概要
超教育協会は2024年12月4日、NPO法人「はびりす」の作業療法士である奥津 光佳氏を招いて、「すべての小中学校に『学校作業療法室』 飛騨市の挑戦が未来を照らす」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、奥津氏が「学校作業療法室」の取り組みについて講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「すべての小中学校に『学校作業療法室』 飛騨市の挑戦が未来を照らす」
■日時:2024年12月4日(水) 12時~12時55分
■講演:奥津 光佳氏
NPO法人はびりす 作業療法士
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
奥津氏は、約30分の講演において、NPO法人「はびりす」が小中学校を訪問しながら、新しい作業療法として実践している「学校作業療法室」について話した。主な講演内容は以下のとおり。
飛騨市の全小中学校の中に作業療法室を設置
NPO法人はびりす、岐阜県・飛騨市での取り組みについて紹介します。飛騨市では、「障がい」を自分の「やりたいこと」が「できないこと」と定義しています。こうして、飛騨市では障がいのあるなしに関わらず「やりたいこと」ができていない方々に対し、「積極的に作業療法士が関わることができる」と決められています。
この考え方に基づき、「飛騨市まるごと作業療法室」という取り組みが実践されています。市の障がい福祉係に属する横断型組織「ふらっと」で、乳幼児から成人に至るまでの市民の方々に作業療法士が関わっています。
▲ スライド1・岐阜県・飛騨市が行っている
取り組み「飛騨市まるごと作業療法室」
この取り組みの一つに「学校作業療法室」があります。これは、日本初の取り組みで、飛騨市内の小学校5校、中学校2校、小中学校1校の全ての小中学校に作業療法室を設け、「すべてのこども、すべてのかぞく、すべてのせんせいと作業療法しよう」という取り組みです。
▲ スライド2・飛騨市の全小中学校に
「学校作業療法室」が設置されている
「学校作業療法室」を設置した背景・理由には大きく3つのことがあります。1つは、「配慮の必要な子どもが増えている」ということです。それと並行して精神疾患を持つ、心を病む先生も年々、増加傾向にあります。これが2つめの背景・理由です。
そして、その過程で起こったのが、3つめの「教えない教育への移行」です。子どもたちの主体的な学び、アクティブラーニングを育んでいくという教育改革が起こったのです。
▲ スライド3・「学校作業療法室」を
学校の中に設置した理由
このような状況に対して作業療法士は何の役に立つのか。学校の先生たちにインタビューしました。先生たちからの意見を踏まえると、作業療法士が配置されることのメリットは大きく3つあると思います。1つは、具体的な支援にすぐにつながること。2つめは、何か困りごとが起きたときなど、先生と子どもの間だけではなく、保護者にもつなげてくれることです。そして、3つめは、子どもたちに授業を通して話をしてもらえることが良かったこと。この3つが、先生たちからいろんな感想をいただく中で、「学校作業療法室」を運営していくためのポイントとして見えてきたことです。
そして、そういった先生たちにどうやったら作業療法が役に立てられるのかを考えた上で出来上がったのが「P4C アプローチ」です。
▲ スライド4・先生、児童、保護者、
作業療法士の4者をチームとして捉える
「学校作業療法室」のアプローチ
P4Cというモデルを参考に作成した「学校作業療法室」の形で、先生、児童、保護者、作業療法士の4者をチームとして捉えています。そして、その4者がチームとして動けるように3段階のアプローチを考えています。
最初の段階は、学習のためのユニバーサルデザインの実践です。これは、学校の全ての児童にとって役に立ち、一部の児童にとっては「必要不可欠」な支援を行っていくというステージです。その上にあるのが第2ステージで、多様性に応じた小グループに対する、より丁寧な支援をする段階です。最後が、より個別性の高いニーズに応えるために配慮をするという段階です。「学校作業療法室」では、この3段階のアプローチで全校生徒に対してさまざまな角度から支援をしていきます。
児童、先生、保護者の間に作業療法士が入りさまざまな問題を解消
3段階の全体的なアプローチとあわせて、それぞれの児童・生徒への個別のアプローチもしています。具体的には先生からの相談、児童・生徒からの直接の相談、あるいは保護者からの個別の相談、この3者からの個別の相談に乗っています。
事例を紹介します。ある男の子は、学年末になるとすごく不安になり、そして4月の初めには新しい担任の先生と馴染めずに教室を飛び出してしまうなど、必ず大きなトラブルを起こしていました。この男の子の中で起きていたことは、学年末になると不安や悩みが頭と心を閉めてしまうということでした。
そこで、この男の子、先生、保護者の間に作業療法士が入り、どのように学年末と4月を過ごしたらよいのかを、本人と家族と先生とともに整理整頓していきました。まずは男の子に、「あなたはとても頭脳が優秀で、高速回転で色々なことを考えられるんだよね。だからこそ、学年末には不安やドキドキが止まらなくなり、4月になると不安が爆発してしまい、教室を飛び出してしまったり、授業をうまく受けられなくなってしまったりするんだよね」といったことを伝えました。そして、これまでも5月、6月、7月と頭と気持ちが馴染んでいくにつれ、うまくやれるようになっていることも本人とも確認しました。
このように見通しを共有し、「落ち着いて、安心して学校に来ていいんだよ」と本人に伝えたら、4年生以降、5年生、6年生のときはトラブルなく学年を移行できたのです。
自分で「作戦」を決め実際に取り組む「CO-OP Approach」
次に最近、先生から相談で増えているケースをご紹介します。
▲ スライド5・先生たちからの相談の一例
児童・生徒の「集中力がつづかない」、「やる気がなさそうに見える」、「姿勢が悪い」といったことです。もう少し踏み込んだ内容では「表情がない」、「意欲がない」、「語彙が少ない」、その先には学校に行きにくくなる「行き渋り」、「不登校」といったことです。
▲ スライド6・「行き渋り」や「不登校」に
つながる相談も増えている
こうした状況について、我々は「子どもたちが学ぶ面白さが気づきづらい」ことがスタートラインになっているように捉えています。結果として、授業を行う先生たちにより配慮が、より工夫が求められてしまう。そこで、飛騨市と学校の先生と作業療法士が一緒に取り組んでいるのが「CO-OP approach」です。
▲ スライド7・飛騨市と学校の先生と
作業療法士が取り組んでいる「CO-OP approach」
これは非常にシンプルなアプローチです。子ども自身が取り組みたい目標を決め、その目標に対して、達成するためにどういう工夫をするのか、それを飛騨市の学校では作戦と呼んでいますが、子どもがこの作戦を決めて、実際に取り組んで、その成果を確認します。これを「ぐるぐる」を回していって、目標達成に向かっていくのが「CO-OP approach」です。作業療法の理論の1つで、子どもたちの問題解決スキルを育むことを目指し、研究開発されたアプローチです。子どもたちが扱いやすいようにアクティブラーニングを非常にシンプルな形でモデル化しているのが特徴です。
実際に子どもたちと一緒にどのように取り組んでいるのか紹介します。小学校2年生の女の子のお話です。
▲ スライド8・小学2年生の女の子と一緒に
「CO-OP approach」に取り組んだ事例
先生と子ども本人と作業療法士3者で取り組んだ事例です。女の子の目標は、「3桁の筆算が解ける」こと、「時計の〇〇分が読める」こと、「漢字を覚えられる」ことです。
まずは3桁の筆算が解けることから取り組みましたが、なかなかできません。そこで、女の子と一緒に作戦を立てました。本人が普段、「どのように計算しているのか」から明らかにしてから考え、女の子自身が作戦を立てていきました。
▲ スライド9・小学校2年生の
女の子が決めた作戦
それが「図書(ずかく)作戦」です。自分が決めた作戦を普段の学習でも使えるよう、筆箱へ作戦の内容を書いて付箋を貼っていました。
具体的には図を書いて、引く数字を丸で描いて計算する作戦です。
▲ スライド10・数字を〇で示し
引く数字を囲っていく作戦
引く数字を丸で囲って、残った数字を数えるという作戦を立てて実行していました。これを実行した結果としては、本人が間違えることなく引き算という筆算ができるようになったのが大きなポイントです。
よくある質問としては、「この後に桁数がどんどん増えていったらどうするのか」というものです。この方法だと続けていけないのではないかという問いかけをよくいただきますが、ここのポイントは、本人が筆算の仕方を自分で気づいて、自分で工夫したというところです。この作戦を続けていくうちに、本人はだんだんと書かなくてもできるようになっていきました。「CO-OP approach」作戦会議をやってみてどうだったかを本人に聞いたら、「算数は伸びた。身長は伸びなかった」という感想をくれました。なので、本人としても算数自体はできるようになった実感を持てるようになったことが、ここの大きなポイントです。
「CO-OP approach」の最終目標として目標→作戦→実践→確認というサイクルを自分自身だけで回せるようになることを目指しています。この女の子は作戦を通してそれを獲得でき、この後もいかに自分が漢字を覚えるか、文章を読みやすくするのかというのを、時々、「学校作業療法室」を訪れては報告をしてくれるようになっています。
こういった「CO-OP approach」や子ども自身が自分自身自身の個性に気がつくプログラム、子どもが自分自身の取り扱い方を考えるプログラムというのを「学校作業療法室」では、道徳や学活、双方の時間をお借りして、各教室を回ってお話をしています。作業療法士のアイデアや生活の中で役立つ工夫を授業の時間をお借りして、ワークショップとして、各クラスの子どもたちと広げているのが、「学校作業療法室」の取り組みの一つです。
▲ スライド11・道徳や学活、双方の時間を借り
「CO-OP approach」の話を行う
学内テレビ番組「作戦マン」で自分で作戦を立てる大切さを子どもたちに
「学校作業療法室」の取り組みの中の代表的な活動を1つご紹介します。私が「作戦マン」という怪しいサングラスをかけたキャラクターになって、ある小学校の校長先生と一緒に活動しました。
▲ スライド12・サングラスをかけ
作戦マンという格好に扮する奥津氏
この小学校では、「自分から 自分なら みんなと」という学校目標を立てていました。つまり、アクティブラーニング、自分自身で考えて、自分自身で行動するという目標ですが、校長先生は子どもたちに主体的な行動がなかなか広がっていかないことに悩んでいました。そこに対して役立つのが「CO-OP approach」です。
「CO-OP approach」はもともと発達性協調運動障がいの子どもたちを対象に生まれたアプローチですが、アクティブラーニングをモデル化していることが特徴で、障がいや特性の有無に限らず、全ての子どもに対してアクティブラーニングを進めていけるユニバーサルなモデルでもあります。「CO-OP approach」を活用すると、脳のネットワークがつながっていき、活性化されることが研究でも明らかになっています。そこで、この「CO-OP approach」をいかに子どもたちに広めていくのか考えた末に生まれたのが「作戦マン」という活動です。
具体的には小学校の給食の時間帯の校内テレビ放送で月に1回ほど「作戦マン」という校内テレビ番組を放送しています。
▲ スライド13・校内テレビで
放送されている「作戦マン」
番組を通じて「どうやればみんなのやりたいことが実現できるようになるのか」などをお話ししています。これが子どもたちに受け、「変なおじさんが時々出るぞ」と「作戦マン」が根付き始めました。そこで校長先生と相談して、もっと子どもたちに「CO-OP approach」を広げていくために、次のステージとして校長先生が「作戦マン」として登場してくれるようになりました。
子どもたちも面白がり、校長先生の元には、「どうやって作戦を立てたらいいのか」、「どんなふうに工夫をしたらいいのか」と尋ねる子どもたちが殺到するようになっていきました。さらに、校長先生自身が目標を立て、チャレンジする姿を子どもたちに伝えたことがとても大きな効果につながりました。
校長先生の目標は、縄跳び2重跳びを30回飛ぶというものでした。校長先生は生放送1回だけのチャレンジだったのですが、結果、45回という大成功でした。放送室でも教室からも大歓声が上がり、「校長先生すごい」、「一体どういうふうに2重跳びを飛んだの」と2年生から3年生までの子どもたちが、縄跳びの工夫を聞くために校長先生のところを訪れるような変化も起きていきました。
そうして、子どもたちや学校の先生の間で「作戦」というキーワードが日常的に使われるようになり、さまざまな子どもたちがさまざまな作戦を考えてくれるようになりました。いかに友達とコミュニケーションを取りやすくなるか、自分の感情をどうコントロールするか、自分のドキドキを調整しながら、やりたいことをどう実現するかなど、運動に限らず、子どもたちが自身のやりたいことを実現するために、さまざまな作戦を自分で考えて教えてくれるようになったのです。
▲ スライド14・子どもたちが自ら目標を立て、
その実現のための作戦が次々に寄せられた
子どもたちの集中力向上のために「作戦マン体操」に取り組む
さらに、集中力が続かずに椅子に座り続けることも大変な子どもたちが増えていることを受けて、先生たちと一緒に「作戦マン体操」という活動を始めました。動画で姿勢を良くする運動や集中力を育む運動を動画でまとめて、小学校の朝活の時間で取り組んでいきました。
▲ スライド15・先生たちと
一緒に相談して取り組んだ「作戦マン体操」
子どもたちも最近は動画に見慣れているせいか、素直に一緒に練習に取り組んでくれました。約半年ぐらいこの活動に取り組んでくれたクラスでは、結果として子どもたちの集中力や注意力、あるいは姿勢を整える力がすごく伸び、今は子どもたち全員が落ち着いて席に座りながら授業を受けられるようになっています。
さらに学習のためのユニバーサルデザインとして、「学校作業療法室」の中で「CO-OP approach」や子ども自身の個性に気がつくプログラム、子どもと信頼関係をつくるプログラム、発達検査など検査の活用の仕方のプログラムについて研修を開きまして、各学校の先生と「CO-OP approach」について学んだり、発達検査の見方について学んだりしています。このように保護者とも一緒に勉強会を開いています。簡単な相談事や悩み事だったら、保護者や先生たちの手で解決できるようになっているので、最近、僕に届く個別の相談は難易度の高いケースが増えており、四苦八苦しているという変化も起きています。
▲ スライド16・簡単な相談事や悩み事だったら、
保護者や先生たちの手で解決できるように
「学校作業療法室」は、先生、児童・生徒、保護者、作業療法士がチームとなり、学校全ての子どもたちと関わって、子どもたち一人ひとりが自分のやりたいことできるようにし、日々の生活をより豊かに生活しやすくしていくことをサポートしているというのが僕たちの活動になります。
現在、「学校作業療法室」は飛騨市だけで取り組んでいますが、今後は人材教育、人材育成に力を入れていき、各市区町村やさまざまな場所など、各自治体で実現できるように人材を育てていくことを考えています。「学校作業療法室」は、先生たちと子どもたちのサポートをしながら、日々の学校生活の支援を行っているのです。
>> 後半へ続く