挨拶」「感謝」「笑顔」「挑戦」をモットーに心理的安全性のある職場作りに取り組んでいます。2024年度に高等学校DX加速化推進事業、通称「DXハイスクール」の採択校に決まり、デジタル教育の推進とデジタル時代を生き抜くために必要な「デジタルリテラシー」を身に付けた次世代のリーダー育成を目指した教育を実践してきました。

     

    具体的にDXハイスクール採択校として取り組んできたことは、「学びの質の向上」と「校務改善」です。校務改善はDXハイスクールとして掲げた目標とは少し離れますが、校務のDX化を進めていくことによって、生徒との関わりなどにも時間が割けるようになることから、本校では力を入れて取り組みました。

     

    一方、学びの質の向上では「AI共創型教育」に取り組みました。AIを単なるツールとして扱うのではなく、仲間として迎え入れて、その特性や特徴を理解して共に成長していく、生成AIと生徒が協力しながら新しい価値や知識を創造していくという教育モデルを実践しました。生徒一人ひとりの可能性を最大限に伸ばして、デジタル時代を生き抜くために必要な「デジタルリテラシー」を身に付けた人材を育成することを目標としたのです。

     

    本校ではデジタルリテラシーを「デジタル技術を理解し、効果的に活用する能力」であると考えています。情報の収集・整理・分析の知識やスキル、正しいモラルをもってそれらを活用していく力、そしてコミュニケーションで問題解決をしていく力、これらの力によってデジタルリテラシーが構成されていると考えています。こうしたデジタルリテラシーを身に付けた人材を育てる取り組みが、デジタル領域という成長分野を支える人材の育成に結びついていくと考えています。

     

    ▲ スライド1・AI共創型教育、
    FRATC
    サイクル理論についての
    根拠となるモデル

     

    ※FRATCは探究学習のFind Receive  Think  Communicateの過程とSECIモデルやDIKWモデルのフレームワークも用い知識の創造と価値ある知恵への昇華を目指した理論

     

    つぎにDX推進室の具体的な取り組みについて説明します。まず、2024年4月に校内組織を抜本的に変更し、新たに教育DX推進室を立ち上げ、私はその室長に「専任」で就任しました。

     

    ▲ スライド2・瀬戸高等学校のDX推進体制

     

    私の役割はDX推進室の室長であり、校長、教頭、事務長で構成される「学校CIO」の補佐官です。具体的には学校CIOの構成メンバー、総合的探究の担当教員、授業の改革推進リーダーなどと週1回DX戦略会議を実施してDX推進室の運営方法を決めていき、教員の目線合わせに重点を置いて取り組みました。

     

    このようにビジョンや推進体制を整えながら4月にはChatGPTやCanvaなどデジタルコンテンツを生徒たちに紹介し、導入を進めました。生成AIの導入に際しては、国や県が作成している生成AIのガイドラインを用いて本校で独自のガイドラインを作成し、それに準じて活用ガイダンスも実施し、総合的な探究の時間や進路指導などさまざまな課題に対して、生成AIをどのように活用していくのか考えてもらう機会を設けました。

    英語や国語だけでなく総合的な探究学習に生成AIを活用

     ここでは英語と国語の授業での具体的な生成AIの活用について紹介します。

     

    ▲ スライド3・授業における
    生成AIの活用事例

     

    英語の授業では、英作文の添削で活用しました。子供たちが作成した英語のエッセイを教員が独自に工夫をこらしたプロンプトを用いて生成AIが評価し、生成AIが示した課題点を踏まえて子供たちがリライトしていく取り組みです。こうした活動を通して自己添削スキルの向上や、子供たちに合わせた個別最適な学びを実践しています。

     

    国語の授業では古文の時間に、まずは現代語訳を生成AIに作らせました。じつは、古文の現代語訳を生成AIに作らせるとハルシネーションが起きるので、そこを逆手に取った授業を実践しました。子供たちに「どこが誤りなのか」を考えさせたのです。子供たちが自分の現代語訳と生成AIの現代語訳を比較して誤りを訂正する、その活動を通して言語理解力を高めていくことを目指しました。

     

    本校では総合的な探究活動にも力を入れています。そこでの生成AIの活用について説明します。

     

    ▲ スライド4・総合的な探究活動での
    生成AIの活用事例

     

    クラスの中で数人ごとにチームを作り、それぞれのチームごとに問いを設定し、その問いをさらに深めていくのに生成AIを活用しています。「問いを深める思考」のサポート役です。また、チームごとに情報を収集・整理していきますが、その作業を生成AIで効率化することにも取り組んでいます。こうした活動を通して、生徒のリテラシー意識を高め、生徒がAIに依存するのではなく、仲間として迎え入れる姿勢を持てるように授業を進めてきました。

     

    本校では、DX戦略アドバイザーと本校職員が、DXの推進を通じて「生徒に身に付けさせたい力」とはどのようなものかを検討してまとめています。

     

    ▲ スライド5・探究を深めるために重要な力

     

    文部科学省が示している内容に「本校が身に付けさせたい力」を加えています。「ACT with AMBITIOUS」、つまり大志をもってフィールドワークのアクションを行うことを大切にしている学校なので、それを軸にして探究を深めていきます。先生方にとっても、課題の設定や情報の収集など探究学習のそれぞれの過程で、どのような力を身に付けさせるのかがわかるようになっています。

    「探究アイデアソン」や「探究ハッカソン」で生成AIとの付き合い方を学ぶ

    本校では、2024年7月に情報の収集や整理、分析にフォーカスを当てたイベント「探究アイデアソン」を行いました。このイベントでは、ChatGPTと政府の統計データ閲覧サイトである「e-stat」を駆使して、それぞれのチームごとに最適な信頼性の高いデータを抜け漏れなく効率よく収集する方法を学びました。また、手に入れた情報をChatGPTとPYTHONを駆使して整えて、さらに分析、グラフ化して自分たちのプレゼンテーションに活かすことも学びました。

     

    ▲ スライド6・探究アイデアソンでの
    生徒たちの感想

     

    生徒たちからは、「生成AIの使い方を学ぶことができた」、「今までは触ろうと思わなかった膨大な統計データを、生成AIを駆使しながら自分たちの探究活動に活かしていきたい」、「フィールドワークで必要なデータが集まらず行き詰っていたが、生成AIを使ってデータを見つけることができれば取り組みが進みそうだと感じた」など、ポジティブな感想が数多く寄せられました。また、「生成AIを使ってデータ分析の新しい着眼点を見つけることができた」などの意見も出ました。

     

    つぎに、生成AIを取り入れた大きなイベントして、「探究ハッカソン」を行いました。このイベントでは、ChatGPTとGoogle Apps Scriptを使って、ゲームアプリケーションを作成しました。どうすればユーザーが楽しめるのかというテーマをもとに、チームごとにゲームアプリケーションを開発していくもので、1学年と2学年合同での実施でしたが、全てのチームでゲームアプリケーションを作ることができました。そして、できたゲームアプリケーションを試して、バグや課題を改善するにはどうすればよいかチームごとに話し合いながら、より優れたものを作りあげることにも取り組みました。

     

    ▲ スライド7・探究ハッカソンでの
    生徒たちの感想

     

    生徒たちからは「問題を見つけて修正していく力が身に付いた」、「問題解決のサイクルを回す体験にもつながって貴重な経験になった」という意見が多くありました。また、「AIとはバランスよく付き合うことが大切だ」という意見もありました。というのも、生成AIは瞬時にプログラムのコードを作成してしまいますが、どの生徒が見ても明らかなバグが生じることがありました。例えば、ゲームにおいて「敵が出てこない」、「動かしたいプレイヤーが動かない」といったバグです。こうしたとき、生徒たちは自ら「それらのバグをどう修正すれば、より面白いゲームになるのか」を考え、生成AIにプロンプトを提示していきました。AIとの付き合い方を体験する機会でもありました。

    情報スキルの格差を埋めるため教員研修も実施

    生成AIの授業での活用やDX推進をさらに進化させていくために、2024年度は環境整備にも力を入れました。「DXラボ」を新しく設けて、3DプリンターやハイスペックPCを活用できる環境を整えました。子供たちが自分のイメージを具現化させて、探究を加速させていく一助になれば良いと考えています。

     

    ▲ スライド8・探究活動を深めるために
    設置した「DXラボ」

     

    一方、教職員研修も不可欠だと考えています。2024年度に実施した研修は合計10回になります。長時間の研修ではなく、30分と短い時間ながら中身の濃い、「濃縮された研修」を実施しました。最初は、まさに「初歩の初歩」で、DXとはそもそも何なのかから始めました。教員の中にも情報、ICT、デジタルに関するスキルの格差はどうしてもあります。私も生物の教員なので、これまで生成AIを授業で使ったことはありませんでした。そういった教員でもこのDXハイスクールの活動に参画できるように目線を合わせながらやってきました。

     

    また、堅い研修ばかりではなく、AIを取り入れたゲーミフィケーションのKAHOOTを使って、「小テストの新しい可能性をどう授業に活かせるのか」をテーマにした研修なども実施しました。教員も楽しみながら研修に取り組んでいます。多くの教員がそれぞれの教科で、研修で学んだことを実践しています。

     

    例えば、KAHOOTと生成AIを連携することで、AIに小テストの問題を自動で作問させて、教員の負担を軽減することも実現できました。他にも、それぞれのイベントの前に教員だけの事前研修会を設けて、子供たちがどういった体験をするのか、授業の「どこでつまずくのか」を事前に把握して、それを踏まえてそれぞれの教室で実践していくという研修も開催しました。これが大変に好評だったことから、何かのイベントがある際には事前研修を行うようになりました。

     

    また、校務改善ではAIによる議事録の作成などDX化に取り組み、時間外在校時間が前年度比で約10%減少するなど、働き方改革に効果がありました。DX推進や生成AIの導入・活用効果を感じています。また、個に寄り添う丁寧な教科指導や進路指導により、国公立大学の合格者が前年度の2倍と大きく増えているのも、2024年度の取り組みの成果のひとつです。

    DX推進により生徒の自己効力感や目標意識、自己有能感が上昇

    本校ではこうした取り組みの実践とあわせて、生徒や教員の変容を把握するために質問調査を年3回実施しています。調査内容をPISA2022 ICT質問調査と同じにすることで、本校の変容を国や県と比較できるように工夫しています。

     

    その結果は、生徒の意識改革ということで社会変革への自己効力感や将来の目標意識、自己有能感などの数値に統計的に有意な上昇が表れました。

     

    ▲ スライド9・年3回の調査で
    見えてきた効果

     

    また、スキル面だと、デジタル・コンピテンシーに対する自己効力感が大幅に伸びています。プログラミングやデータ分析の基礎知識習得やデジタル技術を用いた問題解決への主体的な取り組み、論理的思考で解決策を表現するなどの分野で有意な差が見られました。

     

    さらに、情報の信頼性や出典の判断力、ネットマナーの遵守、デジタルデバイスやソフトウェアの操作方法の理解、デジタルツールを活用した効果的なコミュニケーション、プライバシー保護の重要性への理解、個人情報の適切な保護などの項目でも高い数値になりました。

     

    ▲スライド10・さまざまな項目で
    自己効力感が高評価となった

     

    教職員の変容では、デジタル人材育成に対する意識の高まりや取り組みの推進が数値として上がっていました。

     

    ▲ スライド11・生徒だけでなく
    教職員にも変容があった

     

    研修に全員が積極的に参加していただけではなく、教職員が自身で情報を収集し、それを教職員同士で共有する場面も見られました。また、DXの授業以外でも、生徒にデジタル倫理を指導する内容を盛り込むといったことにも取り組んでいただきました。例えばDXの授業ではない人権教育や主権者教育においても、教員にはAIによるフェイクニュースを扱ってもらい、生徒に考えを深めてもらうといった取り組みです。

    実際に導入・活用して見えてきた生徒・教員の双方における今後の課題とは

    つぎは課題です。生徒については、情報検索、情報共有、協働、これらの値が少し下がっていました。

     

    ▲ スライド12・調査によって
    浮き彫りになった生徒の課題

     

    理由については、あくまで憶測ですが、生成AIやデジタルツールを活用していく中で情報量が多くなってしまい、それを正しく整理することに困惑している生徒もいたと思います。また、4月当初に比べて12月になると課題が難化したことも考えられます。情報共有の部分に関しては、膨大なデータを自分が相手に伝えられたかどうかの目標が曖昧で、それを自分たちができたのか測る指標がなかったことで、値が下がってしまったのではないかと考えられます。4月よりも共有する機会が減少しているということもあったでしょう。協働については、役割分担が不明確でタスクが複雑化していった中で負担感を感じる生徒が出てきたということも考えられます。

     

    教職員における課題では、デジタルツールの操作を子どもたちに伝えていくことに対するスキルの不足がありました。新しいツールやスキルを取り入れて、それを使いこなしていくことに時間的な負担を感じる教職員もいました。

     

    ▲ スライド13・調査で明らかになった教員の課題

     

    また、生徒が生成AIに依存してしまうリスクを感じている教職員もいます。これに関しては、リスクの部分を子供たちにしっかり適切に教えていく必要があると感じています。

     

    ▲ スライド14・生徒が生成AIに
    依存してしまうことのリスクを
    感じる教職員もでてきた

     

    本校のこれまでの取り組みは、県内外の学校関係者の方に視察をしていただいて注目していただいていますが、企業の方にも注目していただいています。我々が取り組んできた内容についての基礎理論を企業の社員研修に取り入れていただき、アイデアソンやハッカソンの過程を企業に持ち帰っていただくといった関係が構築されつつあるということで注目されています。

     

    2025年度への挑戦と計画では、デジタルリテラシーを高める教育をこれからも続けていきます。

     

    ▲ スライド15・次年度への挑戦と計画

     

    2024年度には取り組めなかったデータサイエンスの分野、数値を正しく扱って分析していくことも、2025年度は力を入れていきたいと考えています。引き続き、最先端ツールである3DプリンターやハイスペックPCなどを総合的な探究活動に活かして、創造的な学習を推進していきたいと思っています。それらを支える教員の専門性を向上しその裏で業務改善をしっかりしていくことにも取り組んでいきたいと思っています。

     

    最後になりましたが、本校でこれまで取り組んでいる内容について、色々な方々と連携しながらさらに深めていきたいと考えています。本校の活動にご賛同いただき、子供たちの成長と次世代のリーダーの育成に携わっていただけたら幸いです。

     

    >> 後半へ続く

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