教育事例や教材を全国の高専に横展開して生成AI人材を1,000人育成
第161回オンラインシンポレポート・前半

活動報告|レポート

2024.8.23 Fri
教育事例や教材を全国の高専に横展開して生成AI人材を1,000人育成</br>第161回オンラインシンポレポート・前半

概要

超教育協会は2024年73日、富山高等専門学校 電気制御システム工学科 教授の石田 文彦氏を招いて、「次世代のAIリーダーを目指して~高専生成AI人材育成プロジェクト」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、石田氏が次世代AIリーダー育成に向けた生成AI人材育成プロジェクトの取り組み内容について講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。

 

>> 後半のレポートはこちら

 

「次世代のAIリーダーを目指して~高専生成AI人材育成プロジェクト」

日時:2024年73(水) 12時~1255

講演:石田 文彦氏
富山高等専門学校 電気制御システム工学科
教授

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

石田氏は、約40分の講演において、全国の高専における生成AI人材育成の取り組みについて話した。主な講演内容は以下のとおり。

今年3月下旬に独立行政法人国立高等専門学校機構が、2024年度に1,000人の生成AIサービスを開発・実装できる生成AI人材を教育する取り組みを推進すると発表しました。そのことを受けて、国立高専がどのようにAIに関する教育を進めようとしているのかをお話しします。

 

生成AIでは、それを活用したさまざまなサービスが出てきており、高専の学生も教職員も一部で使っています。情報系のみならず、さまざまな専門分野で生成AIに関する人材を育成しようというのが国立高専の取り組みです。

 

それでは、具体的にどのようなことに取り組んでいくのか。例えば、プロンプト入力演習としての画像生成、特定の情報に関するチャットボットの作成、LLM(大規模言語モデル)ソフト開発の演習などです。

 

▲ スライド1・高専における具体的な取り組み例

 

画像生成では「プロンプトを打ったことがない」学生もいるので、そういったところから教育し、そこから少し進んでチャットボットを作るといった実習、LLMソフトをダウンロードして実際に動かしながら作り上げるという演習もしています。小規模なLLMですが、データベースが公開されているので、モデルをダウンロードして自分でチャットボットを作り、動かすといった演習です。このようにさまざまな実習や演習が実践されていますが、それらを事例・教材として高専全体に横展開して人材育成しようというのがこのプロジェクトです。

全国の高専で生成AI人材の育成を可能にするモデルコアカリキュラム(MCCとMCC Plus

こういった取り組みを、なぜ国立高専全体で進められるかについてお話しします。まずは、全国の高専の状況についてご説明します。国立高専、公立高専、私立高専の全てをピックアップしてマッピングした図をご覧ください。

 

▲ スライド2・日本全国の高等専門学校の分布

 

国立高専は51高専あります。公立高専が3高専、私立高専が4高専です。日本全国に散らばっています。学科構成では、おおよそが工学系ですが、建築系や商船系など社会的ニーズに対応した分野、人文社会系の学科構成を持っている高専もあります。このように、学科構成もバラバラで日本全国に散らばっているのが現在の高専の状況です。

 

次に高専でどのくらいの規模の人材育成ができるのかについてお話しします。中学卒業生が15歳で入学して、5年間経って社会に出るか、または大学に編入するか。あとは5年の上に2年、より高度な先端的なことを学べる専攻科があります。そこから大学院に進学したり、社会にでたりするのが高専のキャリアパスになります。

 

おおよそ、ひとつの高専から毎年200人前後が卒業し、全国で1万人の人材を輩出しています。1万人という規模は大きいですが、各校で見ると200人くらいの規模です。

 

このように、高専は全国に散らばっていて学科構成も異なっているのに、なぜ、AI人材の育成といった教育を全体的に進めていけるでしょうか。

 

それを可能にしている仕組みのひとつが国立高専のカリキュラムです。国立高専のカリキュラムはモデルコアカリキュラム(MCC)に基づいて編成されているからです。

 

MCCはコアの部分とモデルの部分で構成されています。

 

▲ スライド3・国立高専の
モデルコアカリキュラム

 

「コア」は知識能力の部分で、一般科目や各専門科目で身に付けるべき最低限の学習内容と能力基準を定めたものになります。「モデル」が人間力を表していて、例えばリーダーシップやコミュニケーション力、エンジニアデザイン能力などの基準を定めたものになります。これが全高専で共通の部分になります。こういう最低限の基準を定めたものがあり、それをもとに全国の高専でさまざまな授業が実践されています。最低限のところはラインが揃っているので、高専間の連携や横展開が容易になっているのです。

 

MCCのコアを具体的に示すと、例えば、数学やデータサイエンス・AIといった各教科の学習内容が幾つかの項目で構成され、これが全高専共通で学ぶべきことです。

 

▲ スライド4・高専のモデルコア
カリキュラムのコア部分の例示

 

これだけを学んでいるわけではないですが、少なくとも級数や重責分、偏微分といったものは学んでいます。データサイエンス、AIについても、概要やモラルの部分、基本的なデータを扱う部分などを学ぶべき項目として挙げています。これは全国の高専で共通で学ぶべきこととなっています。モデルの部分でもエンジニアデザイン能力など、社会で働くうえで大切な能力や資質を養うカリキュラムとなっています。具体的には、要件定義や問題解決プロセスなどです。

 

カリキュラムには、リーダーシップなどチームで働くうえでの重要な資質も含まれます。グループワークをする時にどう意見調整するかなども、最低限学ぶべき項目として挙げられています。ただし、このモデルコアだけで各高専の全体的な教育がなされているわけではありません。高専は全国に散らばっているので、地域特有の課題もあります。各高専の特色を合わせた科目の整備や「尖った教育」をどう打ち出していくかも、もちろん大切です。その指針の一つがMCC Plusです。

 

▲ スライド5・地域のニーズに
対応したモデルコアカリキュラム

 

現在、整備しているのは、社会ニーズに対応して教育の高度化が望まれる分野に関する到達目標です。MCC Plusは、AI、数理データ、サイバーセキュリティ、ロボットなど、社会のニーズに合わせて教育すべきところを定めています。こうした内容も一部に取り入れつつ、各校の特色も出していくのです。

モノづくりコトづくり多様な人材育成環境を整備

富山高専は、学校の特色としてAIや数理データの教育を進めています。ビジネスの学科もあり、全学科の卒業認定に必要な能力として、AI、データサイエンスに関する情報科学の素養、ビジネス視点、新たな価値創造に挑戦できる力を挙げています。すなわち、全学生がAI、データサイエンスを応用する力を学んでいきます。

 

さらに、富山高専では、その上にもっと尖った部分で、AIのトップ人材育成プログラムを構築しようとしています。これは全学生が受講できます。研究でAI関連の研究をしている学生を専攻科の2年で所定の教育プログラムに入れて、AIトップ人材に認定します。ここから、大学院への道やスタートアップといった道に進むべく、人材育成プログラムを別途に作り、AIにフォーカスした特色を学校の特徴として出していこうとしています。

 

MCC PlusAIに関連した到達目標を示します。

 

▲ スライド6・MCC Plusの到達目標

 

例えば、「課題に応じてAIの適用可否を判断できるか」といった到達目標があります。全てにAIを使うわけではなくて、AIを使うべきかどうかをきちんと判断できるかどうかということです。細かいスパンで学習内容の見直しをしていくのがMMC Plusで、それによって社会ニーズに対応した教育を実践できるように細かく到達目標やスキルを見直すという方向で動いています。全高専で共通のベースがあるので、教材や教育を展開する時に、しやすくなっています。

 

もうひとつ高専の特色、高く評価されているところに「モノづくり」の人材を育成している点があります。高専は実践力や想像力のある技術者を育成する機関として評価されています。モデルコアのコアの部分の専門性の積み上げや、実験・実習が豊富にあるので、そこで手を動かすことでモノを作れるのです。最近では、「コトづくり」としてアントレプレナー教育や、スタートアップの教育環境も整備されています。「モノづくり」と「コトづくり」の部分も含めて人材育成として評価されています。

 

学生が熱心に取り組んでいることでは、さまざまなコンテストがあります。プログラミングコンテストやロボットコンテスト、ディープラーニングコンテストなどです。女子を中心とした課題解決のコンテストもあります。この中でも最近は生成AIを使った作品が多く見られるようになってきています。コンテストは学生の教育にとって重要で、学生はコンテストに向かって一生懸命努力します。学生は放っておくと高専の中や自分の関係するところだけに閉じこもるのですが、コンテストを通じて外の世界と連携するなど気づきがあるので、学生の成長にとって重要です。

 

コンテストやものづくりをしていく中で、重要なのは何かというと、短い締め切りでシステム開発の経験ができるということです。その中で細かい失敗や大きな失敗をして、軌道修正して、さらに開発を進めるという経験をしています。この経験は、社会情勢が早く変化していく時代にはとても重要です。決まりきったゴールに向けて目標が変わらずやっていくよりは、細かく目標設定したり失敗を繰り返しながら、ブラッシュアップしてシステム開発していくという経験を学生が経ているので、社会変化の大きい時代にマッチした人材育成をしていると思っています。

国全体が取り組むAI戦略の中で高専に「期待されていること」とは?

国としてのAI人材育成にどう取り組んでいるのかも説明します。内閣府が2019年にAI戦略を発表し、それが現在も年々ブラッシュアップされています。

 

▲ スライド7・内閣府が出したAI戦略

 

AI戦略の教育の領域では、全ての国民がAIの基礎を習得することが掲げられています。高等教育機関の大学や高専では、卒業生全員がAIデータサイエンスのリテラシーを学びます。専門に活用できるような基礎を半分の学生が学ぶことになっています。それを後押しする取り組みとして、数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度があります。この枠組みの中でMCCやMCC Plusと別のカリキュラムが作られていて、それに基づく教育プログラムが実践されています。大学や高専では、AIの教育を認定制度の視点から、その教育状況を可視化できるようなものになっています。国全体としてAI、数理データの教育を進めていこうという流れになっているのです。こうした状況の中で、高専では2020年から「Society5.0型未来技術人財」育成事業がスタートしました。

 

▲ スライド8・高専でスタートした
未来技術人財育成事業

 

この「Society5.0未来技術人財」育成事業は、「KOSEN GEAR5.0」と「KOSEN COMPASS5.0」で構成されています。「KOSEN GEAR5.0」では5分野6拠点で研究をして、その成果を教育に還元していきます。「KOSEN COMPASS5.0」では、教育内容を高度化していくプロジェクトです。サイバーセキュリティ、AI、データサイエンス、IoT、ロボットがあって、昨年度から半導体や蓄電池があり、今後さらに分野が追加されていくだろうと思います。こうした枠組みの中で、AIや数理、データサイエンスを全国の高専に広げていくというプロジェクトになっています。

 

AI教育では、このAI戦略にのっとり2019からリテラシーレベルや応用基礎レベルのモデルカリキュラムが開始されました。大きなトピックでいうと、ChatGPTが公開され、一般の人たちの利用も爆発的に増えています。そのような時代の急速な変化を受けて、モデルカリキュラムも随時、改定されています。

 

生成AIに関連しては、今、世の中でさまざまな領域で生成AIを活用していきましょうという流れになっています。日本企業での生成AIサービスの活用・導入は増えていますが、さらに企業としても競争力と生産力、生産性向上のために自社のコア技術でAI技術を導入することが必要になると思っています。

 

そうなると、生成AIの活用だけではなくて、サービスを開発できる人材が重要になってきます。その人材教育をどうするのかというところですが、6月に文部科学省から公開された科学技術イノベーション白書でAI関連の人材育成での高専のプロジェクトも紹介されています。富山高専の事例などです。今年4の超教育協会オンラインシンポで講演いただいた三﨑先生の香川高専の取り組みなども紹介されています。AIの人材育成においても高専は期待されているのです。

「教える人がいない」、AI人材育成の課題「AI副業先生」など産学連携で解決に

実際の人材育成でどのような取り組みを進めているのかを説明します。高専には、次世代リーダーを育成して、各専門分野で生成AIサービスを展開できる人材を輩出し、高度情報社会の推進を支えることが求められています。この中で今、取り組んでいるのがカリキュラム、つまりは授業設計の部分と教材を作って教材を展開する部分と、サービス開発する環境の整備です。これらを通して今年度1,000人の人材を教育しようと考えています。

 

もちろん課題もありまして、1つがカリキュラムマネジメントです。生成AIに限らず、サイバーセキュリティや情報系全般の技術進化がものすごく速いので、高専としても対応していかなくてはならないことが目まぐるしく変化するのです。情報系の科目だけで対応するのは困難で、さまざまな専門科目の中で広く授業していかなくてはならないと考えています。そういった意味で、カリキュラムが固まった教材を提供するのではなくて、部分ごとに使用できるような教材を作っていくのが重要だと思っています。

 

2つめの課題が、「教える人がいない」ことです。教員育成を支援する仕組みとして、産の力を利用することを考えています。ひとつの策として、富山高専ではビズリーチを活用して「副業先生」として公募をかけて、授業を実施していただいています。これは学生にとっても効果的です。社会での経験を実践的な教育に反映できるので、学生にも評判がよいです。実際にどうAIを活用していくか、システム開発していくかという話を生で聞けるところが大きなメリットになります。高専ではAIに限らずですが、こういう社会の流れに合わせて高度なことを高専教育に落とし込む時に、やはり高専の中だけでは厳しい部分があるので、産学連携で色々取り組もうということで、企業課題の解決スキームを提案して、積極的な産の方に協力いただこうとしています。

 

従来、企業との産学連携でいうと、これまでは研究の部分が主だったのですが、人材育成の部分で、高専側はインターンシップなどを行い、企業側は社員育成につながっているなど、双方にとって良い関係が築けるのではないかと考えていて、こういうスキームを提案して産学連携を呼びかけています。

 

▲ スライド9・産学連携の課題解決スキーム

 

実際、産学連携でどういうことをやってきたかを最後に紹介して終わりにしたいと思います。生成AIの演習を講義で3コマ分、実施しています。教材も作っていただいて、自由に改編可能です。各高専の事情に合わせて改編できるように、全高専で利用可能なものにしています。例えば生成AIとは何かという技術の部分と、生成AIを使用する時の注意点などを講義します。2コマめではChatGPTを使い、3コマめでプロンプトエンジニアリングなどを行います。あと生成AIのアプリ開発についても学びます。

 

それから、AI副業先生です。LLMを開発しているエンジニアの方からの講義になります。実際のプログラムでどうAIを作っていくかという内容です。システム開発する部分でどういうプロセスを経なくてはいけないか、問題をどう細かく分割して考えるかなどを教えていただいています。ディープラーニングコンテストの実例を挙げて、システム開発の目線でこう課題を分割してこの部分はこう解決していると、実例を挙げて説明していただいています。あと、鈴鹿高専ではFIXERと連携して生成AIの授業を持っていたり、札幌AI道場と連携して高専生も含めて1週間、AIやビジネス活用を習うというコースをやったりしています。

 

こういうことを含めて、高専では次世代AIリーダーの育成を進めています。まだまだ企業の力を借りなくてはいけない部分もありますので、ぜひ連携しましょう。

 

>> 後半へ続く

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