概要
超教育協会は、2024年9月18日、慶應義塾大学 大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授/AI・高度プログラミングコンソーシアム 代表 矢向 高弘氏を招いて、「意欲的な学生が集う学び舎を目指す『慶應義塾大学AI・高度プログラミングコンソーシアム』」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、矢向氏が慶應義塾大学 AI・高度プログラミングコンソーシアム(AIC)の創立経緯や活動内容、今後の課題などについて講演。後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。
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「意欲的な学生が集う学び舎を目指す『慶應義塾大学AI・高度プログラミングコンソーシアム』」
■日時:2024年9月18日(水) 12時~12時55分
■講演:矢向 高弘氏
慶應義塾大学 大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授
AI・高度プログラミングコンソーシアム 代表
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、超教育協会の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。
AICが今後、育成したい人材像や目指している方向について質問が多数
石戸:「私は慶應義塾大学の教員をしていますが、本日のオンラインシンポではAICの全体像を把握することができました。
既にたくさん質問がきていまして、私としても聞いてみたいことがあります。初めの質問から非常に答えにくいかもしれませんが、生成AIが普及しつつある中、社会が大きく動こうとしているタイミングで、さまざまな大学が国内外問わずAIとの向き合い方について意思表明をしました。大学によってその差があったと思っていて、例えば海外では禁止の方向で動いている大学もありました。日本は比較的ポジティブで、例えば東京大学は明確に前向きに使っていくことを表明されました。それに対して、慶應義塾大学は前向きな利用というよりは慎重な姿勢であったと思っています。その立ち位置に関して、私が所属するKMD(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科)の中でもザワザワしたところがありました。その慶應義塾大学の中のAIの使い方、教育における利用に関する考え方について、大学としての発表やAICの考え方を踏まえて矢向先生のお考えを聞かせていただければと思います』」
矢向氏:「もちろん慶應義塾大学全体を代弁するわけにはいきません。ただ教育側として考えることは、『学生はまず授業を身につけて単位を取っていく』というプロセスがあるわけです。そこに対してAIをどう活用するかを学生には理解してもらいたいということで慎重な表現になっていたのだろうと思います。その一方、教員はそこまで慎重には考えておらず、特に私を含めこのAICに関わっている教員は、『とにかくAIを使い倒せ』と教えています。
そこは考え方かと思いますが、AIはあくまでも道具なので、その道具を使って自分のスキルを高めれば良いわけです。自分のスキルを高めるために道具を使うのは良いという考え方なのです。ただ、道具を使って道具の出力をそのまま成績に直接反映するような行為、例えば、生成AIが作ったレポートをそのまま提出してしまうようなことは本人のためにもなりません。それは、『ちゃんと考えなさい』、『慎重にやりなさい』ですが、学問を学ぶ上で、理解しづらい時にAIにちょっと教えてもらうことをして、自分のスキルを高めるための道具として使うのは良いと我々は考えています」
石戸:「大学全体としてのコメントではないかもしれないですが、大学としても慎重な書き方をしたのは、あくまでも使い方を失敗しないようにというところであって、自分の力を高めるより良い方向であれば積極的に使いましょうという方向性ということですね。
今まさに自分の力、スキルを高める方向というお話がありましたが、オーソドックスな質問ではありますが、このような質問も届いています。『生成AIがこれだけ広まった時代だからこそ、慶應義塾大学の学生たちに今まで以上に培ってもらいたい力というのはどういうものだと定義されていますか』というものです」
矢向氏:「あくまでもAIは道具であるという部分は譲れないところで、自分のために役立てるという、その関係性は崩してはいけないと思っています。何か判断を迷った時にAIに問い合わせをかけて、その答えを鵜呑みにしてしまうというのは一番危険だと思っているので、あくまでも決断するのは自分側ということは常に考えてほしいと思っています。
それからもう1つ、ツールと言った時に、今までの機械学習の文脈ではAIは精度が表現できていたわけですが、生成AIの時代では精度をそもそも定義できません。AIは平気で嘘をつくことがありますので、平気で嘘をつくツールということを前提に付き合う必要はあると思います」
石戸:「AIとより適切に付き合う人間であるために、人間としてより一層、伸ばすべき力に関してはいかがでしょうか」
矢向氏:「それは間違いなくコミュニケーション能力だと思っていて、そのために人がいろいろな人と会話をする、コミュニケーションをするということがとても大事だと思います。コミュニケーションをする中で、この人はこのぐらい知っているとか、このぐらいのところまでは信じても大丈夫という、ある種、人と人との間の信頼関係が徐々に醸成されるものだと思っていますが、AIとの付き合い方も同じで、ある程度、使っていれば、このぐらいは信用してよいとか、ここから先はあまり信用してはいけないというところが見えてくるはずです。それがAIを使わずに禁止してしまうと、その値踏みが理解できませんので、ある時に突然、使い始めた場合に全面的に依存してしまうという危険性もあるわけです。AIにしろ、人にしろ、コミュニケーションを普段から取ることで、どれほど相手を信用してよいのかという、人間関係の作り方を学んでいくべきなのだろうと思います」
石戸:「先ほどのAICのお話をお伺いすると、やはり大学全体が全学部横断的な組織を構成されているということが非常に大きな特徴かと思います。一方、社会全体を見ても、AIを使いこなす力はこれからの時代の必須の力だと考えると、理工学部のような学部の学生だけが学べばよいわけではないというのは、おそらく国内外問わず共通の理解かと思っています。例えば、以前オンラインシンポジウムにご登壇いただいた松尾 豊先生も自分の学部以外の学生も参加できる講座を用意されていました。そのような学部横断型でAIについて学ぶ環境を整備するのは、海外の大学も含めて増えてきているのでしょうか。それとも、慶應義塾大学の特徴なのでしょうか」
矢向氏:「海外の大学も含めて増えていると思います。ただ増えてはいますが、AICは単位も何もない学び舎ですので、ある意味、授業という形にはなっていないのです。そこが松尾先生のような話とは異なると思います。ただ慶應義塾大学でも2023年から大学院ではスタートしていますが、全大学院共通科目が作られるようになっており、その中でデータサイエンスの授業を全研究科に対して配信するという授業がスタートしています。いずれ全学部共通の科目も設置されるのではないかと予想しております」
石戸:「そうなのですね。もちろん単位にならなくても学ぶ場があること、そこに対してモチベーションが高い学生が集まることの価値もあると思います。一方でやはり単位になることによって、より多くの学生にとって学ぶ機会が提供されるという側面もあると思うので、単位になるような全学部横断型の科目が作られるのは良いことですよね。
それ以外にもいろいろな質問が届いていますが、視聴者には企業の方々もたくさんいらっしゃるので、企業の参画に対する質問がありました。『具体的に企業とはどのような連携をされているのか』という質問です。年会費500万円を払って企業が入っていらっしゃるということでしたが、どのような企業が関わっていらっしゃるのかも教えてください」
矢向氏:「AICのホームページをご覧になっていただくと、今年の参加企業のリストも見ることができます。現在、5社が入っています。先ほど年間500万円とお伝えしましたが、中小企業は半額の250万円で入っていただいています。取り組みの内容については、企業ごとに異なっていまして、とにかくまず企業名をできるだけ多くの学生に知ってもらいたいということで、まず認知度を高めるということを狙いにされている企業もいらっしゃいましたし、大きくは言えないかもしれないですが、1人でも多く就職につなげたいと思っている企業もいらっしゃいます。それから、コンテストなどを通じて学生のアイデアを持ち帰ることも狙いにしている企業もいらっしゃいます。企業それぞれニーズは異なっていると思っていて、それに合わせるように企業企画のイベントなどを実施しているところです」
石戸:「先ほど時系列でお話いただきましたが、やはり生成AIの社会的な広がりの前後で反応も変わっているのではないかと思います。企業や学生の反応の違い、それを踏まえてのAICの活動の変化など、教えていただけますか」
矢向氏:「Chat GPTがリリースされ生成AIが広まってきたのは2022年11月です。その頃から生成AIをいかにして企業の中で使えるだろうかということを案件としてお持ちくださる企業が増えだして、やはり信用ならない、なかなかビジネスに直結しないという部分も見えてきたかなと思います。学生たちも生成AIが出てからは、これからは生成AIだという学生が多い一方、まだ信用が足りないというところもあって、『もうちょっと機械学習をしっかり学んでおいた方が良いや』という慎重な姿勢を見せている学生もいます。このように二極化していると思っています」
石戸:「それを踏まえて、AICの活動は何らかの変化はありましたか」
矢向氏:「講習会のカリキュラムをある程度、我々で設計しています。従来型の機械学習をしっかり教えましょうというような講習会や機械学習の応用をするという、今ではクラシカルな機械学習をベースとした基礎から応用までという学びの場と、生成AIを活用する講習会を並列で用意していて、どちらでも学生は興味が持てるように整えています」
石戸:「AICとしては、AIだけではなくて、プログラミング教育にも力を入れていらっしゃって、なおかつそれを幼稚舎から一気通貫に教育を提供できる環境の中で取り組まれていると思います。私たちもプログラミング教育の必修科に関わってきたということもあって2点お伺いしたいことがあります。
1点目は、2020年から必修化されたプログラミング教育の在り方について、これまでの慶應義塾大学の中での経験を踏まえて提言などがありましたら教えてください。
2点目は、プログラムもAIが書いてくれる部分もあります。そうするとプログラミング教育の在り方も、生成AI時代になって変化が生じる可能性があると思います。生成AI時代のプログラミング教育として、これまでとこういう点を変えていくと良いのではないかというアドバイスがありましたら教えてください」
矢向氏:「まず、プログラミングのシーンの中で、生成AIの力はとても大きくて、今、世の中でプログラミングをやっている企業では、生成AIを使っていないところは多分、立ち行かなくなっているくらい、生成AIを使うのが当たり前になっています。例えば、『サカナAI』という企業がAIサイエンティストというサービスを提供していますが、論文のアイデア出しから実験、それから論文執筆まで含めて全部AIにやらせるというシステムを発表しています。その中ではアイデアを入力すると、評価用のプログラムが出来上がるところまで全て自動になっています。
そういう意味で、これからはプログラミングをある程度、自動でやってもらうというのが、かなりのレベルで当たり前になってくると思います。その一方、競技プログラミングのように、AIでは解けない、難易度が高く数学とリンクしているようなプログラムでは、まだまだAIには解けない部分もあります。世界で数人しか作れないようなプログラミングのスキルを持つエンジニアになりたいという高みを目指す人には、きちんとしたプログラミング教育を提供する必要があります。ただ多くでは自然言語で生成AIにお願いすると、プログラミングが勝手に出来上がるという方法で大抵の方は満足できるようになっていくのではないかと思います」
石戸:「そうすると、慶應義塾の幼稚舎や中等部などで提供しているプログラミング教育は、そういう方向でのカリキュラム作りも考えていらっしゃいますか」
矢向氏:「小中学生たちに生成AIを使ってプログラミングすることはやっていないですね。その理由としては、特に小さい頃は自分で体験することが大事だと思っていて、全て文字で伝えたことが返ってくるというものだと自分の体験にはならないからです。そこはやはり体験値が上がっていかないと、その先の理解度が全く異なってきますので、小さい頃はプログラミングをしっかり自分の手で行うということが大事だし、バグが出て変な動きになったということも学びにはなります。そういった経験は絶対した方が良いので、生で書いた方がよいと思います」
石戸:「プログラミングの在り方は、ここから先大きく変わるということになるけれど、小さいうちはむしろ経験値のためにも、今までのようなプログラミングのやり方を伝えたほうが良いということですね。
視聴者から、『AICにはさまざまな学部の方がいらっしゃるということですが、どういう学部からの参加が多いのかということ。また、企業の方ともいろいろ接点がある中で、就職先に影響があるのか、どういうところを希望されているのか』という質問も届いています」
矢向氏:「参加している学生はやはり理工学部が圧倒的に多くなっています。とはいえ、理工学部の学生は50%くらいです。次に多いのが経済学部です。経済学部の次が医学部、商学部ぐらいの順番だったかと思います。文章の分析に使うことがあるみたいで、文学部の学生も割といらっしゃいます。理工学部以外の学部の学生もまんべんなく点在しているという印象です。
就職先についてはあまりきちんとしたデータはないですがAICでAIを学んだからといってAIベンチャーに進むというような流れが大きくあるわけではなく、むしろ文学部の学生であれば、自分の文学の研究にAIを使うということで学んでいると見受けます。副専門のような形で、文学はしっかり学んだけれども、それに加えてAIも触れるという学生が卒業していく形になっていて、直接AICでの学びが就職先選びに反映されているかというと、そんなことはないと思います」
石戸:「先ほどの資料でも、学生を主体としたAI技術のイノベーション創出拠点になりたいという話があったかと思います。この成果に関しては複数の方から、『これまでこういう面白い成果があったという内容がありましたら教えていただきたい』ということと、『最終的にどうありたいかというゴールイメージや今後の展望についても教えていただきたい』という質問が届いています。少し未来のことを語っていただいておしまいにしたいと思います」
矢向氏:「成果という意味ではAICから新しいベンチャーを生み出したかと聞かれると、そこまでの自負はありません。未来の話になりますが、もちろんAICで学んだ学生が、やがてユニコーン企業を起ち上げるということになればもちろんハッピーですが、我々はそれを狙っているわけではなく、むしろ副専門でよいと思っています。先ほどの文学部や経済学部の学生が、『文学や経済のことは一流に知っているけれども、AIのこともたしなむ程度には使えるようになっている』そんな程度でもよいのかなと思っています。
もしユニコーン企業を目指すという話だと、カーネギー・メロン大学との共同コラボレーションがこれから始まります。そのレベルでの本当に尖った最先端の研究レベルでは世界を牽引したいと思っていますが、そこはAICとはまた別の組織で動き始めることになりますので、我々AICとしてはあくまでも教育ユニットであるところで種を植えていくことに専念したいと思っています」
最後は石戸の「教育の成果が出るのは、20年後、30年後と長期戦かと思います。しかし各学部の専門の知識とAIが組み合わさった時に、どのような価値を学生が生み出してくれるか、私自身も楽しみにしています」という言葉でオンラインシンポジウムは幕を閉じた。